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7日前②
しおりを挟む気がつくと、目の前には年季の入った小さな木の祠があった。
しめ縄のかかった大きな樹の根元に、小さいながら堂々と建っている。
その前に、私は立っている。
周りは明るい森で、木々の隙間から気持ちのいい光が降り注ぎ、そよ風が吹き抜けていく。
妙に、清々しい気分だ…。
(なんとなく、見覚えある…。
なんだっけ?
ああ、裏の山にあった祠だ。
小さい頃、両親とおばあちゃんと何度か手入れに行ったっけ。
そういえば、最近めっきり行ってないけど誰か手入れしてんのかな?
…何の神様か知らないけど、ちょっと悪いことしちゃったかも。)
『悪いことしたと思うならまた来てくれない?
実際あんたら以外来ないんだよね。うち。』
『そーそー!だからもう丸10年は酒も飲んでないってわけ!ありえないっしょ!」
「!?」
驚いて、声がした上の方を見上げる。
すると、木の上から枝をしならせて小さな2つの影が落ちてきた。
勢いに反してフワッと地面に降り立ったのは、2匹の小さな狼のような生き物だった。
咄嗟の事に何も反応できない私を見上げて2匹は続ける。
『あのさ、わかってる?
あんたが死んだら僕らいよいよ消えちゃうわけ。
子でも残して僕らのこと伝えてから死んでくんない?』
『そーそー!たまたま僕らが見てたからいいけど、本当に死んでたらどうしてくれるわけ?』
その狼が、喋ってる…。
私の膝くらいまでの高さしかない狼が…。
すごく…
すごく…
「可愛い…ですね…。」
いきなり現れて驚きはしたけど、それにしたってこの生き物は可愛すぎる。
白い皮毛に濃いグレーの模様が混じった1匹と、濃いグレーに白い模様が入った1匹。
毛並みは整っていて、触ったらとても気持ちよさそうだ。
色だけ反転したかのようにそっくりな2匹は、その可愛さに眉尻を下げる私を前に、呆れた様子で顔を見合わせた。
どうやら2匹は、私が最期の景色として目に焼き付けていた夜景の手前の方。暗い山の中から、飛び降りようとする私を見つけて飛んできたらしい。
山の中というのは、もちろん私の記憶にもある祠からだ。
『まぁ簡単に言うと、僕ら昔は荒れててさ。
かなり荒ぶってたんだけど、君のご先祖が祀ってくれて、こうやって更生できた訳。
で、そうなると、信仰してもらえないとただの概念みたいになっちゃって、神って感じじゃなくなっちゃうんだよ。』
『そーそー!そうなると、もうこの姿すら保てないし、お供物も味わえないし、最悪ってわけ!』
『だからさ、できれば君には子を成してもらって、ちゃんと僕らの事を伝えてほしいんだよ。
参拝とお供物も含めてね。』
『僕は酒が好きです!』
「なるほど…信じ難いけど、2人は神様だったんだね?」
信じ難いとはなんだ!と憤慨する2匹。
でも、この子達は実際目の前に居るし、夢にしてはリアルすぎる気もするし、可愛いし、実際のところはほぼほぼ信じてしまっている。
2匹…いや、神様である御二人が言うには、つまりこのまま私が死ぬと困るらしい。
でも。
「いやでも…ごめん。ほんとに限界だったんだって…。」
そう。私は限界だったのだ。
助けてもらったのに申し訳ないけど、私は限界。
こんな世界で生きていけない。
今までどんなに辛かったか、語り出したら止まらなかった。
契約不履行な低賃金。
サービス残業。
後輩いびり。
御局。
色んな理不尽。
モンスター患者。
支離滅裂だったと思うけど、2人はふんふんと鼻を鳴らしながら興味深げに聴いてくれた。
そして、ひとしきり話し終わった後、首を傾げてこう言ったのだった。
『なんで黙って従うの?』
『そーそー!そいつら切り捨てれば解決じゃない?』
…神様って、案外物騒なこと言うね?
曰く、彼らが1番元気だった頃、彼らの尊敬する神達はもっと武力を行使していたと。
曰く、話し合いで解決できないからって引き下がるなんておかしいと。
倉も民も、守るなら戦わないと。剣を持て、と。
なんか…なんかさ…多分、私が思っているより彼らは長く生きている。
なんかこう、卑弥呼とか。
そういう時代から生きてるんじゃないかな?
神とか?
高床の倉とか?
それらを守るとか?
剣とか武力とか?
神話か歴史の教科書の最初の方みたいな話だもん…。
それでわかったんだけど、彼らは倉にまつわる神様らしい。
倉を守る、剣で戦う、というフレーズは何度も出てきた。
でもさ。
「でもね、もし暴力で解決したら私が犯罪者になっちゃうかもしれないの。
気持ちは嬉しいけど、そういうのはできないな。」
本当に暴力で解決できたらどんなに簡単か…。
そう思いながらも、どうにか今の日本の常識を説明する。
『ふーん。自分が死ぬのはハンザイじゃないのに変なの。』
『そーそー!
死んでも殺されてもケガレはケガレでしょ!
死にたくされるのもケガレでしょ!
そんなの早く消した方がいいよ。』
『うん。僕ら手伝ってあげるからさ、まずはケガレを遠ざけちゃえば?』
『ケガレは遠ざけて、そしたらハレの儀式をしようよ。
そうすればあんただって死ぬ必要なくなるでしょ?』
『そーそー!僕らのために頑張って!』
「…ケガレ…ハレの儀式…?」
よくわからないけど、私がいずれ祠の管理を子供に引き継がせるのと引き換えに、私が死ぬ必要のない世界を一緒に実現しようよって事?
ケガレ?(汚れ?)ハレ?(晴れ?)って言い方はわからないけど、ストレスとかいびりって確かに汚れっぽい。
おめでたいイベントを晴れの日とかって言うし、とりあえず上手く退職でもできた暁には、何かお祝いでもしてくれるって事なのかな?
だとしたら普通にありがたい。
だったらまぁ…1回…お願いしてみようかな?
応援ありがとうございます!
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