上 下
3 / 9

7日前②

しおりを挟む


気がつくと、目の前には年季の入った小さな木の祠があった。

しめ縄のかかった大きな樹の根元に、小さいながら堂々と建っている。

その前に、私は立っている。

周りは明るい森で、木々の隙間から気持ちのいい光が降り注ぎ、そよ風が吹き抜けていく。

妙に、清々しい気分だ…。



(なんとなく、見覚えある…。
なんだっけ?
ああ、裏の山にあった祠だ。
小さい頃、両親とおばあちゃんと何度か手入れに行ったっけ。

そういえば、最近めっきり行ってないけど誰か手入れしてんのかな?
…何の神様か知らないけど、ちょっと悪いことしちゃったかも。)


『悪いことしたと思うならまた来てくれない?
実際あんたら以外来ないんだよね。うち。』

『そーそー!だからもう丸10年は酒も飲んでないってわけ!ありえないっしょ!」


「!?」


驚いて、声がした上の方を見上げる。
すると、木の上から枝をしならせて小さな2つの影が落ちてきた。





勢いに反してフワッと地面に降り立ったのは、2匹の小さな狼のような生き物だった。

咄嗟の事に何も反応できない私を見上げて2匹は続ける。


『あのさ、わかってる?
あんたが死んだら僕らいよいよ消えちゃうわけ。
子でも残して僕らのこと伝えてから死んでくんない?』

『そーそー!たまたま僕らが見てたからいいけど、本当に死んでたらどうしてくれるわけ?』

その狼が、喋ってる…。
私の膝くらいまでの高さしかない狼が…。

すごく…
すごく…


「可愛い…ですね…。」


いきなり現れて驚きはしたけど、それにしたってこの生き物は可愛すぎる。

白い皮毛に濃いグレーの模様が混じった1匹と、濃いグレーに白い模様が入った1匹。

毛並みは整っていて、触ったらとても気持ちよさそうだ。

色だけ反転したかのようにそっくりな2匹は、その可愛さに眉尻を下げる私を前に、呆れた様子で顔を見合わせた。








どうやら2匹は、私が最期の景色として目に焼き付けていた夜景の手前の方。暗い山の中から、飛び降りようとする私を見つけて飛んできたらしい。

山の中というのは、もちろん私の記憶にもある祠からだ。


『まぁ簡単に言うと、僕ら昔は荒れててさ。
かなり荒ぶってたんだけど、君のご先祖が祀ってくれて、こうやって更生できた訳。
で、そうなると、信仰してもらえないとただの概念みたいになっちゃって、神って感じじゃなくなっちゃうんだよ。』

『そーそー!そうなると、もうこの姿すら保てないし、お供物も味わえないし、最悪ってわけ!』

『だからさ、できれば君には子を成してもらって、ちゃんと僕らの事を伝えてほしいんだよ。
参拝とお供物も含めてね。』

『僕は酒が好きです!』


「なるほど…信じ難いけど、2人は神様だったんだね?」


信じ難いとはなんだ!と憤慨する2匹。
でも、この子達は実際目の前に居るし、夢にしてはリアルすぎる気もするし、可愛いし、実際のところはほぼほぼ信じてしまっている。

2匹…いや、神様である御二人が言うには、つまりこのまま私が死ぬと困るらしい。
でも。


「いやでも…ごめん。ほんとに限界だったんだって…。」
 

そう。私は限界だったのだ。


助けてもらったのに申し訳ないけど、私は限界。

こんな世界で生きていけない。

今までどんなに辛かったか、語り出したら止まらなかった。

契約不履行な低賃金。
サービス残業。
後輩いびり。
御局。
色んな理不尽。
モンスター患者。

支離滅裂だったと思うけど、2人はふんふんと鼻を鳴らしながら興味深げに聴いてくれた。

そして、ひとしきり話し終わった後、首を傾げてこう言ったのだった。



『なんで黙って従うの?』
『そーそー!そいつら切り捨てれば解決じゃない?』




…神様って、案外物騒なこと言うね?



曰く、彼らが1番元気だった頃、彼らの尊敬する神達はもっと武力を行使していたと。

曰く、話し合いで解決できないからって引き下がるなんておかしいと。

倉も民も、守るなら戦わないと。剣を持て、と。




なんか…なんかさ…多分、私が思っているより彼らは長く生きている。
なんかこう、卑弥呼とか。
そういう時代から生きてるんじゃないかな?

神とか?
高床の倉とか?
それらを守るとか?
剣とか武力とか?

神話か歴史の教科書の最初の方みたいな話だもん…。

それでわかったんだけど、彼らは倉にまつわる神様らしい。
倉を守る、剣で戦う、というフレーズは何度も出てきた。

でもさ。

「でもね、もし暴力で解決したら私が犯罪者になっちゃうかもしれないの。
気持ちは嬉しいけど、そういうのはできないな。」

本当に暴力で解決できたらどんなに簡単か…。
そう思いながらも、どうにか今の日本の常識を説明する。



『ふーん。自分が死ぬのはハンザイじゃないのに変なの。』

『そーそー!
死んでも殺されてもケガレはケガレでしょ!
死にたくされるのもケガレでしょ!
そんなの早く消した方がいいよ。』

『うん。僕ら手伝ってあげるからさ、まずはケガレを遠ざけちゃえば?』


『ケガレは遠ざけて、そしたらハレの儀式をしようよ。
そうすればあんただって死ぬ必要なくなるでしょ?』

『そーそー!僕らのために頑張って!』


「…ケガレ…ハレの儀式…?」



よくわからないけど、私がいずれ祠の管理を子供に引き継がせるのと引き換えに、私が死ぬ必要のない世界を一緒に実現しようよって事?

ケガレ?(汚れ?)ハレ?(晴れ?)って言い方はわからないけど、ストレスとかいびりって確かに汚れっぽい。

おめでたいイベントを晴れの日とかって言うし、とりあえず上手く退職でもできた暁には、何かお祝いでもしてくれるって事なのかな?

だとしたら普通にありがたい。

だったらまぁ…1回…お願いしてみようかな?
しおりを挟む

処理中です...