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「王宮魔法師長、リエンティア・アルティスをお連れ致しました」
「いいわ、入って」
入室許可が出て王女の私室に入ると、そこは淡い暖色系で統一された部屋だった。
調度品は一般的なものに見えて細やかなところに細工が施されており、品がよい。王宮全体が磨かれた白亜の城であるのに対して、この部屋にはいるといつも温かみを感じるのは気温ではなく、王女の気配りの行き届いた内装にあると思う。
応接間に通された私は、そこに佇む一人の娘に一礼した。
「ようこそ、ティア。私のプレゼントは気に入って?」
そう声をかけたのは、金色の波打つ髪を編み込み、王族特有の紫の瞳を有する王女。
シャーリア・シィ・リルモーネ殿下だ。
ミドルネームは王族しか持たず、シィは未婚の王女を差す言葉だ。
「姫様におかれましては本日も麗しく。しかしながら、休憩時間とはいえ、騎士のそれは有事の待機と変わりません。騎士を御身から離されるのはいかがなものかと」
「会って開口一番にお説教とは、相変わらずね。シドもそう思わない?」
シドというのはシルフェードの愛称だ。王族の方々は気安く、私にもティアという愛称で呼んでくださる。他の貴族にはありえないことだろうが、公私を分けて頂けれるなら構わないだろう。
「姫様のご提案は大変有意義なものでした。ただ、彼女の言うことも一理あるかと」
「まあ、なんてつまらない答えなのかしら」
頬に手を当てて溜息を吐いた王女の姿は美しい。
基本リルモーネは山脈で囲まれている為、他国との交流は少ないものの、それでも他国から婚姻の打診もくる。17歳になった彼女は例に漏れず、国内外問わず婚姻の打診は山のようにきていることだろう。それを整理するだけでも頭が痛いと、この前宰相が愚痴を零していたほどのようだ。
「ところで、姫様。要件をお伺いしてもよろしいでしょうか」
「そんなにすぐ帰りたそうにしないでくれるかしら」
席を勧められてしまえば私は着席するしかない。
控えている侍女が私と王女の前へ飲み物をだすと壁際に下がっていった。
「今日貴女を呼んだのは他でもないの」
にっこりと微笑む顔が何故か黒いと感じる。嫌な予感しかしない。
「ティア。夜会のドレスは出来ていて?」
「私は魔術師長として夜会では陛下のお側に仕えるつもりです。ドレスなど」
「用意してないってことね」
はあ、と溜息を吐いているが、その顔には予想通りの答えを貰えたという喜びが滲み出ている。喜び半分、予想的中であることに呆れ半分といったところだろうか。
彼女の言うことも一理ある。政治的な意味合いも知らず、初めて夜会に参加する者からすれば、華々しい夜会に魔法士の服装でいては場違いに見えるのもわかるというものだ。実際それで何度か絡まれたこともある。
「まあ、お母様も予想はしていたと思うわ。私だってそうだろうと思ったし」
彼女は立ち上がり、隣室の扉を開けた。
「って、ことで今からドレスを作りましょう」
「ひ、姫様……?」
そこには戦闘態勢に入った仕立て屋達がいた。
私の採寸をするという意気込みに、目が血走り、呼吸が荒く、少し怖い。
しかし、何故今更夜会用のドレスを作ると言い出したのだろう。
今まで一度も着たことがないのだから不必要といえば不必要なのだ。
魔術士の服装は正装に部類されるので、相手に失礼とはならない。それどころか、そこに魔法士がいるということを知らしめ、威圧を生むことによって政治的な意味合いでも必要だったはずなのに。
「彼女達は私が贔屓にしている仕立て屋よ」
「いえ、私はこの正装で……」
「やっておしまい」
私は隣室に引きずり込まれ、もみくちゃにされた。
ありとあらゆる場所を測られるというのは気まずいものがあり、ある程度王女の申し出を拒否出来るとはいえ、彼女の言い方からすれば王妃も一枚噛んでいる。ここで無理に拒否するのは余りにも無謀だった。
終わる頃には真っ白になったと言って良いような雰囲気を漂わせて、王女のいる応接間に戻る。
彼女は紅茶を飲んでいた。
「もう戦争が終わって10年よ。もういい加減よろしいのではなくて?」
彼女は夜会でも魔法士の正装に身を包んでいた意味を、正確にわかっている。
15年前から10年前にかけての5年間、戦火がこの大陸を包んだ。大陸戦争と呼ばれるこの戦争は、あることをきっかけに終結したのだが、もう二度と、あんなことが起こってはならない。そのために、私は他国にも国内にも牽制を行う必要がある。
「……」
「仕方のない人ね」
王女は苦笑した後、手に持っていた布のデザイン本を私に見せつける。
「それはそうと、デザインとかはまかせて。私がちゃんと用意してあげるから」
「ひめさ──」
「綺麗なドレスを着たティアを見たら、お兄様きっと喜ぶと思うのに」
「着ます」
即答してからハッとした。目の前では王女が勝ち誇った笑みを浮かべている。
昔から同じ手で彼女の言うことを聞くこともあるのに、私も学習していない。
まあ、敬愛する王太子殿下が喜ぶのならドレスの一着や二着着ることを耐えよう。
項垂れつつ、ドレスの調整と仕事で今日も残業は確定であることにため息が出た。
「いいわ、入って」
入室許可が出て王女の私室に入ると、そこは淡い暖色系で統一された部屋だった。
調度品は一般的なものに見えて細やかなところに細工が施されており、品がよい。王宮全体が磨かれた白亜の城であるのに対して、この部屋にはいるといつも温かみを感じるのは気温ではなく、王女の気配りの行き届いた内装にあると思う。
応接間に通された私は、そこに佇む一人の娘に一礼した。
「ようこそ、ティア。私のプレゼントは気に入って?」
そう声をかけたのは、金色の波打つ髪を編み込み、王族特有の紫の瞳を有する王女。
シャーリア・シィ・リルモーネ殿下だ。
ミドルネームは王族しか持たず、シィは未婚の王女を差す言葉だ。
「姫様におかれましては本日も麗しく。しかしながら、休憩時間とはいえ、騎士のそれは有事の待機と変わりません。騎士を御身から離されるのはいかがなものかと」
「会って開口一番にお説教とは、相変わらずね。シドもそう思わない?」
シドというのはシルフェードの愛称だ。王族の方々は気安く、私にもティアという愛称で呼んでくださる。他の貴族にはありえないことだろうが、公私を分けて頂けれるなら構わないだろう。
「姫様のご提案は大変有意義なものでした。ただ、彼女の言うことも一理あるかと」
「まあ、なんてつまらない答えなのかしら」
頬に手を当てて溜息を吐いた王女の姿は美しい。
基本リルモーネは山脈で囲まれている為、他国との交流は少ないものの、それでも他国から婚姻の打診もくる。17歳になった彼女は例に漏れず、国内外問わず婚姻の打診は山のようにきていることだろう。それを整理するだけでも頭が痛いと、この前宰相が愚痴を零していたほどのようだ。
「ところで、姫様。要件をお伺いしてもよろしいでしょうか」
「そんなにすぐ帰りたそうにしないでくれるかしら」
席を勧められてしまえば私は着席するしかない。
控えている侍女が私と王女の前へ飲み物をだすと壁際に下がっていった。
「今日貴女を呼んだのは他でもないの」
にっこりと微笑む顔が何故か黒いと感じる。嫌な予感しかしない。
「ティア。夜会のドレスは出来ていて?」
「私は魔術師長として夜会では陛下のお側に仕えるつもりです。ドレスなど」
「用意してないってことね」
はあ、と溜息を吐いているが、その顔には予想通りの答えを貰えたという喜びが滲み出ている。喜び半分、予想的中であることに呆れ半分といったところだろうか。
彼女の言うことも一理ある。政治的な意味合いも知らず、初めて夜会に参加する者からすれば、華々しい夜会に魔法士の服装でいては場違いに見えるのもわかるというものだ。実際それで何度か絡まれたこともある。
「まあ、お母様も予想はしていたと思うわ。私だってそうだろうと思ったし」
彼女は立ち上がり、隣室の扉を開けた。
「って、ことで今からドレスを作りましょう」
「ひ、姫様……?」
そこには戦闘態勢に入った仕立て屋達がいた。
私の採寸をするという意気込みに、目が血走り、呼吸が荒く、少し怖い。
しかし、何故今更夜会用のドレスを作ると言い出したのだろう。
今まで一度も着たことがないのだから不必要といえば不必要なのだ。
魔術士の服装は正装に部類されるので、相手に失礼とはならない。それどころか、そこに魔法士がいるということを知らしめ、威圧を生むことによって政治的な意味合いでも必要だったはずなのに。
「彼女達は私が贔屓にしている仕立て屋よ」
「いえ、私はこの正装で……」
「やっておしまい」
私は隣室に引きずり込まれ、もみくちゃにされた。
ありとあらゆる場所を測られるというのは気まずいものがあり、ある程度王女の申し出を拒否出来るとはいえ、彼女の言い方からすれば王妃も一枚噛んでいる。ここで無理に拒否するのは余りにも無謀だった。
終わる頃には真っ白になったと言って良いような雰囲気を漂わせて、王女のいる応接間に戻る。
彼女は紅茶を飲んでいた。
「もう戦争が終わって10年よ。もういい加減よろしいのではなくて?」
彼女は夜会でも魔法士の正装に身を包んでいた意味を、正確にわかっている。
15年前から10年前にかけての5年間、戦火がこの大陸を包んだ。大陸戦争と呼ばれるこの戦争は、あることをきっかけに終結したのだが、もう二度と、あんなことが起こってはならない。そのために、私は他国にも国内にも牽制を行う必要がある。
「……」
「仕方のない人ね」
王女は苦笑した後、手に持っていた布のデザイン本を私に見せつける。
「それはそうと、デザインとかはまかせて。私がちゃんと用意してあげるから」
「ひめさ──」
「綺麗なドレスを着たティアを見たら、お兄様きっと喜ぶと思うのに」
「着ます」
即答してからハッとした。目の前では王女が勝ち誇った笑みを浮かべている。
昔から同じ手で彼女の言うことを聞くこともあるのに、私も学習していない。
まあ、敬愛する王太子殿下が喜ぶのならドレスの一着や二着着ることを耐えよう。
項垂れつつ、ドレスの調整と仕事で今日も残業は確定であることにため息が出た。
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