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 この大陸には34の国があり、その中でも四方を険しい山脈で囲まれた一際小さな国が存在する。山岳地帯にはのどこかな牧草地、平地には実りある作物が育つ豊穣の土地。他の国々にはその山脈によってただの一度も侵攻を許したことがないその国を【秘境の小国】と呼ぶ。

「見て、シルフェード様よ!」
「あぁ、今日もなんて麗しいの……」

 恐らくはどこかへ給仕に行く途中だったのだろう。王宮で侍女達が一目見た騎士に黄色い声を上げた。それに気付いた騎士が侍女達を見て微笑むものだから彼女たちの黄色い声援は鳴り止まない。
 今にも倒れそうになっている侍女達を尻目に、私は騎士を見る。
 白銀の髪は色が抜けてそうなったのではなく、元々からその色なのだと主張するように太陽の光に反射して輝いている。白髪なら分かるのだが、そこまで見事な白銀だととても出ないが地毛なのだと誰でも知ることが出来るだろう。この【秘境の小国】呼ばわりされるリルモーネ国には珍しくもない、しかし、誰もを見透かしたような蒼い瞳は見るものを魅了する、と先程の侍女達が話していた。
 侯爵家三男にして、王家の覚えもめでたく、何より実力で近衛騎士団の2番隊長にのし上がった強者、シルフェード・アドゥール。端正な顔立ちから女性からとても人気のある男性だ。

「きゃっ」

 前を見ていなかった侍女と考え込んでいた私が一瞬、ぶつかった。
 押していたカートが倒れそうになるところをぼんやりと眺めながら、私はさっと人差し指を一振りする。
 どこからか吹いてきた風がカートをもとに戻し、倒れそうになった侍女には私がそっとその腕を捕まえて倒れないようにしてやる。彼女が倒れそうになって私が倒れないのは、単純に彼女の不注意で私が常に張っている防御壁に当たったからだろう。

「も、申し訳ござ──ひっ」

 ぶつかった相手が誰か認識した侍女は病院にでも行ったほうが良いのではないかと言いたくなるほど顔を青白くさせた。因みに彼女と行動を共にしていた侍女達は顔が青どころか土色になりかけているのは見ないことにしておく。
 震える彼女の頭にぽんっと手を置き、私は無言であるきだす。

「も、申し訳ございません、アルティス王宮魔法師長!」

 後ろの方で大きくそう謝った侍女に悪いのはこちらもだという意志も込めて手のひらをひらひらと振った。これで伝わるといいな、とも思いながら。

「っふぅー、びっくり、したぁ。まさかアルティス様にぶつかるだなんて」
「貴女運が良いわねぇ。呪われたりとかしてない?」
「アルティス様って、目を見るだけで呪うことが出来るって聞いたことあるけど、本当?」
「じょ、冗談言わないでよ! 怖いじゃないっ」

 少し彼女達の声が大きかったから聞こえてしまった。まあ、彼女達は私が聞こえていないと思っているからあぁやって話しているのだろう。これが侍女長が聞いたのであれば彼女達は減俸ものだから注意はしておきたいところだが、止めておく。私が一度口を開けばそれこそ彼女達は気絶してしまうだろうから私から話しかけないのは正解である。

 高魔力保持者の証である夜を映したような黒髪に、真っ赤な血の色をした瞳。それはどちらとも、私が化け物級の魔法士であることを示していた。
 金色で縁取られた黒色の上着を羽織っており、忌み色である黒と赤をその身に宿す私は物語に出てくるような悪役の魔女と雰囲気が似ているのだと誰かが言っていた。気にしたことはないが、あくまで私は王宮で一番の実力を誇る王宮魔法師長だ。人々は私を恐れるがゆえに【夜の魔女】と蔑む。まさに【暁の騎士】と誉れ高いシルフェードとは対極の存在だ。
 すれ違う侍女や騎士達が通常では考えられない程に距離を置いて礼をするところをいつものことだと横目で見やりながら、私はいつも通り自分の執務室へと向かう。

「あーら、なに暗い顔してるのかしら」

 気配すら声をかけられるまでわからなかった。耳元で囁かれた男の声に、ぞわりと悪寒がする。
 反射的に私は執務室の扉を開けて、男の胸ぐらを掴み、投げ入れる。通常女性が男性を部屋に投げ入れる、などという荒業は出来ないが、今のはただ【言葉】すら使わずに普段から身に纏っている魔力で補助をしたから出来た芸当だ。私はもっとか弱い。か弱いのだから筋肉による力はない。

「いったーい」

 受け身をとっていたところは見たので、そう言うほど痛みはないはずだ。きっと。
 私は蔑んだ目で男を見下ろしていると、男はテヘッと笑みを作った。

「やだ、ティアちゃんったら怖い顔」
「黙れ性別間違え野郎。気配を絶って背後に立つなと何度言わせればわかる」

 執務室に入ったあと、優秀な私の補佐がいつものことと言うように扉を閉めた。
 この棟は魔法士専用の為、基本在住する私の部下や魔法士しかおらず、侍女が来るのも掃除のときくらい。騎士がいるのも巡回くらいという王宮の塔の中でも特殊な位置づけがされている。
 それもそのはず。魔法士というのは根本的に【人】としておかしいと自分自身でも思うくらい【変】なのだ。誰だって真夜中に不気味な笑い声のする地下を見に行ったり、何故か爆発する研究室に入りたくもないだろう。しかも王宮魔法士の基本的な服装は上着もそうだが、黒系統を好む傾向がある。不気味にも程があるのだ。今度の会議こそ陛下の了承をもぎ取り、是非にでも私以外のローブの色を変えたいところ。私はいいのだ。このローブと忌み色によって【私】であることを知らしめることこそ意味があるのだから。
 それよりも問題なのは目の前にいる、先程騒がれていた人物である。

「アドゥール殿、何か私に用事?」
「まあ、そんな怖い顔せずに、リラックス、リラックス」

 溜息を殺してまで問いかけているのにも関わらず、奴はにこやかに私の眉間の皺を伸ばそうと指を伸ばしてくる。音符が付きそうな語尾がなんとも私の癇に障るのだ。

「~っ」
「師長、落ち着いて下さいっ。いつものことっす!」
「オカマ隊長のいうことなんて気にしないでくださいっ」

 所構わず魔法をぶっ放そうとした私を補佐達が羽交い締めにして制する。
 それを見ながら「あら、仲がいいのね」なんて言う奴を今すぐ抹殺したい。
 補佐たちもお前がいうのか、という視線を投げている。頼むからこいつの口を誰か塞いでくれないだろうか。



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2019/10/21 魔法に関して呪文なしに訂正 以後修正を入れていきます。
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