朱炎の姫君と王弟殿下

暁月りあ

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第1章

探すもの ひとつ

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「まだ見つからないのか」

 冷たい声音が、隠密達の背筋を凍らせる。
 もうすぐ夜明けだと言うのに満足な情報を齎されないのだから、彼等の主人が怒り狂うのもわかる。しかし、それは隠密達とて同じことだった。

「四方手を尽くしております」
「当たり前だ」

 テーブルを叩いた男は、普段の温和な様子とはかけ離れた怒気をその身に纏っていた。
 赤毛混じりの茶髪は後頭部で1つにまとめられ、空色の瞳は爛々と怒気に塗れている。鼻筋も通っており、すっきりとした顔立ちに無駄な筋肉のない細身の体。そこに加えて侯爵という爵位付き。世の女性が放っておかないのも分かるというものだ。
 ロスター・ティリア。それが彼の名前である。

「ロス。やめなさい」

 部屋に入ってきた美女が、隠密を叱りつけるロスターを止めた。
 その女性はよくロスターと似ていた。整った顔立ちはもちろんのこと、ぱっちりとした空色の瞳に、波打つ髪は太陽の光を受けると赤毛にも見える。国内外問わず『太陽の姫』とも賞賛される彼女は、ロスターにとって二卵性の片割れである。

「ライラ。だが」
「彼等もティリアの血を引くもの。気持ちは同じ。それよりも、ここにいるものも早く探しにいかせた方が建設的よ」

 夜分遅くにも関わらず本邸に現れたことも驚きではあったが、ライラの言うことは最もであった。
 ライラが行きなさいと隠密に視線をやれば、彼らは深々と頭を下げた後、音もなく影の中に消えた。ライラは一見、ロスターを止めたようにも見えるが、埒のあかぬことを好まないだけ。見つけられなければどうなるか分かっているな、という福音を滲ませた声音は、隠密達を震え上がらせる。
 部屋に二人だけになると、ライラはぎりっと爪を噛んだ。

「ったく、人がいない時に限って嗅ぎつけてくるんだから」
「今回は油断しすぎた。俺の責任だ」

 今回、ライラは仕事の関係で地方に赴いていた。ロスターも同様に屋敷を離れる予定が組まれており、屋敷内はそれとなく警備を強化しつつも問題のないはずだったのだ。予定外のことが起こらなければ。
 沈痛な面持ちのロスターに、ライラは右手を振り上げた。

「貴方の責で結構。だけど、それであの子が帰ってきて? そんな顔で言われても困るわ」

 持っていた扇子で叩かなかっただけマシだと思え、と言わんばかりの声音に、ロスターは半歩下がる。ここで謝ったところで、それはロスターの自己満足でしか無い。それよりも、この屋敷の【至宝】を取り戻すことが鮮血であった。

「ライラにも、聞こえたか」
「当たり前よ。嫁いだとはいえ、私もティリアの1人よ」

 地方にいたライラは突然の耳鳴り。それから息苦しさと怒りと恐怖に苛まれた。
 共鳴。一族の間ではそう呼ばれるものを感じたのは実に久々であった。
 それが故に、すでに日付も超えている時間になってまで馬を飛ばして帰ってきたのだから。

「それで、裏切り者は?」
「地下牢に繋いでる。まさか隠密の中に裏切り者が出るとは思ってなかった」
「それは先代のせいよ。ティリアの血が薄れているからもういいだろうと外部のものをいれたから。今回のことで風通しが良くなるわ。首謀者は分かっていて」
「あー……」

 視線を泳がせたロスターの襟首を机に引き倒し、その横面に扇子を向けたライラの瞳が、一瞬で染まりかける。

「無能と罵られたいの?」
「待て待て待て。首謀者が複数人いるから誰を答えるか迷っただけだ」

 わたわたと手をばたつかせるロスターに、ライラは鼻を鳴らして楽にさせた。
 一瞬金色の筋が出かけた瞳は元通りの空色に戻っている。知らない者が見ればただの錯覚だと思う程度の変化だ。感情の揺れがあまりにも大きいときに現れる症状に、只人ではないことは本人達が一番良くわかっていた。

「今回に関係ない処罰で消し飛ばしても、あの子が帰ってこなければ意味がいない」
「……嫌な予感がするのよね」

 ライラのぼそりと呟いた言葉にロスターはぞっとする。
 似たような予感はロスターもしていた。それは、彼らの探し人が亡くなっているという物騒なものではなく、もっと厄介なことに巻き込まれているような、そんな予感。外れてほしい。けれども、幼い頃よりロスターよりもずっとライラのそういった勘は外れたことがない。外れてほしいことほど当たっているというのは世の中の必然なのか。

「風切羽を切られた鳥は、鳥籠から離れては生きていけない。だから、安全なティリアとりかごで匿っていたはずなのに」
「連れ戻す。必ず」

 剣を持ち、外套を羽織ったロスターをライラは冷めた目で見る。

「当然よ」

──全ては愛しい【朱炎】のために。
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