執着王子のお気に入り姫

暁月りあ

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XI視線の先

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 心の中に思い描くのは1人だけではなくなっていた。
 生まれ変わってから血筋のせいだろうか。
 王女に対する仄かな想いは執着と言っても過言ではないと気付くのにそう時間はかからなかった。

「これで全員?」
「はい。念の為秘密通路も探しましたが現在後宮にいるのはこれで全員かと」

 俺の質問に対してディンバーが答える。
 彼がそういうのならば本当のことなのだろう。
 ここ最近着ていた黒ずくめの諜報服ではなく、銀の生地に澄み渡る空のような色の刺繍が特徴のフィッシェンブルケ国の騎士服を身に纏いながら、俺は冷ややかな視線で周囲を見渡した。
 今日、隣国であるフィッシェンブルケ国とこのスプラウト国は戦争を行う予定であった。
 そういう宣戦布告がスプラウトからあったし、国境付近に兵を集めていた。

(瀕死な癖に案外しぶとかったな)

 しかし、まさか王子2人が既に国内へ侵入してクーデターを企てる国民と共に王城を征圧するなどと誰が考えただろうか。この豪雨の中、国境付近でこの国兵達は待ちぼうけを喰らっている最中だ。
 第2王子の兄上は政務を行う王宮へ赴き、俺は逃亡阻止と余計な血が流れないように後宮へやってきた。
 煩いからと猿轡を噛まされた王妃や側近たち以外に子供の俺に対して怯えの表情を見せる侍女達に投降した騎士共。それから反乱民を諌める俺が連れてきた騎士団と兵士達。後宮の広間にはそれなりの人数がいた。
 しかし。

「お、王女がいません……」

 王妃の侍女がそう告げた。
 先程まで罵倒雑言喚き散らしていた王妃が漸く疲れて静かになったと思ったのに、彼女のことを思い出したのか再び煩くなる。猿轡を噛まされているというのに元気なことだ。
 ここで喋らせたところで煩いしどうせ有益な情報は得られない。
 どうせ死ぬのだからここで殺して静かにさせても問題ないのではと思った俺は頭を振って思考を霧散させる。

「取り敢えず後宮の制圧は完了した事だし後は兄上に任せるか」
「王女殿下のことは」

 ディンバーに聞かれて俺は外に視線をやる。
 彼女が行く、思い当たる場所がひとつだけあった。

「多分、もう見つからないだろうしいいよ」

 確認だけはすると言って数名の騎士を連れて後のことはディンバーに任せることにした。

「殿下、どちらに!?」
「黙って付いてこい」

 そう言って土砂降りの中を進む。
 外套を差し出されたが辞退した。
 こんな豪雨の中、何を着ても同じことだった。

「ここですか……」

 兄上から借り受けた新米騎士が眉を寄せて外壁を見る。
 何もないではないか。貴族として表情に出るのはどうかと思うが、彼の顔はそう言っていた。
 俺は肩をすくめて外壁の1番下。
 少々歪んだ煉瓦を引き抜く。
 そうすればガラガラと外側が崩れ、子供1人が漸く通れるくらいの空洞が姿を現した。

「これは……!」
「逃げられましたね、殿下」

 よくディンバーと酒を飲み交わす部下の1人が俺を見遣る。
 追って捕まえるか。殺すか。
 俺は屈んだまま、王女が描いたであろう魔法陣に手を這わせた。

「まったく、仕方ないな……」

 待っていてほしいという意味を込めた言葉は王女に届かなかったようで。
 それもそうかと思い直す。

(普通なら逃げるか)

 俺には前世の記憶がある。
 王女にも恐らく。
 けれど、お互いにその記憶を確かめるようなことはしなかった。
 俺は王女の名前や素性を調べ上げ。
 王女は俺の名前すら知ろうとしなかった。
 そんな関係がこの事態を招いたのだから俺の不手際だ。

「子供1人とはいえ、この国の王都は無駄に広い。王家の虐待を受けた王女を捜す触れは出そう。王子である俺が出来るのはそこまでだ」

 そういって、俺は立ち上がる。
 それでも暫くは王女が消えた先を目で追ってしまっていた。
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