執着王子のお気に入り姫

暁月りあ

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XII張り込み

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 王宮陥落のお触れは翌日、瞬く間に王都へと広がった。
 贅沢に溺れていた王族や貴族達の処刑は公開で行われ、一人ひとりの罪状が詳らかにされた。
 スプラウト国は負けたのだ。
 しかし、そこに敗戦国特有の不景気さも陰気さもない。
 ただ、ただ。
 人々の顔に浮かんでいたのは漸く戦争が終わったのだという安堵。
 これからどうなるのだろうという不安は広がった。

(ただでさえ重税に苦しんできた人々だから、不安はあと数年続くんだろうな)

 しかし、今まで国を支えていた少数の高位貴族と隣国フィッシェンブルケの使者が『生活がよくなることがあっても悪くなることはない』と宣言した。
 それを訝しむ人は多い。それもそうだ。
 他国を侵略した者たちとそれに手を貸した貴族。
 それをすぐに信じられるほど楽天的な者は少ない。
 貴族は情報を探ることに躍起になり、平民たちは不安な表情が晴れることはない。
 それでも明日はやってくる。
 一週間も経てば多少の価格変動はあっても対して変わらない日々に安堵したのは城下町に住む人々だった。

(人々は、それほどまでに苦しめられてきたということ)

 王族の処刑は敗戦宣言からたった一週間という異例の早さで行われた。
 王妃と王の公開処刑が行われる際、多くの国民が石を投げ、嘆き、怒った。
 それはまるでカリアの処刑の時のように。

(時が移ろおうとも、人間のそういうところは変わらない)

 きゅっと胸元を握りしめながら、とある屋根の上にある陰に潜みながらラティアは見守った。

(彼らは正当な罰を受ける。それで、終わり)

 刃が振り落とされるその一瞬まで。
 息を殺して。
 私は彼らの最期を看取った。

 人が疎らになって漸く重い息を吐きだした。
 後片付けをする人々を横目に、ボロボロのフードを被って屋根から降りる。
 身体強化を施した肉体は易々と降りることができた。
 そのまま薄暗い路地裏を抜けてとある場所を目指す。
 キィッと古びた扉を開ければ、沁みついた煙草の匂いが鼻にこびりついた。

「ん、おかえり」

 店の掃除をしていた男が私を迎える。
 茶髪茶瞳というどこにでもあるような色合いのひょろりとした優男は咥えていた煙草を消した。

「すってていいよ?」
「餓鬼は気にすんな」

 掃除道具を置くと、私を抱き上げて頭をなでる。
 が細められて、そのままカウンター席へと連れていかれた。
 2日前から私はこの酒場でお世話になっている。
 彼の情報源兼預かり子として。

▼▼▼▼▼

 時は一週間前に戻る。

(今日の客層はっと)

 物陰からとある店をひょっこりと覗き見た。
 敗戦宣言から5日。
 多少の混乱を残しつつも敗戦国とは思えないほど人々はいつもどおりの生活を送っていた。

(傭兵崩れが1組、冒険者パーティが2組。あとは常連とか近所の人……ってところかな)

 物陰に身を隠し、ここ4日で張り巡らせた魔法の糸に集中する。
 意識を向けた店内では予想通りの客が集まっており、今日の成果やこの国の話。
 そして近所の様子など多種多様な話を肴に酒を飲んでいた。

「うぅっ」

 その中で泣き伏せって浴びるように酒を飲んでいる男がいる。
 隣では常連の一人がその男の背中を擦っていた。

「元気だせよ。そのうちひょっこり帰ってくるって」
「うちのっ、レラちゃんは5日も無断外泊するような子じゃない!」
「いや、猫なんだから気まぐれなもんだろうよ。心配なのは分かるが」
「毎晩、あの子の額にある星を撫でていたんだ。俺、あれから眠れなくて」

 猫、というのは女性とも形容することがある。
 そちらのことかと思ったのだが、どうやら聞いている限り本当に猫のようだ。
 豪雨の日に居なくなってそのまま。
 ここ5日間それで禄に寝ていないそう。
 あんまりだと常連の一人が連れてきたということだった。

(同情はするけどきちんと管理できてなかったんだからいつかはそうなったんだろうな)

 他の客の話に耳を傾けながら、気になるワードが出てこないか探っていく。
 後宮を出てからは常に周囲へ気を配っていた。
 子供一人で活動していたら誘拐される危険もある。
 加えて私の場合は警邏に保護されてもだめだ。
 茶色の髪は珍しくもないだろうが、赤い瞳はスプラウト王家特有のもの。
 隠すためには偽装魔法をかけなくてはいけない。
 けれど、警邏達は偽装魔法を見破る魔法具を持っている可能性が高い。
 現在の私は予想通り似顔絵付きで捜索願が出されていた。
 どんなものにも捕まるわけにはいかなかった。

(そろそろ食料も底をつきそうだし、なんとか仕事を探さないとなぁ)

 食べ物を買うにしても、定住先を探すにしても金が必要だ。
 私が住んでいた場所に金目のものなんてなかったし。
 あったとしても手癖の悪い侍女や騎士が持って行っているに違いない。
 世知辛い世の中である。
 そうであれば自分になにができるか考えて。
 自身の魔法に目をつけたということだ。

(マークした店に魔法の糸を伸ばして監視、客層と雰囲気をここ4日間監視してたわけだけど)

 自分の歩ける範囲を考えながら魔法の糸を伸ばす。
 魔法の糸の範囲も無限ではない。
 潜在的な魔力量が多くとも、流石にこの王都全域に張り巡らせるには年齢的にも身体的にもまだ足りない。
 少なくともあと3年の修行は必要だ。
 こればかりは努力ではどうにもならない問題でもあった。

(15箇所のうち、私の希望に叶うのは2店)

 カフェ、魔物専門討伐の冒険者ギルド、対人間専門の傭兵ギルド、商人ギルド──そして、酒場。
 情報が集まる場所というのは即ち情報を求める人が集まるということ。
 その中でごく自然に客に近づき、自身を売り込める場所が必要だった。
 ただ、もう一店舗は貴族が出入りしていることが多く、幾ら私生児とはいえ顔立ちで勘付かれても面倒だから候補から排除するしかない。

(私が尋ね人おうじょであることが悟られず、ある程度の安全が保証できる場所って難しい)

 昼間は橋の下で身を縮ませながら仮眠して主に夜に動く。
 人の往来が多いときに私のような浮浪児が店に行ったところで門前払いだからだ。
 そして今、私が見ている酒場は冒険者も傭兵も集まり、近所の人もやってくる酒場。
 程々に賑わい、なおかつ近所の人も余所者も通えるほど安全が保証された店。
 遅くならないうちに常連の人と猫について嘆いていた男が帰る。
 その後は程よい時間に冒険者組が。
 日付が変わる頃にまた別の客が入り、傭兵達が酒で顔を赤くさせながら帰っていく。
 傭兵達が帰ったあたりから落ち着いた静かな店内で静かに飲んだり店主と話したりする客だけに。
 そんな客達も明け方近くには帰っていった。

(よし、行こう)

 最後の客が漸く帰ったときに店の扉を開ける。

「漸くか」

 そこの主人は30代くらいの中年男性。
 ひょろりとした優男で市場ですれ違えばすぐ忘れてしまうような印象を受けた。

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