執着王子のお気に入り姫

暁月りあ

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Ⅸ魔法の糸

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 一部の王族が仕事を放棄したらどうなるか。
 その仕事は可哀想な家臣が処理を行うことになる。
 忙しなくあちらこちらの部署にお願いをして回る下級文官。
 自分の仕事を増やしたくはないと邪険にする者、理解できない者。
 今日中に終わらせないといけない案件を処理できるものがいないため、哀れな下級文官は奔走することになる。

(可哀想に)

 そうは思っても私にできることはない。
 前世の記憶を取り戻して3年半。
 魔力循環を毎日行っていたからか前世よりも魔力の扱いが上手く、6歳になる前には魔法が使えるようになっていた。とはいえ、6歳を迎えてからというもの目に見えて魔力循環の精度があがったことも幸いしているのだろう。
 1種の制約のようなものが人間の体には刻まれているのだろうかと思うほど精度の違いが顕著なのだが、それを調べたところで役立てる場所など今のところはない。

 すいっと手を動かす。
 すると、次に聞こえてきたのは深い深い溜息。

「この決済どうするんだよ……」
「上が動かない以上、俺たちがどうにかするしか」
「これ以上どっから削るっていうんだ」
「シャヴィル様、王がまた来週末に夜会をと」

 書類に埋もれた上官らしき人物に入ってきた文官が報告をすると、比較的まともなのだろうシャヴィルという上官は書類を投げて机を叩いた。

「なんで! どうして!! 馬鹿なのか!!」
「シャヴィルさまー、不敬罪っすよー」

 文官が入ってくるまでシャヴィルと話していた同僚らしい男がから笑いを漏らす。
 どうやら滞っている政治はどこかしら切り詰めてやりくりをしているまともな人がいたようだ。
 でなければとっくの昔にこの国は滅びていることだろう。
 民にとっては長く苦痛が続くことだ。
 一層のこと滅びていれば楽だったのかもしれない。
 しかし、彼らがいなければ私は今こうして蔑まれながらもここに存在していたか怪しい。
 これに関してはまともな人達に私は感謝するべきなのだろう。

「ん?」
(おっと)

 騒ぐシャヴィルと宥める文官。それを眺めていた男が何か気づいたようで。
 完全に気付かれる前にと私は引き上げた。

(危ない危ない)

 今、私は自身の魔力を細く長く出してこの王宮中に展開していた。
 後宮から出たことはないが王妃に虐げられた時、侍女や下女。それから騎士達になにかされそうになったときにこっそり糸を忍ばせて行ったことがない王宮の見取り図を作れるほどには張り巡らせている。
 半年かけてこれを完成させたのはつい最近。

(6歳まで魔法が使えなかったから仕方なかったとはいえ、半年はかかりすぎたなぁ)

 王宮には一応魔法を無効化する結界が貼られている。
 そのため、どれくらいその結界に抵触しない糸を作るかで苦心したのだ。
 糸は常に私の魔力で出来ているので実体がない。
 加えて特殊な瞳を持っているかそういう魔道具を使わない限りは視えないもの。
 これは、前世で編み出した私のオリジナル魔法。
 1度目の人生で遊んだことがある『糸電話』のようなもの。

(個人が発する魔力周波が魔力の糸に触れることによって振動として声と動きを認識するっていう魔法だけど)

 欠点は魔力の糸を常に私自身へつないでいないといけないこと。
 つまりは魔力を消費し続けるということだ。
 振動による音の伝達を再現したとはいえ、その距離も精度も糸電話とは似ても似つかない。

(カリアの時も理解してもらえなかったしな~)

 説明をしろと言われて説明しても理解してもらえなかった魔法でもある。
 前世では今の年頃よりもずっと後の13歳時。
 生き延びるために編み出したのだ。
 この魔法を知っているのは直接の部下数名ととある友人のみ。
 それも私が処刑される時には全員死んでいたからこの魔法を知るものはいない。
 故に、魔力の糸を横断されない限りは気付かれることもそうそうないということ。

(さっきみたいに勘の良い人にはあまり良くない手だし)

 おかげでここ最近の世情も随分と明るくなった。
 王宮は国中の噂が集まる場所。
 流石に王都にまで魔法の糸を伸ばすことは出来ない。
 それでもどういう状態かくらいは漏れ聞こえる話で理解できる。

(どうにかする、なんて。そんな大層なことは望まない)

 ふっと魔力の糸から意識を切り離す。
 無意識でも魔力の糸を維持するというのはもう手慣れたものであった。

「よいっしょ、ご飯持ってきたよ」

 そう。先程の男に気付かれたというだけではなく。
 銀のきれいな瞳をした彼が来たからやめたのだ。

 人気のない時に彼が来て薬を塗り、携帯食を置いていく。
 私に慈悲をかけてなにか意味があるわけでもないだろうにと思いながらその手当を享受する。
 そんな行為が日常となった。
 今日も今日とて彼は私を抱え込み、自らの手で食事を与える。
 現在はまだ酷い傷も負っていないため、手当はしない方向らしい。

「今週中にこの国は終わるよ」

 私を抱え込むように抱きしめながら彼はそう囁く。

(そう。そろそろなのね)

 こくりと一つ頷いた。
 そこには緊張感も感慨もなく。
 事実として告げられたことを受け入れる。
 私にとってこの国の王家に思い入れがないことも要因の一つなのかもしれない。
 クーデターか暗殺か。それとも侵略か。
 王宮が混乱しているどさくさに紛れて脱出しようと思ってる。

「ねぇ、俺の秘密を教えてあげるからついてきてって言ったらついてきてくれる?」
「?」

 こてん、と首を傾げる。
 彼等はこの国を崩そうとしている。
 ならば、王家というのは生かしておく理由なんて存在しないはずだ。
 むしろ存在すれば目障りなだけ。
 私の言いたいことが分かるのか、彼はふにゃりと目尻を緩めた。

「俺についてきてくれたら君は死なない」

 すいっと私の手を掬い上げ、甲に口付ける。
 どこまでも優しい宝物を扱うような。
 彼がこんな態度をとるようになったのは出会って1年ほど経ってからだった。
 まるで誰かと私を重ねるかのように。
 私の中の誰かを見るような、懐かしい顔を時々するようになって。

(多分、前に話していた人かな)

 以前私と同じように虐待を受けていた子供は死んだのだろうか。
 だから、彼はその代わりに私を選んだのかもしれない。
 たとえ彼らの思惑が成功したところで、彼の意見が通るかはわからない。
 果たして彼について行っていいのか。
 誰かの代わりとして連れて行かれて、日の当たらない場所に閉じ込められる可能性だってある。

(私は──)

 手の甲から顔を上げた彼の頬にそっと手を添える。

(誰かに縛られるつもりはない)

 その意思を伝える術もなく。
 いつものように彼は私の手当と食事を手伝った後に姿を消す。
 私は名前も知らない彼が消えた場所をぼんやりと見つめるしか出来なかった。


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