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英雄、冒険者になる

9:英雄、珈琲を飲む

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 3日も続けば、それは日課と呼んで差し支えないだろう。
 私の1日は起きてからの鍛錬に始まる。
 早朝というより夜と言って差し支えない時間に起きて、魔法で水を出して洗顔。その後訓練用にと兄の仕立てた服を着て訓練場で柔軟のあと、鍛錬を行う。途中、見回りの騎士達と会って挨拶をするくらいで、使用人でさえも起きてこない。
 朝日が昇りかけた頃、騎士達が訓練場に集まってくる。
 騎士達とはまだ距離があるようで、挨拶をする程度。一緒に訓練をすることもない。本来ならば訓練場は騎士達の為のものなので、私は騎士達が鍛錬を始める頃になると部屋へ戻った。
 その頃になると屋敷の使用人も起き出してくる時間で、部屋に戻ると湯船の準備が出来ている。さっと風呂に入って、侍女に髪の毛を乾かしてもらう。1人でやろうとしたら先日も怒られたので、おとなしくした。
 王都にいるときも、専属の侍女が「私の仕事がなくなるのでやめてくださいまし!!」と叫ぶように懇願してきていたので、同じようなものだろう。仕事がなくなれば楽をできるのに仕事をしたがるというのも不思議なものである。

「おはよう、カディア」
「おはようございます」

 身支度を整えて、家長である兄を食堂で待つ。
 朝食を終えたあとは冒険者ギルドに向かう。途中までは兄がどうしてもというので好意に甘えて馬車に乗せてもらっているが、流石に貴族の馬車を冒険者ギルドの横に停めるのは差し支えるだろう。
 人混みをすり抜けて談話スペースでまったり珈琲を飲んだ。
 どんな人が働いているのか、どんな依頼を受けようとしているのか。それを見るのは細やかな楽しみだ。

「よお」

 断りもなく相席にナウスが座る。
 ここ3日連続のことなので特に思うことはない。

「お前は依頼を受けないのか」
「受けています」

 1つだけだが。
 毎日聞いてくる彼に話さずともいいだろう。
 けれど、依頼というものは良いものから受注されていくもの。

「何個も良い依頼を受けたほうが得だぞ」

 どうやら珍しく助言をしたかったようだ。
 変に毎朝絡んでこられるものの、実害という実害はない。
 他の冒険者と毛色の違う私を、むしろこれは気にかけてられている部類に入るのではないだろうかと少し思う。

「それもそうですね」

 頷きながら、私は動かない。
 初日にも言ったとおり、人が減ってから依頼掲示板を見るので私は十分だ。
 ゆっくりでも確実に、無理のない程度の範囲で仕事を受ける。
 それよりも、騎士のときには知らなかった冒険者というもの、民の暮らしをまずは見て馴染んでいたい。
 騎士時代には出来なかったことだ。
 騎士のときは身の回りのものは全て用意された。
 基本鍛錬漬けの毎日で、外に出るのはレヒト様のご公務の時のみ。
 他の騎士達は休日に外出していたようだが、私は外に出る必要もなかったし、休日は貴族として当たり前の知識を覚えるための訓練をしていたので、出かける暇もなかった。
 それが今や冒険者としてギルドに居るというのはなんとも不思議なものである。

「ナウス。また性懲りもなく絡んで。困ってるでしょ」

 ナウスのパーティメンバーである女性がぷりぷりと愛らしい怒り方をしながらナウスを叱った。
 耳を引っ張りながら怒っているのでナウスも顔を顰める。
 神経が多い耳を引っ張られて痛いのは当然だ。けれど、かなり不躾な質問もされることが多いので、良いお灸ではないだろうか。

「ごめんねぇ。えっと、イアちゃんだっけ」

 女性にこくりと頷けば、彼女はパッとナウスの耳を離してしゃがむと、私の両手を握る。
 下から見上げられれば、フードの中は見えてしまう。手を握られているので、フードを深くかぶり直すことも出来ずに、女性に私の顔を見られた。

「あら。綺麗な瞳の色ね。とっても素敵」

 人とは違う配色に驚いただろうに、そんなことはおくびにも出さない。
 むしろキラキラとした瞳で見てくるので、ちょっとむず痒い気持ちにすらなる。

「服も可愛いし……この服どこで買ったの? 足を出しているのはちょっと心許ないとも思ったんだけど、ナウスから貴女が強いって聞いてるし、強い人が見た目重視の服を着るとは思えないもの。素材は?」

 素材は全体的に黒血蜘蛛の糸を使用していることを教えると、ナウスと共にゲゲッと驚いた顔をする。防御性能を誇る代わりに、見合った代金がすることは知っているようで。駆け出しが買えるようなものではない。
 次いで勝るのは好奇心だったようで、足の部分を盛大に見られた。
 同じ女性とはいえ、恥ずかしいものなので出来るなら遠慮してほしいのだが。
 服を購入した店舗を教えると、今度は納得したという顔をする。

「あそこのおばあちゃんセンスいいもの。私もよく買いに行くし。ちゃんと擦りやすい部分には生地が厚くなってるし、冒険者のことをよく分かった服を作ってくれるからいいよね」
「ん、そういえば……」

 店主のことを大絶賛する女性に、ナウスは顎に手を当てて考える素振りをみせた。

「あそこの婆さんの息子が開いた防具屋あるだろ。最近良くない噂を聞くんだよな」

 店主にお子さんがいることも初めて知ったが、防具屋ということは店主と似たような冒険者向けの店なのだろうか。本来ならば親の店を継ぐものなのだろうが、新しい店を構えるのは珍しいと思う。もしくは店主とは違った商品を取り扱う為に別の店を構えることにしたのか。
 ナウスの言葉に、女性も得心が行ったように頷いた。

「ナウスも聞いたのね。借金まみれになってるって噂でしょ」
「借金?」

 冒険者は最近出来たばかりの職業だ。
 それなりの品を扱っている場合、領都くらい大きな規模の冒険者ギルドがあればそうそう潰れないとは思うのだが。

「確かにあのおばあちゃんの息子なだけあって腕はいいんだけど……」

 女性は言いよどむ。その先は言い辛いとナウスに視線を向ければ、ナウスは肩をすくめた。

「ダサいんだよな。インナーを買うならあの店にいくが、その他は買わない。俺たちは命を張ってるから他の店より良いインナーを買いに行く。けど、危険性のないようなランクの奴ならダサいしインナーを買うしか出来ない店なら別の店にいくって程度だ」

 冒険者が発足して2年でダサいと呼ばれる。そんな店果たしてあるのだろうか。
 首を傾げて、序に店の場所も聞く。そんなに酷評されるとつい気になってしまうのが人間というもので。
 討伐に行く2人とはそこで分かれて、取り敢えず日課として人気が落ち着くまで待ってから、掲示板を眺める。その後は、領都の散策に出て昼食を摂ったあとに仕事へ向かった。
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