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学園編

49昼休みは中庭で ぱーと2

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「それで、要件はなんだったにょ」

 サンドイッチを食べ終えてアイスティーで一服しているところに、エテルネルが本題へ入った。
 昼食を摂っている間、なんだかんだと礼儀作法に関しての勉強会になってしまったので、ルシャもすっかり忘れていた、という表情だ。しかし、その表情はさっと微笑みに変わり、さも始めから言われるのを待っていたのと言わんばかりだ。これが大人になれば顔色一つ変えずにやるのかと思うと女は怖い生き物である。

「これはとても個人的なことなの」
「うにゅ。だから人気のないこの場所を選んだにょね」

 心の準備をさせておくれという福音が聞こえて、エテルネルは敢えて話の調子に乗る。
 少し口を開いたり閉じたりしていた彼女は、意を決したようにエテルネルに向き直った。

「私は、本日の放課後いかないことにしてるの」
「用事かにょ?」
「違うわ。いえ。他の子には用事があると言っているけど、正確にはそうじゃないの」

 彼女は小さく首を振って、視線をアイスティーに落とす。

「私、不器用なの」
「にゅ?」
「だから、不器用、なの! 裁縫で猫をさしても熊とかいわれてしまうし、編み物をしてもすぐに糸をほつれさせてしまうし……」

 人には得意苦手があるのは分かる。その中でも特に苦手なものだって人によって違うだろう。
 手が不器用だから、彼女は給仕をやりたくないといったのか。演技なら常日頃から顔に仮面を貼り付けることを求められる貴族なのでまだましである、ということなのだろう。

「でも、それならミサンガじゃなくて別のでもいいんではないにょ?」
「さ、裁縫より簡単にできると言ったのは貴女ですわ」

 顔を真赤にして彼女はそう言った。他人に見られたくないほどに不器用とはどういうことかエテルネルには想像がつかない。エテルネルは器用ではないが、さほど不器用というほどでもなかった。破れたズボンの膝や服をリメイクしたり、修繕する方法は祖母から教わっていたので、ルシャほどではない。

「大体の貴族の女性は、高等科を卒業後に時間差はあれど婚約している貴族の元へと嫁ぎますわ。それまででも婚約者に刺繍や編み物を差し上げるのはよくあることですし、結婚衣装は母と自身の刺繍を入れることが習わしですの。器用な方ほど早く嫁げるのよ」

 刺繍や編み物が出来ることが一種のステータスということ。この世界の貴族子女にとっては当たり前なことで、出来ない者は婚期が遅れることだってよくあることなのだそうだ。
 幼い頃から皆が一生懸命練習していることを出来ない、というのは悪いところを見つけることが好きな貴族にとっては格好の餌だろう。平民、貴族に関わらずその人がどれほど頑張っていようが、親しくない限り他人というものはその努力を認めようとはしないのだから、貴族である彼女にとっては死活問題だ。

「でも、それとミサンガとは関係なくないかにょ」
「きっと他の方は裁縫かミサンガを仕上げられるわ。裁縫は母が投げ出すくらいだから諦めているの。だから、放課後でも昼休みでも良いわ。私にこっそりと教えてくれないかしら」

 もしかすると、エテルネルを擁護したのはこのためだったのかも知れない。擁護してやった代わりに報酬をよこせ、ということなのか。エテルネルは口元に手を当てて考える。
 別にエテルネルとしては問題がない。利益も求めていないし、文化祭がエテルネルの記憶通りであるなら、クラスの人を手助けすることは悪いわけじゃないのだ。それに、ここで恩を売っておけば、いつか役に立つ日がくるのかもしれない。
 そんな打算を考えたものの、こんな考えは自分には合わないな、と首を振った。こんな考え方はスラッガードが悪い笑みを浮かべながらするものだ。エテルネルが同じことをしようとしたとしても、相手に足元を掬われるのがおちだろう。
 エテルネルは天啓人だ。かつてのようにしがらみや周囲の嫉妬に押し潰される心配もなく、やりたいように生きる。それが可能なのだ。

──どの世界にいようとも私達の生き方は変わらない。

 亜紀沙がそう宣言してくれた世界。この世界と、エテルネルが人であった世界では全く違う生き方をしてしまったが、今ならエテルネルの思うがままに。

「いいにょ。練習ならいくらでも」
「本当に!?」

 がたっと立ち上がって顔を輝かせる彼女は、年相応に見えた。幾ら貴族だからと言葉遣いを幼いころから徹底されていようと、肝心なところではやはり子供なのだ。
 昼休みはフォスターと摂ることが多い上に、彼女はフォスターの前で自分の拙さを披露するのは絶対に嫌だと首を振った。親しい友人にも隠しているようなので、幼いとは言え男の前で自分の不器用さを見られるのは嫌だというのは、エテルネルでも理解できた。
 結局、週に2日ほど。フィリネと2人でルシャの自室へお邪魔することになった。
 流石にルシャが2人を訪ねるのは、影でなにかと言われる原因になる。ルシャの部屋へ招かれる分にはいくらでも理由は作れるのだと。

「良かった。この御礼は必ずさせてもらうわ」
「別にいいにょ。あ、部屋に行った時にお菓子をくれると嬉しいにょ」

 なにせフィリネの母であるイリシャが身ごもってからというもの、パイやクッキーの匂いですら吐き気を催したのでお菓子を食べてないのだ。多分バターの香りがだめだったのだと思う。
 フィリネへ手紙によれば、そろそろお腹が目立ってきて、食欲も戻ってきたとのこと。秋が始まる頃には第二子が生まれると思うから、長期休暇にでも帰ってくるといいとクラヴィからのお達しだ。夏に長期休暇があるので、生まれる前にフィリネへ様子を見せたいということなのだろう。
 まずは明日の放課後に行くことを約束して、3人は片付けを始める。
 まだ少し時間はあったが、エテルネルは先に2人に戻ってもらうようにおねがいした。

「どう、したの?」
「中庭ってちゃんと見たこと無いから、ちょっと走ってくるにょ」
「授業には間に合わせるのよ」
「勿論」

 心配する2人の背中が見えなくなったところで、エテルネルはインベントリから神桜のショートボウを取り出して、構えた。

「そこにいるのは誰にょ」

 誰もいないはずの茂みに矢を向ける。その声音は、先程までフィリネたちと喋っていたのは比較にならないほど、迫るような低い声だった。
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