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学園編

39妻の待つ家 ぱーと2

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「ごちそうさまにょ」
「お粗末さまです」

 一粒も残すことなく食べ終えたエテルネルは、両手を合わせた。
 それが天啓人の食後の挨拶だと知る彼女も、合わせて声をかける。
 食後はゼリーが出てきた。オムライスを作る過程で作れるようになる代物らしいが、まさか作り置きしているとは思ってなかったものの、とても美味であったとエテルネルの顔が満面の笑みだ。
 紅茶に砂糖を二杯入れて、少し猫舌になった体に不便を感じつつ、喉に流し込む。

「ウルド」
「はい」

 食器の片付けを終えたウルドも一服していたところに、そうエテルネルが声をかけた。
 笑みを浮かべていたウルドだったが、エテルネルが真顔になったことで、ただの雑談ではないことを察したようだ。手に持っていたカップをテーブルに置く。

「ありがとう、この家にいてくれて」
「エテ、さま……?」

 突然の礼。それがなにを意味しているのか、ウルドは正確にわかってくれると信じて、エテルネルは話を切り出した。

「こんなにょ、私が言うことじゃないのは分かってる。でも、ありがとうにょ」
「……」

 本来ならば、エテルネルの実弟であるエールが、彼女に頭を下げて言わなければならないことである。
 100年という歳月を、この家で待ち続けたウルド。本当に帰ってくるかも分からない旦那を待ち続けることは、ただ妻というだけでは途方もない時間だ。この世界がまだ、エスであった期間、エールと共に過ごしていたとしても、ただの愛だけで、サポートキャラクターというだけで、待ち続けるものなのか。
 それでも、実際にエテルネルがくる100年後まで、待ち続けてくれたことへの感謝は、姉として当然のものであった。

「それを踏まえた上、私に出来る範疇で、お願いはないにょか?」

 エテルネルはただのプレイヤーであり、この世界に来て間もない天啓人でしかない。運営でもないエテルネルに出来ることは少ないが、それでも天啓人として、何よりエールの姉としてウルドの願いを聞けることもある。
 その問いかけが強者としての驕りではないことを、正確に読み取ったらしい。

「……それは」
「ここには部下も、護衛対象もいない。ただ、義姉と義妹がいるだけ。違うかにょ」
「エテルネル様。私は、そんなつもりでは」
「そんなつもりってどんなつもり?」

 すぅっと目を細めるエテルネル。対照的にウルドの顔面は蒼白になっていく。

「気づかないとでも思ったにょか? ウルドは、私の前で、一度もエールの名を口にしていない」
「──っ」

 エールのことを主人、あの人。とは呼んでも、その名前をきちんと口にしたことはない。
 忘れてしまったのか。違う。そんな生易しい想いの奴が、家を100年先まで守り通すだろうか。国を守ろうと騎士団に入るだろうか。エルフである以上、多種族国家とはいえエルフの国の方が住みやすいはずだろうに。
 敢えて口にしなかった。というのが、正解なのだろう。

「意地になってないかにょ。この100年、この家を、エールの帰る場所を守ってくれたことには感謝してる」

 100年以上も前に家を放棄してもおかしくはない状態だったはず。むしろ更地にして、ウルドの住みやすい家、そして新しい家族を作ってもらってもかまわないくらいだ。
 エテルネルは少数ながら騎士団を──カロス達を見てそう思った。フォスターの傍に控えるウルドとさり気なくフォローを繰り返し、悟られないようにする部下達。それをすることがどんなに大変か、先日の襲撃者を見てもよく分かる。
 最終的に一番最後に残っていた暗殺者達をエテルネルが相手取ったが、他にも危険は多々あった。
 態々物陰から、フォスターやエテルネル達にぶつかりにいこうとするならず者。ころんで荷物を拾ってもらうふりをして、ナイフを隠し持った老婆。呪術を練り込んだ物をつけさせようとする露店の店主。
 流石に明らかなものはエテルネルやウルドでも対処したが、それでも余程ウルドへの信頼がなければ、ウルドの部下達はきっと飛び出してきていただろう。

 100年。それはあまりにも長過ぎた。
 彼女は信頼できる仲間を作り、今を生きている。
 いつ帰ってくるか分からない実弟エールに、いつまでも縛られてほしくはない。

「でも、ウルドには仲間が出来た。環境も変わっているにょ。もう、エールから解放されても」
「嫌です!」

 バンッとテーブルを叩いて、彼女は肩を震わせる。

「そんな……こと……」

 ウルドはぐっと拳を握り締めた。

「100年、です。100年私は待ちました。待ち続けました。この家で、この、国で」

 そう語るウルドの声は震えている。

「あの人が帰ってきた時に戦火であっては心は休まらないだろうから、騎士団に入ろう。あの人が帰ってきた時に、家が散らかっていたら困るだろうから、手入れをしよう。あの人が帰ってきた時、お腹がすいているといけないから、食料は切らさないように……」

 100年前にはなかった気遣い。それはそうだ。まだあの時、全ての物の管理はエールにしか出来なかったのだから。運営から手が離れたことで、サポートキャラクター達に所有物など出し入れや手入れの自由がきくようになったのだろう。

「やることが、たくさんあると、そう、思ってました。今でも、それは変わらない。あの人が……エール様が、帰ってくると、信じて、る、から……!」

 白くなるほど握りしめられた手のひらに、エテルネルはそっと手を重ねた。
 今でも強く、エールのことを想っているのだ。彼女は。

「私、わかるんです。きっと、この一生で出会えなければ……いいえ。もう一度、好きになって頂かなければ、もう、二度とお会いすることはないだろうって。次の転生に、この愛おしい記憶はないって」
「ウルド……」

 転生システムでは、転生前の記憶をそのまま送り出すことが出来た。そのことを言っているのだろう。
 運営がいないこの世界では、彼女の言うとおり、記憶を次へ持っていくことは限りなく不可能に近い。天啓人が死ねない理由がそれだ。きっと、一度死ねばそれで終わり。それを天啓人だけではなく、サポートキャラクターも感じ取っているということ。

「でも、時間は過ぎていくんです。この家の耐久は、保ってあと50年。遅くて100年あれば十分でしょう。今までの100年は耐えられた。では、次の100年は。私だって、いつまでも若くない。しわくちゃのおばあちゃんになっても、エール様がこなければ、なにも意味はないっ」

 天啓人プレイヤーにとって、サポートキャラクターというのは、自由思考プログラムを兼ね備えたAIというものでしかない。
 ウルドのようにここまでの強い感情は、きっとエールにはない。エールよりもログイン時間の長いエテルネルでさえ、現実とゲームは違うと区別していた。この世界で恋愛をしようとも、それは疑似恋愛でしかなく。子供ができようとも、それが現実の子供になるわけではない。

「疲れた訳でも、怒っている訳でもありません。不安なのです。ただ1人、待ち続けた方に、拒絶すらされないまま、朽ちていく可能性が……!」

 ぽろぽろと、硝子のように美しい水色の瞳から、涙がこぼれ落ちた。

「エテ様を見つけた時、正直ほっといたしました。エール様はいつだって、貴女様を放っておくようなことはしませんでしたから」

 歪な笑みで、彼女は握りしめていた手を開いて、エテルネルの手を握った。
 余程強く握りしめていたのだろう。血が滲み出て、エテルネルの手を染める。
 そんなことに注意する余裕などなく、エテルネルは強い意思が篭った瞳を見つめ返した。

「きっともう少しでこの世界にくる。この世界にきたら、きっとすぐにエテ様の元へと駆けつけるでしょう。エール様はそういう方です。でも、その傾向はない。確かに、意地になっていることは認めます。でも、私はっ! 今でも私はエール様をっ」

 エールが帰ってきた時、2人はまた初めからやり直すことになる。
 そうなった時、果たしてウルドが絶望しないのか。
 この場で忘れたいと、そう願ってくれたならどれほどよかっただろう。

「諦めることなんて、出来ないんです」

 顔を伏せて、懇願するように、絞り出すように、ウルドはそういった。

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