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ネフリティス村
7朝練にょ
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朝日も昇っていない時間に起きて、まずは窓を開ける。電気の代わりになるものはあるが、太陽が上がる頃に起き、沈む頃に寝る規則正しい生活を送る村にとって、この時間から起きている者は少ない。時間に追われることなく過ごすことは大切だとしみじみと思う瞬間だ。
エテルネルは服を着替えて、弓矢を装備する。神桜の装備ではなく、これはただ木の棒で出来た雑貨屋でも売っているショートボウだ。特殊効果もなく、攻撃力も低いがただ練習するだけならもってこいだろう。
窓から飛び出して一回転の後に地面へ着地する。衝撃は多少あるものの、体術系の技能を上げているおかげでそこまでだ。これがエテルネルでなければ大怪我は間違いなかっただろうが。
森の中に入って暫く進み、手頃な広場を見つける。
まずは装備のうちナイフ以外を置いて構えをとった。右手を前に、半身を引いて。そして心を鎮めて呼吸を整える。
ざりっと前に向けて足を踏み出して突きを出す。次は右脚で蹴り上げ、知り得る型をなぞっていく。
エテルネルとなる前、彼女は祖父が亡くなるまで弟と共に体術と弓術を教わっていた。体術を得意としたのは弟。弓術を得意としたのは彼女だったものの、どちらも出来ない訳ではなかった。
人は無意識に体が覚えていることがある。体術、弓術。この姉弟が体に叩き込んだそれらは例えゲームの世界だったとしても関係はなかった。弓を引く感覚を、肉体と肉体がぶつかる衝撃を知っているからこそ、思い通りに動けるエスでは能力を最大限に引き出せた。
それは、今も同じである。
「ふぅっ」
体に馴染むためにもこの鍛錬は有効だった。
着替えた服は汗でまとわりつき、息は大きくは乱れていないものの、疲れを感じる。鍛錬だからこそ技能を使わないので、これが自分の実力なのだと知らしめてきた。
体術を終えた後は【生活技能《デイリースキル》:浄化】で体と服を綺麗にし、弓を装備する。
ここから始まるのは、エテルネルが最も得意とする弓の鍛錬だ。これには少しばかり技能を使い、飛距離を伸ばしていく。和弓ならともかくショートボウでは飛距離が長くならないからだ。
【弓技能《ボウスキル》:直進矢】
魔力で構成されたその矢は、数百メートル先の的を射る。その次に放った矢は1キロ先の的を。それからはぶれないように集中的に狙った。
ほんの数発で的にしていた木が倒れた。むしろ、ここ最近の成果で言えばやっと1発で倒すことなく手加減出来たという感想だろう。
エテルネルはやっとひと息つくと、明るくなっていく空を見上げた。
今日も一日が始まる。
「おかえりなさい」
エテルネルが家路に着いた時にはいい匂いが台所から漂っていた。
「ただいまにょ。なにか手伝うにょ!」
手を洗って腕捲りをすれば、イリシャはくすくすと笑ってお皿を並べてほしいと頼んできた。それにエテルネルは子供らしくうなづいて作業に取り掛かる。
始め朝練に行く時はクラヴィが後ろから付いてくる気配がしていたが、本当にただの鍛錬だと知ってからは付いてこなくなった。エテルネルがクラヴィに気付いていることなど彼は分かっていないだろうから、エテルネルからは何も言わない。
焼いたパンとサラダをお皿に盛り付け、スープを更に煮込めば完成だ。その頃を見計らっているのか、丁度いいタイミングでクラヴィが降りてくる。
これが朝のサイクル。この村にエテルネルが来て2週間が経とうとしていた。
「そろそろ商団が来る時期ねぇ」
「もうそんな時期か。皮はどれくらいあったか……」
「商団?」
新しく聞く単語にエテルネルは首を傾げた。
「あぁ、言わば流れ商人の集団だな。街から街を歩いて各地の特産を買っては売る。その地で買うよりも高いが、物が集まる王都に行くことはない人達にとっては良い息抜きなんだ」
その説明を聞いて、エスにも似た集団があったことを思い出す。交易を主に活動する彼等を当時はキャラバンと呼んでいた。
技能の中には【交易技能《コマーススキル》】というものもあったため、交易専用を扱うギルドもあったくらいだ。NPCからすれば護衛代わりにもなる天啓人、低レベルの天啓人からすれば滅多に手に入らない素材を手に入れるチャンスとして種族問わず迎えられるものだった。
「今回の商団は年に1回は寄ってくれるところで、商団の中で唯一天啓人がいるんだ」
「天啓人!?」
ガタッと椅子の上に立ち上がるエテルネル。イリシャに怒られて座り直したものの、驚きはあまり消えておらず、天啓人が何人もいることに期待も抱く。
「エルフのアルモネっていう女性だな。天啓人であることとその強さから何処の国も狙ってたが、今のところ何処の国にも属さないと明言している。寝床を持たない商団だからこそ言える芸当だな」
「そっか……アルモネが」
カンストプレイヤーではなかったものの、知っている者の名に呟きを返した。
「お知り合い?」
「し、師匠に聞いたことがあるだけにょ」
言葉を濁したが、エテルネルはふと昔に想いを馳せる。
彼女はエルフキャラバンの1人で、エテルネルがエルフだった時はよく活用させて貰ったものだ。最後にあったのも、仲が良かったおかげか、終了の前日に酒を呑み交わした。
気の良い人だった。優しくて、芯が強くて、どこかエテルネルが所属しているギルドのリーダーを彷彿とさせたものだ。本人達は必死に否定していたが。
この世界に知り合いがいると知っただけでも、それはエテルネルの心の支えとなる。
「商団はいつくるにょ?」
「いつもこの時期に来ることだけは分かるが、正確な日取りは分からないな」
「ふむふむ」
「さあ、エテちゃん。ご飯を食べてお洗濯しなきゃ。あなたも、商団が来るなら皮の調子を見て頂戴」
イリシャの言葉でいつもより大分朝食の時間がかかっていることに気付いた2人は、朝食をかき込んだのであった。
動物や魔物の皮や角、爪など、この一帯でしか出現しないものもある為、商団が高く買い取ってくれるらしい。1年に2度、大きな収入源なのだとか。
ギルドもない村ではこれが一般で、確かに行商人がたまに来ることもあるが、この時にまとまった収入を得るのだそう。
朝食が終わった後にイリシャを手伝いながら聞いたことだ。
「楽しみだにぇ!」
「そうねぇ」
種族は違えど、ほのぼのとする2人の雰囲気に、井戸端会議をしていた奥様方も表情を和ませたのだった。
エテルネルは服を着替えて、弓矢を装備する。神桜の装備ではなく、これはただ木の棒で出来た雑貨屋でも売っているショートボウだ。特殊効果もなく、攻撃力も低いがただ練習するだけならもってこいだろう。
窓から飛び出して一回転の後に地面へ着地する。衝撃は多少あるものの、体術系の技能を上げているおかげでそこまでだ。これがエテルネルでなければ大怪我は間違いなかっただろうが。
森の中に入って暫く進み、手頃な広場を見つける。
まずは装備のうちナイフ以外を置いて構えをとった。右手を前に、半身を引いて。そして心を鎮めて呼吸を整える。
ざりっと前に向けて足を踏み出して突きを出す。次は右脚で蹴り上げ、知り得る型をなぞっていく。
エテルネルとなる前、彼女は祖父が亡くなるまで弟と共に体術と弓術を教わっていた。体術を得意としたのは弟。弓術を得意としたのは彼女だったものの、どちらも出来ない訳ではなかった。
人は無意識に体が覚えていることがある。体術、弓術。この姉弟が体に叩き込んだそれらは例えゲームの世界だったとしても関係はなかった。弓を引く感覚を、肉体と肉体がぶつかる衝撃を知っているからこそ、思い通りに動けるエスでは能力を最大限に引き出せた。
それは、今も同じである。
「ふぅっ」
体に馴染むためにもこの鍛錬は有効だった。
着替えた服は汗でまとわりつき、息は大きくは乱れていないものの、疲れを感じる。鍛錬だからこそ技能を使わないので、これが自分の実力なのだと知らしめてきた。
体術を終えた後は【生活技能《デイリースキル》:浄化】で体と服を綺麗にし、弓を装備する。
ここから始まるのは、エテルネルが最も得意とする弓の鍛錬だ。これには少しばかり技能を使い、飛距離を伸ばしていく。和弓ならともかくショートボウでは飛距離が長くならないからだ。
【弓技能《ボウスキル》:直進矢】
魔力で構成されたその矢は、数百メートル先の的を射る。その次に放った矢は1キロ先の的を。それからはぶれないように集中的に狙った。
ほんの数発で的にしていた木が倒れた。むしろ、ここ最近の成果で言えばやっと1発で倒すことなく手加減出来たという感想だろう。
エテルネルはやっとひと息つくと、明るくなっていく空を見上げた。
今日も一日が始まる。
「おかえりなさい」
エテルネルが家路に着いた時にはいい匂いが台所から漂っていた。
「ただいまにょ。なにか手伝うにょ!」
手を洗って腕捲りをすれば、イリシャはくすくすと笑ってお皿を並べてほしいと頼んできた。それにエテルネルは子供らしくうなづいて作業に取り掛かる。
始め朝練に行く時はクラヴィが後ろから付いてくる気配がしていたが、本当にただの鍛錬だと知ってからは付いてこなくなった。エテルネルがクラヴィに気付いていることなど彼は分かっていないだろうから、エテルネルからは何も言わない。
焼いたパンとサラダをお皿に盛り付け、スープを更に煮込めば完成だ。その頃を見計らっているのか、丁度いいタイミングでクラヴィが降りてくる。
これが朝のサイクル。この村にエテルネルが来て2週間が経とうとしていた。
「そろそろ商団が来る時期ねぇ」
「もうそんな時期か。皮はどれくらいあったか……」
「商団?」
新しく聞く単語にエテルネルは首を傾げた。
「あぁ、言わば流れ商人の集団だな。街から街を歩いて各地の特産を買っては売る。その地で買うよりも高いが、物が集まる王都に行くことはない人達にとっては良い息抜きなんだ」
その説明を聞いて、エスにも似た集団があったことを思い出す。交易を主に活動する彼等を当時はキャラバンと呼んでいた。
技能の中には【交易技能《コマーススキル》】というものもあったため、交易専用を扱うギルドもあったくらいだ。NPCからすれば護衛代わりにもなる天啓人、低レベルの天啓人からすれば滅多に手に入らない素材を手に入れるチャンスとして種族問わず迎えられるものだった。
「今回の商団は年に1回は寄ってくれるところで、商団の中で唯一天啓人がいるんだ」
「天啓人!?」
ガタッと椅子の上に立ち上がるエテルネル。イリシャに怒られて座り直したものの、驚きはあまり消えておらず、天啓人が何人もいることに期待も抱く。
「エルフのアルモネっていう女性だな。天啓人であることとその強さから何処の国も狙ってたが、今のところ何処の国にも属さないと明言している。寝床を持たない商団だからこそ言える芸当だな」
「そっか……アルモネが」
カンストプレイヤーではなかったものの、知っている者の名に呟きを返した。
「お知り合い?」
「し、師匠に聞いたことがあるだけにょ」
言葉を濁したが、エテルネルはふと昔に想いを馳せる。
彼女はエルフキャラバンの1人で、エテルネルがエルフだった時はよく活用させて貰ったものだ。最後にあったのも、仲が良かったおかげか、終了の前日に酒を呑み交わした。
気の良い人だった。優しくて、芯が強くて、どこかエテルネルが所属しているギルドのリーダーを彷彿とさせたものだ。本人達は必死に否定していたが。
この世界に知り合いがいると知っただけでも、それはエテルネルの心の支えとなる。
「商団はいつくるにょ?」
「いつもこの時期に来ることだけは分かるが、正確な日取りは分からないな」
「ふむふむ」
「さあ、エテちゃん。ご飯を食べてお洗濯しなきゃ。あなたも、商団が来るなら皮の調子を見て頂戴」
イリシャの言葉でいつもより大分朝食の時間がかかっていることに気付いた2人は、朝食をかき込んだのであった。
動物や魔物の皮や角、爪など、この一帯でしか出現しないものもある為、商団が高く買い取ってくれるらしい。1年に2度、大きな収入源なのだとか。
ギルドもない村ではこれが一般で、確かに行商人がたまに来ることもあるが、この時にまとまった収入を得るのだそう。
朝食が終わった後にイリシャを手伝いながら聞いたことだ。
「楽しみだにぇ!」
「そうねぇ」
種族は違えど、ほのぼのとする2人の雰囲気に、井戸端会議をしていた奥様方も表情を和ませたのだった。
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