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「はい、コーラル」
「あー」

 お兄様がマカロンを私の口に入れてくれます。
 あ、これみかん風味ですね。
 そう言えばつい昨日もピクニックに出かけたのです。
 その時に摂ったのでしょうか。
 ジャルク様の目の前ですがお兄様に甘やかされています。コーラルです。

「いつも2人はそうなのですか」

 お茶会で私に給餌していたのはアピールかと思っていたのでしょうか。
 そんなことはありません。
 アンナもお兄様もこれが普通です。
 夕食に間に合ったお父様が混ざりたそうにしていますが、今の所成功したことはないですね。
 何気にお父様、属性多くないでしょうか。

「えぇ。いつもは使用人と取り合いになるので、殿下のおかげでコーラルを独占できます」

 私の思考は外れていきますが、お兄様はしっかりと応えます。
 自分で食べないって自分のペースが乱れると思うじゃないですか。
 ちゃんとごっくんするのを待ってからお兄様もアンナも給餌してくれますし、飲み物がほしい時は言わずとも察してくれます。
 ダンテの作るお菓子も美味しいですしね。
 謂わばここが天国。是非もなく。

「おいちーよ?」

 先程からジャルク様はお菓子に手を付けていません。
 失敬な。毒なんてありません。
 食べないなら私が全部食べてしまうだけです。
 食い意地が張っている?
 なんとでも言ってください。
 食べたいものを食べて、幸せを得る。
 これすなわち本能です。
 行儀が悪いとは思いましたが、私は椅子から降りてジャルク様の隣に立ちます。

「どーじょ」

 マカロンをジャルク様に向けます。
 子供なので許してください。
 お茶会中に立ってはいけないとはまだ教えられてないですからね。
 アンナの目が細められたのでマサに報告が行きそうで怖いです。
 ひぇ。

「そう、ですね……」

 ジャルク様が目を伏せます。
 ジャルク様の侍従さんが近寄ろうとしましたが、それを彼が目で制しました。
 無言でも意思疎通出来るとは凄いです。
 侍従さんを見ていると急に空が暗くなったかと思いました。
 そうすると、ジャルク様がぱくりと私の手の中のマカロンを食べたのです。
 あ、受け取るんじゃないんですね。そのままいくんですか。

「確かに、これは美味しい」

 ふんわりとジャルク様が微笑みます。
 そうでしょう。そうでしょう。
 ダンテのお菓子は美味しいのです。
 不思議な味ですね、とジャルク様が言ったのには流石に焦りましたが。
 そう言えばみかんってこの国には無いんですっけ。
 にこにこで誤魔化しておきましょう。

「ぼ、僕だってどーじょはまだなのに……」

 お兄様がとても大人げないことを言っています。
 第一人称が僕に戻るくらいにはショックなんですね。
 その後ろではアンナも悔しそうです。
 いえいえ。ふたりとも。
 本当に大人げないですよ。
 これはジャルク様が帰ってからどうぞ合戦が始まりそうですね……。

「っ……ふふっ……」

 あんぐりと口を開けてお兄様とアンナを見ていると、私達3人の様子が面白いのかジャルク様が笑います。
 笑っては失礼だとは思っているようで笑いを耐えようとしていますが、耐え切れていませんよ。

「すみませんっ。とても、仲良しなんですね」

 ここでようやく、肩の力が抜けたような。
 お茶会で見たふんわりとした笑顔をジャルク様は見せました。
 とても可愛い笑顔です。
 やっぱり緊張していたのでしょう。
 強張りが取れて何よりですよ。


*****


「どうだった。ジャルク」
「お兄様」

 私に今日の感想を求めてくるお兄様。

「あの、ですね。その……」

 興奮して伝えようとしたことは言葉にならずに溢れていく。
 お茶会で見た小さな小さな存在。
 貴族の子であれば社交に出た限りそれなりの礼儀は求められる。
 それにも関わらず、まるで関係ないと2人の世界を作っていた。
 3歳の女の子とその兄。
 お兄様に言われて話しかけたのが始まり。
 食べる姿が愛らしくて。
 頬にお菓子を沢山詰め込んだ小動物のようで。
 思わず素で笑ってしまう。
 そして。
 あのふわふわとした女の子は、今まで会ったどんな人よりも──

「楽しかったです」

 砂糖菓子のように甘く心の中に入ってくる。
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