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7:名前

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 それは生後9ヶ月位になった頃でした。
 歩く練習の為か、それとも単純に遊ばれているのかはわかりませんが、夕食後にお兄様が私の足を持って交互に動かしていたときです。
 いつもどおり口の中をもごもごとしていた私が、

「いぃに~」

初めて発した単語に、お兄様は持っていた足を落としました。
 柔らかな絨毯の上にぽとりと私の足は落ちます。
 痛くはないです。足がまだ短くてそこまでの高さもありませんからね。

「い、今……」

 目を見開いて動揺するお兄様。
 おや、もう一度聞きたいんですかね。
 先程は思ったよりきちんと発音出来なかったのでもう一度言いましょうか。

「いぃい~」

 あら。先程よりも失敗してしまいました。
 私がそう発音すると、お兄様はバッとアンナを振り返りました。

「アンナ! 今、コーラルが私のことを呼んだぞ!!」
「左様でございますか」

 ツーンっと応えるアンナ。
 よっぽど悔しいようで。
 いつもいるのはアンナなのに、お兄様の方を先に呼んだのがショックのようです。
 思った以上に素っ気ない。
 アンナとお兄様はいつもどこか張り合おうとする癖があります。
 主従関係なのにいいのかと思わないでもないです。
 しかし、2人は他の大人と比べると年齢も近いからでしょうか。
 何かにつけ私と張り合おうとします。

「お嬢様、アンナですよ。アンナ」

 スタスタと歩いてきたアンナが自分の名前を呼ばせようとする。

「あうあー」

 アンナさんや。残念ながらナの発音は難しいのです。
 まだ発音が難しいお子様なのですよ。
 しかし、私がアンナのことを呼んだのが分かったみたいです。
 先程と違って目をキラキラさせながら、お兄様から私を奪い取ります。

「聞きました!? 今、私の名前をおっしゃいましたよ!」
「私の方が先だ!!」
「確かに坊ちゃまの方が先に呼ばれましたが、使用人では私が初めてです!!」
「それでも私の方が先に呼ばれたことには変わりないだろ!?」

 2人は大興奮です。
 耳元でとても騒がれるのは結構辛いものがありますね。
 こんなことなら呼ばなければ良かったかも知れません。
 それに何故2人の名前をまず言えるのかというと、2人と一緒にいる時間。
 そして、お兄様が私に呼ばれたい名前をずっと連呼していたから。
 耳にタコが出来そうなほど繰り返されました。一番は譲れなかったようです。

 思えば、9ヶ月で話し始めるのはかなり早い時期ではないでしょうか。
 前世を覚えているとはいえ、もごもごと口の体操をしたかいがありました。
 歯がないとしっかりは喋れないので、今まで話せなかったのも納得がいきます。
 かといって、まだ生え揃えてもいません。これからですね。

「アンナ! コーラルを返せ!」
「良いではありませんか。私だってお嬢様に触れていたいんですぅ」

 そろそろ子供2人の喧嘩が激しくなってきました。
 おいおい。揺らさないでくださいよ。
 やりますかね、と、タイミングを見計らって大声で泣きます。
 あまり激しく揺らされると気持ち悪いんです。わかりませんか。
 私の大声を聞きつけてマサがやってきてくれて、2人を叱ってくれました。
 もっと怒ってやってください。
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