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第4部 魔王と勇者、家族のために戦う
第7話 魔王と勇者、そして2人の母親
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先生は淡々とした口調で語り始めた。
「木島晴もね、むかし娘を殺されているのよ。あなたたちはこの世界を平和なところだと思っているかもしれないけど、この世界にだって残酷な犯罪者はいるの。正義のためでも復讐のためでもなく自分の欲望のために、小学生の女の子に襲いかかって殺してしまうようなヤツらがね」
そうか。先生にそんな過去があったのか。
「アナタの言うとおり、木島先生は子どもが好きよ。マリオネアもね」
勇美が「そういえば……」と口を開いた。
「エレオナールの母親は、あの村で子ども達の教師をしていたな」
「ええ。マリオネアも子どもたちが好きだったわ」
木島先生とマリオネアにはそんな共通点があったのか。エレオナールが幼いながらに文字を書けたのもそのためだろうか。
「1月に2人の人格が統合されて、私たちは迷った。勇者と魔王が児童の誰かも分らなかったしね」
「なんだ、ゼカルはそこまで教えてくれなかったのか」
「ええ。あの創造神は意地悪よ。勇美ちゃんと影陽くんが体育の時とかに『勇者』だの『魔王』だの言っていたのは覚えていたけど、たんにふざけているだけかとも思えたし」
実際ふざけていたんだけどな。
「なにより、魔王と勇者が双子に転生しているなんて、普通思わないでしょ」
「ま、そりゃあそうだろうな」
「だから、クラスのみんなを3ヶ月間近く観察したの。あなたたち二人だけじゃなくてね。放課後とか、休み時間とかも。なかなか確証をえるのは難しかったけど、ひかりちゃんたちの入学式の翌日、あなたたち二人が中休みに校舎裏でこそこそ会話しているのを見つけてね、聞き耳を立ててみた。詳しい内容は分らなかったけど、勇者シレーヌとか、魔王ベネスって単語は聞こえたわ」
なるほど、勇美に『このままでいいのか』と相談された、あの会話か。
迂闊だったな。
誰かに聞かれていると思わなかったし、聞かれたとしても『またゲームの話か』ですむと思っていた。
まさか学校に、向こうの世界からの転生者がもう一人いるなんて考えもしなかったからな。実際、勇者や魔王という単語だけなら、木島先生も確信を持てなかったようだし。
でも、あの時たしかにシレーヌやベネスの名前も出してしまっていた。固有名詞まで聞けば木島先生が確信するには十分か。
「マリオネアが俺や勇美を恨む理由は分るよ。木島先生も娘をそういう形で亡くしていたなら、先生の人格がマリオネアの復讐に反対しなかったのもうなずける。でも、なんでひかりを巻き込んだんだ? 人質がいないと勝てないからなんて理由じゃ納得できない」
木島先生=マリオネアには戦う力なんて無い。
それはさっき俺の不意打ちであっさり倒せたことでもわかる。
それ以前にナイフを構えた所作などでも明確だったが。
だが、だとしても。
幼女を人質に取るなんて、娘を失った木島晴やマリオネアの悲しみと真逆のことだ。
どうにも納得がいかない。
「そうね。アナタの言うとおり。ひかりちゃんを巻き込む権利なんて私にはないわ。でも……悔しかったのよ」
「悔しい?」
「そう。私は……私たちは娘を失ったのに、あなたたち二人は、今朝妹と仲良く楽しそうに登校してきた。その姿を見ていたらね、無性に泣けてきたの。木島晴の娘も、マリオネアの娘も、もう帰ってこないのに。創造神が転生させるべきなのは、マリオネアでも勇者や魔王でもない。そうは思わない?」
それは同意だな。
シレーヌの転生を願った俺が言うのもなんだが、今思えば戦乱で失われた幼い命の転生こそを願うべきだった。
勇美も同じ考えだったようだ。
「その通りかもしれない。私などより、エレオナールや本物の勇美や影陽こそ転生するべきだった。私のような愚か者が第二の人生を送る権利などなかった」
二人の言葉は俺も否定できない。
木島先生はさらに続けた。
「信じてもらえないかもしれないけど、そもそもマリオネアは復讐しようなんて思っていなかったわ。ただ、勇者と魔王に恨み言を言いたかっただけ。でも、二人の……ひかりちゃんも含めて3人の姿を見ていたら、言いようのない怒りと悲しみが湧いてきて。全部壊したくなっていた」
わからないではない。
俺だって、両親が人族の王に暗殺されたときは、人族全てを滅ぼしたいという激怒に支配された。人族の一般人に罪などないと理屈では分っていても、わき上がる感情は抑えきれなかった。
「ただの八つ当たりだって分っていたわ。そもそも勇者や魔王を恨むこと自体、あるいは筋違いなのかもしれない。木島晴の専攻は世界史と政治史だからね。その知識があれば、魔王だけがあの戦乱の原因じゃないってことも、16歳の勇者は利用されただけだってことも、なんとなくわかっていたわ。まして、ひかりちゃんは全くの無関係。それなのに……」
木島先生は涙を流していた。
いや、先生だけではない。
勇美もだ。
二人の涙は悲しみなどではなく、後悔や悔恨の涙だろう。
「先生、エレオナールのことはたしかに俺にも責任がある。それは否定はしない。幼い子どもたちが死んで、俺たち3人は転生した。自分自身が無性に許せなくなるのもわかる」
影陽や勇美たちこそ生きるべきで、勇者や魔王に生きる権利なんてないのかもしれない。幼い娘が死んで、母親だけが生きる権利なんてないのかもしれない。
ともすればそんな風に考えてしまうけど。
だけど。
「それでも、俺たちはこうして生きている。そして、俺たちが死んだりしたら、悲しむ人たちがいる。だから、やけっぱちになったりしちゃいけない。開き直りかもしれないけど、この生を大切にする義務が俺たちにはあるんだ」
「あなたたちには家族がいるわ。でも木島晴にはいない。悲しむ人なんていないのよ」
木島先生のその言葉に反論したのは勇美だった。
「それは違う。そらは言っていた。木島先生が担任になってよかったと。丸木のヤツも、他のクラスの連中もだ。先生が犯罪者になったり、ましてや死んだりしたら、みんな悲しむ」
木島先生は「……そうね」とつぶやいた。
「あなたの言う通りよ。きっと、マリオネアが死んだときも教え子達や夫は悲しんだでしょうね。命を絶つと言うことは、そういうこと。わかってはいたのにね……」
木島先生の言葉に、勇美は言った。
「私も同じだ。勇者などとおだてられて、自爆魔法を使って……私が死んだら悲しむ人がいるなど想像もしなかった。魔族の大陸に1人残されたエレオナールが、私まで自爆したと知ったら、どんなに悲しみどんなに絶望するかなど考えもしなかった」
そう。
人は安易に死を選んではならない。
それはきっと、自分以外の誰かを泣かす行為だから。
そこまで考えて、俺は気づいてしまった。
「魔王も同じか」
「うん? お前は自殺など選んでいないだろう?」
「たしかにな。だが今思えば、俺は心のどこかで自分の死を望んでいたかもしれん。魔族の臣民を助けられず、魔王としての役目を果たせず、いっそのこと勇者に殺して欲しいと願っていたのかもしれん」
最終決戦で死んだあとゼカルと出会った世界で、どこか肩の荷が下りたという安心感を覚えていた。
いつの間にか、俺は木島先生と勇美に手を伸ばしていた。
「生きよう、2人とも。この日本で。死んだ人たちの分も」
身勝手かもしれない。
それでも、俺は生きたいと思った。
勇美や木島先生と……ひかりやそらと共に、残り1年の小学校生活を送りたいと願った。
勇美と木島先生はそれぞれ俺の左手と右手を握ってくれた。
「そうだな」
「そうね」
2人は涙を拭って立ち上がった。
生きよう。
3人でそう誓って……だけど。
その時だった。
部屋の中央。ひかりが捕らわれていた椅子のすぐ側の空間が割れ始めた。
俺は目を見開いた。
明らかに自然現象じゃない。
「なんだ、あれは……?」
「わからん」
何もない空間に現れたヒビは、徐々に大きくなっていく。
そして、そこから現れたのは……
勇美が呆然とつぶやく。
「ケルベロス……」
魔王城の番犬。
3つの首と蛇の尻尾を持つ犬の魔物。
6つの瞳が俺たちに敵意を向けていた。
「木島晴もね、むかし娘を殺されているのよ。あなたたちはこの世界を平和なところだと思っているかもしれないけど、この世界にだって残酷な犯罪者はいるの。正義のためでも復讐のためでもなく自分の欲望のために、小学生の女の子に襲いかかって殺してしまうようなヤツらがね」
そうか。先生にそんな過去があったのか。
「アナタの言うとおり、木島先生は子どもが好きよ。マリオネアもね」
勇美が「そういえば……」と口を開いた。
「エレオナールの母親は、あの村で子ども達の教師をしていたな」
「ええ。マリオネアも子どもたちが好きだったわ」
木島先生とマリオネアにはそんな共通点があったのか。エレオナールが幼いながらに文字を書けたのもそのためだろうか。
「1月に2人の人格が統合されて、私たちは迷った。勇者と魔王が児童の誰かも分らなかったしね」
「なんだ、ゼカルはそこまで教えてくれなかったのか」
「ええ。あの創造神は意地悪よ。勇美ちゃんと影陽くんが体育の時とかに『勇者』だの『魔王』だの言っていたのは覚えていたけど、たんにふざけているだけかとも思えたし」
実際ふざけていたんだけどな。
「なにより、魔王と勇者が双子に転生しているなんて、普通思わないでしょ」
「ま、そりゃあそうだろうな」
「だから、クラスのみんなを3ヶ月間近く観察したの。あなたたち二人だけじゃなくてね。放課後とか、休み時間とかも。なかなか確証をえるのは難しかったけど、ひかりちゃんたちの入学式の翌日、あなたたち二人が中休みに校舎裏でこそこそ会話しているのを見つけてね、聞き耳を立ててみた。詳しい内容は分らなかったけど、勇者シレーヌとか、魔王ベネスって単語は聞こえたわ」
なるほど、勇美に『このままでいいのか』と相談された、あの会話か。
迂闊だったな。
誰かに聞かれていると思わなかったし、聞かれたとしても『またゲームの話か』ですむと思っていた。
まさか学校に、向こうの世界からの転生者がもう一人いるなんて考えもしなかったからな。実際、勇者や魔王という単語だけなら、木島先生も確信を持てなかったようだし。
でも、あの時たしかにシレーヌやベネスの名前も出してしまっていた。固有名詞まで聞けば木島先生が確信するには十分か。
「マリオネアが俺や勇美を恨む理由は分るよ。木島先生も娘をそういう形で亡くしていたなら、先生の人格がマリオネアの復讐に反対しなかったのもうなずける。でも、なんでひかりを巻き込んだんだ? 人質がいないと勝てないからなんて理由じゃ納得できない」
木島先生=マリオネアには戦う力なんて無い。
それはさっき俺の不意打ちであっさり倒せたことでもわかる。
それ以前にナイフを構えた所作などでも明確だったが。
だが、だとしても。
幼女を人質に取るなんて、娘を失った木島晴やマリオネアの悲しみと真逆のことだ。
どうにも納得がいかない。
「そうね。アナタの言うとおり。ひかりちゃんを巻き込む権利なんて私にはないわ。でも……悔しかったのよ」
「悔しい?」
「そう。私は……私たちは娘を失ったのに、あなたたち二人は、今朝妹と仲良く楽しそうに登校してきた。その姿を見ていたらね、無性に泣けてきたの。木島晴の娘も、マリオネアの娘も、もう帰ってこないのに。創造神が転生させるべきなのは、マリオネアでも勇者や魔王でもない。そうは思わない?」
それは同意だな。
シレーヌの転生を願った俺が言うのもなんだが、今思えば戦乱で失われた幼い命の転生こそを願うべきだった。
勇美も同じ考えだったようだ。
「その通りかもしれない。私などより、エレオナールや本物の勇美や影陽こそ転生するべきだった。私のような愚か者が第二の人生を送る権利などなかった」
二人の言葉は俺も否定できない。
木島先生はさらに続けた。
「信じてもらえないかもしれないけど、そもそもマリオネアは復讐しようなんて思っていなかったわ。ただ、勇者と魔王に恨み言を言いたかっただけ。でも、二人の……ひかりちゃんも含めて3人の姿を見ていたら、言いようのない怒りと悲しみが湧いてきて。全部壊したくなっていた」
わからないではない。
俺だって、両親が人族の王に暗殺されたときは、人族全てを滅ぼしたいという激怒に支配された。人族の一般人に罪などないと理屈では分っていても、わき上がる感情は抑えきれなかった。
「ただの八つ当たりだって分っていたわ。そもそも勇者や魔王を恨むこと自体、あるいは筋違いなのかもしれない。木島晴の専攻は世界史と政治史だからね。その知識があれば、魔王だけがあの戦乱の原因じゃないってことも、16歳の勇者は利用されただけだってことも、なんとなくわかっていたわ。まして、ひかりちゃんは全くの無関係。それなのに……」
木島先生は涙を流していた。
いや、先生だけではない。
勇美もだ。
二人の涙は悲しみなどではなく、後悔や悔恨の涙だろう。
「先生、エレオナールのことはたしかに俺にも責任がある。それは否定はしない。幼い子どもたちが死んで、俺たち3人は転生した。自分自身が無性に許せなくなるのもわかる」
影陽や勇美たちこそ生きるべきで、勇者や魔王に生きる権利なんてないのかもしれない。幼い娘が死んで、母親だけが生きる権利なんてないのかもしれない。
ともすればそんな風に考えてしまうけど。
だけど。
「それでも、俺たちはこうして生きている。そして、俺たちが死んだりしたら、悲しむ人たちがいる。だから、やけっぱちになったりしちゃいけない。開き直りかもしれないけど、この生を大切にする義務が俺たちにはあるんだ」
「あなたたちには家族がいるわ。でも木島晴にはいない。悲しむ人なんていないのよ」
木島先生のその言葉に反論したのは勇美だった。
「それは違う。そらは言っていた。木島先生が担任になってよかったと。丸木のヤツも、他のクラスの連中もだ。先生が犯罪者になったり、ましてや死んだりしたら、みんな悲しむ」
木島先生は「……そうね」とつぶやいた。
「あなたの言う通りよ。きっと、マリオネアが死んだときも教え子達や夫は悲しんだでしょうね。命を絶つと言うことは、そういうこと。わかってはいたのにね……」
木島先生の言葉に、勇美は言った。
「私も同じだ。勇者などとおだてられて、自爆魔法を使って……私が死んだら悲しむ人がいるなど想像もしなかった。魔族の大陸に1人残されたエレオナールが、私まで自爆したと知ったら、どんなに悲しみどんなに絶望するかなど考えもしなかった」
そう。
人は安易に死を選んではならない。
それはきっと、自分以外の誰かを泣かす行為だから。
そこまで考えて、俺は気づいてしまった。
「魔王も同じか」
「うん? お前は自殺など選んでいないだろう?」
「たしかにな。だが今思えば、俺は心のどこかで自分の死を望んでいたかもしれん。魔族の臣民を助けられず、魔王としての役目を果たせず、いっそのこと勇者に殺して欲しいと願っていたのかもしれん」
最終決戦で死んだあとゼカルと出会った世界で、どこか肩の荷が下りたという安心感を覚えていた。
いつの間にか、俺は木島先生と勇美に手を伸ばしていた。
「生きよう、2人とも。この日本で。死んだ人たちの分も」
身勝手かもしれない。
それでも、俺は生きたいと思った。
勇美や木島先生と……ひかりやそらと共に、残り1年の小学校生活を送りたいと願った。
勇美と木島先生はそれぞれ俺の左手と右手を握ってくれた。
「そうだな」
「そうね」
2人は涙を拭って立ち上がった。
生きよう。
3人でそう誓って……だけど。
その時だった。
部屋の中央。ひかりが捕らわれていた椅子のすぐ側の空間が割れ始めた。
俺は目を見開いた。
明らかに自然現象じゃない。
「なんだ、あれは……?」
「わからん」
何もない空間に現れたヒビは、徐々に大きくなっていく。
そして、そこから現れたのは……
勇美が呆然とつぶやく。
「ケルベロス……」
魔王城の番犬。
3つの首と蛇の尻尾を持つ犬の魔物。
6つの瞳が俺たちに敵意を向けていた。
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