上 下
9 / 41
第1部 魔王と勇者、日本の小学生に転生する

第8話 勇者、麦茶をコップに注ぐ

しおりを挟む
 手を洗ってリビングにやってくると、日隠がソファーに寝転んで新聞を読んでいた。
 どうやらあかりはとなりの台所で料理をしている様子だ。
 俺も新聞を読んでみたいが、学習漫画と違って、漢字が多すぎる。フリガナも振ってないようだしな。

 台所からあかりの声がする。

「勇美、麦茶をコップに入れてくれる?」

 言われた勇美は戸惑い、おろおろと困った表情を浮かべている。
 麦茶は入院中にも飲んだのでこの世界のお茶の一種だというのは分るが、この家のどこに保存されているかは分らないのだろう。

「え、ええと……?」

 動けない勇美。手伝ってやりたいが、おれも麦茶のありかなど知らん。
 すると、ひかりが「ひかりも手伝う~」と台所にかけだした。
 勇美はひかりのあとを追う。心配なので、俺も立ち上がった。

「俺も手伝うよ」

 それにしても、さっきからひかりのマネをしてばかりだな。
 幼女頼りというのは情けないが、ここはしかたがないか。
 3人で台所にやってきた子どもたちを見て、あかりは呆れ顔になった。

「あらあら、兄妹仲がいいわね。でも、台所に4人は狭いわよ」

 母親のそんな言葉を無視し、ひかりは台所の片隅に置いてある白い箱を開ける。
 どうやら食材の保管庫らしい。冷蔵庫というやつだろうか。
 麦茶が入っているらしきボトルもあった。

「ヨイショっと」

 ひかりがボトルを取り出そうとするが、幼女には重いらしく、いかにもあぶなっかしい。
 手伝おうと思ったのだが、俺が手を差し出す前に勇美がひかりの腕の中から麦茶のボトルを持ち上げた。

「大丈夫か、ひかり。無理をするな」
「うん、勇美おねえちゃん、ありがとー」

 無邪気に言うひかりに、勇美は「それほどでもない」とちょっとテレた表情を浮かべた。
 勇美のテレ顔はかわいいな。お手伝いを頑張るひかりもかわいいけど。

「あらあら、2人ともありがとう。じゃあ、影陽はコップをおぼんの上に並べてくれる?」

 えーっと、おぼんというのはテーブルの上に乗っている板のことかな?
 コップは……向こうの木製の棚に入っているようだ。
 俺は棚からコップを取り出した。

 病院のコップはプラスチックとかいう謎の材質でできていたが、これはガラス製のようだ。
 それにしても、見事なガラス細工だな。魔王城にもこんなにも透き通ったガラスコップは無かった。
 元の世界ならば金貨で取引されても驚かないほどの美しさである。平民の子どもが手にとることなどできなかっただろう。
 が、この世界ではこの程度のガラス細工は貴重品ではないのかもしれない。11歳児どころか、5歳児のひかりが扱っても怒られないようだし。

 勇美がそこに麦茶を注ぐ。
 透明なコップに茶色い麦茶がなみなみと注がれると、さらに美しく見えた。

 が、ひかりが言う。

「あー、まだ氷入れていないのにぃ」

 氷だと?
 水が冷えて固まった物質だとは分る。
 元の世界でも冷気魔法で作ることはできた。
 冷気魔法は、炎魔法よりはるかに魔法力を食う上に戦闘ではあまり役に立たないので、使い手は限られていたが。

 戸惑う俺を気にもせず、ひかりが冷蔵庫の上の扉を開いた。
 そこから小さな入れ物を取り出す。
 その中にはたくさんの四角い氷が入っていた。

「なんと……」

 俺はそれ以上言葉にならない。
 いや、病室のテレビで知ってはいたのだ。
 冷凍庫といったか。この世界では氷を簡単に作れる道具もある。
 だが、まさか一般平民にすぎない神谷家に、氷を作る道具があるとは。
 これが『科学』の力か。

 俺は恐る恐る、氷のひとつをつまんだ。
 間違いない。これは氷だ。それも魔王城の料理人がつくったそれよりもはるかに透き通り低温だ。
 勇美も同じように氷を持ち上げた。

「冷たっ」

 そう叫ぶと彼女は氷を床に落としてしまった。
 ひかりが呆れ顔になる。

「あー、勇美おねえちゃん、なにやってるのよぉ」

 ひかりは床に落ちた氷を拾って、流しに捨ててしまう。
 こんなもの、貴重でも何でも無いと言わんばかりに。
 あかりも特にとがめないので、本当にこの世界では氷は貴重品ではないのだ。

 唖然としている俺と勇美を気にすることもなく、ひかりは麦茶の入ったコップに氷を3個ずつ入れていく。
 ほどなくして、お盆の上に5杯の氷入り麦茶が並べられた。
 あかりが俺に言う。

「じゃあ、影陽気をつけて持っていってね」

 俺は慎重にお盆を持ち上げた。
 ちょっと油断したらこぼれそうだ。ましてや床に落としたら貴重なガラスを割ってしまう。
 いや、貴重品じゃないのか?
 半ば混乱しながら俺はリビングまで麦茶を運ぶのだった。 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

保健室の秘密...

とんすけ
大衆娯楽
僕のクラスには、保健室に登校している「吉田さん」という女の子がいた。 吉田さんは目が大きくてとても可愛らしく、いつも艶々な髪をなびかせていた。 吉田さんはクラスにあまりなじめておらず、朝のHRが終わると帰りの時間まで保健室で過ごしていた。 僕は吉田さんと話したことはなかったけれど、大人っぽさと綺麗な容姿を持つ吉田さんに密かに惹かれていた。 そんな吉田さんには、ある噂があった。 「授業中に保健室に行けば、性処理をしてくれる子がいる」 それが吉田さんだと、男子の間で噂になっていた。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

獣人の里の仕置き小屋

真木
恋愛
ある狼獣人の里には、仕置き小屋というところがある。 獣人は愛情深く、その執着ゆえに伴侶が逃げ出すとき、獣人の夫が伴侶に仕置きをするところだ。 今夜もまた一人、里から出ようとして仕置き小屋に連れられてきた少女がいた。 仕置き小屋にあるものを見て、彼女は……。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

女の子だって羽ばたけるのよ!

みるく♪
歴史・時代
主人公の 加藤つぐみは、1969年(昭和44年)生まれの 女の子。 泣いたり笑ったり怒ったりの日々。 中学時代の思い出を語ります。 リアルな昭和年代の お話です。 母や、母と同世代の オバチャンたちから聞いた お話を もとにしました。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 短編『トマレとミコの ひなまつり』には、大人に なった つぐみが登場しています。

性転換マッサージ

廣瀬純一
SF
性転換マッサージに通う人々の話

処理中です...