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第七章 僕らは宇宙で母星を護る

25.宇宙《そら》、輝いて

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 宇宙空間(そら)が輝いていた。
 ケン・トや舞子の機体からミサイルが発射され、ヒガンテに命中。
 爆発は、広大の宇宙において瞬間の輝きとなる。

 トモ・エは宇宙船のセンサーを通じて、戦いの趨(すう)勢(せい)を見守っていた。

(ソラさん、舞子さん、無事の帰還をお待ちしています)

 かつて、トモ・エを作ったイスラ星人達は、徐々に人数を減らしていった。
 もともと、彼らの生き残りは多くなく、一生に産む子どもの数が地球人よりもさらに少ないことを考えれば、滅びは時間の問題だったのかも知れない。

 最後に老衰し、死んでいったイスラ星人は、トモ・エに言った。

「すまないな、トモ・エ一人を残してしまって」

 その時は、意味が分からなかった。
 アンドロイドの自分に、彼はいったい、何故謝っているのだろうと思った。
 だが、彼を弔った後、トモ・エは異常な感覚を味わった。
 いくら自己メンテナンス機能を使って解析してみても、その理由が分からなかった。

 トモ・エは新たなエスパーダの乗組員を探した。
 宇宙連合に所属するほどには発展しておらず、それでいて機械文明がそれなりにある星。
 すなわち地球に向かい、エスパーダのパイロット候補を探そうとした。

 何故、自分がそんなことをしているのか。
 少なくとも、イスラ星人達は自分にそんなことを命じてはいない。
 彼らの意志を継いでいるのだと思っていたし、それは事実だったが、本当にそれだけなのか。

 ソラや舞子と共に旅したこの数ヶ月、トモ・エからあの異常な感覚はなくなっていた。
 そして、気がつく。
 ああ、あれは寂しいという感情だったのだと。
 誰かと共にいたいという欲求だったのだ。
 アンドロイドの自分が持っていないはずの、悲しみという感情。それがあの感覚の正体だったのだ。

 だから。

(もう、あんな思いはしたくない)

 もちろん、ソラも舞子も人間だ。いつかはイスラ星人と同じように老衰なり病気なりで死ぬのだろう。
 だが、だとしてもこんなに早く、戦闘で命を失っていい子ども達じゃない。

 トモ・エはソラや舞子の家庭の事情も把握していた。
 バトル・エスパーダ全国大会出場者全員のパーソナルデーターや履歴は調べておいたのだ。
 ソラと舞子を誘ったのは、何もエスパーダの操縦能力だけを評価したわけではない。家族を捨てて宇宙にやってくる動機があると判断したからでもある。

 それでも。
 今、ソラと舞子は地球のために戦っている。
 ありったけの力を持って、地球を救おうとしている。
 それは多分、生命の持つ本能が自分の星を護りたいと思うようにできているからなのだろう。

 ケン・トと舞子の放ったミサイルは、確実にヒガンテの群れの数を減らしていた。
 当初は130匹はいた宇宙の怪獣達の数は、今、30匹ほどになっている。

 ――だが。
 その30匹はミサイル攻撃を退け、ソラ達が操る3体のエスパーダへと接近していた。

 ソラとケン・トがソードを抜く。

 ソラは接近戦を挑むつもりらしい。

『僕が先行するから、背中よろしく』

 ソラは舞子達にそう言って、ヒガンテの群れへと突っ込んでいく。

 一方、舞子は後退しつつ、ソラを援護するつもりだ。
 ケン・トはその舞子の護衛にたつらしい。
 本当に接近されたら、ミサイル攻撃はできない。
 舞子の機体に今詰まれているミサイルでは威力が大きすぎて自機まで巻き込んでしまうからだ。
 舞子の機体に近づくヒガンテを倒すのが、ケン・トの役割ということだろう。

(わたしは……)

 トモ・エは、アンドロイドが武器を扱えないという制約を、今ほど憎んだことはなかった。
 イスラ星人達は、私に感情をプログラミングしながら、何故武器を持たせようとしなかったのか。

 ソラのソードが、最接近したヒガンテを切り裂く。
 数日前、不意にヒガンテに遭遇したときは、ここまで切れ味の良いソードではなかった。
 もともと、戦闘をするつもりなどなかったからだ。

 いまのソラのソードはあの時よりも遙かに鋭く、頑丈に出来ている。頑丈なだけでなく、粒子レベルで高速振動させることで、この世のあらゆるモノを切り裂けるはずだ。
 事実、ソラのソードは、一体のヒガンテを真っ二つに斬り捨てた。

『次っ!!』

 通信越しに聞こえてくる、鬼気迫るソラの声。
 ソラの生体モニタリング結果を見る限り、脳内麻薬がドバドバでているようだ。
 それはつまり、激しい興奮状態で、恐怖や痛みを押しのけて戦っているということを示していた。

 一方舞子は――

 ヒガンテやソラから一定の距離を保ちつつ、追尾ミサイルを撃ち続ける。
 ソラには当たらないように、ヒガンテにはできる限り命中させるように。 
 何十個ものミサイルの軌道を同時に操っているのはさすがだ。
 機械的な計算ではここまで出来ないだろう。
 彼女の『空間認識能力』は、機械のそれを遙かに超える天性の才能だ。

 ケン・トはそんな舞子のそばにいる。
 もはや、彼の実力ではミサイルは撃てないだろう。撃てばヒガンテよりも先にソラを撃ってしまう。
 彼には舞子のような空間認識能力はない。
 その代わり、油断なくソードを構えている。

 彼の今の役割は、舞子の護衛。
 いまの舞子はミサイル操作に集中している状態だ。とても、接近戦をこなせる状況ではないのだ。
 もっとも、今のところ全てのヒガンテは、まずソラを撃墜しようとしている様子だった。
 舞子のミサイルは致命傷にならないが、ソラのソードは致命傷になりうると考えているからかもしれない。

 そこまで観察して、トモ・エはふと思う。

(――考えている?)

 今更だが、ヒガンテとは一体何なのか。
 宇宙を漂う怪獣――そんなものが存在するのか。
 怪獣だというならば、考えるなどということがあるのか。

(――もしかすると……)

 一つの推論がトモ・エの中に生まれる。
 だが、トモ・エはその推論を口にはしなかった。
 いま、ソラ達を迷わせるようなことを言うべきではないと思ったからだ。

 ソラが6体目のヒガンテを斬り倒した。
 ソラの周囲に、腕を伸ばしたヒガンテ達が迫る。

『やられるかよっ!!』

 叫んで、ソラはその包囲から切り抜ける。
 どうやら『時間制止』の能力を使ったようだ。

 ソラが包囲から抜け出したところに、すかさず舞子のミサイルが飛んでくる。
 それで撃墜できるわけではないが、援護射撃としては十分だろう。

 ――と。

 ヒガンテのうち3体が舞子やケン・トの方へと向き直った。

『ちっ、来るのかよっ!!』

 ケン・トが叫び、ソードを構える。
 舞子の前に躍り出て、彼女を庇って立ち塞がる。

 舞子が叫ぶ。

『ケン・トっ!!』
『いいから、おめーはミサイルの操作に集中しろ。コイツらは俺が抑える』
『ええ、その、ありがと』

 小さな声で、感謝の言葉を言う舞子に、ケン・トは言い返す。

『なんだって、きこえねぇーよ』
『ありがとうって言ったのよっ』
『ふん、素直素直」

 モニター越しに見えるケン・トの顔はニヤニヤとしており、舞子の顔は真っ赤だった。

『さーて、お前らの相手は俺様だぜぇ』

 ケン・トは言って、3体のヒガンテと対峙した。
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