異世界で双子の勇者の保護者になりました

ななくさ ゆう

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第六章 5人目の仲間と次レベルへ

7.マーリャ

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「うんでねー、アレルがねー、シャッってやって、やっつけてねー、フロルがねーカッチンってこおらせてねー、ごちゅじんちゃまがぼうぼうって燃やしたのぉ」

 アルバカデまでの道のり。
 アレルはずーっと、マーリャのそばにくっついて、最近の自分たちの活躍を一生懸命彼女に聞かせていた。
 フロルもマーリャのそばで、時々アレルの話を補足している。いや、アレルの言葉だと、フロルの補足があっても理解できそうもないんだけどな。
 マーリャはそんな2人をとても愛おしそうにしている。

 3人のさらに前方にはライトとソフィネ。護衛として前方を固めている。
 で、殿しんがりが俺とゴボダラ。

 といっても、正直平和そのものである。
 モンスターはもちろん、野獣の一匹も出ない。もちろん、盗賊みたいなのも。
 はっきりって、護衛とか全然いらないだろう。

「ゴボダラさん、1つ聞いてもいいですか?」
「なんだよ」
「なんで、今回俺達を雇ったんですか?」
「あん? だから、護衛に丁度いいだろうって……」
「いやいや、ゴボダラさんもレベル2だし、奴隷の方々の中にも腕っ節強い人いたみたいだし。そもそもこの平和すぎる道のりに護衛がいるのかって話だし」
「それはつまり、依頼料を減らしてもいいってことか?」
「誰もそうは言っていませんけど」

 危ない危ない。依頼料を下げる口実を俺から与えてどうする。

「ひょっとして、ゴボダラさんが久しぶりに双子に会ってみたかったとか、そういう話なのかなぁとか」
「なめんな。そんなつもりはねーよ。大体、会うだけならギルドに行くわっ」

 それもそうか。

「だとすると、やっぱり……」

 俺は双子とともに前方を歩くマーリャに視線を寄せる。
 ゴボダラの目的は、マーリャと双子を一緒に旅させることではないのか。
 アレルのマーリャへの甘えっぷりや、フロルの懐きっぷりを見ていると、どうにもたんなる奴隷と元奴隷の関係を超えたものを感じる。

 ゴボダラは舌打ちしつつ、説明を始めた。

「……5年と半年前、マーリャは大判金貨10枚で買った。普段ならありえねぇ。女の奴隷は高いとはいえ、大判金貨5枚以上出すことは絶対にない」
「じゃあなんで?」
「どうしても必要だったんだよ。乳の出る奴隷が。この先は言わねーぞ」

 乳……母乳? あっ。

「つまり、マーリャさんは2人の乳母ってことですか?」

 貴族の奴隷になったら、もう双子と会う機会はまずやってこない。
 そうなる前に、最後に双子と一緒に旅をさせてやろう。
 そういう話か。

「それ以上言うな。俺は子どもや女を金に変える小悪党なんだからな」

 うあわぁぁぁ、本当にめんどくさいツンデレだ。
 だが、俺としてもこれ以上は追求しない。
 ゴボダラなりの美学があるんだろうし、何よりも『護衛じゃなくて旅行だからやっぱり依頼料を再計算』とかいう交渉になったら最悪だ。

 しかし、そうか、乳母か。
 そりゃあそうだよな。赤ん坊ならミルクは必要だよな。

「マーリャさんはこの後どうなるんですか?」
「知らねーよ、一応、メイドにしたいって話だったが、あるいは妾とかかもな」

 妾ね。正直、あまりいい響きの言葉じゃない。

「まあ、貴族の私生児でも産めれば、奴隷にとっては最高の出世だろうさ」

 日本人の感覚で考えれば複雑だが、この世界の、それも奴隷のその後を考えるのならば、貴族に買われてメイドなり、愛人なりになるというのは最高の出世街道らしい。

「マーリャさんの本当のお子様は?」

 お乳が出たということは、実子も産んだのではないか。

「聞いてねえ。想像は付くが、お前には言わねー」
「そうですか」

 なら、それ以上は聞くまい。

「これは雑談なんですけど」
「なんだ?」
「ゴボダラさんはどうして奴隷商人になったんですか? レベル2のレンジャーだったら冒険者としてもやっていけそうなのに」

 小悪党を名乗るゴボダラだが、俺にはどうしても本質的には悪い奴だとは思えないのだ。

「ちっ、人の過去を根掘り葉掘り聞くもんじゃねーぜ。大体、このメンバーで一番過去が謎なのはおめーさんじゃねーか」

 そりゃあそうだ。異世界転移の話は、フロルにすらしていないからな。
 確かに、ゴボダラの過去を聞く権利は俺にはない。

「すみません。質問は忘れてください」
「ふん」

 それから、しばらく歩いて。
 ポツリとゴボダラが言った。

「指やっちまったんだよ」
「指?」
「ダンジョンの罠を解除し損ねてな。指の筋肉を切っちまった。それ以来、わずかだが右手の人差し指が常に震えやがる。日常生活には支障はねぇけど、レンジャーとしては致命的だ」

 なるほど。
 罠解除や解錠など、手先の器用さはレンジャーの命である。
 ソフィネも弓を使うときに、自分の指を傷つけないようかなり気をつかっている。

「それで、冒険者は半分引退。奴隷商人になったのは……まあ、流れだとだけ言っておく」

 それ以上は本当に語るつもりがないらしい。俺も聞かなかった。

 ---------------

 エンパレを経って3日目、アルバカデの街に着く。
 エンパレよりも遙かに広い街だ。

「じゃあ、俺はマーリャを連れていく。お前達はこの街の冒険者ギルドで待っていろ」

 街に着くなりゴボダラはそう言う。
 いやいやいや。いきなりそう言われても。
 双子ともう少しなんていうかさぁ……

 俺の表情を察したのだろう。ゴボダラは言う。

「お前らが冒険者をやっていくなら、出会いと別れは繰り返す。先輩としての忠告だ。別れには慣れろ」

 まあ、そうかもしれない。そうかもしれないが、さすがに乳母との半永久的な別れとなれば特別だろう。

 アレルは……いや、フロルも泣きそうな顔をしている。

「あー、もう、わかった。じゃあ、100数える間だけ待ってやるよ」

 ゴボダラはそう言って、マーリャと双子に100秒間の猶予を与えてくれた。
 マーリャは膝をついて2人を抱擁する。
 双子がボロボロ涙を流す。

「元気でね、2人とも」
「うん、マーリャも」
「アレル、がんばりゅからね」

 マーリャも涙を流す。
 やべえ、俺の目にも涙が溜まっちまった。

 ライトとソフィネは1歩引いたところで見守っているが、2人とも神妙な顔だ。事情はさっしているらしい。

 やがて100秒経ち。

「いくぞ、マーリャ」
「はい。ゴボダラ様」

 マーリャは頷き、立ち上がった。
 立ち去るその背に、双子が叫ぶ。

「がんばりゅから、アレル、がんばりゅからっ!」
「私もっ、マーリャも頑張って!」

 マーリャの後ろ姿を、双子はずっと見つめていた。

 ---------------

 別れ、か。
 俺もいつか、双子と別れる。
 当たり前だ。
 俺は日本に戻らなくちゃいけない。
 双子が立派な勇者に育ったら、戻ることになる。

 たとえシルシルがこっちの世界にずっといてもいいと言ったとしても、俺は日本に戻ることを選ぶ。選ばなくちゃいけない。

 アレルにはフロルがいて、フロルにはアレルがいるが、母さんには俺しかいない。
 戻らなくちゃいけない、いつか、別れなくちゃいけない。
 もちろん、ライトやソフィネともいつかは別れる。

 俺は今日、そのことをなぜか強く意識したのだった。 
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