168 / 201
【番外編】日の国・魔法の国
【番外編34】日の国のリラ
しおりを挟む
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
(一人称/リラ)
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
次元の狭間を抜けてたどり着いたのは、パドの故郷だった。
といっても、ラクルス村ではない。
パドが転生する前の世界。
『チキュウ』という世界にある『ニホン』という国だ。
最初は『チキュウ』と『ニホン』の区別がよく分からなかった。
なにしろ、元の世界では国は1つしか無い。世界=国だったともいえる。
『チキュウ』にはたくさんの国があって、それぞれ争ったり協力したりしているという。
この世界には驚くものが多い。
遠くの場所を映す『テレビ』、『ジャグチ』をひねるだけで水がでてくる『スイドウ』、レバーをあげるだけで汚物を始末してくれる『トイレ』、紐を引っ張るだけで部屋の中を照らす『ケイコウトウ』などなど。
道路は石畳よりも平らな『アスファルト』だし、病気や怪我を治す技術もものすごい。
『チュウシャ』や『テンテキ』で体の中に直接薬を注入するなど、お師匠様だって教えてくれなかった。たぶん、あの世界にはそんな技術がそもそも無いのだろう。
私はまだ目撃していないが、時には他人の血液を分け与える『ユケツ』なることもするらしい。ちょっと気持ち悪い。
料理も美味しい。あっちの世界では貴重な、砂糖や塩もほとんど使い放題みたいにあるし、『ソース』や『ショウユ』、『ミソ』、『ミリン』、『メンツユ』といった見たこともない食材もある。
そして、驚くべきが『レイゾウコ』だ。常に食材を冷やしておける。こんな便利なモノはないと思う。
これらは魔法ではなく『カガク』で実現しているという。正直、その差は私にはよく分からない。そもそも魔法についてだってよく知らないし。
だが、もしも、向こうの世界でこの技術を実現できたら。
きっと、たくさんの人が助かるだろうなと思う。
パドの弟――前世の弟のミノルはいい人だ。
弟といっても、パドよりもずっと年上になっている。
転生したことだけでなく、次元の狭間で時間が狂ってしまったらしい。
ミノルはすでに大人で、医者としてこの島の皆に尊敬されている。
お師匠様と同じように、たくさんの人の病気や怪我を治している。
素直に尊敬できる人だ。
ミノルの母親――つまり、パドの前世の母親は本当にやさしい。
見ず知らずの私を受け入れ、毎日食事を作ってくれる。
できるだけ私も手伝いたいと思っているが、なかなか難しい。
この半年は、とても穏やかだった。
私にとって、これほど穏やかだった時間は無い。
獣人の里で暮らしていたときも、どこか周囲との差を感じてささくれ立っていたと思う。
まして、お父さんが殺されてから、パドと出会って王都での戦いまでの日々と比べれば、本当にノンビリした時間だった。
それはきっと、パドにとっても同じだったと思う。
いいや違う。
パドは私以上にこの世界で穏やかだった。
何しろ、母親や弟と幸せな生活を送っているのだ。
それは、ずっとパドが求めてきたものではないか。
もちろん、形は違う。
向こうの世界に残してきたものもある。
だが。
それでも。
「この世界の技術を、あっちの世界に戻っても役立てたい」
そう言った私に、パドはちょっと寂しそうな顔をした。
それで、私は気づいてしまった。
ああ、パドはこの世界で暮らしていきたいんだなと。
それを止める権利は私にはない。
パドは今とても幸せなのだ。
向こうの世界のご両親やバラヌくんのことは気になっているだろうけど、あんな戦いの日々よりもこの世界での穏やかな生活の方が彼にはあっている。
優しくて傷つきやすくて泣き虫な彼は、この世界で暮らしていくべきだ。
だけど。
それなら私はどうしたらいいのか。
私もこの世界は好きだ。
ミノルもミノルの母親も好きだ。
できることならば、私もパドと共にこの世界で暮らしていきたい。
そう考えたこともある。
だが、ミノルが医者として私のお腹や背中の鱗を診るたびに、それは無理なのだと思い知らされる。
彼は私の鱗を皮膚炎の一種だと思っているらしい。獣人も龍族もいないこの世界では、鱗の生えた人間など考えられないのだ。
やっぱり、この世界は私の生きる場所じゃないと理解してしまう。
今はまだ、お腹と背中だけだけど、そのうち腕や顔にも鱗ができるかもしれない。
そうなったら、私はこの世界では暮らしていけないのだろう。
この世界にとって、私は異物なのだ。
だから、私は戻らなければならない。
戻る方法は分からないけれど、異物はいつまでもこの世界にいてはいけない。
でもそれは。
きっと、パドとの永遠の別れを意味する。
パドはきっと、私とあの世界よりも、ミノルとこの世界を選ぶ。
そんな予感が、私にはあった。
(一人称/リラ)
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
次元の狭間を抜けてたどり着いたのは、パドの故郷だった。
といっても、ラクルス村ではない。
パドが転生する前の世界。
『チキュウ』という世界にある『ニホン』という国だ。
最初は『チキュウ』と『ニホン』の区別がよく分からなかった。
なにしろ、元の世界では国は1つしか無い。世界=国だったともいえる。
『チキュウ』にはたくさんの国があって、それぞれ争ったり協力したりしているという。
この世界には驚くものが多い。
遠くの場所を映す『テレビ』、『ジャグチ』をひねるだけで水がでてくる『スイドウ』、レバーをあげるだけで汚物を始末してくれる『トイレ』、紐を引っ張るだけで部屋の中を照らす『ケイコウトウ』などなど。
道路は石畳よりも平らな『アスファルト』だし、病気や怪我を治す技術もものすごい。
『チュウシャ』や『テンテキ』で体の中に直接薬を注入するなど、お師匠様だって教えてくれなかった。たぶん、あの世界にはそんな技術がそもそも無いのだろう。
私はまだ目撃していないが、時には他人の血液を分け与える『ユケツ』なることもするらしい。ちょっと気持ち悪い。
料理も美味しい。あっちの世界では貴重な、砂糖や塩もほとんど使い放題みたいにあるし、『ソース』や『ショウユ』、『ミソ』、『ミリン』、『メンツユ』といった見たこともない食材もある。
そして、驚くべきが『レイゾウコ』だ。常に食材を冷やしておける。こんな便利なモノはないと思う。
これらは魔法ではなく『カガク』で実現しているという。正直、その差は私にはよく分からない。そもそも魔法についてだってよく知らないし。
だが、もしも、向こうの世界でこの技術を実現できたら。
きっと、たくさんの人が助かるだろうなと思う。
パドの弟――前世の弟のミノルはいい人だ。
弟といっても、パドよりもずっと年上になっている。
転生したことだけでなく、次元の狭間で時間が狂ってしまったらしい。
ミノルはすでに大人で、医者としてこの島の皆に尊敬されている。
お師匠様と同じように、たくさんの人の病気や怪我を治している。
素直に尊敬できる人だ。
ミノルの母親――つまり、パドの前世の母親は本当にやさしい。
見ず知らずの私を受け入れ、毎日食事を作ってくれる。
できるだけ私も手伝いたいと思っているが、なかなか難しい。
この半年は、とても穏やかだった。
私にとって、これほど穏やかだった時間は無い。
獣人の里で暮らしていたときも、どこか周囲との差を感じてささくれ立っていたと思う。
まして、お父さんが殺されてから、パドと出会って王都での戦いまでの日々と比べれば、本当にノンビリした時間だった。
それはきっと、パドにとっても同じだったと思う。
いいや違う。
パドは私以上にこの世界で穏やかだった。
何しろ、母親や弟と幸せな生活を送っているのだ。
それは、ずっとパドが求めてきたものではないか。
もちろん、形は違う。
向こうの世界に残してきたものもある。
だが。
それでも。
「この世界の技術を、あっちの世界に戻っても役立てたい」
そう言った私に、パドはちょっと寂しそうな顔をした。
それで、私は気づいてしまった。
ああ、パドはこの世界で暮らしていきたいんだなと。
それを止める権利は私にはない。
パドは今とても幸せなのだ。
向こうの世界のご両親やバラヌくんのことは気になっているだろうけど、あんな戦いの日々よりもこの世界での穏やかな生活の方が彼にはあっている。
優しくて傷つきやすくて泣き虫な彼は、この世界で暮らしていくべきだ。
だけど。
それなら私はどうしたらいいのか。
私もこの世界は好きだ。
ミノルもミノルの母親も好きだ。
できることならば、私もパドと共にこの世界で暮らしていきたい。
そう考えたこともある。
だが、ミノルが医者として私のお腹や背中の鱗を診るたびに、それは無理なのだと思い知らされる。
彼は私の鱗を皮膚炎の一種だと思っているらしい。獣人も龍族もいないこの世界では、鱗の生えた人間など考えられないのだ。
やっぱり、この世界は私の生きる場所じゃないと理解してしまう。
今はまだ、お腹と背中だけだけど、そのうち腕や顔にも鱗ができるかもしれない。
そうなったら、私はこの世界では暮らしていけないのだろう。
この世界にとって、私は異物なのだ。
だから、私は戻らなければならない。
戻る方法は分からないけれど、異物はいつまでもこの世界にいてはいけない。
でもそれは。
きっと、パドとの永遠の別れを意味する。
パドはきっと、私とあの世界よりも、ミノルとこの世界を選ぶ。
そんな予感が、私にはあった。
0
お気に入りに追加
765
あなたにおすすめの小説
うっかり女神さまからもらった『レベル9999』は使い切れないので、『譲渡』スキルで仲間を強化して最強パーティーを作ることにしました
akairo
ファンタジー
「ごめんなさい!貴方が死んだのは私のクシャミのせいなんです!」
帰宅途中に工事現場の足台が直撃して死んだ、早良 悠月(さわら ゆずき)が目覚めた目の前には女神さまが土下座待機をして待っていた。
謝る女神さまの手によって『ユズキ』として転生することになったが、その直後またもや女神さまの手違いによって、『レベル9999』と職業『譲渡士』という謎の職業を付与されてしまう。
しかし、女神さまの世界の最大レベルは99。
勇者や魔王よりも強いレベルのまま転生することになったユズキの、使い切ることもできないレベルの使い道は仲間に譲渡することだった──!?
転生先で出会ったエルフと魔族の少女。スローライフを掲げるユズキだったが、二人と共に世界を回ることで国を巻き込む争いへと巻き込まれていく。
※9月16日
タイトル変更致しました。
前タイトルは『レベル9999は転生した世界で使い切れないので、仲間にあげることにしました』になります。
仲間を強くして無双していく話です。
『小説家になろう』様でも公開しています。
転生したら死んだことにされました〜女神の使徒なんて聞いてないよ!〜
家具屋ふふみに
ファンタジー
大学生として普通の生活を送っていた望水 静香はある日、信号無視したトラックに轢かれてそうになっていた女性を助けたことで死んでしまった。が、なんか助けた人は神だったらしく、異世界転生することに。
そして、転生したら...「女には荷が重い」という父親の一言で死んだことにされました。なので、自由に生きさせてください...なのに職業が女神の使徒?!そんなの聞いてないよ?!
しっかりしているように見えてたまにミスをする女神から面倒なことを度々押し付けられ、それを与えられた力でなんとか解決していくけど、次から次に問題が起きたり、なにか不穏な動きがあったり...?
ローブ男たちの目的とは?そして、その黒幕とは一体...?
不定期なので、楽しみにお待ち頂ければ嬉しいです。
拙い文章なので、誤字脱字がありましたらすいません。報告して頂ければその都度訂正させていただきます。
小説家になろう様でも公開しております。
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

公爵家三男に転生しましたが・・・
キルア犬
ファンタジー
前世は27歳の社会人でそこそこ恋愛なども経験済みの水嶋海が主人公ですが…
色々と本当に色々とありまして・・・
転生しました。
前世は女性でしたが異世界では男!
記憶持ち葛藤をご覧下さい。
作者は初投稿で理系人間ですので誤字脱字には寛容頂きたいとお願いします。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
一緒に異世界転生した飼い猫のもらったチートがやばすぎた。もしかして、メインは猫の方ですか、女神様!?
たまご
ファンタジー
アラサーの相田つかさは事故により命を落とす。
最期の瞬間に頭に浮かんだのが「猫達のごはん、これからどうしよう……」だったせいか、飼っていた8匹の猫と共に異世界転生をしてしまう。
だが、つかさが目を覚ます前に女神様からとんでもチートを授かった猫達は新しい世界へと自由に飛び出して行ってしまう。
女神様に泣きつかれ、つかさは猫達を回収するために旅に出た。
猫達が、世界を滅ぼしてしまう前に!!
「私はスローライフ希望なんですけど……」
この作品は「小説家になろう」さん、「エブリスタ」さんで完結済みです。
表紙の写真は、モデルになったうちの猫様です。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる