神様、ちょっとチートがすぎませんか?

ななくさ ゆう

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第五部 時は流れゆく 第二章 日の国・兄弟の再会

6.僕の家族

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 稔の家は診療所のすぐ隣にあった。
 というよりも、家の敷地の一部を使って診療所を作ったらしい。
 土地はかなり広く、家は平屋建てで結構大きい。

 自宅の前で、稔が解説する。

「元々はね、僕の祖父母の家だったんだ。父と結婚するときに、母は本土に引っ越したんだけどね、父が亡くなって実家に戻ってきたんだよ。
 それで、僕は診療所を開いたわけ。もともと、この島には別の診療所があったんだけど、そこのお医者さんが高齢で引退されてね。結構ありがたがられているよ」

 桜勇太と稔の母親がこんな孤島の出身だなんて知らなかった。

「お父さん、死んだんですか?」
「……3年前に交通事故でね」
「そう……ですか」

 そうこうしているうちに、家の玄関にたどり着いた。
 稔は玄関の扉を開け、僕らを招き入れる。

「母さん、帰ったよ」

 そして、奥から現れたのは……

 桜勇太と桜稔のお母さんだった。
 あの時――真っ白の世界でお姉さん女神様に見せてもらったお母さん。
 少し、歳を取って皺が増えているけれど間違いない。

「お母さん……」

 僕は思わず呟く。
 目の前に居るのはお母さんだ。
 11年間、ふれあうことができなかったお母さんが目の前にいる。
 そう思うと、僕はたまらなかった。
 全身が震え、今にもお母さんに向って駆け出しそうだった。
 自然と目に涙が浮かぶ。

『パド』

 リラが小声で言って、僕の服の裾を掴む。

『気持ちは分かるけど……』

 リラには稔が僕の弟だと話している。だから、このお母さんが僕の――桜勇太の母親だと何となく察したのだろう。察した上で、僕に言ってくれたのだ。

『分かってる』

 僕は答える。
 そうだ。
 今の僕はパド。桜勇太じゃない。
 姿形は全然違うし、お母さんに息子だと伝えるすべはない。
 そんなことは分かっている。
 わかっているけど……

「パドくん? どうしたの?」

 稔が僕の様子に訝しがる。
 それもそのはず、気がつくと僕の瞳からはひとしずくの涙が流れていたのだから。

「なんでも……ないです。その、素敵なお母さんだなって」

 僕は言って、左腕で涙を拭う。

 お母さんはそんな僕らを見て、稔に尋ねる。

「稔、この子達が空から落ちてきたっていう?」
「うん」
「そう」

 お母さんの顔には少しの困惑が浮かんでいる。

「しばらく、この家で暮らしてもらうから」
「駐在さんはそれで納得してくれたの?」
「『本官は見なかったことにする』だそうだよ」
「……そう」

 お母さんは明らかに少し困った顔だ。
 そりゃあそうだろう。
 いきなり見ず知らずの子ども達、それも外国人で、おまけに片方は言葉も分からない。そんな子ども達をこれから住まわせると言われたら、戸惑うのが当たり前だ。

「パドくん、リラちゃん、こっちへ。あ、靴は脱いでね」

 稔に言われ、僕らは靴を脱いで家の中へと入る。
 リラがちょっと驚いて言う。

『ここでは玄関で靴を脱ぐのね』
『うん、そうだよ』

 とはいうものの、僕も日本の習慣についてはそこまでよくわからない。
 そもそもベッドから下りられなかった桜勇太は靴を履いたことすらないんだから。

 居間に案内され、床に座らせられる。

『不思議な床ね』
『タタミっていうヤツ……だと思う』

 もちろん、病室には無かったから畳も初めてだ。

 と。
 居間の隅にある仏壇が目に付いた。

 そこには4枚の写真。
 そのうち2枚は知らない男女。
 そして、残る2枚は――

「あの、それ……」

 僕は仏壇に目線をやって言う。

「ああ、僕の父と祖父母、それに兄の仏壇だよ」

 そう、残る2枚の写真は、桜勇太の父と、そして桜勇太自身のものだった。

「……お祈りさせてもらってもいいですか?」
「ああ、お願いするよ。お線香もあげてくれると嬉しいな」
「お線香……」
「あ、わからないか。日本では死者にお祈りするとき、お線香を焚くんだ」

 稔はそう言って、ライターを使って蝋燭に火を灯す。
 ライターの火にリラがちょっと驚いた様子だ。確かに向こうの世界にはライターもマッチもないからね。

「……といっても、その手じゃ無理か」

 右腕と左手首のない僕は、お線香を持つことも出来ない。

『パド、あの人何を言っているの?』
『えっと、ブツダン……お墓みたいなのにお祈りしたいんだけど、センコウに火をつけたくて……えっと、ああ、どう説明すればいいかな』
『この世界ではお墓を家の中に作るのね』
『いや、そういうわけじゃなくて、お墓は多分別にオテラかジンジャにあると思うけど』
『???』

 リラの顔にクエッションマークが大量に並ぶ。
 そういえば、向こうの世界でもクエッションマークは同じだったなぁ。やっぱり、あの世界の人族は、元々地球から迷い込んだんだ。

『そもそも、誰のお墓……ブツダンなの?』
『お父さんとお祖父ちゃんとお祖母ちゃん……それに、僕?』
『パドのお墓って……
 ……ああ、そうか、あなたこちらの世界では死んだことになっているから』

 死んだことになっているというか、死んでいるんだけど、いや、でも今は生きているし、うーん、なんとも複雑な話だ。
 リラが稔の手の中のお線香を見ながら言う。

『とにかく、ミノルの持っているあの棒に火をつければいいのね?』
『うん、たぶん』

 正直、僕も日本のお祈りの仕方なんてよく分からない。

『かして』

 リラは稔に向かって手を伸ばした。
 言葉は分からなくても、稔も察したらしい。
 リラにお線香を渡す。

 リラはお線香の先を蝋燭の灯に近づけた。
 お線香から甘い匂いのする煙が立上る。

 リラが目を瞑ってお祈りをする。その横で、稔は手を合わせて一緒にお祈りをする。
 僕もその横に座って目を瞑る。
 僕のお祈りの仕方は日本というよりはラクルス村式だ。
 手を合わせたくても、そもそも今の僕には右手がない。
 それでも、きっと祈りは通じると思う。

 やがて、稔が言った。

「僕の兄は生まれ付き体が弱くてね。11歳で死んだんだ」

 知っている。
 よく知っているとも。

「あの日――僕は兄の声を聞いた」

 ――え?

「兄の遺体の横でね、『稔、お母さんとお父さんを頼むぞ』って、そんな声を聞いた気がしたんだ」

 そうだ。
 あの日。
 真っ白な世界で。
 転生する直前に。
 僕は稔に向かって確かに祈った。

「もちろん、幻聴だったんだろうと思うけどね。そもそも、僕は兄の声なんて知らないし。でも、それでも、僕はあれが兄の――勇太兄さんのものだったって信じたい。
 だから、僕は両親を護ろうと、兄のように死なせまいと医者になった。
 もっとも、父は結局亡くしてしまったけど」

 その言葉に、僕はもう耐えられなかった。
 稔はずっと、あの時の僕の祈りを……
 僕は感情が抑えきれず、涙をぽろぽろと流してしまった。

 そんな僕の様子を見て、稔が心配そうに言う。

「パドくん? 大丈夫かい? どこか痛む?」
「いいえ、大丈夫です」
「そう、ならいいけれど……」

 心配そうな稔。
 確かに、いきなり目の前で泣き出したら心配にもなるだろう。

「じゃあ、少しここで待っていて。僕は母と話してくるから」

 そういって立ち上がった稔に、僕は反射的に声をかける。

「あの、きっと、きっとお兄さんも嬉しいと思います。その、稔……先生がご両親を護ってくれて」

 僕の言葉に、稔は驚いたような顔をする。
 そりゃあそうだろう。
 自分の家族とは関係が無い外国人らしき子どもが、いきなりこんなことを言っても、困惑させるだけだ。
 それでも、僕は言わずにはいられなかった。

 稔はにっこり笑って言ってくれた。

「ありがとう、パドくん」

 稔が立ち去った後、リラが僕に言った。

『パドの弟さん、いい人ね』
『うん』

 僕が頷くと、リラはちょっと無理をしたような笑顔になる。

『きっと、この島にパドが落ちたのは偶然じゃないわ』
『そうかもね』

 確かに、次元の狭間を抜けてやってきた先に、偶然にも弟と母がいたなんてありえないだろう。
 どういう仕組みか分からないけど、もしかすると稔の存在が僕らをあの次元の狭間から救い出してくれたのかもしれない。

 何の根拠もないけれど、僕はそんなことを思っていた。
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七草裕也の小説
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