上 下
163 / 201
第五部 時は流れゆく 第二章 日の国・兄弟の再会

4.日の国

しおりを挟む
◇◆◇◆◇◆◇◆◇

(作者注:ここから先、会話が日本語と異世界の言語でまざります。分かりやすくするため、異世界の言語での会話は二重カギ括弧で表現させていただきます)

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て。
 僕の頭の中は大混乱していた。

 異世界に転生してラクルス村で七年。
 その後、半年以上色々あって、日本に転移した。

 ここまではいいとして――いや、よくはないけどそれはともかくとして――僕の目の前に現れたこの青年の医者はなんと名乗った!?

 桜稔。
 僕の――僕の転生前――つまり桜勇太の弟の氏名。
 偶然か?
 同姓同名の別人って可能性ももちろんある。
 あるのだが――

 見れば見るほど、彼――桜稔の姿は、桜勇太が転生する直前に見た弟の顔立ちに似ていた。
 いや、だが、しかし。
 そもそも年齢が合わない。

 僕が転生してから、七年と半年くらい。
 実は、あの世界での1年は地球よりも十数日長かったのだけど、それにしたって、当時小学生だった稔が8年弱で青年医師になっているはずがない。

 あの世界とこの世界とで時間の流れが違うのか?
 いや、それとも次元の狭間で何年も時間が流れた?
 だとして、こんな偶然ありうるのか?

 頭の中に疑問と混乱が渦巻き、わけがわからなくなる。

「大丈夫かい? ずいぶんと混乱しているみたいだけど」

 医師――稔がそう僕に尋ねる。

「え、えっと、はい、大丈夫……ではないですけど、まあ、大丈夫です」

 自分でも何を言っているのか分からなくなってきた。

「警察からも頼まれているし、必要なことだから質問させてもらえるかな?」
「はい」
「まず、君の名前は?」
「……パドです」
「できればフルネームを教えて欲しいのだけど」
「えっと、それがフルネームです。僕の村では名字とかないんで」

 その言葉に、稔は看護師さんと顔を見合わせる。

「つまり、君は日本以外の――外国から来たってことかな?」

 さて、どう答えたものか。
 もちろんその通りなのだが、外国ではなく異世界である。
 もし、ここで頷けば次はどこの国の人間か聞かれるだろう。
 パスポートもないし、不法入国者扱いされるかもしれない。
 実際、合法的に日本に入国したとは言いがたいし。

「……わかりません」

 迷った末、僕はそう答えた。

「わからない? それはどういう意味?」

 ……ええい、仕方がない。
 嘘くさいかもしれないけど、他に上手い説明の方法が思いつかない。

「よく覚えていないんです。たぶん……記憶喪失? みたいな?」

 その言葉に、稔は顔をしかめる。

「記憶喪失……ね」

 信じていないのかな?
 そんな僕に、看護師さんが尋ねる。

「でも、一緒にいた女の子の名前は覚えているのよね?」

 あ、そういえばリラのことは話しちゃったな。

「はい。でも、どこから来たのかとか、そういうのはちょっと……」

 口ごもる僕に、明らかに2人は困った顔だ。

「ご両親や保護者の方のことも覚えていない?」
「……ごめんなさい」

 謝る僕に、2人は困惑顔を深める。
 そんな2人に、僕は言った。

「あの、リラに会わせてください。彼女、日本語も分からないし、きっと不安だと思います」
「彼女の言葉、君――パドくんは分かるのかな?」
「はい」
「わかった。通訳は確かに必要だ。彼女はまだ寝ているけれど、隣の部屋に行こう」

 ---------------

 稔と看護師さんは僕をベッドごと運ぼうとしたけれど、僕はもう歩けたので断った。

「どうやら元気そうだね。足下もふらついていない」

 たぶん、僕が気絶したのはまた魔力の使いすぎだろう。
 だから、本来なら点滴も不要なのだけれど、この世界の医師にはそれは分からないはずだ。

 歩いてみて理解する。
 僕の200倍の力は未だ健在だ。
 気をつけないといけない。

 隣の部屋に入ると、リラが1人ベッドに寝かされていた。
 気になるのは両腕をバンドで固定されていること。

「なんでリラを縛っているんですか?」
「目が覚めるたびに点滴を取ろうと暴れるからね。言葉も分からないから仕方なく」

 なるほど。
 確かにそういう事情だと医者としては当然の判断なのかもしれない。
 まずは、リラに事情を説明しないと。
 いや、僕も事情は全く分からないのだが。

 僕はリラの横に立つ。

『リラ』

 呼びかけると、リラの目がゆっくりと開いた。
 どうやら、目が覚める頃合いだったらしい。

『……パド? 私……』

 リラはハッとなりつつ、体を持ち上げようとする。
 もちろん、両腕を固定されているので動けない。

『何? 何なのよ、これ。腕に変な針が刺されているし、手を縛られているし、それにさっきは変な薬を注入されて意識が……』

 ひたすらパニックになっているリラ。
 無理も無いけど。

『リラ、落ち着いて。ここは病院だから』
『……病院? なんで病院で針を刺されたり、縛られたりするのよ!?』
『その針は薬を注入するための物だよ。飲み薬よりもよく効くんだ』
『お師匠様はそんな方法教えてくれなかったわ』

 そりゃあね。

『リラ、よく聞いて。ここは元いた世界じゃない』
『……?』
『ここは日本――僕が転生する前の世界だ』

 その言葉に、リラは目を見開き、そして不安げに言う。

『……どういうこと?』
『言葉通りの意味なんだけど……』

 と、そこで、僕は稔と看護師さんのことを思い出す。

「すみません、少し2人で話をさせてもらえませんか?」

 僕の問いに、稔達は少し考えて、それから言った。

「分かった。ただし、彼女も君もまだ体は本調子じゃない。本来ならCTやMRIで精密検査をした方がいいくらいの衝撃を受けている。少しでも体調がおかしくなったらすぐに僕を呼ぶように」

 稔はそう言って、看護師さんを伴って部屋から退出してくれた。

 それから、僕はリラに現状を説明した。

『そんなことが……本当なの?』
『たぶん、間違いないと思う』
『これから、私たちどうなるの?』
『わからない』

 稔達が何を考えているか。
 警察云々言っていたし、不法入国した外国人と疑われているのかもしれない。
 そして、事実それはある意味で正しい。
 国外追放とかもあるかもしれないが、この世界のどこにも僕らの国はない。

『……元の世界に、戻れないのかな?』
『それは……』
『ごめん、パドにもどうしようもないよね』
『うん』

 僕はリラから視線をそらして頷いた。
 元の世界に戻る。確かにそれは大切なことだ。
 お母さんのことも、バラヌのことも、アル殿下のことも、ルシフのことも、何も解決していない。
 ラクルス村では、お父さんやジラ達が僕らの帰りを待っている。

 だけど。

 それと同時に考えてしまう。
 もしも、このまま日本で暮らせるなら。
 あの世界よりもずっと豊かで、平和な世界。
 ラクルス村とならぶ、僕のもう一つの故郷。

 僕は、一体どうしたらいいんだろう?
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します

潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。

【完結】神様と呼ばれた医師の異世界転生物語 ~胸を張って彼女と再会するために自分磨きの旅へ!~

川原源明
ファンタジー
 秋津直人、85歳。  50年前に彼女の進藤茜を亡くして以来ずっと独身を貫いてきた。彼の傍らには彼女がなくなった日に出会った白い小さな子犬?の、ちび助がいた。  嘗ては、救命救急センターや外科で医師として活動し、多くの命を救って来た直人、人々に神様と呼ばれるようになっていたが、定年を迎えると同時に山を買いプライベートキャンプ場をつくり余生はほとんどここで過ごしていた。  彼女がなくなって50年目の命日の夜ちび助とキャンプを楽しんでいると意識が遠のき、気づけば辺りが真っ白な空間にいた。  白い空間では、創造神を名乗るネアという女性と、今までずっとそばに居たちび助が人の子の姿で土下座していた。ちび助の不注意で茜君が命を落とし、謝罪の意味を込めて、創造神ネアの創る世界に、茜君がすでに転移していることを教えてくれた。そして自分もその世界に転生させてもらえることになった。  胸を張って彼女と再会できるようにと、彼女が降り立つより30年前に転生するように創造神ネアに願った。  そして転生した直人は、新しい家庭でナットという名前を与えられ、ネア様と、阿修羅様から貰った加護と学生時代からやっていた格闘技や、仕事にしていた医術、そして趣味の物作りやサバイバル技術を活かし冒険者兼医師として旅にでるのであった。  まずは最強の称号を得よう!  地球では神様と呼ばれた医師の異世界転生物語 ※元ヤンナース異世界生活 ヒロイン茜ちゃんの彼氏編 ※医療現場の恋物語 馴れ初め編

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

異世界転生~チート魔法でスローライフ

リョンコ
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。 43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。 その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」 大型連休を利用して、 穴場スポットへやってきた! テントを建て、BBQコンロに テーブル等用意して……。 近くの川まで散歩しに来たら、 何やら動物か?の気配が…… 木の影からこっそり覗くとそこには…… キラキラと光注ぐように発光した 「え!オオカミ!」 3メートルはありそうな巨大なオオカミが!! 急いでテントまで戻ってくると 「え!ここどこだ??」 都会の生活に疲れた主人公が、 異世界へ転生して 冒険者になって 魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。 恋愛は多分ありません。 基本スローライフを目指してます(笑) ※挿絵有りますが、自作です。 無断転載はしてません。 イラストは、あくまで私のイメージです ※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが 少し趣向を変えて、 若干ですが恋愛有りになります。 ※カクヨム、なろうでも公開しています

欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します

ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!! カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~

宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。 転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。 良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。 例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。 けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。 同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。 彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!? ※小説家になろう様にも掲載しています。

処理中です...