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【断章】命の輝き
【断章3】 女騎士の生き様(前編)
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◇◆◇◆◇◆◇◆◇
(キラーリア・ミ・スタンレード/三人称)
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
騎士キラーリア・ミ・スタンレード。
ガラジアル・デ・スタンレード公爵の子息。
うら若き乙女でもある。
彼女の父、ガラジアル・デ・スタンレード公爵は初代国王の血を引く、れっきとした伝統貴族である。
当然のことながら、彼女にも初代国王の血が流れていることになる。
ガラジアル公爵は王家に心から忠誠を誓っていた。
1人の戦士としての能力にこそ恵まれなかったが、文官としての能力は極めて高かった。
戦術眼はあり兵としてはともかく軍指揮官としての能力もあった。
キラーリアには文官としての才はなかった。
頭は余りいい方ではない。さらに、致命的に口下手かつ他人の心の機微に鈍感なのだ。
様々な立場の貴族と丁々発止のやりとりをするには致命的な弱点である。
彼女が6歳の時、父ガラジアル公爵が死亡した。
彼女を庇うため、父の側近によりわずか6歳の幼女が騎士団に入れられることになる。
とはいえ騎士達の中で、キラーリアの立場は非常に微妙であった。
まず、騎士というのは男社会だ。
これは男尊女卑というよりも、女・子供を護るのが騎士の本分であり、心得と考えられていたからだ。
一般論として女性は男性よりも体力で劣る。この世界に重火器はなく、教会は王家の騎士に魔法を教えない。
つまり、男女の肉体的な強さを補う手段に乏しいのだ。
むろん、キラーリアのような個人として突出した剣術の才能があれば別ではあるのだが。
騎士達が『男性が戦い女性を護る』という考え方になるのは至極自然であろう。
初代国王と結婚したミリスが女性剣士だったこともあり、女性騎士が歴史上初だというわけではない。
が、それでもキラーリア以前の女性騎士が歴史上確認できるのは300年も前のことである。
いかに騎士が実力社会とは言え、女性騎士の存在はいやでも目立つ。
そして、なによりも若い。いや、幼い。
わずか6歳の幼女に騎士としての力があるなどとは考えられないだろう。
結果、彼女は腫れ物のように扱われることになる。
しかしながら、キラーリアには剣の才能があった。それも、異能とよべるほどの。
10歳で大人の男性騎士をたたきのめしたのを皮切りに、12歳から13歳の時には成人男性の騎士が出場する剣術大会で連続優勝。
その剣の煌めきは、黄金の風に例えられるほどであった。
きらびやかな金髪、亡き母親似の端正な顔立ち、鍛えられているが太すぎない手足、常にピンと張った背筋。
しかも、公爵家のご令嬢でもある。
どれもこれも男を引きつける要素になり得る。
胸がないのが玉に瑕だが、むしろそれがよいという男もいる。
キラーリアは数々の男性騎士から交際や婚姻の申し込みを受けることになる。
だが、その男達全てが玉砕した。
といっても、彼女に心に決めた男がいるとか、男性が嫌いとか、同性愛者だとかいうわけではない。
結婚相手にどうしても譲れない一線があっただけである。
それは『自分よりも強いこと』だった。
いや、言い寄ってくるのが武人ではなく、別の才を持つ者――例えば父やレイク・ブルテのように文官としての才が突出しているというならば、キラーリアも相手に強さなど求めなかったかもしれない。
別に剣術だけが世の中の全てだと思っているわけではない。
が、キラーリアの周囲にいるのは騎士――すなわち、剣に生きると決めたはずの者達ばかりである。
ならば、女性の自分よりも強くなければ婚姻相手とは考えられない。
……ある意味当然の感情といえよう。
問題はキラーリアが強すぎたことである。
数多の男性騎士達が挑戦してもキラーリアに勝つことはかなわない。
数年後、某文官が彼女に対して『自分の強さを過小評価しすぎだ』と漏らすことになるのだが、まさにその通りといえた。
もちろん、彼女より強い騎士も皆無ではないが、彼らは壮年を超えている。
さすがに自分の倍以上も年を取った男となると、今度は1人の乙女としての感情が邪魔をする。16歳の少女に30歳以上の男を相手にしろというほうが酷であろう。
男性側にとっても30歳を超えて16歳の少女と婚姻を考えるというのは少々醜聞が悪い。そもそも、キラーリアに勝てる男性騎士のほとんどは既婚者である。
結果『少女騎士の元に若い男性騎士が次々に告白に訪れては叩きのめされる』という光景が幾度となく繰り返されることになる。
彼女に男性とつきあう意思がないとか、幼い頃から心に決めた許嫁がいるというならば、男性騎士達も少しは救われたかもしれない。
が、彼らの前に示されるのは『男性騎士が少女騎士に婚姻を申し込んだが、敗北して袖にされた』という現実である。
男としても騎士としても不名誉きわまりない。
しかもキラーリアは毎回、彼らに『もっと修行しなさい』と言い放った。
キラーリアからすれば、強さ以外には不満がないから自分を超えてくださいという、純粋な応援のつもりで悪意などなかった。
むしろ、結婚願望があるからこそ、それぞれの男性騎士達に自分を倒すほどに鍛錬して再び挑んできてほしいとすら思っていたくらいだ。
それならばもっと言い方があろうものだが、彼女の口下手さが災いしたといえる。
それでも、『修行すればキラーリアに勝てるかもしれない』と告白した男達が思えたならまた違うのだろうが、キラーリアの剣術はあまりにも突出しすぎていたのだ。
70の力と80の力の差で負けたらもう一度頑張ろうという気にもなるが、50の力と500の力の差で負けたならさすがに心がくじける。
男性騎士達もド素人ではないので力の差くらいは分かってしまう。
自分が言い寄った少女にとても勝てない実力差を見せつけられる。
元来騎士とはプライドが高い者が多い。
愛憎は裏表の感情。
男として、騎士として、あるいは戦士としてのプライドをズタズタにされた騎士たちは『修行してもう一度挑戦』と考えるよりも『生意気な女だ』と不満を持つようになる。
そして、その噂や雰囲気は求婚しなかった騎士達にも伝染する。
いつしかキラーリアは騎士達の中で『腫れ物』から『嫌われ者』になっていた。
が、相手は公爵の娘。
直接文句も言いにくい。
キラーリアはその真面目さから幼い頃から剣術に打ち込んでいたが、それ故に同年代と遊んだり競ったりという経験が不足していた。
人の心の機微に鈍感なところがあるまま騎士という男社会に飛び込んでしまったのだ。
それでも、キラーリアは実直な性格である。
自分の行動に問題があるとわかればそれを正す。
すぐには直せなくても、直そうとする努力はする。
騎士達に直接不満をぶつけられていれば彼女も態度を改めただろう。
だが、自分が同僚男性騎士に嫌われているということすら中々気づけなかった。
なにしろ、もともとは『好きです』と告白されたのだ。
公爵家の娘であるから周囲も気を遣った言葉しか言ってくれない。
しかも父も母もすでに亡い。
要するに、注意や忠告をしてくれる者がほとんどいない状態だったのだ。
10代の若者にとって、間違いを正してくれる存在がいないというのはある意味で大変不幸なことである。
それでも年配の騎士達の中にはそれとなく彼女を心配して遠因な言葉で忠告してくる者もいた。
が、素直すぎるキラーリアは遠因な言葉では忠告だと理解できない。
例えば、『あなたは優れた騎士です。とても他の若手騎士では勝てないでしょう。戦いにおいてあなたは頼りにされるでしょうが、是非弱き人達の気持ちも理解してあげなさい』などと言ってくれる壮年の騎士はいた。
彼の真意は、『あなたは強すぎるから、力が劣る他の騎士の気持ちも考えてあげなさい』である。
が、実直で素直なキラーリアは、褒められたとしか感じられない。
それは彼女の中に『騎士=強き者』という図式が強く存在しており、『弱き者=一般民衆』という理解になってしまったことも遠因である。
さらに言うならば、騎士同士は先輩後輩、あるいは上司部下という立場の違いはあっても、同僚は家の格に関係なく同格と定められている。
あくまでも『定め』であって、実際には公爵の娘というのはやはり騎士同士においても大きな意味があるのだが、素直すぎて彼女だけはそんな考えが浮かばない。
ゆえに、不満があるならば同僚達が遠慮無く自分に言ってくるだろうという思い込みもあった。
自分と男性騎士達との力量差がそこまであるとも思っていなかった。
キラーリア自身が騎士というものにある種の幻想を抱いており、彼らを圧倒できるのは自分が女性故に相手が本気を出せないからではないかと考えていたのだ。
ある意味で、それは屈辱ですらあった。
実際のところは男性騎士達は手加減などしていないのだが。
キラーリアに悪意はない。
嫌われているという自覚がなく、自分は周囲に好かれているという意識すらあった。
それで増長したりはしないところは彼女の美徳だが、さりとて態度を改めることもなかった。
彼女にとっての転機は、レイク・ブルテの誘いによって訪れる。
アル――。盗賊女帝と呼ばれる未来の主との出会いは、キラーリアにとって救いとなる。
(キラーリア・ミ・スタンレード/三人称)
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
騎士キラーリア・ミ・スタンレード。
ガラジアル・デ・スタンレード公爵の子息。
うら若き乙女でもある。
彼女の父、ガラジアル・デ・スタンレード公爵は初代国王の血を引く、れっきとした伝統貴族である。
当然のことながら、彼女にも初代国王の血が流れていることになる。
ガラジアル公爵は王家に心から忠誠を誓っていた。
1人の戦士としての能力にこそ恵まれなかったが、文官としての能力は極めて高かった。
戦術眼はあり兵としてはともかく軍指揮官としての能力もあった。
キラーリアには文官としての才はなかった。
頭は余りいい方ではない。さらに、致命的に口下手かつ他人の心の機微に鈍感なのだ。
様々な立場の貴族と丁々発止のやりとりをするには致命的な弱点である。
彼女が6歳の時、父ガラジアル公爵が死亡した。
彼女を庇うため、父の側近によりわずか6歳の幼女が騎士団に入れられることになる。
とはいえ騎士達の中で、キラーリアの立場は非常に微妙であった。
まず、騎士というのは男社会だ。
これは男尊女卑というよりも、女・子供を護るのが騎士の本分であり、心得と考えられていたからだ。
一般論として女性は男性よりも体力で劣る。この世界に重火器はなく、教会は王家の騎士に魔法を教えない。
つまり、男女の肉体的な強さを補う手段に乏しいのだ。
むろん、キラーリアのような個人として突出した剣術の才能があれば別ではあるのだが。
騎士達が『男性が戦い女性を護る』という考え方になるのは至極自然であろう。
初代国王と結婚したミリスが女性剣士だったこともあり、女性騎士が歴史上初だというわけではない。
が、それでもキラーリア以前の女性騎士が歴史上確認できるのは300年も前のことである。
いかに騎士が実力社会とは言え、女性騎士の存在はいやでも目立つ。
そして、なによりも若い。いや、幼い。
わずか6歳の幼女に騎士としての力があるなどとは考えられないだろう。
結果、彼女は腫れ物のように扱われることになる。
しかしながら、キラーリアには剣の才能があった。それも、異能とよべるほどの。
10歳で大人の男性騎士をたたきのめしたのを皮切りに、12歳から13歳の時には成人男性の騎士が出場する剣術大会で連続優勝。
その剣の煌めきは、黄金の風に例えられるほどであった。
きらびやかな金髪、亡き母親似の端正な顔立ち、鍛えられているが太すぎない手足、常にピンと張った背筋。
しかも、公爵家のご令嬢でもある。
どれもこれも男を引きつける要素になり得る。
胸がないのが玉に瑕だが、むしろそれがよいという男もいる。
キラーリアは数々の男性騎士から交際や婚姻の申し込みを受けることになる。
だが、その男達全てが玉砕した。
といっても、彼女に心に決めた男がいるとか、男性が嫌いとか、同性愛者だとかいうわけではない。
結婚相手にどうしても譲れない一線があっただけである。
それは『自分よりも強いこと』だった。
いや、言い寄ってくるのが武人ではなく、別の才を持つ者――例えば父やレイク・ブルテのように文官としての才が突出しているというならば、キラーリアも相手に強さなど求めなかったかもしれない。
別に剣術だけが世の中の全てだと思っているわけではない。
が、キラーリアの周囲にいるのは騎士――すなわち、剣に生きると決めたはずの者達ばかりである。
ならば、女性の自分よりも強くなければ婚姻相手とは考えられない。
……ある意味当然の感情といえよう。
問題はキラーリアが強すぎたことである。
数多の男性騎士達が挑戦してもキラーリアに勝つことはかなわない。
数年後、某文官が彼女に対して『自分の強さを過小評価しすぎだ』と漏らすことになるのだが、まさにその通りといえた。
もちろん、彼女より強い騎士も皆無ではないが、彼らは壮年を超えている。
さすがに自分の倍以上も年を取った男となると、今度は1人の乙女としての感情が邪魔をする。16歳の少女に30歳以上の男を相手にしろというほうが酷であろう。
男性側にとっても30歳を超えて16歳の少女と婚姻を考えるというのは少々醜聞が悪い。そもそも、キラーリアに勝てる男性騎士のほとんどは既婚者である。
結果『少女騎士の元に若い男性騎士が次々に告白に訪れては叩きのめされる』という光景が幾度となく繰り返されることになる。
彼女に男性とつきあう意思がないとか、幼い頃から心に決めた許嫁がいるというならば、男性騎士達も少しは救われたかもしれない。
が、彼らの前に示されるのは『男性騎士が少女騎士に婚姻を申し込んだが、敗北して袖にされた』という現実である。
男としても騎士としても不名誉きわまりない。
しかもキラーリアは毎回、彼らに『もっと修行しなさい』と言い放った。
キラーリアからすれば、強さ以外には不満がないから自分を超えてくださいという、純粋な応援のつもりで悪意などなかった。
むしろ、結婚願望があるからこそ、それぞれの男性騎士達に自分を倒すほどに鍛錬して再び挑んできてほしいとすら思っていたくらいだ。
それならばもっと言い方があろうものだが、彼女の口下手さが災いしたといえる。
それでも、『修行すればキラーリアに勝てるかもしれない』と告白した男達が思えたならまた違うのだろうが、キラーリアの剣術はあまりにも突出しすぎていたのだ。
70の力と80の力の差で負けたらもう一度頑張ろうという気にもなるが、50の力と500の力の差で負けたならさすがに心がくじける。
男性騎士達もド素人ではないので力の差くらいは分かってしまう。
自分が言い寄った少女にとても勝てない実力差を見せつけられる。
元来騎士とはプライドが高い者が多い。
愛憎は裏表の感情。
男として、騎士として、あるいは戦士としてのプライドをズタズタにされた騎士たちは『修行してもう一度挑戦』と考えるよりも『生意気な女だ』と不満を持つようになる。
そして、その噂や雰囲気は求婚しなかった騎士達にも伝染する。
いつしかキラーリアは騎士達の中で『腫れ物』から『嫌われ者』になっていた。
が、相手は公爵の娘。
直接文句も言いにくい。
キラーリアはその真面目さから幼い頃から剣術に打ち込んでいたが、それ故に同年代と遊んだり競ったりという経験が不足していた。
人の心の機微に鈍感なところがあるまま騎士という男社会に飛び込んでしまったのだ。
それでも、キラーリアは実直な性格である。
自分の行動に問題があるとわかればそれを正す。
すぐには直せなくても、直そうとする努力はする。
騎士達に直接不満をぶつけられていれば彼女も態度を改めただろう。
だが、自分が同僚男性騎士に嫌われているということすら中々気づけなかった。
なにしろ、もともとは『好きです』と告白されたのだ。
公爵家の娘であるから周囲も気を遣った言葉しか言ってくれない。
しかも父も母もすでに亡い。
要するに、注意や忠告をしてくれる者がほとんどいない状態だったのだ。
10代の若者にとって、間違いを正してくれる存在がいないというのはある意味で大変不幸なことである。
それでも年配の騎士達の中にはそれとなく彼女を心配して遠因な言葉で忠告してくる者もいた。
が、素直すぎるキラーリアは遠因な言葉では忠告だと理解できない。
例えば、『あなたは優れた騎士です。とても他の若手騎士では勝てないでしょう。戦いにおいてあなたは頼りにされるでしょうが、是非弱き人達の気持ちも理解してあげなさい』などと言ってくれる壮年の騎士はいた。
彼の真意は、『あなたは強すぎるから、力が劣る他の騎士の気持ちも考えてあげなさい』である。
が、実直で素直なキラーリアは、褒められたとしか感じられない。
それは彼女の中に『騎士=強き者』という図式が強く存在しており、『弱き者=一般民衆』という理解になってしまったことも遠因である。
さらに言うならば、騎士同士は先輩後輩、あるいは上司部下という立場の違いはあっても、同僚は家の格に関係なく同格と定められている。
あくまでも『定め』であって、実際には公爵の娘というのはやはり騎士同士においても大きな意味があるのだが、素直すぎて彼女だけはそんな考えが浮かばない。
ゆえに、不満があるならば同僚達が遠慮無く自分に言ってくるだろうという思い込みもあった。
自分と男性騎士達との力量差がそこまであるとも思っていなかった。
キラーリア自身が騎士というものにある種の幻想を抱いており、彼らを圧倒できるのは自分が女性故に相手が本気を出せないからではないかと考えていたのだ。
ある意味で、それは屈辱ですらあった。
実際のところは男性騎士達は手加減などしていないのだが。
キラーリアに悪意はない。
嫌われているという自覚がなく、自分は周囲に好かれているという意識すらあった。
それで増長したりはしないところは彼女の美徳だが、さりとて態度を改めることもなかった。
彼女にとっての転機は、レイク・ブルテの誘いによって訪れる。
アル――。盗賊女帝と呼ばれる未来の主との出会いは、キラーリアにとって救いとなる。
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