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第四部 少年少女と王侯貴族達 第二章 王都到着
8.11枚目のクッキー(後編)
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ラナアさんが、ゆっくりと僕に語ってくれた。
---------------
それはとある豪商の娘の物語。
10歳になった彼女は、父に連れられ訪れた宿場街の道ばたで、飢えて倒れた幼女を見かけた。
憐れに思い、自分のおやつのクッキーを幼女に渡した娘。
彼女は父に頼んだ。あの幼女を助けてほしいと。
父は言った。1枚のクッキーを与えるだけならばいい。だがそれ以上はダメだと。
彼女は、父はなんて酷いことをいうんだろうと思った。父の財力があれば幼女を助けることくらいできるはずなのに。
その街に親娘が滞在する予定は残り10日間。
その後、娘は毎日幼女にクッキーを届けた。
5日目。いつものように幼女の元へ行くと、娘と同い年くらいの少年が現れた。
幼女と同じような身なりで、だからきっと幼女と同じような環境の子なのだろうと、彼女は想像した。
幼女の兄だと名乗った少年は娘に言った。
「もう、余計なことをしないでくれ」
意味が分からなかった。
自分は幼女のために大好きなお菓子を食べるのを我慢して差し出したのに。
「甘いお菓子の味を知って、妹は他の食事ができなくなった」
兄の言葉に、彼女は怒りを感じた。
「意味が分からないわ」
そう叫んで、娘は駆けだした。
---------------
「パドくんは、彼の言葉の意味が分かるかしら?」
ラナアさんの言葉に、僕は頭をひねる。
「……なんとなく。僕だって、ここのご飯を食べちゃったから、村の食事は寂しく感じるかもしれない」
たぶん、そういうことだろう。
僕は麦粥の生活に戻れないとは言わない。
だけど、浮浪児と思わしき幼女。彼女の普段の食事は、きっとラクルス村のそれよりもさらに酷いものだったのだろうと思う。
1度だけならともかく、毎日クッキーをもらったら、きっと2度と食べたくなくなるような、そんな食事。
「やっぱり、パドくんは頭がいいわね。私と違って、ちゃんと理解できるんだから」
ラナアさんはそう言って僕の頭をなでる。
「ひょっとして、今の話の娘って……ラナアさん?」
「さあ、どうかしらね」
曖昧な顔で微笑むラナアさん。
「だけどね、パドくん。覚えておいてほしいのは、幼女に10日間クッキーをあげるならば、11日目の食べ物のことも考えてあげなくちゃいけないってことなの」
「でも、クッキーをあげなかったら、その子は死んじゃったかも」
その妹が飢え死にするのを放っておくのが正しかったとは思えない。
「1枚目のクッキーはあげていい。それは命を救うことだから。
でも2日目はダメ。それをしてしまったら、11日目もクッキーをあげなくちゃいけなくなる。でも、それは彼女にはできないのだから。
この違い、わかるかしら?」
簡単に『わかる』とか、『わからない』とか言ってしまうのは不誠実に感じる。
だから、僕は次のように言った。
「よく考えてみます」
そう、考えるしかない。
考えて考えて、考え抜くしかない。
お師匠様がいつも言っていたように。
『リラを大切にする』と約束した。
『お母さんの心を元に戻す』と誓った。
『お父さんと一緒に暮らしたい』と思った。
『家族皆で幸せになりたい』と願った。
だから、僕は両親やリラに、11日目のクッキーを食べさせる方法を考えなくちゃいけない。
同時に、11日目のクッキーをあげられない人まで助けようとしちゃいけない。
きっとそういうことなんだと思う。
「やっぱり、パドくんは、とても頭がいい優しい子ね」
そう言って、ラナアさんは僕を抱擁してくれた。
「人は、自分にできることをするしかない。私も、あなたに11日目のクッキーはあげられない。それでも、あなたのなみだにつきあってあげることくらいはできるわ」
きっとそのときの僕は、ラナアさんの目から見ても、1日目のクッキーが必要なほど悩んでいるように見えたのだろう。
---------------
しばしラナアさんに抱擁され続けていると、リラが屋敷の勝手口から顔を出した。
「パド、ここにいたの?
……って、何をしているのよ?」
リラの顔に浮かぶ、あからさまな軽蔑のまなざし。
そりゃあ、朝から屋敷の裏でメイドさんに抱擁されていれば、そういう目で見たくもなるかもしれないけどさぁ。
僕は慌ててラナアさんから離れる。
「いや、あの、お皿洗い?」
「ふーん、最近のお皿ってメイドさんに抱きしめられるとキレイになるんだ、ふーん」
うわわぁぁぁ、なんか恐い。
リラから殺気が漂ってきてる気がする。
「いや、あの、リラ? 別に変な意味でこうしていたわけじゃないからね」
「ふーん」
うう、リラの視線が突き刺さる。
「そうですよ、リラちゃん。私はパドくんっていい子ねって抱いていただけですよ」
ラナアさん、かばってくれているみたいだけど、その言い方は誤解を招きますよ!?
「ふーん?」
「あ、あの、リラ、何か誤解していない?」
というか、自分で言っておいてなんだけど、誤解って何?
7歳児の体の僕と、40代のラナアさんの間で誤解もクソもない。
慌てふためく僕を冷めた目で見つつ、リラは『ふぅ』っとため息1つ。
「ま、いいわ。どうせパドがまた考えすぎて、泣き出したのを慰めてもらっていたとか、そんなトコでしょ」
リラの中で僕はどれだけ泣き虫くん認定されているのだろうか。
しかも半分くらい間違っていない辺りがなおさら困惑するしかない。
「そんなことより、パド、今すぐ部屋に来て」
「何かあったの?」
「キラーリアさんが戻ってきたんだけどね、どうやらこれから王様に会うみたいなの」
そりゃあ、キラーリアさんたちは王城に帰還の報告をしに行ったのだから、アル様は王様にも会うだろう。というか、むしろまだ王様に会えていなかったのかって話だ。
「それがどうかしたの?」
「どうかしたのって……あ、そうか、今の説明じゃわからないか」
「???」
「私と、あなたが王様に会うのよ、今日これから」
――はい?
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それはとある豪商の娘の物語。
10歳になった彼女は、父に連れられ訪れた宿場街の道ばたで、飢えて倒れた幼女を見かけた。
憐れに思い、自分のおやつのクッキーを幼女に渡した娘。
彼女は父に頼んだ。あの幼女を助けてほしいと。
父は言った。1枚のクッキーを与えるだけならばいい。だがそれ以上はダメだと。
彼女は、父はなんて酷いことをいうんだろうと思った。父の財力があれば幼女を助けることくらいできるはずなのに。
その街に親娘が滞在する予定は残り10日間。
その後、娘は毎日幼女にクッキーを届けた。
5日目。いつものように幼女の元へ行くと、娘と同い年くらいの少年が現れた。
幼女と同じような身なりで、だからきっと幼女と同じような環境の子なのだろうと、彼女は想像した。
幼女の兄だと名乗った少年は娘に言った。
「もう、余計なことをしないでくれ」
意味が分からなかった。
自分は幼女のために大好きなお菓子を食べるのを我慢して差し出したのに。
「甘いお菓子の味を知って、妹は他の食事ができなくなった」
兄の言葉に、彼女は怒りを感じた。
「意味が分からないわ」
そう叫んで、娘は駆けだした。
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「パドくんは、彼の言葉の意味が分かるかしら?」
ラナアさんの言葉に、僕は頭をひねる。
「……なんとなく。僕だって、ここのご飯を食べちゃったから、村の食事は寂しく感じるかもしれない」
たぶん、そういうことだろう。
僕は麦粥の生活に戻れないとは言わない。
だけど、浮浪児と思わしき幼女。彼女の普段の食事は、きっとラクルス村のそれよりもさらに酷いものだったのだろうと思う。
1度だけならともかく、毎日クッキーをもらったら、きっと2度と食べたくなくなるような、そんな食事。
「やっぱり、パドくんは頭がいいわね。私と違って、ちゃんと理解できるんだから」
ラナアさんはそう言って僕の頭をなでる。
「ひょっとして、今の話の娘って……ラナアさん?」
「さあ、どうかしらね」
曖昧な顔で微笑むラナアさん。
「だけどね、パドくん。覚えておいてほしいのは、幼女に10日間クッキーをあげるならば、11日目の食べ物のことも考えてあげなくちゃいけないってことなの」
「でも、クッキーをあげなかったら、その子は死んじゃったかも」
その妹が飢え死にするのを放っておくのが正しかったとは思えない。
「1枚目のクッキーはあげていい。それは命を救うことだから。
でも2日目はダメ。それをしてしまったら、11日目もクッキーをあげなくちゃいけなくなる。でも、それは彼女にはできないのだから。
この違い、わかるかしら?」
簡単に『わかる』とか、『わからない』とか言ってしまうのは不誠実に感じる。
だから、僕は次のように言った。
「よく考えてみます」
そう、考えるしかない。
考えて考えて、考え抜くしかない。
お師匠様がいつも言っていたように。
『リラを大切にする』と約束した。
『お母さんの心を元に戻す』と誓った。
『お父さんと一緒に暮らしたい』と思った。
『家族皆で幸せになりたい』と願った。
だから、僕は両親やリラに、11日目のクッキーを食べさせる方法を考えなくちゃいけない。
同時に、11日目のクッキーをあげられない人まで助けようとしちゃいけない。
きっとそういうことなんだと思う。
「やっぱり、パドくんは、とても頭がいい優しい子ね」
そう言って、ラナアさんは僕を抱擁してくれた。
「人は、自分にできることをするしかない。私も、あなたに11日目のクッキーはあげられない。それでも、あなたのなみだにつきあってあげることくらいはできるわ」
きっとそのときの僕は、ラナアさんの目から見ても、1日目のクッキーが必要なほど悩んでいるように見えたのだろう。
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しばしラナアさんに抱擁され続けていると、リラが屋敷の勝手口から顔を出した。
「パド、ここにいたの?
……って、何をしているのよ?」
リラの顔に浮かぶ、あからさまな軽蔑のまなざし。
そりゃあ、朝から屋敷の裏でメイドさんに抱擁されていれば、そういう目で見たくもなるかもしれないけどさぁ。
僕は慌ててラナアさんから離れる。
「いや、あの、お皿洗い?」
「ふーん、最近のお皿ってメイドさんに抱きしめられるとキレイになるんだ、ふーん」
うわわぁぁぁ、なんか恐い。
リラから殺気が漂ってきてる気がする。
「いや、あの、リラ? 別に変な意味でこうしていたわけじゃないからね」
「ふーん」
うう、リラの視線が突き刺さる。
「そうですよ、リラちゃん。私はパドくんっていい子ねって抱いていただけですよ」
ラナアさん、かばってくれているみたいだけど、その言い方は誤解を招きますよ!?
「ふーん?」
「あ、あの、リラ、何か誤解していない?」
というか、自分で言っておいてなんだけど、誤解って何?
7歳児の体の僕と、40代のラナアさんの間で誤解もクソもない。
慌てふためく僕を冷めた目で見つつ、リラは『ふぅ』っとため息1つ。
「ま、いいわ。どうせパドがまた考えすぎて、泣き出したのを慰めてもらっていたとか、そんなトコでしょ」
リラの中で僕はどれだけ泣き虫くん認定されているのだろうか。
しかも半分くらい間違っていない辺りがなおさら困惑するしかない。
「そんなことより、パド、今すぐ部屋に来て」
「何かあったの?」
「キラーリアさんが戻ってきたんだけどね、どうやらこれから王様に会うみたいなの」
そりゃあ、キラーリアさんたちは王城に帰還の報告をしに行ったのだから、アル様は王様にも会うだろう。というか、むしろまだ王様に会えていなかったのかって話だ。
「それがどうかしたの?」
「どうかしたのって……あ、そうか、今の説明じゃわからないか」
「???」
「私と、あなたが王様に会うのよ、今日これから」
――はい?
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