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第三部 エルフと龍族の里へ 第三章 龍と獅子と少年少女達

6.議論は混迷し、人々は踊る

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 いよいよ議場はおかしな空気になってきた。
 まるでレイクさんが悪者みたいな雰囲気だ。

 だが、実際レイクさんは僕らに――アル王女にすら隠し事をしていたらしい。
 僕はずっとアル王女とレイクさんは一心同体みたいに思っていたのだけど。
 レイクさんは一体何を隠していたというのだろう。

「分かりました。私の知ることをお話ししましょう」

 レイクさんはため息交じりにそう言って語り出した。

「そもそもは、私がアラブシ先生の元で学んでいた時分に遡ります」

 ええ!? このに及んでお師匠様の話が出てくるの?
 どこまで影響力があるんだ、あの人は。

「私と現在枢機卿であるラミサルは当時学友でした。私たちは興味の赴くまま古代史の研究をしていました」

 当時、レイクさんは7歳。ラミサルさんは12歳だったという。
 王宮の書庫を紐解き、勇者伝説の研究をしていたそうだ。

 ラミサルさんはまだしも、7歳のレイクさんは天才としか言いようがない。
 大人でも識字率が低い世界だしね。

「そして、私たちは先ほどおさ殿が語られた歴史の真実の一端を知ることになったのです」

 そこから見えてきたのは英雄的な4人の勇者のみでの戦いではなく、人族全体による種の存続をかけたいくさだ。

 もっとも、レイクさんがその時考察した歴史は、龍族の長が語った物とも少し違った。
 確かに勇者伝説の魔物が実は獣人を意味していると、レイクさんとラミサルさんは結論づけたが、人族による一方的な蹂躙ではなく、互いに領有権を争う戦争だったのではないかと2人は考察した。

 それは現在の王家や教会にとって受け入れがたい歴史でもあった。王家は勇者キダンと女剣士ミリスの、教会は賢者ブランドと僧侶グリカードの偉功があったからこそ人々に支持されているのだから。

 もし、レイクさんやラミサルさんがもう少し大人だったら、その研究はその場で封印していたかもしれない。
 だが、その時の2人は若かった。いや、幼かった。
 自分たちの研究が、現代社会に与える影響などみじんも考えず、好奇心の赴くままに勇者伝説の真相を暴いていった。
 本来立ち入りを禁じられていた書庫の奥底へと忍び込み、日々歴史の真相を探ったのだ。

「そして、私たちは失われた武器の存在を知ったのです」

 それは火薬を使った数々の武器、あるいは兵器の記述だった。
 盟約により封印された知識だが、意図的か、あるいは故意にか、王家の書庫の奥底にその情報は眠っていた。

 火薬を使った武器と聞いて、アル王女が首をひねる。

「よくわからんのだがな。火薬がそんなにすごい武器になるのか? 確かに火は使い方次第で強力ではあるが」

 この世界で一般に知られている火薬とは、爆発を伴うような強力なものではないらしい。せいぜい火の勢いを増す程度。
 かつて人族が使っていた、武器になるほどの爆発を起こす火薬の作り方はすでに失われている。
 アル様の疑問はその一般知識に基づく物だ。

「当時武器として使われていた火薬は、大きな爆発を起こすほどの威力があったようなのです。人族はそれを爆発させる兵器として、あるいは鉄の玉を飛ばす武器として、使用していた」

 アル様の表情を見る限り、今一よく分かっていない様子だ。
 だが、僕は分かる。

 爆弾と銃。
 どちらも今この世界には存在しない強力な武器――あるいは兵器だ。

 さすがにそれらの存在を知ったレイクさんとラミサルさんは恐れおののいた。
 ラミサルさんは神のこころに反する武器だと考え、レイクさんも好奇心はうずきつつもさすがに怖くなった。2人はそれ以上深入りすることは避けた。

 いや、避けようとしたのだ。

 だが。

「あのころ、学友には他に諸侯連立盟主の子どもがいました。私たちの研究を彼は探っていたのです」

 諸侯連立盟主の子どもは、いつもレイクさんやラミサルさんに負けていた。
 ちなみに、国王第3妃のキルース・ミルキアス・レオノルは彼の伯母である。
 教室では2人に差を見せつけられ、半ば逆恨みのように2人に嫌がらせをしていたらしい。
 ブシカ師匠のことだから、できない弟子にはとことん厳しかっただろうし。

 諸侯連立盟主の子は2人の研究を横取りしようとし、そして知ってしまった。
 火薬を武器に転用する技術の存在を。

「その時は、それだけのことでした。所詮、子どもの浅はかな研究に過ぎません」

 だが、時が流れ、諸侯連立盟主の子どもが、親のあとを継ぐ時期が来る。

「彼がはぐれドワーフと接触したという情報があります」

 そのドワーフは変わり者で、火薬の研究を主にしているらしい。
 ドワーフの長達は未だ盟約を護っているにせよ、多くのドワーフはその存在すら知らない。
 ドワーフ達は火薬の研究を禁忌としているが、本質的に研究熱心な種族である。
 つまはじきになってでも研究を行う者がいてもおかしくはないのだろう。

「もちろん、それですぐにかつての武器や兵器が作れるとは思いません。ですが……」

 レイクさんはそこまで言って目をそらす。

「……もしも、諸侯連立がかつての武器を手に入れたらどうなるか。私はその責任を取らなければなりません」

 だからこそ、レイクさんはアル王女を擁立しようとした。
 諸侯連立にこの国を牛耳られないために。

 龍族やエルフ族にアプローチしようとした。
 諸侯連立が武器を開発する前に対抗措置を練るために。
 そして、歴史の真実を確認するために。

 アル王女はレイクさんの説明を聞き、頷く。

「なるほどな。で、パド。その火薬の武器とやらはどの程度の威力があるんだ?」

 銃や爆弾がこの世界で再現されたら。
 大変なことだと思う。
 正直度の程度影響があるのか僕にも分からない。

「それは……って、なんで僕に尋ねるんですか!?」

 思わず答えそうになってから、慌てて言う僕。

「先ほどからのお前の態度を見ていれば分かる。500年前人族がどこから来たのか。お前には心当たりがあるのだろう?」

 ううう、バレバレか。
 確かにとてもポーカーフェイスができる余裕無かったけど。
 こりゃあ、もうごまかすのは無理だよね。

「……はい。たぶんですけど、僕の前世の世界から、彼らは来たんだと思います」
「つまり、お前には火薬を使った武器の知識があるんだな?」

 そう尋ねられれば頷くしかない。

「でも、作り方も使い方も知りませんよ。だって僕は11歳で死んで、しかもずっと入院していましたし」

 銃や爆弾がどういう物かはわかるが、だからといって僕には作り方までは分からない。
 火薬を強化する方法すら知らないし。

「ふむ、レイク、そのドワーフの居場所は分かるか?」
「数ヶ月前と同じならば、ダゴラス渓谷かと。ほとんど隠匿しているような生活を送っているはずです」
「ならば、我らがそのドワーフに接触するか。いや、しかし王位継承問題の方が先か?」

 アル王女がブツブツと呟きながら考える。
 そんなアル様やレイクさんの様子を見て、龍族の長が口を開く。

「アルよ、そなたが王位に就けば武器の開発をやめさせることは可能か?」
「さてな。諸侯連立はともかく、ドワーフには、それこそ人族の王の言葉など現状無意味だろう」
「ふむ」
「だが、諸侯連立派の王子が王位を継げば、武器の開発が加速することは間違いないだろう」

 その言葉に、龍族の長は黙想する。

「アルよ。ともあれ、我らにはしばしの時間が必要なようだ。我も他の龍族と話し合うべきだろうし、エルフも、そしてそなた達も話すべき事が多くあろう。
 ひとまず今日はここまでとし、それぞれ持ち帰って今後のことを考えるべきであろう」

 確かに。

 リラの決意。
 アル様の目標
 歴史の真実。
 レイクさんの話。

 色々ゴチャゴチャしすぎだ。
 母親を失ったバラヌのフォローもしたいし、いったん会議を中断するべきなのかもしれない。

 結局、特に反対意見も出ず、議題は棚上げのままその場はお開きとなったのだった。

 ---------------

 だけど、この時僕らは知らなかったんだ。
 火薬の研究をしているというドワーフに、この世界とも地球とも違う場所からやってきた者が接触を試みていたということを。
 そして、そいつらは、僕を抹殺するという、ただそれだけのために、この世界に大きな災いをもたらそうとしているということも。

 後から考えてみれば、この当時の僕らは――人族も龍族もエルフもドワーフも獣人も――みんな、神と闇の争いの中で踊っていただけなのかもしれない。
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