上 下
71 / 201
【番外編】天才魔法使いとその弟子達

【番外編14】最後の弟子達

しおりを挟む
 人族と獣人のハーフ。
 リラの出自を最初に聞いたとき、私はとしもなく動揺しているのを、子ども達に悟られないように必死だった。

 私がリラに語った獣人の歴史。
 その一端には他ならぬ私自身が関わっている。

 若き頃調子に乗ってガラジアル公爵に語った獣人の自治権や税優遇策。
 あの時の判断として間違っていたとは思わないし、それがそのまま採用されたわけでもない。が、だとしてもガラジアル公爵が私の提言をきっかけに動いたことは事実だ。

 その時は想像もしなかった。人族と獣人のハーフがその後どういうは扱いになるかなど。
 獣人の間で人族との交わりが禁忌とされるようになったと伝え聞いてはいたが、げんに目の前で子ども2人が崖から飛び降りるまでに追い詰められたと知れば、やはり心に渦巻く想いはあった。

「さてと、ではまず、大人としてやるべきことをやるかね」

 自分の動揺を自覚しつつ、そんなことを言って2人の頭をゴチンと叩いた。

「大人の義務として、無茶をした子どもを躾けるのは当然だろう。
 まず、リラ。確かにあんたにはあまり選択肢は無かったかもしれない。
 だが、だとしてラクルス村でなぜ自分よりも年下の子どもにだけ相談した?
 村に迷惑をかけたくないなら黙って立ち去るべきだし、村を頼るならきちんと大人と話すべきだ。
 あんたがどんなに不幸な身の上であったとしても、パドや他の子ども達を巻き込む権利まではないんだよ」

 正論を吐きながらも、その実、これは私自身が心の動揺を抑えるための儀式みたいなものだった。
 そして同時に感じていた。
 リラはこのままでは生きていけないと。

「だけどね、よく頑張ったよ。大人に追われ、呪われた運命にあらがい、ここまでよくたどり着いた」

 そう言いながら、私はこのをどうしたものかと、考察していた。

 ---------------

 やがてリラはこう叫んだ。

「じゃあ、教えてよ。私の命の意味って何!?」

 痛ましい叫びだった。
 12歳の子どもが嘆くことじゃない。
 本当なら、このくらいの娘は恋愛話に夢中になったり、美味しい食べ物を食べたり、家族でだんらんしたりするべきなんだ。

 あまりにも痛々しくて見ていられなかった私は、こう返した。

「甘ったれるんじゃないよ。自分の命の意味なんていうのは、他人に教えてもらうもんじゃない。自分でみつけるもんだ」

 我ながら正論だ。とても残酷な正論だ。
 リラは小屋からかけ出していき、パドがリラを慰めた。
 小屋の外の声も聞こえていた。何やら小っ恥ずかしい青春談義みたいな話だったが、少なくともリラは立ち直ったらしい。

「お願いします。私をここに置いてください」

 リラがそう頭を下げてきたとき、私はこうなったらとことん厳しくしてやろうと心に決めた。
 それこそ、鬼ババアと罵られてでも。

 このの生きていくみちは尋常でなく辛いはずだ。
 私が庇ってやれるうちはまだしも、いずれ私も天に召される。
 そうなる前に、彼女が1人で生きていける力を身につけさせなければ。

 だから、私は弟子になったリラを容赦なくぶったたいたし、理不尽なほどキツいノルマを課した。
 彼女がこれから生きていく世界は、その100倍。理不尽に溢れているはずだから。

 一方、パドのほうは村に返した。
 彼には帰る場所があり、そこには両親がいるんだ。当然だと考えた。
 その、当然だと考えた判断を、悔やむことになるとは思わなかったが。

 ---------------

 1ヶ月後。
 ラクルス村が崩壊した。
 村長のバルは私にこういった。

「これ以上、パドを庇うのは難しい。ブシカさん、一時期でも良いパドを預かってもらえないだろうか」
「本気で言っているのかい?」
「はい」
「恨まれるよ」
「私はもうすぐ天に召される年齢です。孫に代を譲る前に、恨まれ役は引き受けておくべきだと」

 まったく。
 私より年下のくせに良く言うよ。
 まあ、村がこんな状況になって、弱気になるのも分からないではないがね。

 いずれにせよ、パドの力で村は崩壊した。

 そりゃあ『闇』なんぞというワケの分からない存在に襲われ、母親が死にかけなんていう状態になれば、怒りに我を忘れたっておかしくはない。
『闇』に誰も殺されなかったのは、確かにパドのおかげともいえるだろう。

 それでも。

 ――いくらなんでも、あの子には大きすぎる力だ。

 確かに、この力は、1つの村や1人の村長がぎよせるモノじゃない。

 だから、残酷だと知りつつ、私はパドを追求した。

「あんたの悪い癖だね。獣人に追われて崖から飛び降りたときと同じだ。いくつかの選択肢を提示されると、それ以外が見えなくなる。学科試験と違って、世の中のあらゆる問題にはあらゆる数の解答があるんだよ」
「じゃあ、他にどんな方法があったって言うんですか。『闇』を倒さなかったら、今頃みんな殺されていんだ。お母さんだって……」

 パドは泣きそうな顔だった。
 本人も分かっているのだろう。

「さてね。私はその場にいなかったから何が正しかったかなんてわからないよ。だがまあ、村人やお母さんを助けたかったというならば、その結果があんたの望んだものか、よく見て考えることだね」

 後は自分で考えさせるしかない。
 私が答えを与えても、それはかりそめに過ぎないから。
 自分で見つけてこそ、意味のある解答だから。

「パド、厳しい言葉だとは承知した上で言う。
 大きな力を持つ者は、他の者よりも遙かに自分の行動に対して責任を持たなくてはならない。200倍の力と魔力を持つ者として、あんたはこれからどう生きる?」

 心を失った母親を前に、呆然となるパド。

「パド。今、あんたがすべきことは、まず考えることだ。
 ルシフとかいうヤツは、一体お前に何をさせたがっているか。
 選択肢を提示してあんたの自由意志を尊重したのか、それとも自分に都合の良い選択肢を提示してみせることで他の選択肢から目をそらさせたのか。
 お母さんの様子をよく見て、何度でも頭を悩ませなさい」

 もしかすると、これでパドは再起不能になるかもしれない。
 そうなったら、それは私の罪だろう。
 だが、バルがパドを追放するという罪を背負おうとしているように、私も背負おうじゃないかと思えた。

 バルが追放を決め、私が厳しい言葉を投げかけ、周囲の大人たちが冷たい視線をむけるなか、バルの孫がパドに言った。

「お前が無事で良かった。村を助けてくれてありがとうな」

 パドは救われた表情で、「ありがとう」と答えていた。

 ――大丈夫、パドはまだ立ち上がれる。
 
 私はそう確信した。

 ---------------

 リラを弟子にして4ヶ月。パドを弟子にして3ヶ月。
 私は2人に共通する最大の問題点を理解していた。

 この馬鹿弟子達は、自分たちが・・・・・生まれたこと・・・・・・自体が・・・間違いだった・・・・・・と感じている・・・・・・

 だから、一見するとこの年齢に似つかわしくないほどに、やたら大人びて見える。
 だから、時に自暴自棄になってしまう。
 だから、必要以上に反省と自己嫌悪に陥る。
 だから、自分の身を犠牲にする決定ができてしまう。
 だから、この子達は生きていけない。

 誰かのために命を賭ける自己犠牲と、自暴自棄からくる自己犠牲では本質的に別物だ。
 本人達はその区別が付いていないようだが。

 この子達に必要なのは、自分を好きになることだ。
 ナルシストも問題だが、自分が嫌いなどと考えていて生きていけるほど、この子達の運命も、この世界も甘くはない。

 だが、どうしてやればいいのか。
『お前達の命は両親が望んだかけがえのないものだ』などと知った風な口を利いても無駄だろう。

 結局、私にできたのは修行という形で2人を安全に追い詰める・・・・・・・・ことだけだった。
 鬼ババアによる鬼畜な修行。その中で、自分の命の大切さに気づかせる。
 土砂降りの夜中に理不尽に小屋から追い出されれば、逆に生きたいという気持ちにもなるだろう。
 事実、この数ヶ月で2人は徐々にだが生きようとする意思が見えるようになってきた。

 誤算があったとすれば、鬼ババアの本音を感じ取ることができる程度には、馬鹿弟子2人の頭が良かったことくらいかね。

 ---------------

 だからさ。

「どうしてよ。どうしてこんな……皆私のために。お父さんも、お母さんも、みんな、みんな……」
「僕が、僕がもっと早く来ていれば……ううん。そもそもお師匠様のところに転がり込まなかったら……転生なんて望まなかったら……」

 今、こうして天に召される直前になっても、あんた達がそんな風だと安心できないんだよ。

「まだそんなことを言っているのか、この馬鹿弟子ども!!」

 どうせなら、最後まで鬼ババアを演じようじゃないか。

「お前達の命はね、ご両親が、友達が、そしてこのアラブシ・カ・ミランテが命を賭けて護ったものなんだっ!! お前達だけのもんじゃないんだ!!
お前達に最後の教えだ。
 自分を呪うな。それは麻薬だ。誰が否定したとしても、自分で自分を否定してはいけない。
 神託がなんだ。禁忌がなんだ。神がなんだ。闇がなんだ。
 パドの力は人を救えるし、リラは獣人と人族とを結びつける鍵になる。
 自分を肯定しろ。他の誰が否定しても、お前達だけはお前達を嫌いになってはいけない。
 わかったか!?」

 2人は泣きながら、それでも『はい』と言ってくれた。

「レイク、ラミサル、あの時は悪かったね。私は自分のことで精一杯で、お前達のことまで頭が回らなかった。
 まだガキだったお前達を王城に残して、とっとと逃げ出しちまった。
 大人の私でも嫌気がさすような場所に、お前達を残した」

 神様もなかなか粋のことをするもんだよ。

 あの王城を逃げ出した日、私が最も後悔したのはレイクとラミサルという、私を慕ってくれていた生徒達を放り出してしまったことだった。
 そして、今、弟子達の元から旅立とうとするときも、やっぱり2人のことが心残りだ。

 だが、その2つの心残りが、最後の最後で解消できたのかもしれない。
 パドを転生させたという女神様の導きか、あるいは偶然なのか。

 ああ、なんだか温かいね。
 意識が遠のいていく。

「色々あったけど、最後にこうして弟子4人に囲まれて逝けるなら、私の人生も捨てたもんじゃなかったのかもしれないね」

 最後の言葉は、果たして声に出せたのかわからなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生したら最強種の竜人かよ~目立ちたくないので種族隠して学院へ通います~

ゆる弥
ファンタジー
強さをひた隠しにして学院の入学試験を受けるが、強すぎて隠し通せておらず、逆に目立ってしまう。 コイツは何かがおかしい。 本人は気が付かず隠しているが、周りは気付き始める。 目立ちたくないのに国の最高戦力に祭り上げられてしまう可哀想な男の話。

異世界転生~チート魔法でスローライフ

リョンコ
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。 43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。 その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」 大型連休を利用して、 穴場スポットへやってきた! テントを建て、BBQコンロに テーブル等用意して……。 近くの川まで散歩しに来たら、 何やら動物か?の気配が…… 木の影からこっそり覗くとそこには…… キラキラと光注ぐように発光した 「え!オオカミ!」 3メートルはありそうな巨大なオオカミが!! 急いでテントまで戻ってくると 「え!ここどこだ??」 都会の生活に疲れた主人公が、 異世界へ転生して 冒険者になって 魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。 恋愛は多分ありません。 基本スローライフを目指してます(笑) ※挿絵有りますが、自作です。 無断転載はしてません。 イラストは、あくまで私のイメージです ※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが 少し趣向を変えて、 若干ですが恋愛有りになります。 ※カクヨム、なろうでも公開しています

欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します

ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!! カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。

底辺おっさん異世界通販生活始めます!〜ついでに傾国を建て直す〜

ぽっちゃりおっさん
ファンタジー
 学歴も、才能もない底辺人生を送ってきたアラフォーおっさん。  運悪く暴走車との事故に遭い、命を落とす。  憐れに思った神様から不思議な能力【通販】を授かり、異世界転生を果たす。  異世界で【通販】を用いて衰退した村を建て直す事に成功した僕は、国家の建て直しにも協力していく事になる。

称号チートで異世界ハッピーライフ!~お願いしたスキルよりも女神様からもらった称号がチートすぎて無双状態です~

しらかめこう
ファンタジー
「これ、スキルよりも称号の方がチートじゃね?」 病により急死した主人公、突然現れた女神によって異世界へと転生することに?! 女神から様々なスキルを授かったが、それよりも想像以上の効果があったチート称号によって超ハイスピードで強くなっていく。 そして気づいた時にはすでに世界最強になっていた!? そんな主人公の新しい人生が平穏であるはずもなく、行く先々で様々な面倒ごとに巻き込まれてしまう...?! しかし、この世界で出会った友や愛するヒロインたちとの幸せで平穏な生活を手に入れるためにどんな無理難題がやってこようと最強の力で無双する!主人公たちが平穏なハッピーエンドに辿り着くまでの壮大な物語。 異世界転生の王道を行く最強無双劇!!! ときにのんびり!そしてシリアス。楽しい異世界ライフのスタートだ!! 小説家になろう、カクヨム等、各種投稿サイトにて連載中。毎週金・土・日の18時ごろに最新話を投稿予定!!

攫われた転生王子は下町でスローライフを満喫中!?

伽羅
ファンタジー
 転生したのに、どうやら捨てられたらしい。しかも気がついたら籠に入れられ川に流されている。  このままじゃ死んじゃう!っと思ったら運良く拾われて下町でスローライフを満喫中。  自分が王子と知らないまま、色々ともの作りをしながら新しい人生を楽しく生きている…。 そんな主人公や王宮を取り巻く不穏な空気とは…。 このまま下町でスローライフを送れるのか?

豪華地下室チートで異世界救済!〜僕の地下室がみんなの憩いの場になるまで〜

自来也
ファンタジー
カクヨム、なろうで150万PV達成! 理想の家の完成を目前に異世界に転移してしまったごく普通のサラリーマンの翔(しょう)。転移先で手にしたスキルは、なんと「地下室作成」!? 戦闘スキルでも、魔法の才能でもないただの「地下室作り」 これが翔の望んだ力だった。 スキルが成長するにつれて移動可能、豪華な浴室、ナイトプール、釣り堀、ゴーカート、ゲーセンなどなどあらゆる物の配置が可能に!? ある時は瀕死の冒険者を助け、ある時は獣人を招待し、翔の理想の地下室はいつのまにか隠れた憩いの場になっていく。 ※この作品は小説家になろう、カクヨムにも投稿しております。

レベルアップに魅せられすぎた男の異世界探求記(旧題カンスト厨の異世界探検記)

荻野
ファンタジー
ハーデス 「ワシとこの遺跡ダンジョンをそなたの魔法で成仏させてくれぬかのぅ?」 俺 「確かに俺の神聖魔法はレベルが高い。神様であるアンタとこのダンジョンを成仏させるというのも出来るかもしれないな」 ハーデス 「では……」 俺 「だが断る!」 ハーデス 「むっ、今何と?」 俺 「断ると言ったんだ」 ハーデス 「なぜだ?」 俺 「……俺のレベルだ」 ハーデス 「……は?」 俺 「あともう数千回くらいアンタを倒せば俺のレベルをカンストさせられそうなんだ。だからそれまでは聞き入れることが出来ない」 ハーデス 「レベルをカンスト? お、お主……正気か? 神であるワシですらレベルは9000なんじゃぞ? それをカンスト? 神をも上回る力をそなたは既に得ておるのじゃぞ?」 俺 「そんなことは知ったことじゃない。俺の目標はレベルをカンストさせること。それだけだ」 ハーデス 「……正気……なのか?」 俺 「もちろん」 異世界に放り込まれた俺は、昔ハマったゲームのように異世界をコンプリートすることにした。 たとえ周りの者たちがなんと言おうとも、俺は異世界を極め尽くしてみせる!

処理中です...