神様、ちょっとチートがすぎませんか?

ななくさ ゆう

文字の大きさ
上 下
60 / 201
第二部 少年と王女と教皇と 第二章 決意の時

6.それぞれの戦い(3)パド【挿絵あり】

しおりを挟む
「少しは自分の頭で考える癖をつけな、この馬鹿弟子がっ」

 お師匠様にそう言われて、僕は必死に考えた。
 後から考えてみれば、お師匠様や、あるいは戦士としても強そうなアル王女ならもっと素早く良い作戦を考えられるんだろう。
 それでも、僕に考えさせたのは、僕が役に立つとアル王女に知らしめるテストも兼ねていたのだと思う。

 必死に考えて、1番優先すべきことはリラやお母さんを『闇』から逃がすことだと思った。
 だけど、現実問題として心を失っているお母さんに、とっさの判断が必要な逃亡なんて無理だ。
 ならば『闇』の方を引き離すしかない。

 だから、僕は『闇』に向かって跳んだ。
『闇』をぶん殴って誰もいない方向に吹き飛ばすために。
 ラクルス村では村の中央にたたき落としてしまったから大きな被害が起きた。
 同じことは繰り返さない。

 お師匠様の命令で毎日6時間近く走り回り、この辺りの地形は頭に入っている。
 北はだめだ。山を下りたら街がある。
 東もだめ。少し離れているとはいえ、ラクルス村やエルデンス村の方向だ。村には落とさないまでも、また地震を起こしてラクルス村の復興の邪魔をしてしまうかもしれない。西には川があり、南は深い森。

 だとすれば南の森の方だ。川を破壊したら村々の生活にどんな影響があるか分からない。
 それに、今『闇』は僕らから見て南側にいる。他の方向に吹き飛ばすのは困難だろう。

 僕の蹴った地面は少し崩れたけれど、ラクルス村の時のように、大きなクレーターを作ることはなかった。
 キラーリアさんほど優雅に跳べたわけじゃないけど、それでもリラたちを巻き込まないですんだ。
 お師匠様はこのために、僕を毎日走らせたのだろうか。

 肉薄する僕に、『闇』は指の1本を伸ばしてきた。
 迂闊だった。
 なんとか振り払おうとするが、間に合わない。
 その時。

「光よ!!」

 浄化の槍が僕の眼前に迫った『闇』の指を弾く。
 お師匠様じゃない。
 お師匠様は魔法を使うときに叫んだりしない。

 ――枢機卿ラミサルさん。

 チラっとみると、アル王女に首根っこを捕まれて、ほとんど引きずられるようにキラーリアさんの元へと向かう彼が、魔法で助けてくれたらしい。
 教会が僕をどうしようとしているのか、いまだにわからないけど、少なくとも『闇』に対しては共闘しようってことだろう。

 そして、僕は闇の眼前へと迫る。
 右手を振り上げ、ヤツの顔面にたたき込む。
 地面に向けてではない。南の方角に向けて。
『闇』は南の森へと吹き飛ぶ。

 僕は地面に着地し、その姿を追う。
 森の中、木々に遮られる世界を、チートの力で走る。
 3ヶ月前ならできなかった。
 走るだけで地面を壊し、ちょっと油断したら木にぶつかって木をなぎ倒してしまっただろう。

 だけど、今ならできる。
 お師匠様は魔法を教えてはくれなかった。
 だけど、僕がこうやって人並みに――いや人並み以上に走り回るすべをくれた。

 ラクルス村で最初に『闇』が襲いかかって来たとき、僕はたくさん後悔した。

 ――なぜ『闇』が現れたときにみんなで逃げなかったのか。
 ――なぜ『闇』に対してああも無防備に呆然としてしまったのか。
 ――なぜ『闇』の攻撃をよけようとすらしなかったのか。
 ――なぜ『闇』を即座に危険な存在ものだとすら判断できなかったのか。
 ――なぜ、チートを持って生まれてきたのに、戦うすべを学ぼうとしなかったのか。

 その後悔があったから、今僕はこうして戦えている。
 皆を危険から逃すことを最優先に動いた。
 戦うすべはまだまだ学べていないけど、少なくとも自分のチートを非常時にもある程度使いこなせるようになった。

 今思えば、ラクルス村にいた頃の僕はチートを抑えようとはしても、使いこなそうとはしていなかった。
 それじゃあ、チートはいつまでも呪いカースのままだ。

 僕の力は無茶苦茶で、例えるなら普通の人は自転車の馬力なのに、僕だけはF1カーの馬力をもっているようなもんだ。
 歩道をF1カーが走るのは無理だ。
 だけど、F1のレースに自転車で出るのも無理だ。

 今、僕の力は役に立つ。
 ならば、今この瞬間、この力はチートでもカースでもなく、祝福ブラシングになりうる。

 ――来たっ!!

『闇』が10本の指を振り回し、木陰から飛び出してくる。
 僕がぶん殴ったダメージはほとんどないようだ。
 キラーリアさんのようにすり抜けることこそなかったが、やはり殴るのでは駄目なようだ。

 躊躇はしてられない。

 僕は手首が失われた左手から漆黒の刃を伸ばす。
 ルシフのことはかけらも信じていない。
 だけど、今はこの力が必要だ。

 僕が刃を振り回すと、『闇』の指はあっさり斬れる。
 もちろん、ヤツは即座に指を伸ばせる。
 指をいくら切ってもきりがない。
 かといって、結界魔法に閉じこもるわけにもいかない。

 よく見切って、切りながらヤツに近づく。
 魔法を長く使えば僕の体が持たない。

 近づけば近づくほど、ヤツの攻撃は苛烈になっていく。
 正直恐い。

 お師匠様の修行はまだ基礎部分だったはずだ。
 だから、魔法も戦闘訓練も、僕に課さなかった。
 1番必要な、チートを操れるようになる特訓だった。

 僕には敵の攻撃を効率よくさばくなんてできない。
 それはもっと高度な技能で、もしかすると剣士ではないお師匠様には教えられない分野かもしれない。
 もし、アル王女に認めてもらえたら、彼女かキラーリアさんにおそわるべきかもしれない。
 いずれにせよ、今の僕にはそんな力はない。

 それでも。

 僕は跳び上がり、右足で大木を蹴ってさらにくうを駆ける。
 この3ヶ月で木を破壊せずにこういうことができるようになった。

 お師匠様はよく言う。

『万全の体調で、普通の生活をする上で力を制御するのは当然だ。本当に必要なのはクタクタに疲れ、非常事態に陥っても力を操りきれる実力だ』

 まさに、今がそうだった。
 茶碗を割らずにスープを飲むなんてできて当然。
 極限の状態でも、僕は自分のチートを操りきらなくてはいけない。

 それができなければ、きっと僕はいつか世界を滅ぼしてしまう。
 それこそ、神託にあったように。

『闇』にもう一度跳びかかる。
 ヤツの右手の指の1本が、僕の左腕に刺さる。

「くっ」

 激痛。
 だけど、大丈夫。貫通はしていない。
 この程度の痛み大丈夫だ。

 お母さんの痛みに比べたら。
 キラーリアさんの痛みに比べたら。
 桜勇太が11年耐えた痛みに比べたら。

 僕は刺さったヤツの指を逆につかむ。
 空を飛び回っていたヤツの顔が引きつる。

 ――ようやく、その笑みをやめたか。

「うぉぉぉぉ!!」

 腕を刺されたまま、僕は漆黒の刃をヤツの脳天にたたき込む。
 それで、ヤツは消滅した。



「はぁ、はぁ、はぁ」

 僕の息は荒い。
 走り回っただけならこうはならない。
 慣れない戦闘と、魔法の使用のせいだ。
 それでも気を失ってしまわない分、獣人達の時やラクルス村での時よりはマシだろう。

 ――と。

『パチパチパチ』

 どこかから、拍手の音が聞こえる。
 いや違う。
 今のはどちらかというと頭の中に直接響いたような感じだった。

 ――ということは。

『そうだよ、ボクだよ、お兄ちゃん』

 ルシフの言葉が頭に響き、僕は三度みたび漆黒の世界へと招待されたのだった。
しおりを挟む
七草裕也の小説
【完結】異世界子育てファンタジー
『異世界で双子の勇者の保護者になりました』

【完結】SFロボットジュブナイル小説
『僕らはロボットで宇宙《そら》を駆ける』

あなたにおすすめの小説

うっかり女神さまからもらった『レベル9999』は使い切れないので、『譲渡』スキルで仲間を強化して最強パーティーを作ることにしました

akairo
ファンタジー
「ごめんなさい!貴方が死んだのは私のクシャミのせいなんです!」 帰宅途中に工事現場の足台が直撃して死んだ、早良 悠月(さわら ゆずき)が目覚めた目の前には女神さまが土下座待機をして待っていた。 謝る女神さまの手によって『ユズキ』として転生することになったが、その直後またもや女神さまの手違いによって、『レベル9999』と職業『譲渡士』という謎の職業を付与されてしまう。 しかし、女神さまの世界の最大レベルは99。 勇者や魔王よりも強いレベルのまま転生することになったユズキの、使い切ることもできないレベルの使い道は仲間に譲渡することだった──!? 転生先で出会ったエルフと魔族の少女。スローライフを掲げるユズキだったが、二人と共に世界を回ることで国を巻き込む争いへと巻き込まれていく。 ※9月16日  タイトル変更致しました。 前タイトルは『レベル9999は転生した世界で使い切れないので、仲間にあげることにしました』になります。 仲間を強くして無双していく話です。 『小説家になろう』様でも公開しています。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

転生したら死んだことにされました〜女神の使徒なんて聞いてないよ!〜

家具屋ふふみに
ファンタジー
大学生として普通の生活を送っていた望水 静香はある日、信号無視したトラックに轢かれてそうになっていた女性を助けたことで死んでしまった。が、なんか助けた人は神だったらしく、異世界転生することに。 そして、転生したら...「女には荷が重い」という父親の一言で死んだことにされました。なので、自由に生きさせてください...なのに職業が女神の使徒?!そんなの聞いてないよ?! しっかりしているように見えてたまにミスをする女神から面倒なことを度々押し付けられ、それを与えられた力でなんとか解決していくけど、次から次に問題が起きたり、なにか不穏な動きがあったり...? ローブ男たちの目的とは?そして、その黒幕とは一体...? 不定期なので、楽しみにお待ち頂ければ嬉しいです。 拙い文章なので、誤字脱字がありましたらすいません。報告して頂ければその都度訂正させていただきます。 小説家になろう様でも公開しております。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

公爵家三男に転生しましたが・・・

キルア犬
ファンタジー
前世は27歳の社会人でそこそこ恋愛なども経験済みの水嶋海が主人公ですが… 色々と本当に色々とありまして・・・ 転生しました。 前世は女性でしたが異世界では男! 記憶持ち葛藤をご覧下さい。 作者は初投稿で理系人間ですので誤字脱字には寛容頂きたいとお願いします。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

魔拳のデイドリーマー

osho
ファンタジー
剣と魔法の異世界に転生した少年・ミナト。ちょっと物騒な大自然の中で、優しくて美人でエキセントリックなお母さんに育てられた彼が、我流の魔法と鍛えた肉体を武器に、常識とか色々ぶっちぎりつつもあくまで気ままに過ごしていくお話。 主人公最強系の転生ファンタジーになります。未熟者の書いた、自己満足が執筆方針の拙い文ですが、お暇な方、よろしければどうぞ見ていってください。感想などいただけると嬉しいです。

5歳で前世の記憶が混入してきた  --スキルや知識を手に入れましたが、なんで中身入ってるんですか?--

ばふぉりん
ファンタジー
 「啞"?!@#&〆々☆¥$€%????」   〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜  五歳の誕生日を迎えた男の子は家族から捨てられた。理由は 「お前は我が家の恥だ!占星の儀で訳の分からないスキルを貰って、しかも使い方がわからない?これ以上お前を育てる義務も義理もないわ!」    この世界では五歳の誕生日に教会で『占星の儀』というスキルを授かることができ、そのスキルによってその後の人生が決まるといっても過言では無い。  剣聖 聖女 影朧といった上位スキルから、剣士 闘士 弓手といった一般的なスキル、そして家事 農耕 牧畜といったもうそれスキルじゃないよね?といったものまで。  そんな中、この五歳児が得たスキルは  □□□□  もはや文字ですら無かった ~~~~~~~~~~~~~~~~~  本文中に顔文字を使用しますので、できれば横読み推奨します。  本作中のいかなる個人・団体名は実在するものとは一切関係ありません。  

処理中です...