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第二部 少年と王女と教皇と 第二章 決意の時
5.それぞれの戦い(2)アル
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◇◆◇◆◇◆◇◆◇
(三人称・アル視点)
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
アル達がキラーリアの元にたどり着いたとき、彼女はまさに瀕死の状態だった。
息は乱れる状態を超えて消えゆきそうだ。
鎧の上からでも胸の出血がよく分かる。
「治せそうか?」
「最善を尽くしましょう」
アルの問いに教皇が答えた。
「頼む」
正直なところ、アルは教皇を信用も信頼もしていない。
信用という意味では、彼の魔法や医学の実力を全く知らない。
信頼という意味では、教会は必ずしも自分達の味方ではない。
それでもキラーリアの治療を彼に委ねたのは、一目見て魔法を使えない自分には手の施しようがない状態だと分かったからだ。
ならば、最善策は教皇に任せることだろう。
「まずは止血を。その後、鎧を脱がせるのは手伝ってください」
「わかった」
キラーリアの治療が始まる。
教皇が傷を塞ぐ魔法を使い、アルが鎧を脱がせた。
その間、枢機卿が体力回復の魔法を使い続けている。
キラーリアの息は少し落ち着いた。
「中々、すさまじい生命力ですね。この方もあなたやパドくんのような特殊な力をお持ちで?」
「さあな。時に教皇、やはりお前は私の力も知っているのだな」
「ええ、3年後までに解呪できなければどうなるかも含めて。テノールが情報を流している相手はあなた方だけではありませんよ」
7年前、当時12歳だったアルは漆黒の世界の住人と契約した。
自らの命の一部を差し出し、10倍の力を得たのだ。
義父グダンを助けるためだったが、彼を攫った事件そのものが、漆黒の世界の住人による自作自演だった。
自分の決定に後悔はない。
グダンは救えたのだし、10倍の力はその後も役に立った。
なによりも、アルにとって後悔という感情は最も忌むべきものの1つだ。
だが、掌の上で踊らされた不快感は強い。
アレがパドの言うルシフと同一個体かはわからないが、いずれにせよ漆黒の世界の住人は根性がひねくれすぎている。
その後も、教皇と枢機卿がキラーリアに回復魔法をかけていく。
「やれるだけのことはやりました。あとは彼女の体力次第です」
「体力次第か。ならば問題ないな。コイツの体力は尋常ではない」
実際、キラーリアの力はアルの10倍の力を凌駕する。
いや、純粋な力――例えば腕相撲など――で勝負すれば、さすがにアルが勝つだろうが、一方で先ほどキラーリアが見せたようなトンデモ跳躍など、いかにアルといえどもできない。
パドは似たようなことをやっていたが、10倍と200倍ではまるで異なるのだろう。
「もし目覚めるならば、飲用水を用意しておきたいところですね」
「ふむ」
川がどっちの方向にあるかも分からない。
旅をしている間は水袋を持っていたが、小屋の中に放置してきてしまった。
あの様子だと小屋を破壊されたときに水袋など破れているだろう。
「ところで、ラミサルとかいったな」
「はい」
「お前も、あの老婆のことを知っているのか?」
アルは話題を変えた。
「ええ。私とレイク殿の師匠に当たります」
「レイクのことも知っていたか」
「なにしろ、同じ教室で学んだ仲ですから。13年前まで、アラブシ先生は王国立大学校で教鞭を執られていました。頑固で厳しく生徒からは嫌われていましたが、私とレイクは彼女の知識の泉に惚れていましたよ」
王国立大学校。
貴族や教会のエリートが通う学校だ。
教育内容は言語や数学などの一般教養のみならず、歴史、魔法、礼儀作法、戦闘訓練など多岐にわたる。
「そのわりに、お前もレイクも戦闘は苦手なようだな」
「私たちはコチラが得意分野ですから」
ラミサルはそう言って頭を指す。
知能が専門だといいたいのだろう。
「が、彼女は13年前王都から出奔しました」
「13年前……確か、最初の事件が起きたころだったな」
王子連続変死事件の2年前、王家派重鎮ガラジアル・デ・スタンレード公爵が変死している。
「はい、私もレイクも、そしてアラブシ先生も、スタンレード公爵には大変お世話になりました。
私はその後も教会の、レイク殿は実家やスラシオ侯の保護を受けられましたが、アラブシ先生にはそういった後ろ盾がありませんでした。
色々と敵の多い方でしたしね。あるいはスラシオ侯は後ろ盾になったかもしれませんが、いずれにせよ誰に相談もなく王都から彼女は姿を消しました。
まさか、こんなところで再会するとは夢にも思いませんでしたよ」
確かに偶然にしてもできすぎだ。
(まさか、これもルシフが仕組んだなどといわんだろうな)
もしも、神託がルシフの仕込みだというのなら、その可能性すら考えたくなる。さすがに深読みが過ぎる思いたいが。
「そうか。ならば尚更キラーリアを助けてほしい」
「彼女に何かあるのですか?」
「コイツのフルネームはキラーリア・ミ・スタンレードだ」
その言葉に、ラミサルと教皇が目を見開く。
「まさか、スタンレード公爵の……」
「娘らしいぞ」
ラミサルが唸る。
「むむむ、確かにスタンレード公爵のお嬢さんには一度会ったことがありますが……そういえばその後は騎士団に入隊したと聞きましたね……いやはや、奇縁というのはあるものですね」
確かにその通りだ。
本当に誰かの掌の上にいるかのような偶然が続いている。
そのうちのいくつかは本当に偶然なのだろうし、あるいはテノール・テオデウス・レオノルの手引きもあるのだろうが、やはり根本的にはルシフという謎の存在が大きいのかもしれない。
「気に入らんな」
アルは呟く。
教皇が首をひねる。
「何か?」
「いや、まるで誰かの掌の上で踊らされているようでな。こういうのは実に不愉快だ」
「神のお導きかもしれませんね」
「ふん、神か。いかにも教会らしいが、それならまだマシといったところだな」
アルにしてみれば、神だろうが悪魔だろうが、そんなわけの分からない存在に踊らされるなど屈辱でしかない。
「それで、教会は結局あのガキをどうするつもりだ? 形的にはラミサルの弟弟子になるのかもしれないぞ」
アルの問いに、ラミサルは薄く笑う。
「私は教会の決定に従うのみです」
言外に、弟弟子という事実は関係ないと匂わせる。まあそうだろう。
それは同時に教皇に決定を促す言葉だった。
「そうですね。あの神託をどう解釈するか次第ですが……しかし、一個人としてはパドくんには好感を持っています」
答えになっていない。
一個人としての意志など、教会という集団の中では、教皇とはいえ意味が無いだろう。
「アル殿下、あなたこそ彼についてどう思うのですか?」
「そうだな……最初は情けないガキとしか思わなかった」
異端審問官を倒す力を持ちながら、殺す勇気が無く自分と少女の命を危うくした愚かなガキ。自分の大剣を目の前に、小便をちびって腰を抜かすチビ。
――だが。
「だが、先ほどのヤツの行動は、まあ認めてやらんでもない」
当初はやはり師匠のアラブシに頼ろうとしていたが、叱咤激励されると状況を分析してそれぞれに指示を出した。
アルや教皇すらその指示に概ね従ったほど、的確だと感じられた。
しかも、一番危険な部分は自身が背負って、今も戦っているのだろう。
甘ちゃんだという思いは今でも変わらないが、その部分を鍛え上げてやれば使い物になりそうだとも思える。
「なるほど」
教皇は頷く。
――その時、アルは何かの気配を感じていた。
「いずれにしても、全てはこの戦いの結果次第ですね。パドくんが殺されてしまうならば、それはそれで……」
「ああ、そういう結果もあるかもしれないな。だが」
アルはそこで言葉を句切った。
「それ以上に、私たちが生き残れるかという話だ」
アルは背中の大剣を抜き放つ。
彼女たちを囲むように草陰から十匹以上の『闇の獣』が現れたのだった。
(三人称・アル視点)
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
アル達がキラーリアの元にたどり着いたとき、彼女はまさに瀕死の状態だった。
息は乱れる状態を超えて消えゆきそうだ。
鎧の上からでも胸の出血がよく分かる。
「治せそうか?」
「最善を尽くしましょう」
アルの問いに教皇が答えた。
「頼む」
正直なところ、アルは教皇を信用も信頼もしていない。
信用という意味では、彼の魔法や医学の実力を全く知らない。
信頼という意味では、教会は必ずしも自分達の味方ではない。
それでもキラーリアの治療を彼に委ねたのは、一目見て魔法を使えない自分には手の施しようがない状態だと分かったからだ。
ならば、最善策は教皇に任せることだろう。
「まずは止血を。その後、鎧を脱がせるのは手伝ってください」
「わかった」
キラーリアの治療が始まる。
教皇が傷を塞ぐ魔法を使い、アルが鎧を脱がせた。
その間、枢機卿が体力回復の魔法を使い続けている。
キラーリアの息は少し落ち着いた。
「中々、すさまじい生命力ですね。この方もあなたやパドくんのような特殊な力をお持ちで?」
「さあな。時に教皇、やはりお前は私の力も知っているのだな」
「ええ、3年後までに解呪できなければどうなるかも含めて。テノールが情報を流している相手はあなた方だけではありませんよ」
7年前、当時12歳だったアルは漆黒の世界の住人と契約した。
自らの命の一部を差し出し、10倍の力を得たのだ。
義父グダンを助けるためだったが、彼を攫った事件そのものが、漆黒の世界の住人による自作自演だった。
自分の決定に後悔はない。
グダンは救えたのだし、10倍の力はその後も役に立った。
なによりも、アルにとって後悔という感情は最も忌むべきものの1つだ。
だが、掌の上で踊らされた不快感は強い。
アレがパドの言うルシフと同一個体かはわからないが、いずれにせよ漆黒の世界の住人は根性がひねくれすぎている。
その後も、教皇と枢機卿がキラーリアに回復魔法をかけていく。
「やれるだけのことはやりました。あとは彼女の体力次第です」
「体力次第か。ならば問題ないな。コイツの体力は尋常ではない」
実際、キラーリアの力はアルの10倍の力を凌駕する。
いや、純粋な力――例えば腕相撲など――で勝負すれば、さすがにアルが勝つだろうが、一方で先ほどキラーリアが見せたようなトンデモ跳躍など、いかにアルといえどもできない。
パドは似たようなことをやっていたが、10倍と200倍ではまるで異なるのだろう。
「もし目覚めるならば、飲用水を用意しておきたいところですね」
「ふむ」
川がどっちの方向にあるかも分からない。
旅をしている間は水袋を持っていたが、小屋の中に放置してきてしまった。
あの様子だと小屋を破壊されたときに水袋など破れているだろう。
「ところで、ラミサルとかいったな」
「はい」
「お前も、あの老婆のことを知っているのか?」
アルは話題を変えた。
「ええ。私とレイク殿の師匠に当たります」
「レイクのことも知っていたか」
「なにしろ、同じ教室で学んだ仲ですから。13年前まで、アラブシ先生は王国立大学校で教鞭を執られていました。頑固で厳しく生徒からは嫌われていましたが、私とレイクは彼女の知識の泉に惚れていましたよ」
王国立大学校。
貴族や教会のエリートが通う学校だ。
教育内容は言語や数学などの一般教養のみならず、歴史、魔法、礼儀作法、戦闘訓練など多岐にわたる。
「そのわりに、お前もレイクも戦闘は苦手なようだな」
「私たちはコチラが得意分野ですから」
ラミサルはそう言って頭を指す。
知能が専門だといいたいのだろう。
「が、彼女は13年前王都から出奔しました」
「13年前……確か、最初の事件が起きたころだったな」
王子連続変死事件の2年前、王家派重鎮ガラジアル・デ・スタンレード公爵が変死している。
「はい、私もレイクも、そしてアラブシ先生も、スタンレード公爵には大変お世話になりました。
私はその後も教会の、レイク殿は実家やスラシオ侯の保護を受けられましたが、アラブシ先生にはそういった後ろ盾がありませんでした。
色々と敵の多い方でしたしね。あるいはスラシオ侯は後ろ盾になったかもしれませんが、いずれにせよ誰に相談もなく王都から彼女は姿を消しました。
まさか、こんなところで再会するとは夢にも思いませんでしたよ」
確かに偶然にしてもできすぎだ。
(まさか、これもルシフが仕組んだなどといわんだろうな)
もしも、神託がルシフの仕込みだというのなら、その可能性すら考えたくなる。さすがに深読みが過ぎる思いたいが。
「そうか。ならば尚更キラーリアを助けてほしい」
「彼女に何かあるのですか?」
「コイツのフルネームはキラーリア・ミ・スタンレードだ」
その言葉に、ラミサルと教皇が目を見開く。
「まさか、スタンレード公爵の……」
「娘らしいぞ」
ラミサルが唸る。
「むむむ、確かにスタンレード公爵のお嬢さんには一度会ったことがありますが……そういえばその後は騎士団に入隊したと聞きましたね……いやはや、奇縁というのはあるものですね」
確かにその通りだ。
本当に誰かの掌の上にいるかのような偶然が続いている。
そのうちのいくつかは本当に偶然なのだろうし、あるいはテノール・テオデウス・レオノルの手引きもあるのだろうが、やはり根本的にはルシフという謎の存在が大きいのかもしれない。
「気に入らんな」
アルは呟く。
教皇が首をひねる。
「何か?」
「いや、まるで誰かの掌の上で踊らされているようでな。こういうのは実に不愉快だ」
「神のお導きかもしれませんね」
「ふん、神か。いかにも教会らしいが、それならまだマシといったところだな」
アルにしてみれば、神だろうが悪魔だろうが、そんなわけの分からない存在に踊らされるなど屈辱でしかない。
「それで、教会は結局あのガキをどうするつもりだ? 形的にはラミサルの弟弟子になるのかもしれないぞ」
アルの問いに、ラミサルは薄く笑う。
「私は教会の決定に従うのみです」
言外に、弟弟子という事実は関係ないと匂わせる。まあそうだろう。
それは同時に教皇に決定を促す言葉だった。
「そうですね。あの神託をどう解釈するか次第ですが……しかし、一個人としてはパドくんには好感を持っています」
答えになっていない。
一個人としての意志など、教会という集団の中では、教皇とはいえ意味が無いだろう。
「アル殿下、あなたこそ彼についてどう思うのですか?」
「そうだな……最初は情けないガキとしか思わなかった」
異端審問官を倒す力を持ちながら、殺す勇気が無く自分と少女の命を危うくした愚かなガキ。自分の大剣を目の前に、小便をちびって腰を抜かすチビ。
――だが。
「だが、先ほどのヤツの行動は、まあ認めてやらんでもない」
当初はやはり師匠のアラブシに頼ろうとしていたが、叱咤激励されると状況を分析してそれぞれに指示を出した。
アルや教皇すらその指示に概ね従ったほど、的確だと感じられた。
しかも、一番危険な部分は自身が背負って、今も戦っているのだろう。
甘ちゃんだという思いは今でも変わらないが、その部分を鍛え上げてやれば使い物になりそうだとも思える。
「なるほど」
教皇は頷く。
――その時、アルは何かの気配を感じていた。
「いずれにしても、全てはこの戦いの結果次第ですね。パドくんが殺されてしまうならば、それはそれで……」
「ああ、そういう結果もあるかもしれないな。だが」
アルはそこで言葉を句切った。
「それ以上に、私たちが生き残れるかという話だ」
アルは背中の大剣を抜き放つ。
彼女たちを囲むように草陰から十匹以上の『闇の獣』が現れたのだった。
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