53 / 201
【番外編】聖歴0504年王都(本編より19年前)
【番外編10】メイドの懐妊
しおりを挟む
国王御側付きのメイドが、国王の子を懐妊したらしい。
内々にメイド長から耳打ちされたデスタード・スラシオ侯爵は、頭を抱えたくなるのを必死に隠し、件のメイドと密かに面談した。
シーラというその娘は確かに美しい。歳は18歳とのことである。
(まったく、53歳にもなって18歳の娘を懐妊させるなど、陛下もやんちゃが過ぎるだろう)
一個人としてはそういう考えがまず浮かぶが、国王側近の侯爵としてはそんなことを口に出せないし、出している場合でもない。
「シーラ、其方が国王陛下の子を身ごもったことに間違いは無いのか?」
「もうしわけございません、この3ヶ月、月のものもありませぬし、妊娠したことは間違いないようです」
シーラは床に平伏しながら答える。
「妊娠したかどうかは問題ではない。父親が国王陛下なのかどうかが問題なのだ」
「おそれながら、陛下側付きのメイドとして、メイド長より休暇中も特定の男と交際してはならぬと厳しく教えられてきました。その命を破ったことはございませぬ。
しかしながら、国王陛下のお世話をする中で、陛下より特別な恩寵を賜り、そのなかで数回の間違いを犯したことは事実でございます」
デスタードは『ばかやろう』と怒鳴りつけたかった。
個人的には王との間違いや懐妊そのものについて、彼女を責め立てたいとは思えなかった。
むしろ、道義的に考えれば、責められるべきは齢52で正室側室あわせて3人の妻と6人の子ども、さらには2人の孫までを持ちながら、18歳のメイドに手を出した国王の方だろう。
彼女から国王を誘ったわけではあるまい。現国王は政治面では有能であるが、女性関係はこれまでにも何度か問題を起こしている。国王に求められて18歳の平民出身のメイドが逆らえるわけがない。
万が一彼女の方から誘ったのであったとしても、それにのって懐妊までさせた時点で国王が悪い。
しかし、この際、事実はたいした問題ではないのだ。
DNA検査どころか血液型の概念すらないこの世界においては、腹の中の子どもの父親が誰であるかなど証明のしようがない。
デスタードとしては、ここは嘘でも『休暇中に故郷の男性との間でそういった行為をしてしまった』とでも言ってほしかった。
そうすれば妊娠を理由に彼女を解雇した上で、退職費用に大幅な上乗せをして、出産後の仕事も密かに斡旋するくらいの対応も可能であった。
が、こうしてはっきり王の子であると聞いてしまった以上、国王側近としてはそれを事実と受け入れて対応しなければならない。
(いっそ、今からでも彼女に王の子ではないと否定させるか?)
その選択肢も一瞬頭に浮かぶが、壁に耳ありともいう。
この会話は誰にも聞かれていないとは思うが、少なくともメイド長は事実を知っている。
隠し通せるかどうかはかなり微妙なところだろう。
彼女自らの意思で隠すならともかく、デスタードがそれを提案したとなれば、露見したときに侯爵として国王への忠義に反する行いだいうと誹りを受けかねない。
ただでさえ、現在王国内では反国王派の貴族だけでなく、教会すら国王に批判的な行動を見せている。
もし、自分が提案したことまでが露見した場合、諸侯連立をはじめとする反国王派の貴族や教会がどんな政治カードに使ってくるか想像しただけでも恐ろしい。
デスタードが彼女に虚言を指示するのはリスクが高すぎた。
「事実は分かった。其方はここで待機していなさい」
「はい……あの、私達はどうなるのでしょうか?」
彼女が『私』ではなく『私達』と言ったのは、つまり自分とお腹の子どもという意味だろう。
一個人としては身ごもった身体で心配そうにする彼女には哀れみすら感じる。できることなら安心させてやる言葉をかけたいところだ。
だが、事態はデスタード個人で判断できる状況を超えていた。
最悪、内々にお腹の子どもごと彼女の命を奪う決定をしなければならない可能性すら0とは言えない。
彼女に対して結果として嘘になるかもしれない言葉をかける気にはなれなかった。
「まずは陛下と御相談する。とにかく、ここで待て。懐妊の事実はこれ以上誰にも――いや、誰もいないと思っても口にしてはならぬ」
「かしこまりました」
---------------
「陛下、御報告したきことがございます」
「ふむ、申してみよ」
シーラに話を聞いた後、デスタードは国王に謁見を申し入れた。
デスタードは国王がもっとも信頼する部下の1人であり、まだ王子だった頃の幼い国王に教育を施した教師でもあった。
それ故、突然の謁見申し込みに対しても国王は最優先で応じた。
「は。しかしながら、これは極めて機密性の高い事項。できれば場所を移し2人きりで話をさせていただきたく存じます」
現在、謁見の間には他にも10人ほどの貴族がいた。侯爵以上の地位――たとえば公爵も含まれる。近衛兵達も声が聞こえる場所に控えている。さらにいえば第1王子も同席していた。
貴族達の立場はそれぞれだ。
あからさまな反国王派の貴族こそ排除しているが、反国王派に近しいと噂される者もいるし、国王に近いデスタードを疎ましく思っている者もいる。
国王よりも正室や側室、あるいは王子、王女達に取り入って次期国王の側近の座を狙っていると噂される者もいた。
彼らにシーラの懐妊を知られるわけにはいかない。
むろん、正室の子にて第1王位継承者である王子にもだ。
「まて、デスタード。突然国王陛下と2人きりで話したいなど、いかに貴殿であっても許されることではないぞ。不敬であるのみならず、場合によっては貴殿が陛下を害しようとしていると疑わざるをえなくなる」
そう声を上げたのはガラジアル・デ・スタンレード公爵。
わずかだが5代前の王家の血を引くこともあり、この場においては国王と王子に次ぐ権力を持っている。
「お言葉ごもっともなれど、こればかりは譲れませぬ。ことは国の行く末を左右しかねぬ重大事」
「ならばこそ、我ら国を預かる者が皆で聞くべきであろう。むろん、場合によっては近衛兵や伯爵以下の者を下がらせる程度の柔軟性はあるべきであるが、侯爵である貴殿が公爵たる私や、まして王子殿下にまで下がれというは、越権かつあまりに無礼ではないか」
(しまった)
デスタードは内心舌打ちをする。
ここに来て自分の失敗に気づいたのだ。
ガラジアル公爵はデスタードと同じく親国王派である。
個人的にも2人は親しい。
ガラジアル公爵ならば味方してくれるはずだと安易に考えてしまっていた。
だが、冷静に考えてみればガラジアル公爵は筋道を大切にする義理堅い男でもある。
個人的なデスタードへの親しみ以上に、筋の通らないことは許せないと考えて当然であった。
シーラの懐妊の事実を知っていれば、ガラジアル公爵もデスタードに味方しただろう。
だが、事情も分からずにいきなり『王と2人で話をしたい』とデスタードが謁見の場で申し入れれば、さすがに彼の立場で安易に賛同するわけがないではないか。
自身のイージーミスに気がつき、デスタードは自分を殴りつけたくなった。
本来ならば謁見申し込みの前に、個人的にガラジアル公爵に面談し根回しをしておくべきところであったのだ。普段ならば絶対にそうしていたはずだ。
どうやらメイドが国王の子を懐妊したという緊急事態を前にして、自分は思いの外混乱していたらしい。
とにかくことが大げさになる前に国王と打開策を協議せねばならないと、そのことばかりに頭がいきすぎて手順を誤った。
結果、デスタードとガラジアル公爵は、国王の御前にて剣呑な雰囲気でにらみあうことになってしまった。
(まずい)
このままでは、デスタードとガラジアル公爵の不仲であると周囲に疑われてしまう。
現に、他の公爵や貴族達が黙っている理由の1つは、親国王派2大筆頭のデスタードとガラジアル公爵が決裂してほしいと密かに願っている者が多いからだろう。
実際に不仲であるかどうかではなく、不仲であるとそれなりの根拠を持って噂されるだけで大問題なのだ。
(どうする? ここはいったん引くか? しかし今更引けばガラジアル公爵との不仲を、むしろ周囲に強く印象づけるだけになりかねないか?)
デスタードは慎重に周囲の様子を探る。
根回しミスの挽回を必死に考えるが、上手い方法が思いつかない。
「2人とも、そこまでにしておけ」
デスタードに助け船を出したのは国王だった。
「ガラジアル公爵、その方の言は一々理にかなっている。が、1つ尋ねたい」
「は」
「その方は万が一にもデスタード侯爵が余を害することがあるなどと、本気で考えておるのか?」
「いえ、デスタード侯爵にかぎって、そのようなことはないと、個人的には信じております」
ガラジアル公爵の返答にデスタードは少しだけ安心した。
ここで『可能性は否定できない』などと答えれば、いよいよガラジアル公爵とデスタードの決裂は決定的になる。
それを避けたということは、ガラジアル公爵としても筋を通したいだけで、自分と決裂したいわけではないということの証左だ。
「然もありなん。余としても、他の者はともかくガラジアル公爵とデスタード侯爵に限ってそのようなことはないと確信しておる」
その言葉に、何人かの貴族が苦虫をかみしめたような顔をする。
国王の言葉は、『2人以外の者ならば自分を傷つける可能性を排除しない』と言ったに等しいからだ。
むろん、そのような感情を顔に出してしまう貴族は政治家としては未熟であり、表情に出さなかった者達は強かな実力者であると判断できる。
ここで顔色を変えた者とそうでない者、それだけで能力が測られてしまうのが政治の世界の恐ろしさといえた。
「陛下、恐れなががら申しあげます。私も陛下を害するなどとは一切考えておりませぬぞ」
国王の言葉に即座に反応したのはズリード侯爵。
齢80にてまだまだ元気、むしろ老骨という言葉が似合う彼は、この場にいる中では1番反国王派に近しい人物である。
国王含め皆がそのことをよく理解していることを承知しながら、いの一番に堂々とそう言ってみせる彼は、『白々しい』というよりも『狡猾である』と評価すべきであろう。
他の貴族達も慌ててズリードと同じように発言するが、こういうことは最初に言うからこそ価値があるのだ。
「此はしたり。皆の者許せ。余としたことが皆の忠義を疑うかのごとき発言であったな。先の余の発言は迂闊であった。忘れてくれ。
むろん、ここにいる誰もを余は信頼しておるぞ」
考えようによっては、この国王の言葉も白々しい。
まず、露骨にデスタードとガラジアル公爵を特別扱いし2人の諍いを落ち着かせ、他の者達が不満に表明したら即座に訂正する。
2人は特別だと暗に示しながらも、公には全員を信頼していると言っているのだ。
よほどの馬鹿でなければそのことは理解できるが、さりとてそれを国王に対して指摘することなどできようはずもない。
やや乱暴ではあるが、デスタードの根回しミスによってガラジアル公爵との不仲説が流れかねなかった状況を、国王がフォローした形である。
「話を戻すがガラジアル公爵。デスタード侯爵と余の2人きりというのが拙いというならば、余とその方とデスタード侯爵の3人で会談するというのはどうであろうか? 何、正式な謁見ではなく、久しぶりに3人で茶でも楽しむと思えば良かろう」
「は、陛下がそうおっしゃるのであれば、私に否はござりませぬ」
ガラジアル公爵としても、このあたりが落としどころと考えたのだろう。
正式な会議では無く、茶を楽しむといわれれば、他の貴族も文句は言いにくい。
「デスタード侯爵。そなたもそれで良いか?」
「は。陛下のご沙汰に心より感謝申し上げます」
「ふむ。では今夜にでも早速場を用意させよう」
国王がそう宣言し、その場は収まったのであった。
内々にメイド長から耳打ちされたデスタード・スラシオ侯爵は、頭を抱えたくなるのを必死に隠し、件のメイドと密かに面談した。
シーラというその娘は確かに美しい。歳は18歳とのことである。
(まったく、53歳にもなって18歳の娘を懐妊させるなど、陛下もやんちゃが過ぎるだろう)
一個人としてはそういう考えがまず浮かぶが、国王側近の侯爵としてはそんなことを口に出せないし、出している場合でもない。
「シーラ、其方が国王陛下の子を身ごもったことに間違いは無いのか?」
「もうしわけございません、この3ヶ月、月のものもありませぬし、妊娠したことは間違いないようです」
シーラは床に平伏しながら答える。
「妊娠したかどうかは問題ではない。父親が国王陛下なのかどうかが問題なのだ」
「おそれながら、陛下側付きのメイドとして、メイド長より休暇中も特定の男と交際してはならぬと厳しく教えられてきました。その命を破ったことはございませぬ。
しかしながら、国王陛下のお世話をする中で、陛下より特別な恩寵を賜り、そのなかで数回の間違いを犯したことは事実でございます」
デスタードは『ばかやろう』と怒鳴りつけたかった。
個人的には王との間違いや懐妊そのものについて、彼女を責め立てたいとは思えなかった。
むしろ、道義的に考えれば、責められるべきは齢52で正室側室あわせて3人の妻と6人の子ども、さらには2人の孫までを持ちながら、18歳のメイドに手を出した国王の方だろう。
彼女から国王を誘ったわけではあるまい。現国王は政治面では有能であるが、女性関係はこれまでにも何度か問題を起こしている。国王に求められて18歳の平民出身のメイドが逆らえるわけがない。
万が一彼女の方から誘ったのであったとしても、それにのって懐妊までさせた時点で国王が悪い。
しかし、この際、事実はたいした問題ではないのだ。
DNA検査どころか血液型の概念すらないこの世界においては、腹の中の子どもの父親が誰であるかなど証明のしようがない。
デスタードとしては、ここは嘘でも『休暇中に故郷の男性との間でそういった行為をしてしまった』とでも言ってほしかった。
そうすれば妊娠を理由に彼女を解雇した上で、退職費用に大幅な上乗せをして、出産後の仕事も密かに斡旋するくらいの対応も可能であった。
が、こうしてはっきり王の子であると聞いてしまった以上、国王側近としてはそれを事実と受け入れて対応しなければならない。
(いっそ、今からでも彼女に王の子ではないと否定させるか?)
その選択肢も一瞬頭に浮かぶが、壁に耳ありともいう。
この会話は誰にも聞かれていないとは思うが、少なくともメイド長は事実を知っている。
隠し通せるかどうかはかなり微妙なところだろう。
彼女自らの意思で隠すならともかく、デスタードがそれを提案したとなれば、露見したときに侯爵として国王への忠義に反する行いだいうと誹りを受けかねない。
ただでさえ、現在王国内では反国王派の貴族だけでなく、教会すら国王に批判的な行動を見せている。
もし、自分が提案したことまでが露見した場合、諸侯連立をはじめとする反国王派の貴族や教会がどんな政治カードに使ってくるか想像しただけでも恐ろしい。
デスタードが彼女に虚言を指示するのはリスクが高すぎた。
「事実は分かった。其方はここで待機していなさい」
「はい……あの、私達はどうなるのでしょうか?」
彼女が『私』ではなく『私達』と言ったのは、つまり自分とお腹の子どもという意味だろう。
一個人としては身ごもった身体で心配そうにする彼女には哀れみすら感じる。できることなら安心させてやる言葉をかけたいところだ。
だが、事態はデスタード個人で判断できる状況を超えていた。
最悪、内々にお腹の子どもごと彼女の命を奪う決定をしなければならない可能性すら0とは言えない。
彼女に対して結果として嘘になるかもしれない言葉をかける気にはなれなかった。
「まずは陛下と御相談する。とにかく、ここで待て。懐妊の事実はこれ以上誰にも――いや、誰もいないと思っても口にしてはならぬ」
「かしこまりました」
---------------
「陛下、御報告したきことがございます」
「ふむ、申してみよ」
シーラに話を聞いた後、デスタードは国王に謁見を申し入れた。
デスタードは国王がもっとも信頼する部下の1人であり、まだ王子だった頃の幼い国王に教育を施した教師でもあった。
それ故、突然の謁見申し込みに対しても国王は最優先で応じた。
「は。しかしながら、これは極めて機密性の高い事項。できれば場所を移し2人きりで話をさせていただきたく存じます」
現在、謁見の間には他にも10人ほどの貴族がいた。侯爵以上の地位――たとえば公爵も含まれる。近衛兵達も声が聞こえる場所に控えている。さらにいえば第1王子も同席していた。
貴族達の立場はそれぞれだ。
あからさまな反国王派の貴族こそ排除しているが、反国王派に近しいと噂される者もいるし、国王に近いデスタードを疎ましく思っている者もいる。
国王よりも正室や側室、あるいは王子、王女達に取り入って次期国王の側近の座を狙っていると噂される者もいた。
彼らにシーラの懐妊を知られるわけにはいかない。
むろん、正室の子にて第1王位継承者である王子にもだ。
「まて、デスタード。突然国王陛下と2人きりで話したいなど、いかに貴殿であっても許されることではないぞ。不敬であるのみならず、場合によっては貴殿が陛下を害しようとしていると疑わざるをえなくなる」
そう声を上げたのはガラジアル・デ・スタンレード公爵。
わずかだが5代前の王家の血を引くこともあり、この場においては国王と王子に次ぐ権力を持っている。
「お言葉ごもっともなれど、こればかりは譲れませぬ。ことは国の行く末を左右しかねぬ重大事」
「ならばこそ、我ら国を預かる者が皆で聞くべきであろう。むろん、場合によっては近衛兵や伯爵以下の者を下がらせる程度の柔軟性はあるべきであるが、侯爵である貴殿が公爵たる私や、まして王子殿下にまで下がれというは、越権かつあまりに無礼ではないか」
(しまった)
デスタードは内心舌打ちをする。
ここに来て自分の失敗に気づいたのだ。
ガラジアル公爵はデスタードと同じく親国王派である。
個人的にも2人は親しい。
ガラジアル公爵ならば味方してくれるはずだと安易に考えてしまっていた。
だが、冷静に考えてみればガラジアル公爵は筋道を大切にする義理堅い男でもある。
個人的なデスタードへの親しみ以上に、筋の通らないことは許せないと考えて当然であった。
シーラの懐妊の事実を知っていれば、ガラジアル公爵もデスタードに味方しただろう。
だが、事情も分からずにいきなり『王と2人で話をしたい』とデスタードが謁見の場で申し入れれば、さすがに彼の立場で安易に賛同するわけがないではないか。
自身のイージーミスに気がつき、デスタードは自分を殴りつけたくなった。
本来ならば謁見申し込みの前に、個人的にガラジアル公爵に面談し根回しをしておくべきところであったのだ。普段ならば絶対にそうしていたはずだ。
どうやらメイドが国王の子を懐妊したという緊急事態を前にして、自分は思いの外混乱していたらしい。
とにかくことが大げさになる前に国王と打開策を協議せねばならないと、そのことばかりに頭がいきすぎて手順を誤った。
結果、デスタードとガラジアル公爵は、国王の御前にて剣呑な雰囲気でにらみあうことになってしまった。
(まずい)
このままでは、デスタードとガラジアル公爵の不仲であると周囲に疑われてしまう。
現に、他の公爵や貴族達が黙っている理由の1つは、親国王派2大筆頭のデスタードとガラジアル公爵が決裂してほしいと密かに願っている者が多いからだろう。
実際に不仲であるかどうかではなく、不仲であるとそれなりの根拠を持って噂されるだけで大問題なのだ。
(どうする? ここはいったん引くか? しかし今更引けばガラジアル公爵との不仲を、むしろ周囲に強く印象づけるだけになりかねないか?)
デスタードは慎重に周囲の様子を探る。
根回しミスの挽回を必死に考えるが、上手い方法が思いつかない。
「2人とも、そこまでにしておけ」
デスタードに助け船を出したのは国王だった。
「ガラジアル公爵、その方の言は一々理にかなっている。が、1つ尋ねたい」
「は」
「その方は万が一にもデスタード侯爵が余を害することがあるなどと、本気で考えておるのか?」
「いえ、デスタード侯爵にかぎって、そのようなことはないと、個人的には信じております」
ガラジアル公爵の返答にデスタードは少しだけ安心した。
ここで『可能性は否定できない』などと答えれば、いよいよガラジアル公爵とデスタードの決裂は決定的になる。
それを避けたということは、ガラジアル公爵としても筋を通したいだけで、自分と決裂したいわけではないということの証左だ。
「然もありなん。余としても、他の者はともかくガラジアル公爵とデスタード侯爵に限ってそのようなことはないと確信しておる」
その言葉に、何人かの貴族が苦虫をかみしめたような顔をする。
国王の言葉は、『2人以外の者ならば自分を傷つける可能性を排除しない』と言ったに等しいからだ。
むろん、そのような感情を顔に出してしまう貴族は政治家としては未熟であり、表情に出さなかった者達は強かな実力者であると判断できる。
ここで顔色を変えた者とそうでない者、それだけで能力が測られてしまうのが政治の世界の恐ろしさといえた。
「陛下、恐れなががら申しあげます。私も陛下を害するなどとは一切考えておりませぬぞ」
国王の言葉に即座に反応したのはズリード侯爵。
齢80にてまだまだ元気、むしろ老骨という言葉が似合う彼は、この場にいる中では1番反国王派に近しい人物である。
国王含め皆がそのことをよく理解していることを承知しながら、いの一番に堂々とそう言ってみせる彼は、『白々しい』というよりも『狡猾である』と評価すべきであろう。
他の貴族達も慌ててズリードと同じように発言するが、こういうことは最初に言うからこそ価値があるのだ。
「此はしたり。皆の者許せ。余としたことが皆の忠義を疑うかのごとき発言であったな。先の余の発言は迂闊であった。忘れてくれ。
むろん、ここにいる誰もを余は信頼しておるぞ」
考えようによっては、この国王の言葉も白々しい。
まず、露骨にデスタードとガラジアル公爵を特別扱いし2人の諍いを落ち着かせ、他の者達が不満に表明したら即座に訂正する。
2人は特別だと暗に示しながらも、公には全員を信頼していると言っているのだ。
よほどの馬鹿でなければそのことは理解できるが、さりとてそれを国王に対して指摘することなどできようはずもない。
やや乱暴ではあるが、デスタードの根回しミスによってガラジアル公爵との不仲説が流れかねなかった状況を、国王がフォローした形である。
「話を戻すがガラジアル公爵。デスタード侯爵と余の2人きりというのが拙いというならば、余とその方とデスタード侯爵の3人で会談するというのはどうであろうか? 何、正式な謁見ではなく、久しぶりに3人で茶でも楽しむと思えば良かろう」
「は、陛下がそうおっしゃるのであれば、私に否はござりませぬ」
ガラジアル公爵としても、このあたりが落としどころと考えたのだろう。
正式な会議では無く、茶を楽しむといわれれば、他の貴族も文句は言いにくい。
「デスタード侯爵。そなたもそれで良いか?」
「は。陛下のご沙汰に心より感謝申し上げます」
「ふむ。では今夜にでも早速場を用意させよう」
国王がそう宣言し、その場は収まったのであった。
0
お気に入りに追加
760
あなたにおすすめの小説
『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる
農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」
そんな言葉から始まった異世界召喚。
呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!?
そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう!
このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。
勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定
私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。
ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。
他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。
なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。
辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します
潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる!
トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。
領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。
アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。
だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう
完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。
果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!?
これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。
【完結】神様と呼ばれた医師の異世界転生物語 ~胸を張って彼女と再会するために自分磨きの旅へ!~
川原源明
ファンタジー
秋津直人、85歳。
50年前に彼女の進藤茜を亡くして以来ずっと独身を貫いてきた。彼の傍らには彼女がなくなった日に出会った白い小さな子犬?の、ちび助がいた。
嘗ては、救命救急センターや外科で医師として活動し、多くの命を救って来た直人、人々に神様と呼ばれるようになっていたが、定年を迎えると同時に山を買いプライベートキャンプ場をつくり余生はほとんどここで過ごしていた。
彼女がなくなって50年目の命日の夜ちび助とキャンプを楽しんでいると意識が遠のき、気づけば辺りが真っ白な空間にいた。
白い空間では、創造神を名乗るネアという女性と、今までずっとそばに居たちび助が人の子の姿で土下座していた。ちび助の不注意で茜君が命を落とし、謝罪の意味を込めて、創造神ネアの創る世界に、茜君がすでに転移していることを教えてくれた。そして自分もその世界に転生させてもらえることになった。
胸を張って彼女と再会できるようにと、彼女が降り立つより30年前に転生するように創造神ネアに願った。
そして転生した直人は、新しい家庭でナットという名前を与えられ、ネア様と、阿修羅様から貰った加護と学生時代からやっていた格闘技や、仕事にしていた医術、そして趣味の物作りやサバイバル技術を活かし冒険者兼医師として旅にでるのであった。
まずは最強の称号を得よう!
地球では神様と呼ばれた医師の異世界転生物語
※元ヤンナース異世界生活 ヒロイン茜ちゃんの彼氏編
※医療現場の恋物語 馴れ初め編
異世界転生~チート魔法でスローライフ
リョンコ
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。
43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。
その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」
大型連休を利用して、
穴場スポットへやってきた!
テントを建て、BBQコンロに
テーブル等用意して……。
近くの川まで散歩しに来たら、
何やら動物か?の気配が……
木の影からこっそり覗くとそこには……
キラキラと光注ぐように発光した
「え!オオカミ!」
3メートルはありそうな巨大なオオカミが!!
急いでテントまで戻ってくると
「え!ここどこだ??」
都会の生活に疲れた主人公が、
異世界へ転生して 冒険者になって
魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。
恋愛は多分ありません。
基本スローライフを目指してます(笑)
※挿絵有りますが、自作です。
無断転載はしてません。
イラストは、あくまで私のイメージです
※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが
少し趣向を変えて、
若干ですが恋愛有りになります。
※カクヨム、なろうでも公開しています
転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。
克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります!
辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。
異世界で俺だけレベルが上がらない! だけど努力したら最強になれるらしいです?
澤檸檬
ファンタジー
旧題 努力=結果
異世界の神の勝手によって異世界に転移することになった倉野。
実際に異世界で確認した常識と自分に与えられた能力が全く違うことに少しずつ気付く。
異世界の住人はレベルアップによってステータスが上がっていくようだったが、倉野にだけレベルが存在せず、行動を繰り返すことによってスキルを習得するシステムが採用されていた。
そのスキル習得システムと異世界の常識の差が倉野を最強の人間へと押し上げていく。
だが、倉野はその能力を活かして英雄になろうだとか、悪用しようだとかそういった上昇志向を見せるわけでもなく、第二の人生と割り切ってファンタジーな世界を旅することにした。
最強を隠して異世界を巡る倉野。各地での出会いと別れ、冒険と楽しみ。元居た世界にはない刺激が倉野の第二の人生を彩っていく。
欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します
ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!!
カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。
勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!
よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です!
僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。
つねやま じゅんぺいと読む。
何処にでもいる普通のサラリーマン。
仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・
突然気分が悪くなり、倒れそうになる。
周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。
何が起こったか分からないまま、気を失う。
気が付けば電車ではなく、どこかの建物。
周りにも人が倒れている。
僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。
気が付けば誰かがしゃべってる。
どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。
そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。
想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。
どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。
一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・
ですが、ここで問題が。
スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・
より良いスキルは早い者勝ち。
我も我もと群がる人々。
そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。
僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。
気が付けば2人だけになっていて・・・・
スキルも2つしか残っていない。
一つは鑑定。
もう一つは家事全般。
両方とも微妙だ・・・・
彼女の名は才村 友郁
さいむら ゆか。 23歳。
今年社会人になりたて。
取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる