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第二部 少年と王女と教皇と 第一章 新たなる戦いの始まり

5.盗賊女帝(ロバー・エンブレス)

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 アル王女は自らの過去を語り出した。
 それは壮絶な物語であり、僕らは黙って聞くしかないのであった。

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇

(以下、三人称 アル視点)

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 アル・テオデウス・レオノル、御年19歳。
 聖テオデウス王国国王、テノール・テオデウス・レオノルの末の娘である。
 とはいえ、現状、彼女が王位を継ぐ可能性は極めて低いとされている。
 彼女よりも上に兄が2人、姉が1人いるためだ。
 それらの兄弟姉妹が全てそつきよするなどということがあれば別であるが、その場合アル王女による謀殺こそが最初に疑われるであろう。

 さて、この王女、名前が『アル』と2文字である。
 2文字の名前は王族や貴族は通常用いない。
 では何故、彼女は2文字の名前を持つのか。

 答は簡単。
 彼女1年前まで王女という立場にいなかったからだ。

 むろん、人はいきなり王の子になったりはしない。
 しかし、アル王女は長きにわたって自分が王の子であるなど知らなかった。

 アルの生まれを明かすならば、王のお手つきとなったメイド――シーラの子である。
 シーラは王宮のメイドになるくらいであるから、それなりに優秀で学もあったとはいえ所詮は平民。側室になることすら許される身分ではない。
 中絶の概念がないこの世界。メイドが王の子を身ごもったことが広く露見すれば、出産前に母子共々謀殺される可能性すらあった。

 テノール国王はメイドの妊娠を知って慌てた。
 まさか、よわい50を超えた自分に女性を妊娠させる能力が残っていたとは思わなかったのだ。
 だからこそ、気軽にメイドに手を出してしまったとも言える。

 個人としてはメイドも子どもも自分の手元に置きたかったが、国王としてはメイドの子を実子と認めることはできなかった。
 紆余曲折の末、メイドは国王の信頼する部下に密かに逃がされ子どもを産んだ。
 そのような事情であったから、アル王女は自分が王女だなどとは夢にも考えず、平民として育った。
 否、平民の中でも下層の人間として育った。

 彼女の母は彼女を産んだ後、遊女となった。
 実家に帰れば王の子を産んだ事実が露見しかねないし、かといって父親の分からない赤子連れの女を雇う者もいない。
 母1人子1人で暮らしていくには他に方法がなかったのだ。

 この国では体を売る職業の者はまともな人民として扱われない。
 まして、遊女の娘など世間から見れば野良犬同然の扱いだ。

 故にアル王女は、物心つく前から、社会の底辺で男と女の最も醜い姿を見続けて育つことになる。
 彼女にとって、男も女も、大人達は忌避すべき存在でしかなかった。
 それにもかかわらず、いずれ自分も男に体を売ることでしか生きる方法がないのだろうと考え、5歳になるころには彼女は人生に絶望していた。

 ---------------

 転機が訪れたのは7歳の時。

 彼女たちが暮らしていた歓楽街が盗賊に襲われた。
 彼女の目の前で女達は犯され、男達は惨殺された。

 自分も殺されるか、それとも盗賊達の慰め者になるか。
 どちらかしかないなら殺された方が良い。

 幼子ゆえに最初は捨て置かれていたアルも、賊達が金と女に満足した後、引っ立てられるように盗賊団のかしらの元へと連れて行かれた。
 隻眼髭面の男は、幼い彼女の目の前で、彼女の母を犯しながらアルに尋ねた。

「俺が憎いか?」

 下品な笑みを浮かべながらアルに尋ねる男。
 少女がおびえ、泣きわめくことを期待した加虐心ゆえの質問だったのだろう。
 だが、少女は盗賊達が期待するような返事はしなかった。

「憎くはない。むしろ感謝している」
「なに?」

 彼女の答えに、さすがの頭も訝しがる。

「どうせ私はもうじき客を取らされた。その前に殺してくれるならこんなに有難いことはない」

 それは幼い少女の精一杯の強がりであると同時に、本心でもあった。
 彼女の言葉に、盗賊達は大いに笑った。
 ひとしきり笑った後、かしらは抱いていた母を放り出し、アルの首根っこを掴んだ。

 どうせ殺されるならば、今更おびえることはない。
 そう考えたアルは隻眼の強面を臆することなくにらみ返した。

「気に入ったぞ。お前は殺さん。ワシの義娘ぎじようとなれ」

 こうして、本来王の娘であるはずのアルは、盗賊のかしら義娘ぎじようとなった。

 ---------------

 盗賊のかしらの名前はグダンといった。
 アルはグダンの元で盗賊としての技能をたたき込まれた。

 この世界の盗賊に必要な技術は戦闘能力である。
 鍵開けなどの技術はほとんど必要ない。
 鍵はともかく、扉が鉄で作られることはほとんどないからだ。
 なにしろ、扉のような大きな物体を金属で作れば、むしろ宝石よりも金がかかる。
 仮に倉庫に鍵がつけてあったとしても、扉ごとたたき壊せば問題ない。
 故に、アルが教え込まれたのも戦うための力だった。

 グダンの指導方法は徹底したスパルタ式である。
 アルは毎日、屈強な盗賊達が振るう木剣で叩きのめされた。
 おそらくグダンは『アルが死ぬならばそれはそれでかまわない』と考えていたのだろう。

 グダンがアルに教え込んだのは気絶しても木剣を離すなということである。

「もし、アルが剣を投げ出したらその場でっちまっていいぞ」

 訓練前、アルの目の前でグダンは毎回訓練相手にこう宣言した。

 グダンの言葉がどこまで本気だったかは分からない。
 だが、その言葉は彼女を恐れさせるには十分じゆうぶんだった。
 幼い頃から女達が体を売るのを見続け、今も母はグダンに手込めにされている。
 アルにとって、大人の男は恐ろしく、大人の女は汚らわしいものだった。
 それゆえ、彼女は訓練の最中決して木剣を離さなかった。
 幼い少女が自らを護るすべは、何度叩きのめされても木刀を放さずに立ち上がり戦うことだけだった。

 ---------------

 天性の才能もあったのだろう。11歳になるころには、アルは盗賊団の男達相手に互角の戦いができる腕前となっていた。
 いや、子どもで女の彼女相手に、盗賊団員達が本気で模擬戦をしていたかは定かではない。実際のところは手加減されていたのだろう。
 だが、11歳女児としてはたぐいまれなる実力者に育っていたことは事実だ。

 盗賊団にかしら以外の明確な地位制度はなかったが、事実上グダンの後継者とも言える立場である。
 アルはグダンをかしらとして尊重すると共に、自分に生きるすべを教えてくれた父として親しみを感じていた。
 一方で、自らの意思を捨てたように抱かれ世話をする実母に対して、アルは嫌悪感しか持てなかった。

 アルはグダンと共に大陸中を駆け巡った。
 グダン達盗賊団が狙う相手は貴族。
 平民は狙わない。

 単純に平民よりも貴族を襲った方が金になるからだ。
 この世界、農民はほとんど財産を持っていない。
 商人は貴族以上の金を持っているが、盗んだ物を捌くためには商人ギルドを敵に回すわけにはいかない。

 グダンは決して義賊を気取っていたわけではない。
 だが、貴族に搾取されている人々にとって、グダン達はある意味で英雄的存在だった。
 その中でも、赤毛で露出度の高い服を着た若き後継者――アルは盗賊女帝ロバー・エンブレスと呼ばれ、時に畏怖され、時に尊敬をもって人々に語られた。

 アルが変装して街で食事をしていた時にたまたま耳にした吟遊詩人の歌が、『盗賊女帝ロバー・エンブレス ~紅き勇者よ~』などというタイトルで、むしろ気まずかったこともある。

 好きなだけ暴れ、好きなだけ喰い、好きなだけ飲む。
 少なくとも、幼い頃想像していた歓楽街で体を売る未来よりは、盗賊団での現実の方が彼女にとって愉快なものであったことは間違いない。

 むろん、盗賊稼業などをしていれば、ろくな死に方はできないだろうことは、アルも理解していた。

『ろくな死に方ができないのならば、せいぜい今を楽しく生きてやる』

 それが当時の彼女の人生哲学であった。

 ---------------

 彼女の人生に2度目の転機が訪れたのは、彼女が12歳の時。

オヤジが王国軍に捉えられた、どういうことだ!?」

 その数日前から、グダンは大きな仕事をおこなっていた。
 なんと、王宮の宝を奪うというのだ。

 いくらなんでも無茶だと止める団員達に、グダンは笑った。

 ――シーラはかつて王宮勤めのメイドだった。
 ――王宮の中は勝手知ったる場所だ。
 ――なに、心配するな。別に強引に盗みに入ろうというわけじゃねぇ。
 ――シーラので王宮に雇われた上で、さらっと盗んでくるだけさ。

 嫌な予感はしていたのだ。
 そもそも、グダン達の普段のやり方は暴力的手法だ。
 雇われて潜入などという姑息な手段はなれていない。

 案の定身元がばれ、とらわれの身となった。
 いや、そもそもグダンを雇い入れた時点で罠だったのかもしれない。

「それで、どうして貴女あなただけ無事もどってくるのだ!!」

 アルは目の前で報告する実母――シーラを締め上げた。

「私は、王国軍から伝言を頼まれて……」

 その伝言の内容はこうだ。

 王都近くの今は使われていない古城にグダンを捉えてある。
 助けたければ、盗賊女帝ロバー・エンブレスとシーラの2人で来い。

 ……後から考えれば極めて不自然な話だった。
 そもそも、いかに吟遊詩人の歌に語られるほどの有名人とはいえ、アルは12歳の少女に過ぎない。
 グダンなき盗賊団に所属する彼女を捉えるだけならば、こんな回りくどいことをする意味がない。
 他にも様々な疑問は浮かんでくる。

 ……冷静に考えれば。

 だが、当時12歳のアルは『冷静に考える』などということは最も苦手とするところだった。
 だから、この時彼女は『オヤジが捉えられた。私が助け出してやる』という単純かつ思慮不足の感情にまかせて動いた。

 そんな時だった。

『お義父とうさんを助けたいんだったら力を貸すよ』

 唐突にアルの頭の中に響いたのは、甘く怪しい幼子のような声だった。
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