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第二部 少年と王女と教皇と 第一章 新たなる戦いの始まり
4.神託/目指すべきは
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=====================
エーペロス大陸の南西、ゲノコーラ地方、ペドラー山脈にあるラクルス村。
その地に神の手違いにより転生しせりパド少年。
その者、200倍の力と魔力を持ち、闇との契約に至れり。
放置すれば世界が揺らぎ、やがて滅びるであろう。
=====================
「……だってさ、参っちゃうよね」
僕は心の籠もらぬお母さんを前にため息交じりに言った。
アル王女――というか、レイクさんから様々な話を聞いた。
王家の歴史とか、現状とか、お師匠様は興味深そうだったけど、僕にはよく分からない。
王子同士での殺し合いとか、やたら物騒な話もあって、むしろ聞かない方が良かったかもしれない。
いずれにせよ、そこら辺の話は今は省略する。ほとんど聞き流していたしね。
僕にとって重要なのは1つ。
今から4ヶ月前に、教皇の元に下されたという神託だ。
神託とは神様が教皇にだけ与える預言のこと。
そんなものが本当にあるのかと思うが、僕のことをきちんと言い当てているのが何よりの証拠だといえる。
先に襲ってきた異端審問官は、僕を放置すると世界が滅びるという神託を、僕の抹殺をもとめるものと解釈していたのだろう。
一方、アル王女達が重要視したのは200倍の力と魔力の方。
アル王女は現在、王位継承戦の真っ最中だそうで。
だけど、状況は明らかに不利らしく、起死回生の一手としてレイクさんはアル王女を現在の勇者に仕立て上げようとしている。
この国の王とは、それすなわち勇者の子孫のことだ。
ならば、初代勇者の子孫で、かつ現在でも勇者と呼ばれるならば、それは王になれる。
……正直、その理屈はどうだろうと思うんだけどね。
そんな話を1時間以上した後、僕とリラはお母さんがいる部屋に戻ってきた。
お師匠様とアル王女達はまだ何やら話している。
そういえば、レイクさんは、昔、お師匠様の弟子だったらしい。
お母さんに話しかける僕の後ろからリラが言う。
「はっきり言って、頭がパンクしそうだわ。王女だの教皇だの神託だの、話が大きすぎるわよ」
「うん、それは僕も同感」
この数ヶ月『このままじゃすまないだろうな』という漠然とした思いはあった。
この小屋でお師匠様やリラと暮らしていきたいなという思いもあったけど、一方でルシフや『闇』、それに獣人がこのまま放っておいてくれるとは思えなかった。
だから、ある程度は覚悟していたんだ。
ある程度は。
だけど、教会に殺されかけるとか、王女様にスカウトされるとか、想定外もいいところだ。
そもそも、未だに僕の頭の中には『アル王女って本当に王女なの?』という疑念が渦巻いている。
レイクさんのことはお師匠様も知っていたみたいだけど、王女は赤ん坊の時に見ただけらしいし。
つーか、半裸で大剣振り回す王女様って何?
一体どこのジャパニーズRPGだよっ!!
しかも、アル様を勇者にするから、協力しろ?
アル王女は僕に価値なしと思ったようだけど、レイクさんは未だに僕を味方につけたいらしい。
200倍の力で会心の一撃を連発する武道家か、200倍の魔力でイ○ナズンを連発する賢者になれとでも言うのか。
いずれにせよ、お師匠様は僕に『こうしろ、ああしろ』とは言わなかった。
代わりに言われたのが次のセリフ。
『自分にとって何が一番大切か、それをよく考えて決断しな』
相変わらず、お師匠様は厳しい。
「パド、この話、受けるの?」
リラは少し不安そうだ。
言外にやめておいた方が良いというニュアンスを感じさせる。
「正直、迷っている」
「パド……」
「もちろん、本当はこのままここで暮らしていたいよ。だけど、教会が本当に僕の命を狙っているのだとしたら……」
この世界の権力構造なんてよくわからない。
だけど、王家、教会、それと貴族の3者が競い合っているというくらいはなんとなく分かった。
教会はこの世界の巨大権力の1つなのだ。
それに対抗しようと思ったら、もう1つの巨大権力である王家の王女に庇護してもらうのも悪い話じゃない。
というか、他にどうしたら良いのか分からない。
もし、このまま僕がここにいることで、今日みたいにリラが巻き込まれたら……
「私も何が正しいかはわからない。だけど、パド、お師匠様の教えの1つを思い出して」
「お師匠様の教え?」
僕の問いに、リラが頷きお師匠様の教えを口にする。
『いくつかの選択肢を提示されたら、それ以外の答えがないかを疑え。学科試験と違って、世の中のあらゆる問題にはあらゆる数の解答があるのだから』
そうだ。
そうだった。
今の僕はあの時と同じだ。
ルシフに、前世の家族の命か、今のお母さんや村の皆の命か、あるいは自分の左手かと迫られたときと。
レイクさん達の話を聞くうちに、教会に殺されるか、アル王女の傘下に入るかの2択のように感じていた。
だけど、本当にその2つしか道はないのか。
そうだとして、判断材料は足りているのか。
前者はともかく、後者は必ずしもYESじゃない。
そもそも、レイクさんの話自体、神託の部分以外聞き流したも同然だ。
考えろ、僕。
判断するには何が必要だ?
悩む僕の頭を、お母さんの左手が触れる。
「……お母……さん……?」
それは『なでる』などという上等な動作じゃなかった。
ただ、ちょっと手を動かしたら偶然僕の頭に当たっただけかもしれない。
だけど。
それでも、僕は、お母さんが頭をなでようとしてくれたんじゃないかと思えて。
それで思い出す、
僕が見失っていたことを。
僕の目的は何だ?
家族や村の皆やリラと、幸せに暮らすこと。
そのために、これまでずっと頑張ってきた。
頑張った結果、間違った選択肢を選んだときもあったかもしれない。
だけど、僕が目指すべきは間違いなくそれだ。
そのためには。
――お母さんの心も取り戻す。
かつてお師匠様はお母さんの心についてこう言った。
『この国の王家だけに伝わる解呪法ならば、あるいはと思う』
そう。王家ならばお母さんを元に戻せるかもしれない。
今、王女様が僕の目の前に現れたのはこれ以上ない幸運なのではないか。
――ならば。
僕は立ち上がり、アル王女やお師匠様のいる部屋へと向かった。
---------------
僕は扉を開けるなり言う。
「アル王女。1つお尋ねします」
唐突な僕の登場にも、4人は驚いた様子がない。
ただ、お師匠様だけは冷たく言った。
「パド、扉はもう少し静かに開けな」
今は、それはどうでもいい。
僕はお師匠様の言葉を無視し――きっとあとでお仕置きされるだろうけど――質問を続けた。
「もし、僕が王女の味方をしたら、お母さんに王家の解呪法を使ってもらえますか?」
僕の問いに、4人の眉がピクッと動く。
「パド、それは……」
お師匠様が何かを言いかけるが、アル王女が遮る。
「お前の母親は呪いにかかっているのか?」
「はい。奥の部屋にいますが、呪いで心を失っています。お師匠様から王家の解呪法ならお母さんを元に戻せると聞きました」
勢い込む僕に、アル王女は「うむ」と首をひねる。
「レイク、どうなんだ?」
「さあ、実際にパドくんのお母さんを診てみないとなんとも。いや、アラブシ先生がそうおっしゃるからには可能ということでしょうか?」
全員の視線がお師匠様に集まる。
「あくまで可能性の話としてならね。
王家の解呪法なら可能というよりも、あの呪いを解除できる可能性があるのは他にないという話だ。ま、五分五分かね」
そのお師匠様の言葉に、レイクさんは「なるほど」と言いながらめがねをクイッとあげる。どうやら思考するときの癖らしい。
「しかし、なぜパドくんのお母さんに呪いが?」
尋ねられ、僕は正直に話した。
嘘をつく理由など思いつかなかった。
特に神託の言う闇――おそらく、ルシフとの契約が悪意に基づくものではなく、2度と行うつもりもないときちんと説明しておくべきだと思ったのだ。
だが、僕の説明を聞いていたアル王女の顔が徐々に驚愕と困惑に変化していく。
「パド、そのルシフとやらは本当にかつて神だった存在と言ったのだな」
「はい、そうですけど……どこまで本当かはわかりません」
アル王女は『こんなことが……いや、むしろ……』などブツブツ言い始める。
――そして。
「パド、私はそのルシフと会ったことがあるかもしれん」
「は?」
「7年前、私に祝福と呪いを与えた相手だ」
そして、アル王女は自らの過去を語り始めたのだった。
エーペロス大陸の南西、ゲノコーラ地方、ペドラー山脈にあるラクルス村。
その地に神の手違いにより転生しせりパド少年。
その者、200倍の力と魔力を持ち、闇との契約に至れり。
放置すれば世界が揺らぎ、やがて滅びるであろう。
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「……だってさ、参っちゃうよね」
僕は心の籠もらぬお母さんを前にため息交じりに言った。
アル王女――というか、レイクさんから様々な話を聞いた。
王家の歴史とか、現状とか、お師匠様は興味深そうだったけど、僕にはよく分からない。
王子同士での殺し合いとか、やたら物騒な話もあって、むしろ聞かない方が良かったかもしれない。
いずれにせよ、そこら辺の話は今は省略する。ほとんど聞き流していたしね。
僕にとって重要なのは1つ。
今から4ヶ月前に、教皇の元に下されたという神託だ。
神託とは神様が教皇にだけ与える預言のこと。
そんなものが本当にあるのかと思うが、僕のことをきちんと言い当てているのが何よりの証拠だといえる。
先に襲ってきた異端審問官は、僕を放置すると世界が滅びるという神託を、僕の抹殺をもとめるものと解釈していたのだろう。
一方、アル王女達が重要視したのは200倍の力と魔力の方。
アル王女は現在、王位継承戦の真っ最中だそうで。
だけど、状況は明らかに不利らしく、起死回生の一手としてレイクさんはアル王女を現在の勇者に仕立て上げようとしている。
この国の王とは、それすなわち勇者の子孫のことだ。
ならば、初代勇者の子孫で、かつ現在でも勇者と呼ばれるならば、それは王になれる。
……正直、その理屈はどうだろうと思うんだけどね。
そんな話を1時間以上した後、僕とリラはお母さんがいる部屋に戻ってきた。
お師匠様とアル王女達はまだ何やら話している。
そういえば、レイクさんは、昔、お師匠様の弟子だったらしい。
お母さんに話しかける僕の後ろからリラが言う。
「はっきり言って、頭がパンクしそうだわ。王女だの教皇だの神託だの、話が大きすぎるわよ」
「うん、それは僕も同感」
この数ヶ月『このままじゃすまないだろうな』という漠然とした思いはあった。
この小屋でお師匠様やリラと暮らしていきたいなという思いもあったけど、一方でルシフや『闇』、それに獣人がこのまま放っておいてくれるとは思えなかった。
だから、ある程度は覚悟していたんだ。
ある程度は。
だけど、教会に殺されかけるとか、王女様にスカウトされるとか、想定外もいいところだ。
そもそも、未だに僕の頭の中には『アル王女って本当に王女なの?』という疑念が渦巻いている。
レイクさんのことはお師匠様も知っていたみたいだけど、王女は赤ん坊の時に見ただけらしいし。
つーか、半裸で大剣振り回す王女様って何?
一体どこのジャパニーズRPGだよっ!!
しかも、アル様を勇者にするから、協力しろ?
アル王女は僕に価値なしと思ったようだけど、レイクさんは未だに僕を味方につけたいらしい。
200倍の力で会心の一撃を連発する武道家か、200倍の魔力でイ○ナズンを連発する賢者になれとでも言うのか。
いずれにせよ、お師匠様は僕に『こうしろ、ああしろ』とは言わなかった。
代わりに言われたのが次のセリフ。
『自分にとって何が一番大切か、それをよく考えて決断しな』
相変わらず、お師匠様は厳しい。
「パド、この話、受けるの?」
リラは少し不安そうだ。
言外にやめておいた方が良いというニュアンスを感じさせる。
「正直、迷っている」
「パド……」
「もちろん、本当はこのままここで暮らしていたいよ。だけど、教会が本当に僕の命を狙っているのだとしたら……」
この世界の権力構造なんてよくわからない。
だけど、王家、教会、それと貴族の3者が競い合っているというくらいはなんとなく分かった。
教会はこの世界の巨大権力の1つなのだ。
それに対抗しようと思ったら、もう1つの巨大権力である王家の王女に庇護してもらうのも悪い話じゃない。
というか、他にどうしたら良いのか分からない。
もし、このまま僕がここにいることで、今日みたいにリラが巻き込まれたら……
「私も何が正しいかはわからない。だけど、パド、お師匠様の教えの1つを思い出して」
「お師匠様の教え?」
僕の問いに、リラが頷きお師匠様の教えを口にする。
『いくつかの選択肢を提示されたら、それ以外の答えがないかを疑え。学科試験と違って、世の中のあらゆる問題にはあらゆる数の解答があるのだから』
そうだ。
そうだった。
今の僕はあの時と同じだ。
ルシフに、前世の家族の命か、今のお母さんや村の皆の命か、あるいは自分の左手かと迫られたときと。
レイクさん達の話を聞くうちに、教会に殺されるか、アル王女の傘下に入るかの2択のように感じていた。
だけど、本当にその2つしか道はないのか。
そうだとして、判断材料は足りているのか。
前者はともかく、後者は必ずしもYESじゃない。
そもそも、レイクさんの話自体、神託の部分以外聞き流したも同然だ。
考えろ、僕。
判断するには何が必要だ?
悩む僕の頭を、お母さんの左手が触れる。
「……お母……さん……?」
それは『なでる』などという上等な動作じゃなかった。
ただ、ちょっと手を動かしたら偶然僕の頭に当たっただけかもしれない。
だけど。
それでも、僕は、お母さんが頭をなでようとしてくれたんじゃないかと思えて。
それで思い出す、
僕が見失っていたことを。
僕の目的は何だ?
家族や村の皆やリラと、幸せに暮らすこと。
そのために、これまでずっと頑張ってきた。
頑張った結果、間違った選択肢を選んだときもあったかもしれない。
だけど、僕が目指すべきは間違いなくそれだ。
そのためには。
――お母さんの心も取り戻す。
かつてお師匠様はお母さんの心についてこう言った。
『この国の王家だけに伝わる解呪法ならば、あるいはと思う』
そう。王家ならばお母さんを元に戻せるかもしれない。
今、王女様が僕の目の前に現れたのはこれ以上ない幸運なのではないか。
――ならば。
僕は立ち上がり、アル王女やお師匠様のいる部屋へと向かった。
---------------
僕は扉を開けるなり言う。
「アル王女。1つお尋ねします」
唐突な僕の登場にも、4人は驚いた様子がない。
ただ、お師匠様だけは冷たく言った。
「パド、扉はもう少し静かに開けな」
今は、それはどうでもいい。
僕はお師匠様の言葉を無視し――きっとあとでお仕置きされるだろうけど――質問を続けた。
「もし、僕が王女の味方をしたら、お母さんに王家の解呪法を使ってもらえますか?」
僕の問いに、4人の眉がピクッと動く。
「パド、それは……」
お師匠様が何かを言いかけるが、アル王女が遮る。
「お前の母親は呪いにかかっているのか?」
「はい。奥の部屋にいますが、呪いで心を失っています。お師匠様から王家の解呪法ならお母さんを元に戻せると聞きました」
勢い込む僕に、アル王女は「うむ」と首をひねる。
「レイク、どうなんだ?」
「さあ、実際にパドくんのお母さんを診てみないとなんとも。いや、アラブシ先生がそうおっしゃるからには可能ということでしょうか?」
全員の視線がお師匠様に集まる。
「あくまで可能性の話としてならね。
王家の解呪法なら可能というよりも、あの呪いを解除できる可能性があるのは他にないという話だ。ま、五分五分かね」
そのお師匠様の言葉に、レイクさんは「なるほど」と言いながらめがねをクイッとあげる。どうやら思考するときの癖らしい。
「しかし、なぜパドくんのお母さんに呪いが?」
尋ねられ、僕は正直に話した。
嘘をつく理由など思いつかなかった。
特に神託の言う闇――おそらく、ルシフとの契約が悪意に基づくものではなく、2度と行うつもりもないときちんと説明しておくべきだと思ったのだ。
だが、僕の説明を聞いていたアル王女の顔が徐々に驚愕と困惑に変化していく。
「パド、そのルシフとやらは本当にかつて神だった存在と言ったのだな」
「はい、そうですけど……どこまで本当かはわかりません」
アル王女は『こんなことが……いや、むしろ……』などブツブツ言い始める。
――そして。
「パド、私はそのルシフと会ったことがあるかもしれん」
「は?」
「7年前、私に祝福と呪いを与えた相手だ」
そして、アル王女は自らの過去を語り始めたのだった。
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