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第一部 ラクルス村編 第三章『闇』の襲来

2.手紙と乱入者

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 月始祭は月に1回のお祭り。
 といっても、前世の世界のテレビで見たお祭りとは違う。
 屋台が並ぶことなんてないし、御神輿を担いだりもしない。
 そもそも、村では現金を使う習慣がほとんどないし、月始祭に宗教色はほとんどない。

 月始祭の役目は主に3つ。
 1つはその月年を取る村民のお祝い。
 要するに、合同誕生会。

 もう1つはお肉を食べること。
 ラクルス村では肉や魚はほとんど食べられない。
 村人の1番の楽しみが、このお肉だ。

 最後に、行商人のアボカドさんと商売。
 女性が織った布や木材、作物を売って、代わりに塩や鉄製品などを購入する。
 これは個々人ではなく、村長がまとめて行う。
 同時に、納税もしているらしい。

 月始祭の朝、僕は、テル、キド、サン、スーン、マリーンと一緒に、村の広場に集まっていた。
 なんとなく、月始祭では大人と子どもが別れて集まるのが通例になっている。
 ジラだけは、村長の孫なので肉を焼く手伝い。広場中央のたき火にて村長やナーシャさんと一緒に作業中。

「テル、スーン、サン、おめでとう」

 僕は3人を祝福した。
 今日、テルは14歳、スーンは12歳、サンは9歳になった。
 来月はジラが10歳になる。
 みんな少しずつ成長しているのだ。
 特にテルは、これで年少組卒業である。

「サンキュ、パド」

 テルがそういって笑う。
 と。
 ジラがこちらに駆け寄ってきた。

「おーい、じいちゃんが肉配るから来いってさ」

 待ってましたとばかりに、みんなたき火に走る。
 途中、お皿を手に取る。
 僕もお皿を割らずに持つことができた。
 お肉を切り分けるのは村長の役目だ。

「では皆、皿を出しなさい」

 1ヶ月前、僕が倒したアベックニクスは燻製にして保存食となっている。
 今日はアベックニクスではなく、ラビというピンク色の兎に似た生物や、コックという鳥などが焼かれている。この数日でお父さん達が捕まえた獲物だ。

 どのお肉をもらえるかは村長の一存である。
 ラビのお腹のあたりの柔らかいアタリ肉・・・・から、ほとんど骨だけのコックのつま先のようなハズレ肉・・・・まで、色々だ。
 平等に分けるのが村長の役目とはいえ、その月の村人1人1人の働きを評価したご褒美的な意味もある。
 罰を受けている僕、ジラ、テル、スーンはハズレ肉かなぁと思う。

 が。
 意外なことに僕ら4人に配られたのはラビのお腹の部分。それも他の人たちよりもちょっと多い。
 アタリ肉中のアタリ肉だった。

「4人とも、1ヶ月よく頑張ったな。それとテル、スーン、誕生日おめでとう」

 村長はそう言って僕らの頭をなでてくれた。

「キド、お前もアベックニクスからよく皆を護ってくれた。サンも今月は頑張っていたな」

 そういって、村長はキドやサンのお皿にも僕らよりちょっとだけ劣った部分の肉を置く。

『ありがとうございます』

 僕らはみんなでそう頭を下げた。

 ---------------

 僕はラビの肉にかじりつく。
 肉汁が口の中にあふれ出る。
 アベックニクスの肉は量こそ多かったが、やっぱりラビの肉の方が柔らかい。

 思えば桜勇太はお肉を食べられなかった。
 食べようにも体が受け付けなかったのだ。
 調子が良かったときに、少しだけそぼろ肉がおかゆに入っていたのだが、口に含んだ瞬間に嘔吐してしまった。
 そのくらい、桜勇太の内蔵は動物性タンパク質を受け入れられなかった。

 転生して、パドとして2年後。
 初めて月始祭で肉を食べようとしたとき、だから僕はちょっとだけ楽しみで、とても不安だった。
 転生しても、やっぱりお肉を食べたら吐いてしまうんじゃないかなと思ったのだ。

 だが、パドの身体は肉を受け入れた。
 今の僕はお肉が大好きだ。
 物をおいしく食べられる肉体ってなんて幸せなんだろうって思う。

「ふう、美味かったぁ」
「ジラ、食べるの早すぎ」
「パドが遅いんだよ、こういうのは一気に食うから美味いんだ」
「そっかなぁ、もったいないよ」

 アベックニクスの肉が突発的に手に入った場合などは別として、本来村で肉が食べられるのは月始祭の日だけ。
 やっぱり貴重だよね。

 などと話していると、近づいてきた人がいた。

「パドくん、だったよね?」

 話しかけてきたのはアボカドさん。
 彼がいないと月始祭は始まらない。
 彼が訪れるのが遅れた月は月始祭の開催も遅らせる。

 行商人の彼は普段僕ら子どもにはあまり話しかけないのだがなんの用だろう?

「はい。そうですけど」
「リラから手紙だよ」
「リラから!?」

 そういえば、ブシカさんは薬を行商人に卸していると言っていた。この辺りの行商人といえばアボカドさんのことだ。
 僕が手紙を受け取り、ジラやスーン達ものぞき込む。

 ……って。

「あの、僕ら字読めないんですけど」

 この村で字を読めるのは村長とマリーンさんくらいだ。
 大人の中には簡単な単語くらいなら読める人もいるけど。

 ジラが首をひねっていう。

「俺もこれは読めない」

 ジラも村長の孫として最低限の勉強はさせられているみたいだが、やはり簡単な単語くらいしか読めないらしい。
 文章を読むスキルを持っているのは村長とマリーンさんのみ。

「っていうか、リラは字が書けたのね」

 感心した様子のスーンに、アボカドさんが言う。

「この半月ほどで習ったみたいだね。リラの師匠はスパルタだから」

 リラはブシカさんの弟子になった。
 薬師の仕事の一環としてまずは文字を習っているらしい。

「で、これなんて書いてあるんですか?」

 アボカドさんに尋ねる。

「じゃあ、読むよ。
『パド、この間はありがとう。私は今薬師として意地悪師匠の元で修行しています。1日に10回くらい叩かれること以外は大切にされているから心配しないで。あなたがいつか私を抱きに来てくれる日を待っています。
追伸:ジラとスーンとテルにもお礼を伝えてください』
 ……だって」

 ……意地悪師匠?
 ブシカさん、本当にスパルタなんだなぁ。

 が、皆が気にしたのは別の場所だったようで。

 ジラが僕をジト目で見る。

「つーか、抱きに来てくれる・・・・・・・・って」

 この手のネタが好きなスーンは盛り上がる。

「キャー、リラってば大胆。パドもスミにおけないわね」

 そして、テル。

「パド、抜け駆けすんなぁぁぁぁ」

 いや、そんなことを言われても。
 みんな勘違いしているよ。

「これはそういうことじゃなくて……」

 慌てて言い訳を始める僕に、テルがつっかかる。

「どういうことだよ? 年少組の新リーダーとして、早すぎる異性交遊は管理しないと」
「だからぁ……」

 僕はリラが落ち込んでいた時、チートのせいで抱擁することもできず、いつか力を操れるようになったら……と約束したと説明する。

 が。
 ジラがあきれた顔で言う。

「つまり、どう聞いても恋人同士じゃん」
「ちがうってばぁ!!」

 僕がチート持ちじゃなかったらジラを叩きたい気分。

「パド」

 テルが真剣な顔で言う。

「なに?」
「子作りをするなら、自立してからだぞ」

 僕は自分の顔が引きつるのを自覚した。

 そんな、僕らを見てアボカドさんは半ばあきれ、半ば微笑ましかったらしい。

「ま、若いのはいいよね。青春青春」

 そう言い残して、彼は立ち去ったのだった。

 それにしても、リラとの約束かぁ。
 少しは力加減も覚えたし、いまなら約束をかなえることも出来るかもしれない。
 もっとも、歩いて2日以上かかるブシカさんの小屋まで勝手に行くことはできない。

 その後も、正午ごろまで僕はジラ達にからかわれ続けたのだった。

 ---------------

 破局は唐突に訪れた。

「何、あれ?」

 誰かが上空を指さす。
 そこにいた、漆黒の人影――『闇』とでも呼ぶべきその存在は、ゆっくりと村に降りてきた。
 そして、鋭く指を伸ばし、僕のお母さんのお腹を貫いたのだ。

 ---------------

 後になって色々なことを後悔した。

 なぜ『闇』が現れたときにみんなで逃げなかったのか。
 なぜ『闇』に対してああも無防備に呆然としてしまったのか。
 なぜ『闇』の攻撃をよけようとすらしなかったのか。
 なぜ『闇』を即座に危険な存在ものだとすら判断できなかったのか。

 いや、そもそもなぜ、チートを持って産まれてきたのに、戦うすべを学ぼうとせず、それまでのんきに暮らしていたのか。
 アベックニクスや獣人達との事件を経てもなお、僕はチートをあやつる練習はしても、戦いの訓練は積まなかった。
 自分はあくまでも村人その1として生涯を遂げるとおもっていたから。

 後から考えればいくらでも後悔はできた。

 でも、それは『後から考えれば』だ。
 平和な村に、突然人型の『闇』が降りてきて、いきなり攻撃を仕掛けてきたときに、ただの村人がそうそう反応できるものじゃない。
 チートがあろうがなかろうが、戦う訓練を受けていなければとっさの判断なんてできない。

 ---------------

 結局、眼前に迫った『闇』の指先を認識してなお、僕はそれが自分たちの命を脅かすものだと認識できず棒立ちしていた。
 僕だけでなく、お父さんもお母さんも村長も、テルもキドもジラもスーンもアボカドさんも。
 みんな、目の前の現実を受け入れることが出来なかった。
 夢でも見ているのではないかと、そんな考えに支配されている間に、事態は取り返しの付かないことになっていた。

 お腹から血を流し、倒れるお母さん。

「サーラ!!」
「お母さん!!」

 慌てて駆け寄る僕とお父さん。
 お父さんがお母さんを抱きかかえる。
 お母さんのお腹から血液がドクドク流れ出す。
 お母さんの服がどす黒い血痕に染まっていく。

「お母さん、お母さん、しっかりして!!」

 僕は叫ぶ。

「……パ……ド……」

 お母さんは苦しげに言う。その口からも血液が溢れる。
 それを見て僕は理解してしまった。

 ――お母さんは、もう、助からない。

 前世の世界なら――桜勇太が入院していた病院の医療技術があれば――今すぐ治療すれば助かるかもしれない。
 輸血して、抗生剤を点滴して、緊急手術をすれば、まだ助かる見込みは0じゃないかもしれない。

 だけど、この世界にそんな医療技術はない。
 お母さんの傷を縫うことも、輸血することも、点滴で抗生剤を入れることもできない。

 あるいは、ブシカさんなら……薬師でリラの骨折を治した魔法も使える彼女がこの場にいれば、助けられたかもしれない。
 だけど、ブシカさんの小屋までは2日はかかる。とても間に合わない。

 だから――こんな傷を負った人間は――もう、助からない。

「……ごめん……なさ……い……あなたを……きらって……わけじゃ……い……の……」

 お母さんの声が徐々に小さくなる。
 お母さんの身体から、徐々に力が抜けていく。

 僕は『闇』に向き直った。

「お前、なにをやった……」

『闇』の白い歯がニヤリと笑う。

「なにをやったかって聞いているんだぁ!!!」

 僕は叫びながら、思いっきり地面を蹴った。
 チートを抑えるとか、そんなことは頭の片隅にもなかった。
 地面が崩れるのは承知の上で、僕は『闇』に飛びかかる。

「パドっ!!」

 背後から聞こえるお父さんの声も、今の僕には届かない。
 僕は一気に跳躍し、『闇』の顔面に拳を力いっぱい叩きつけた。
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