30 / 201
【番外編】 禁忌を乗り越えて
【番外編4】リラ、命のその意味を
しおりを挟む
私が目を覚ますと、そこは人族の小さな集落――ラクルス村だった。
村民達は気を失っている間に私のお腹の鱗を見たらしい。当然のように私を獣人の里へと送り返そうと話していた。
当然だろう。
獣人の里の子どもが人族の村に迷い込めば、そういう判断になる。
厄介払いというよりは、迷子を親元に届けるという意識だと思う。
別に間違った判断ではない。私が禁忌の子でなければ。
だが、私は里に帰るわけにはいかなかった。
脳裏には磔にされ、絶命するお父さんの姿が、今なお焼き付いている。
私は世話をしてくれていた少年――ジラとスーンに事情を話した。
2人は村長は私をかくまってまではくれないだろうと言った。
それも当然の判断だろう。
よそ者の私をかばって、獣人と争う馬鹿はいない。
このままではこの村を巻き込んでしまう。
私は夜、密かに1人旅立つことにした。
そんな私を、ジラが追いかけてきて問うた。
「一体どこに行くつもりなんだよ」
私は答えに窮した。
宛てなんてなかったからだ。
でも、そう答えても、この子は納得しないだろう。
困った私の口から出てきたのは、自分でも意外な街の名前だった。
「テルグスの宿場街に行くつもり」
幼い頃暮らした人族の街。
祖父母がいるはずの街。
戻ったところで厄介者であり、受け入れてくれるとも思えない。
だが、他に道がなかった。
そもそも、私が知っている地名がテルグスくらいしかなかったというのもある。
ジラはじっと考えていた。
「目覚めたばかりなのに1人で下山するのは無茶だろ」
ジラは自分も一緒に行くと言い出した。
正直、困ったことになったと思った。
ほとんどやけっぱちみたいな私の行動に、年下の少年を巻き込んでしまうのは本意ではない。
だが、ジラはさらにもう1人の少年を巻き込んだ。
それがパドだった。
---------------
「今、村を出て下山するのは自殺行為でしょう。自殺行為を見逃したら、僕やジラはあなたを殺したのと同じことになります。おそらく一生良心の呵責に苦しむでしょう」
ジラよりもさらに年下に見えるその少年は、年に似合わない理路整然とした言葉で私を責めた。
いや、責めたというよりは、私を止めようとしたのだと思う。
「チビのガキんちょのくせにっ」
「その年下の子供に、一生辛い思いをさせるのかと言っているんです」
「だって……だって、しょうがないじゃない。私は生まれながらの禁忌の子なんだから」
「禁忌の子?」
「私は、獣人と人族のハーフなの。産まれてはいけない子なのよ」
私の説明を聞いて、パドは深刻な顔になった。
どうしたら私を助けられるか、必死に考えている表情だ。
結局、その場に現れたスーンとパドと共に私は隣村に向かうことになった。
その隣村には行商人がいるらしく、彼の馬車に乗せてもらえれば、テルグスまで行けるかもしれないそうだ。
---------------
「どうして、あなた達は私を助けようとしてくれるの?」
夜道で問うた私の言葉。
パドは何故そんなことを聞かれるのかも分からない様子だった。
「どうしてって……だって、殺されるって言っていたじゃないですか」
「私は獣人から見ても、人族から見てもハンパ者なのよ。私を助ける義理なんて、あなた達にはないはず」
「女の子が殺されるって聞いたら助けようと思うじゃん」
当たり前のように答えるパド。
「何よそれ、新手のナンパ?」
「ナ、ナンパ!? ち、違うよ、そんなんじゃないって」
それまで頑なに敬語で話していたのが、崩れた。
中々に可愛らしい反応に、私はちょっとからかってみたくなる。
「そうよね。鱗の生えた人間、人族の男の子が好きになるわけないわよね」
「いや、あの、そういうことでもなくて。っていうか、リラはかわいいと思うよ。黒い髪もきれいだし」
顔を真っ赤にしながらそういうパド。
思えば、私はこの時から、少しずつパドに惹かれていったのだと思う。
そのあと、パドは私に自分の力を見せた。
「僕は、産まれながらに普通より200倍の力を持っています。産まれた直後に家を壊し、産婆さんを蹴飛ばして怪我をさせました。
そのことをずっと秘密にしていて、そのせいでお父さんやお母さんをずいぶん苦しめました」
「……200倍の力……」
「リラ、あなたが禁忌の子だというなら……ご両親を苦しめた自分が許せないというなら……それは僕も同じことです」
パドが私を励まそうとしてくれているのは理解できた。
それなのに、どうしても私はその言葉を素直に受け入れられなかった。
「僕の父は言ってくれました。
僕が産まれたとき、嬉しかったと。それはたぶん、どんな親でも同じだと思うと。
だから、きっとリラのご両親も、リラが産まれてきて良かったと感じていた思います」
「ガキのくせに、あんたに私の何が分かるのよ?」
「リラだって子どもじゃないですか」
「あんたよりは大人よ」
この言葉は嘘。
パドが転生者だと後に知ることになるが、そんな意味ではなくて。
仮にパドが見たまんまの実年齢だとしても、必死に励ましてくれる彼に意地を張って怒鳴り返す私の方が、よっぽどガキぽい。
それを自覚しつつも認められなかった。
「それに、私とあんたは違うわよ」
「どうしてですか?」
「だって、あんたは――あんたには両親と帰る家があるじゃない。
私にはもう、そんなものどこにもない!!
テルグスに行ったって、祖父母が受け入れてくれるかどうかなんてわからない!!」
我ながらひどいことを言っていると思った。
見ず知らずの私を助けてくれようとしている少年に、なんて身勝手な叫び声を浴びせているのだろう。
パドは押し黙り、悲しそうな顔をして、そして最後は申し訳なさそうにこう言った。
「……ごめんなさい」
パドに謝らせてしまった自分が許せなくて、私はそっぽを向いた。
「謝らないでよ。やっかいごとを持ち込んだのはこっちなんだから」
自己嫌悪でどうにかなりそうだった。
---------------
世の中そんなに上手くいくわけがない。
追っ手はすぐにやってきた。
ブルフおじさんとナターシャおばさん。
先日までの良き隣人は、殺意を込めた目で私を睨んでいた。
そして、ナターシャおばさんが追っ手だと知って悟る。
アベックニクスの暴走は彼女によるものだ。
ナーシャおばさんの因子はアベックニクス。獣人は因子を持つ動物を、ある程度操れる。
つまり、パド達の友達が怪我をしたのは、やっぱり私のせいだったのだ。
「リラ、人族の子に迷惑をかけちゃダメでしょう? さあ、里に戻りましょう」
ナターシャおばさんはそう言った。
今、この場で私を殺すつもりはないらしい。
ラクルス村の大人達も一緒についてきていたし、人族の前で騒ぎを起こしたくはないのだろう。
――だめだ。
――これ以上は迷惑をかけられない。
「パド、もういいわ。迷惑をかけてゴメンね。
スーンもありがとう。ジラとテルにもお礼を言っておいて。
ブルフおじさん、ナターシャおばさん、迷惑をかけてごめんなさい。
私は里に戻るから、パド達には手出ししないで」
私はすべてを諦めた。
その私の背に向かって、パドが問いかける。
「リラ、本当にいいの!?」
――いいわけない。
――こんなの納得できない。
――でも。
――これ以上、パドやスーンを巻き込めない。
「……ええ。元々、あの川原で私は死んでいたはずだったし。お父さんが殺されたときに、本当は私も死にたいって思ったし。
さっきも言ったでしょう。あんたに私の何が分かるのって。私とあんたは違うのよ。あんたやスーンには帰る場所があるんでしょう? 私はもう、死んでもいいのよ」
「嘘だ」
私の言葉をパドが否定する。
「だって、もし本当に死んでもいいと思っているなら、どうしてそんなに震えているんだよ!?」
――もう、やめてよ。
「死にたくないんだろ?」
――もういいのよ、パド。
「助けてほしいんだろ?」
私は怒鳴る。
「そんな言葉は助ける力がある人間が言うことよ。あんたがいくら馬鹿力を持っていても、どうにもならないこともあるのよ!! 分かりなさいよ!!」
「助けるよ。助けてみせるよ。だから、だから、君の本当の気持ちを言えよっ!!」
――私の本当の気持ち。
「じゃあ……助けてよ」
納得なんてできない。
できるわけがない。
ただ、産まれてきただけで禁忌などと言われて。
祖父母に倉庫に閉じ込められて。
お父さんを無残に殺されて。
私が何をしたって言うのよ。
「……リラ?」
「死にたくなんてない。こんなの悔しいよ。だから、助けてくれるなら助けてよ」
私の言葉に、パドが動いた。
---------------
「リラ、僕を信じてもらえますか?」
追い詰められた崖の上で、パドは私にそう問いかけた。
私は小さく頷く。
「ならばどうする?」
「渡すくらいなら、一緒に死ぬさ」
尋ねるブルフおじさんに、にやっと笑ってパドは崖から飛び降りた。
抱きしめるパドの力はとてつもなくて。
私の腕が悲鳴を上げたけど、でもそれすらも暖かさに感じて。
ああ、そうか。
パドは私と一緒に死んでくれるんだ。
生まれ変われたら、彼と一緒になりたいな。
私はそんなことを考えながら地面に向かって落ちていった。
---------------
だけど違った。
パドは私を助けてくれた。
危険な相手と契約して、魔法を手に入れて。
私のために命を賭けてくれた。
のちにお師匠様になるブシカさんから獣人の歴史を聞いて。
「……私はやっぱり、呪われた子じゃない。お父さんが死んだのも、お母さんが死んだのも、パドやスーンを巻き込んだのも、全部私のせいじゃない。
私は産まれてきちゃいけない子だったのよ。私のせいで、みんな、みんな……
私の命なんて、何の意味もない。なのに、私のせいで……」
嘆くことしか出来ない私に、パドはそれでも優しかった。
こんなに迷惑をかけて、こんなに自分勝手なことを言い続けて、こんなに素直になれない私を、パドはそれでも救おうとしてくれた。
「もしも、あんたの命に何の意味も無いっていうならば、お父さんが殺されたことも、パドがあんたのために命をかけたことも、全部意味が無かったってことになるね」
ブシカさんの言葉は辛辣で。でも事実だった。
「じゃあ、教えてよ。私の命の意味って何!?」
「甘ったれるんじゃないよ。自分の命の意味なんていうのは、他人に教えてもらうもんじゃない。自分でみつけるもんだ」
私の命の意味なんて、本当に見つかるんだろうか。
そう思って小屋を飛び出した私に、パドが言った。
「僕は、リラに出会えて良かったよ。
もし、リラが産まれてこなかったら、僕はリラに会えなかった。リラの命の意味なんて僕には分からないけど、でも、リラが産まれてきて、ラクルス村に逃げてきたから、僕はリラと出会えたんだ。
僕は、リラと出会えて嬉しかった。だから、きっと意味があるんだよ。
ううん、意味があると僕は思う。そして、僕がそう思う以上、やっぱり意味はあるんだ」
私はその時、パドから命の意味をもらった。
私の命は、パドとこうして出会うためにあったのだ。
---------------
その後、私はブシカさんに弟子入りした。
テルグスに行くよりも、その方がずっといいと思った。
お師匠様としての彼女はめちゃくちゃ厳しかった。
厳しかったけど、私に生きる術と人を助ける技術を教えてくれた。
この時、私はパドは凄く頼りになる子だと思った。
だけど、後になって私はパドがとても弱い部分を持っていると知る。
彼は真面目で優しくて、それでいてとても繊細な少年だ。
村民達は気を失っている間に私のお腹の鱗を見たらしい。当然のように私を獣人の里へと送り返そうと話していた。
当然だろう。
獣人の里の子どもが人族の村に迷い込めば、そういう判断になる。
厄介払いというよりは、迷子を親元に届けるという意識だと思う。
別に間違った判断ではない。私が禁忌の子でなければ。
だが、私は里に帰るわけにはいかなかった。
脳裏には磔にされ、絶命するお父さんの姿が、今なお焼き付いている。
私は世話をしてくれていた少年――ジラとスーンに事情を話した。
2人は村長は私をかくまってまではくれないだろうと言った。
それも当然の判断だろう。
よそ者の私をかばって、獣人と争う馬鹿はいない。
このままではこの村を巻き込んでしまう。
私は夜、密かに1人旅立つことにした。
そんな私を、ジラが追いかけてきて問うた。
「一体どこに行くつもりなんだよ」
私は答えに窮した。
宛てなんてなかったからだ。
でも、そう答えても、この子は納得しないだろう。
困った私の口から出てきたのは、自分でも意外な街の名前だった。
「テルグスの宿場街に行くつもり」
幼い頃暮らした人族の街。
祖父母がいるはずの街。
戻ったところで厄介者であり、受け入れてくれるとも思えない。
だが、他に道がなかった。
そもそも、私が知っている地名がテルグスくらいしかなかったというのもある。
ジラはじっと考えていた。
「目覚めたばかりなのに1人で下山するのは無茶だろ」
ジラは自分も一緒に行くと言い出した。
正直、困ったことになったと思った。
ほとんどやけっぱちみたいな私の行動に、年下の少年を巻き込んでしまうのは本意ではない。
だが、ジラはさらにもう1人の少年を巻き込んだ。
それがパドだった。
---------------
「今、村を出て下山するのは自殺行為でしょう。自殺行為を見逃したら、僕やジラはあなたを殺したのと同じことになります。おそらく一生良心の呵責に苦しむでしょう」
ジラよりもさらに年下に見えるその少年は、年に似合わない理路整然とした言葉で私を責めた。
いや、責めたというよりは、私を止めようとしたのだと思う。
「チビのガキんちょのくせにっ」
「その年下の子供に、一生辛い思いをさせるのかと言っているんです」
「だって……だって、しょうがないじゃない。私は生まれながらの禁忌の子なんだから」
「禁忌の子?」
「私は、獣人と人族のハーフなの。産まれてはいけない子なのよ」
私の説明を聞いて、パドは深刻な顔になった。
どうしたら私を助けられるか、必死に考えている表情だ。
結局、その場に現れたスーンとパドと共に私は隣村に向かうことになった。
その隣村には行商人がいるらしく、彼の馬車に乗せてもらえれば、テルグスまで行けるかもしれないそうだ。
---------------
「どうして、あなた達は私を助けようとしてくれるの?」
夜道で問うた私の言葉。
パドは何故そんなことを聞かれるのかも分からない様子だった。
「どうしてって……だって、殺されるって言っていたじゃないですか」
「私は獣人から見ても、人族から見てもハンパ者なのよ。私を助ける義理なんて、あなた達にはないはず」
「女の子が殺されるって聞いたら助けようと思うじゃん」
当たり前のように答えるパド。
「何よそれ、新手のナンパ?」
「ナ、ナンパ!? ち、違うよ、そんなんじゃないって」
それまで頑なに敬語で話していたのが、崩れた。
中々に可愛らしい反応に、私はちょっとからかってみたくなる。
「そうよね。鱗の生えた人間、人族の男の子が好きになるわけないわよね」
「いや、あの、そういうことでもなくて。っていうか、リラはかわいいと思うよ。黒い髪もきれいだし」
顔を真っ赤にしながらそういうパド。
思えば、私はこの時から、少しずつパドに惹かれていったのだと思う。
そのあと、パドは私に自分の力を見せた。
「僕は、産まれながらに普通より200倍の力を持っています。産まれた直後に家を壊し、産婆さんを蹴飛ばして怪我をさせました。
そのことをずっと秘密にしていて、そのせいでお父さんやお母さんをずいぶん苦しめました」
「……200倍の力……」
「リラ、あなたが禁忌の子だというなら……ご両親を苦しめた自分が許せないというなら……それは僕も同じことです」
パドが私を励まそうとしてくれているのは理解できた。
それなのに、どうしても私はその言葉を素直に受け入れられなかった。
「僕の父は言ってくれました。
僕が産まれたとき、嬉しかったと。それはたぶん、どんな親でも同じだと思うと。
だから、きっとリラのご両親も、リラが産まれてきて良かったと感じていた思います」
「ガキのくせに、あんたに私の何が分かるのよ?」
「リラだって子どもじゃないですか」
「あんたよりは大人よ」
この言葉は嘘。
パドが転生者だと後に知ることになるが、そんな意味ではなくて。
仮にパドが見たまんまの実年齢だとしても、必死に励ましてくれる彼に意地を張って怒鳴り返す私の方が、よっぽどガキぽい。
それを自覚しつつも認められなかった。
「それに、私とあんたは違うわよ」
「どうしてですか?」
「だって、あんたは――あんたには両親と帰る家があるじゃない。
私にはもう、そんなものどこにもない!!
テルグスに行ったって、祖父母が受け入れてくれるかどうかなんてわからない!!」
我ながらひどいことを言っていると思った。
見ず知らずの私を助けてくれようとしている少年に、なんて身勝手な叫び声を浴びせているのだろう。
パドは押し黙り、悲しそうな顔をして、そして最後は申し訳なさそうにこう言った。
「……ごめんなさい」
パドに謝らせてしまった自分が許せなくて、私はそっぽを向いた。
「謝らないでよ。やっかいごとを持ち込んだのはこっちなんだから」
自己嫌悪でどうにかなりそうだった。
---------------
世の中そんなに上手くいくわけがない。
追っ手はすぐにやってきた。
ブルフおじさんとナターシャおばさん。
先日までの良き隣人は、殺意を込めた目で私を睨んでいた。
そして、ナターシャおばさんが追っ手だと知って悟る。
アベックニクスの暴走は彼女によるものだ。
ナーシャおばさんの因子はアベックニクス。獣人は因子を持つ動物を、ある程度操れる。
つまり、パド達の友達が怪我をしたのは、やっぱり私のせいだったのだ。
「リラ、人族の子に迷惑をかけちゃダメでしょう? さあ、里に戻りましょう」
ナターシャおばさんはそう言った。
今、この場で私を殺すつもりはないらしい。
ラクルス村の大人達も一緒についてきていたし、人族の前で騒ぎを起こしたくはないのだろう。
――だめだ。
――これ以上は迷惑をかけられない。
「パド、もういいわ。迷惑をかけてゴメンね。
スーンもありがとう。ジラとテルにもお礼を言っておいて。
ブルフおじさん、ナターシャおばさん、迷惑をかけてごめんなさい。
私は里に戻るから、パド達には手出ししないで」
私はすべてを諦めた。
その私の背に向かって、パドが問いかける。
「リラ、本当にいいの!?」
――いいわけない。
――こんなの納得できない。
――でも。
――これ以上、パドやスーンを巻き込めない。
「……ええ。元々、あの川原で私は死んでいたはずだったし。お父さんが殺されたときに、本当は私も死にたいって思ったし。
さっきも言ったでしょう。あんたに私の何が分かるのって。私とあんたは違うのよ。あんたやスーンには帰る場所があるんでしょう? 私はもう、死んでもいいのよ」
「嘘だ」
私の言葉をパドが否定する。
「だって、もし本当に死んでもいいと思っているなら、どうしてそんなに震えているんだよ!?」
――もう、やめてよ。
「死にたくないんだろ?」
――もういいのよ、パド。
「助けてほしいんだろ?」
私は怒鳴る。
「そんな言葉は助ける力がある人間が言うことよ。あんたがいくら馬鹿力を持っていても、どうにもならないこともあるのよ!! 分かりなさいよ!!」
「助けるよ。助けてみせるよ。だから、だから、君の本当の気持ちを言えよっ!!」
――私の本当の気持ち。
「じゃあ……助けてよ」
納得なんてできない。
できるわけがない。
ただ、産まれてきただけで禁忌などと言われて。
祖父母に倉庫に閉じ込められて。
お父さんを無残に殺されて。
私が何をしたって言うのよ。
「……リラ?」
「死にたくなんてない。こんなの悔しいよ。だから、助けてくれるなら助けてよ」
私の言葉に、パドが動いた。
---------------
「リラ、僕を信じてもらえますか?」
追い詰められた崖の上で、パドは私にそう問いかけた。
私は小さく頷く。
「ならばどうする?」
「渡すくらいなら、一緒に死ぬさ」
尋ねるブルフおじさんに、にやっと笑ってパドは崖から飛び降りた。
抱きしめるパドの力はとてつもなくて。
私の腕が悲鳴を上げたけど、でもそれすらも暖かさに感じて。
ああ、そうか。
パドは私と一緒に死んでくれるんだ。
生まれ変われたら、彼と一緒になりたいな。
私はそんなことを考えながら地面に向かって落ちていった。
---------------
だけど違った。
パドは私を助けてくれた。
危険な相手と契約して、魔法を手に入れて。
私のために命を賭けてくれた。
のちにお師匠様になるブシカさんから獣人の歴史を聞いて。
「……私はやっぱり、呪われた子じゃない。お父さんが死んだのも、お母さんが死んだのも、パドやスーンを巻き込んだのも、全部私のせいじゃない。
私は産まれてきちゃいけない子だったのよ。私のせいで、みんな、みんな……
私の命なんて、何の意味もない。なのに、私のせいで……」
嘆くことしか出来ない私に、パドはそれでも優しかった。
こんなに迷惑をかけて、こんなに自分勝手なことを言い続けて、こんなに素直になれない私を、パドはそれでも救おうとしてくれた。
「もしも、あんたの命に何の意味も無いっていうならば、お父さんが殺されたことも、パドがあんたのために命をかけたことも、全部意味が無かったってことになるね」
ブシカさんの言葉は辛辣で。でも事実だった。
「じゃあ、教えてよ。私の命の意味って何!?」
「甘ったれるんじゃないよ。自分の命の意味なんていうのは、他人に教えてもらうもんじゃない。自分でみつけるもんだ」
私の命の意味なんて、本当に見つかるんだろうか。
そう思って小屋を飛び出した私に、パドが言った。
「僕は、リラに出会えて良かったよ。
もし、リラが産まれてこなかったら、僕はリラに会えなかった。リラの命の意味なんて僕には分からないけど、でも、リラが産まれてきて、ラクルス村に逃げてきたから、僕はリラと出会えたんだ。
僕は、リラと出会えて嬉しかった。だから、きっと意味があるんだよ。
ううん、意味があると僕は思う。そして、僕がそう思う以上、やっぱり意味はあるんだ」
私はその時、パドから命の意味をもらった。
私の命は、パドとこうして出会うためにあったのだ。
---------------
その後、私はブシカさんに弟子入りした。
テルグスに行くよりも、その方がずっといいと思った。
お師匠様としての彼女はめちゃくちゃ厳しかった。
厳しかったけど、私に生きる術と人を助ける技術を教えてくれた。
この時、私はパドは凄く頼りになる子だと思った。
だけど、後になって私はパドがとても弱い部分を持っていると知る。
彼は真面目で優しくて、それでいてとても繊細な少年だ。
10
お気に入りに追加
764
あなたにおすすめの小説
転生したら最強種の竜人かよ~目立ちたくないので種族隠して学院へ通います~
ゆる弥
ファンタジー
強さをひた隠しにして学院の入学試験を受けるが、強すぎて隠し通せておらず、逆に目立ってしまう。
コイツは何かがおかしい。
本人は気が付かず隠しているが、周りは気付き始める。
目立ちたくないのに国の最高戦力に祭り上げられてしまう可哀想な男の話。

ようこそ異世界へ!うっかりから始まる異世界転生物語
Eunoi
ファンタジー
本来12人が異世界転生だったはずが、神様のうっかりで異世界転生に巻き込まれた主人公。
チート能力をもらえるかと思いきや、予定外だったため、チート能力なし。
その代わりに公爵家子息として異世界転生するも、まさかの没落→島流し。
さぁ、どん底から這い上がろうか
そして、少年は流刑地より、王政が当たり前の国家の中で、民主主義国家を樹立することとなる。
少年は英雄への道を歩き始めるのだった。
※第4章に入る前に、各話の改定作業に入りますので、ご了承ください。

爺さんの異世界建国記 〜荒廃した異世界を農業で立て直していきます。いきなりの土作りはうまくいかない。
秋田ノ介
ファンタジー
88歳の爺さんが、異世界に転生して農業の知識を駆使して建国をする話。
異世界では、戦乱が絶えず、土地が荒廃し、人心は乱れ、国家が崩壊している。そんな世界を司る女神から、世界を救うように懇願される。爺は、耳が遠いせいで、村長になって村人が飢えないようにしてほしいと頼まれたと勘違いする。
その願いを叶えるために、農業で村人の飢えをなくすことを目標にして、生活していく。それが、次第に輪が広がり世界の人々に希望を与え始める。戦争で成人男性が極端に少ない世界で、13歳のロッシュという若者に転生した爺の周りには、ハーレムが出来上がっていく。徐々にその地に、流浪をしている者たちや様々な種族の者たちが様々な思惑で集まり、国家が出来上がっていく。
飢えを乗り越えた『村』は、王国から狙われることとなる。強大な軍事力を誇る王国に対して、ロッシュは知恵と知識、そして魔法や仲間たちと協力して、その脅威を乗り越えていくオリジナル戦記。
完結済み。全400話、150万字程度程度になります。元は他のサイトで掲載していたものを加筆修正して、掲載します。一日、少なくとも二話は更新します。
うっかり女神さまからもらった『レベル9999』は使い切れないので、『譲渡』スキルで仲間を強化して最強パーティーを作ることにしました
akairo
ファンタジー
「ごめんなさい!貴方が死んだのは私のクシャミのせいなんです!」
帰宅途中に工事現場の足台が直撃して死んだ、早良 悠月(さわら ゆずき)が目覚めた目の前には女神さまが土下座待機をして待っていた。
謝る女神さまの手によって『ユズキ』として転生することになったが、その直後またもや女神さまの手違いによって、『レベル9999』と職業『譲渡士』という謎の職業を付与されてしまう。
しかし、女神さまの世界の最大レベルは99。
勇者や魔王よりも強いレベルのまま転生することになったユズキの、使い切ることもできないレベルの使い道は仲間に譲渡することだった──!?
転生先で出会ったエルフと魔族の少女。スローライフを掲げるユズキだったが、二人と共に世界を回ることで国を巻き込む争いへと巻き込まれていく。
※9月16日
タイトル変更致しました。
前タイトルは『レベル9999は転生した世界で使い切れないので、仲間にあげることにしました』になります。
仲間を強くして無双していく話です。
『小説家になろう』様でも公開しています。
本当の仲間ではないと勇者パーティから追放されたので、銀髪ケモミミ美少女と異世界でスローライフします。
なつめ猫
ファンタジー
田中一馬は、40歳のIT会社の社員として働いていた。
しかし、異世界ガルドランドに魔王を倒す勇者として召喚されてしまい容姿が17歳まで若返ってしまう。
探しにきた兵士に連れられ王城で、同郷の人間とパーティを組むことになる。
だが【勇者】の称号を持っていなかった一馬は、お荷物扱いにされてしまう。
――ただアイテムボックスのスキルを持っていた事もあり勇者パーティの荷物持ちでパーティに参加することになるが……。
Sランク冒険者となった事で、田中一馬は仲間に殺されかける。
Sランク冒険者に与えられるアイテムボックスの袋。
それを手に入れるまで田中一馬は利用されていたのだった。
失意の内に意識を失った一馬の脳裏に
――チュートリアルが完了しました。
と、いうシステムメッセージが流れる。
それは、田中一馬が40歳まで独身のまま人生の半分を注ぎこんで鍛え上げたアルドガルド・オンラインの最強セーブデータを手に入れた瞬間であった!

異世界転生ファミリー
くろねこ教授
ファンタジー
辺境のとある家族。その一家には秘密があった?!
辺境の村に住む何の変哲もないマーティン一家。
アリス・マーティンは美人で料理が旨い主婦。
アーサーは元腕利きの冒険者、村の自警団のリーダー格で頼れる男。
長男のナイトはクールで賢い美少年。
ソフィアは産まれて一年の赤ん坊。
何の不思議もない家族と思われたが……
彼等には実は他人に知られる訳にはいかない秘密があったのだ。
素材採取家の異世界旅行記
木乃子増緒
ファンタジー
28歳会社員、ある日突然死にました。謎の青年にとある惑星へと転生させられ、溢れんばかりの能力を便利に使って地味に旅をするお話です。主人公最強だけど最強だと気づいていない。
可愛い女子がやたら出てくるお話ではありません。ハーレムしません。恋愛要素一切ありません。
個性的な仲間と共に素材採取をしながら旅を続ける青年の異世界暮らし。たまーに戦っています。
このお話はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
裏話やネタバレはついったーにて。たまにぼやいております。
この度アルファポリスより書籍化致しました。
書籍化部分はレンタルしております。
能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?
火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…?
24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる