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第一部 ラクルス村編 第二章 禁忌の少女
9.よく頑張ったね
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「なるほどね」
僕とリラの説明を聞き終えたブシカさんは、そう言って頷いた。
「獣人と人族の子ども、確かにそれは禁忌の子だろうね。
そして、転生に女神様に200倍の力と魔力か。こっちは魔力を目の当たりにした今でも信じがたい」
まあそうだろうけど。
特に、転生うんぬんの部分はリラも目を見開いて驚いていた。そういえば彼女には話していなかったもんね。
「でも、嘘を見破れる魔法が使えるんでしょう?」
リラの言葉に、ブシカさんはフンっと鼻を鳴らして顔を背ける。
……って、ひょっとして。
僕はようやく騙されていたことに気がついた。
「もしかして、魔法で嘘を見破れるって、それこそ嘘!?」
「拷問や尋問よりもはるかに真実を聞き取りやすいんだよ。ポイントは心を読めると言わずに、あくまでも嘘を見破れると言い張ることかね」
くっそう、このばあちゃん、実はしたたかなキャラしている。
なんだかなぁ。
まあ、もう話しちゃったんだから仕方がないけど。
「王城で生き抜くために身につけた知恵さな」
……王城?
「王城って、王様の住んでいるところのこと!?」
「厳密にはそれは王宮。まあ王宮は王城の一部には違いない」
なんか、うさんくさいなぁ。
王様って、大陸の北部の王都にいるらしいけど、ブシカさんがかつてそこにいたっていわれても……
ここは大陸の南らしいし、なにより、今のブシカさんはそんな華やかな世界とは無縁の、ほとんど浮浪者のようなかっこうだ。
「10年以上前に、私の仕えていた公爵が政争に負けて暗殺されちまってね。もしも本当に私に嘘を見破れる能力があったなら、あの方を殺されはしなかったのかもしれないがね。
ま、私のことはこれ以上はいいだろ。それよりもあんたら2人のことだ」
確かに、王様とか、王城とか、今の僕らが気にしている場合じゃない。
「とりあえず」
ブシカさんは戸棚から小さな小瓶を取り出す。
小瓶にはなにやらちょっとピンク色の液体が入っていた。
その液体をいきなり僕とリラに振りかける。
「わ、わっ、なに? いきなり!?」
慌てる僕らの鼻に、スースーする匂いが漂う。
これって。
「一昨日雨が降ったし、獣人達も諦めたとは思うが、一応匂い消しだ」
香水か。
冷静に考えてみれば、確かに匂いで追われるというなら1つの手だった。
香水こそラクルス村では手に入らないが、花の匂いなり、土の匂いなり、最悪肥だめの臭いなりでごまかす方法はあったのだ。
タイミングを誤ると、逆にそのせいで追われたかもしれないが。
「さて、とりあえず、あんたらの話は信じよう。嘘を見破れると思い込んで話したことだろうからね。
もっとも、獣人の話はともかく、転生うんぬんは嘘ではないにしても、パドの妄想だという気もするがね」
妄想って……いや、確かにそう思われても仕方がない話だけどさぁ。
「さてと、ではまず、大人としてやるべきことをやるかね」
そういうとブシカさんは椅子から立ち上がり、僕らの後ろにまわった。
で。
ゴチン!!
「うわっ」
「痛っ!?」
ブシカさんの拳骨が僕とリラの頭上に落ちたのだった。
「ちょと、いきなり何するのよ!?」
抗議するリラに、ブシカさんは憤然とした表情。
「大人の義務として、無茶をした子どもを躾けるのは当然だろう」
ううう、痛い。
頭を抱えて苦しむ僕らを横目に、ブシカさんは続ける。
「まず、リラ。確かにあんたにはあまり選択肢は無かったかもしれない。
だが、だとしてラクルス村でなぜ自分よりも年下の子どもにだけ相談した?
村に迷惑をかけたくないなら黙って立ち去るべきだし、村を頼るならきちんと大人と話すべきだ。
あんたがどんなに不幸な身の上であったとしても、パドや他の子ども達を巻き込む権利まではないんだよ」
ブシカさんの言葉に、リラもしゅんっとなる。
「ごめんなさい」
さらにブシカさんは僕へ。
「そして、パド。あんたは自分の両親にどれだけ心配をかけたか、あるいは今もかけ続けているか分かっているのかい?」
その言葉に、別れ際のお父さんの顔を思い出す。
とても複雑で、でも僕のことを精一杯心配してくれていたお父さん。
そして、お母さんだ。
ようやく笑ってくれたお母さん。
そのお母さんに、僕は今ものすごく心配をかけている。
「リラを助けたい、それは結構。だが、まずは大人に相談すべきだし、女の子2人を真夜中の森に連れ出して、獣人以前に遭難したらどうするつもりだったんだ?
まして、なんだかよく分からない謎の存在の言葉に従って、死んだふりをするために崖から飛び降りるなど、無茶苦茶だ。
論理性のカケラもないヤケッパチな行動としかいいようがないね」
うううぅ。
「でも、ほかにどうにも……」
「ラクルス村の村長なら私も何度か会ったことがある。確かに厳しい側面もあるが、基本的には善良な老人だ。最初からあんたらが彼に相談しておけば、村には置けないまでもどこかの洞窟なりに匿うくらいはしただろうさ」
あの時は、村を危なくしてまでリラを助けてはくれないだろうと思ったけど、村長や大人たちに相談すれば、村もリラも助かるもっと確実な方法だって見つかったかもしれない。
「そして、崖に追い詰められたときも、それだけの力があるならばそんなワケの分からんヤツの言葉に従うよりも、とにかく逃げることだ。それこそ、川を泳ぐなりすれば匂いも追いにくくなるだろう。
もしも、魔法が上手く発動しなかったら? 気絶したとき私が見つけなかったら? 代わりに獣や盗賊に見つかっていたら? 今頃自分たちがどうなっていたか考えてみなさい」
うう。
「要するに、あんた達は誰を信頼し、誰を疑うべきかを間違っていたのさ。
まず信頼すべきはパドの両親であり、ラクルス村の村長であり、そして自分自身なんだよ。自分より幼い子どもや、まして闇の世界の何某なんてのに頼る時点で間違っている」
もはや、一言も返せず、俯いて縮こまるしかない僕ら。
ブシカさんの言うとおりだった。
村で僕はリラに対して、偉そうに『僕やジラが一生良心の呵責に苦しんでもいいのか』なんて言った。
今、僕のお父さんやお母さん、村長、それにスーンやジラやテルは、自分たちのせいで僕やリラが死んでしまったと苦しんでいるかもしれない。
それは全部、僕らの浅はかな行動のせいだ。
自分でリラに言ったことなのに。
「ごめんなさい」
僕は俯いて言った。
気がつくと、涙を流していた。
両親や村長に申し訳ないと思う気持ち。
同時に、一所懸命頑張ったのにこんな風に言われて悔しい気持ち。
だけど、自分の全力は結局空回りしていただけなんだと情けなくなる気持ち。
色々な気持ちがごちゃまぜになって、僕は――僕とリラはぽろぽろと涙を流し続けていた。
そんな僕らに、今度は優しく語りかけるブシカさん。
「だけどね、よく頑張ったよ。大人に追われ、呪われた運命にあらがい、ここまでよくたどり着いた」
ブシカさんは優しく、僕ら2人を抱擁する。
――え?
その変わり身の早さに、僕とリラは目を白黒させる。
リラがブシカさんの顔を見上げて問う。
「怒っていたんじゃないの?」
「怒っているし、心配もしているし、そして同情もしているさ。
さっきの言葉は全部本当。あんたたちはたくさん選択肢を間違えているし、そのために他人を巻き込み、他人に心配をかけ、なによりも自分たちの命を危険に晒した。そのことは大いに反省しなくちゃいけない。
だけどね……」
ブシカさんはそこで言葉を句切る。
「……極限の状態に置かれた人間が、そう簡単に正しい道なんて選べるものじゃない。
少なくとも、あんたら2人はまだ生きている。決定的な選択肢を誤って、かつての主を失った私とは違う。
その小さな体で辛かっただろうに。よく頑張ったね」
そういって、僕らをギュッと抱きしめるブシカさん。
――ああ、そうか。
――この人はとても優しい人なんだ。
だからこそ、僕らの無茶に怒ってくれた。
今回助かったからと、また同じような無謀な行動を繰り返さないように。
怒った上で、こうして抱きしめてくれる。
見ず知らずの僕らが立ち直れるように。
この人は、とても良い人だ。
そして、村長も、僕の両親も、良い人達だ。
そんなこと、僕は分かっていたのに。
それなのに、僕は大人たちを頼らず、無茶苦茶なことをしてしまった。
リラを助けようとしたと言えば聞こえは良いけど、結局助けられていない。
ルシフとブシカさんのおかげで結果として助けられただけだ。
しかも、ブシカさんはともかく、ルシフは頼るべき相手じゃない。
あんな怪しげな存在の力を借りておいて、『リラ、僕を信じてもらえますか?』とかお笑い種だ。
「ごめんなさい。ありがとうございます」
僕らはそう言い続け、ブシカさんの胸の中で泣き続けた。
僕とリラの説明を聞き終えたブシカさんは、そう言って頷いた。
「獣人と人族の子ども、確かにそれは禁忌の子だろうね。
そして、転生に女神様に200倍の力と魔力か。こっちは魔力を目の当たりにした今でも信じがたい」
まあそうだろうけど。
特に、転生うんぬんの部分はリラも目を見開いて驚いていた。そういえば彼女には話していなかったもんね。
「でも、嘘を見破れる魔法が使えるんでしょう?」
リラの言葉に、ブシカさんはフンっと鼻を鳴らして顔を背ける。
……って、ひょっとして。
僕はようやく騙されていたことに気がついた。
「もしかして、魔法で嘘を見破れるって、それこそ嘘!?」
「拷問や尋問よりもはるかに真実を聞き取りやすいんだよ。ポイントは心を読めると言わずに、あくまでも嘘を見破れると言い張ることかね」
くっそう、このばあちゃん、実はしたたかなキャラしている。
なんだかなぁ。
まあ、もう話しちゃったんだから仕方がないけど。
「王城で生き抜くために身につけた知恵さな」
……王城?
「王城って、王様の住んでいるところのこと!?」
「厳密にはそれは王宮。まあ王宮は王城の一部には違いない」
なんか、うさんくさいなぁ。
王様って、大陸の北部の王都にいるらしいけど、ブシカさんがかつてそこにいたっていわれても……
ここは大陸の南らしいし、なにより、今のブシカさんはそんな華やかな世界とは無縁の、ほとんど浮浪者のようなかっこうだ。
「10年以上前に、私の仕えていた公爵が政争に負けて暗殺されちまってね。もしも本当に私に嘘を見破れる能力があったなら、あの方を殺されはしなかったのかもしれないがね。
ま、私のことはこれ以上はいいだろ。それよりもあんたら2人のことだ」
確かに、王様とか、王城とか、今の僕らが気にしている場合じゃない。
「とりあえず」
ブシカさんは戸棚から小さな小瓶を取り出す。
小瓶にはなにやらちょっとピンク色の液体が入っていた。
その液体をいきなり僕とリラに振りかける。
「わ、わっ、なに? いきなり!?」
慌てる僕らの鼻に、スースーする匂いが漂う。
これって。
「一昨日雨が降ったし、獣人達も諦めたとは思うが、一応匂い消しだ」
香水か。
冷静に考えてみれば、確かに匂いで追われるというなら1つの手だった。
香水こそラクルス村では手に入らないが、花の匂いなり、土の匂いなり、最悪肥だめの臭いなりでごまかす方法はあったのだ。
タイミングを誤ると、逆にそのせいで追われたかもしれないが。
「さて、とりあえず、あんたらの話は信じよう。嘘を見破れると思い込んで話したことだろうからね。
もっとも、獣人の話はともかく、転生うんぬんは嘘ではないにしても、パドの妄想だという気もするがね」
妄想って……いや、確かにそう思われても仕方がない話だけどさぁ。
「さてと、ではまず、大人としてやるべきことをやるかね」
そういうとブシカさんは椅子から立ち上がり、僕らの後ろにまわった。
で。
ゴチン!!
「うわっ」
「痛っ!?」
ブシカさんの拳骨が僕とリラの頭上に落ちたのだった。
「ちょと、いきなり何するのよ!?」
抗議するリラに、ブシカさんは憤然とした表情。
「大人の義務として、無茶をした子どもを躾けるのは当然だろう」
ううう、痛い。
頭を抱えて苦しむ僕らを横目に、ブシカさんは続ける。
「まず、リラ。確かにあんたにはあまり選択肢は無かったかもしれない。
だが、だとしてラクルス村でなぜ自分よりも年下の子どもにだけ相談した?
村に迷惑をかけたくないなら黙って立ち去るべきだし、村を頼るならきちんと大人と話すべきだ。
あんたがどんなに不幸な身の上であったとしても、パドや他の子ども達を巻き込む権利まではないんだよ」
ブシカさんの言葉に、リラもしゅんっとなる。
「ごめんなさい」
さらにブシカさんは僕へ。
「そして、パド。あんたは自分の両親にどれだけ心配をかけたか、あるいは今もかけ続けているか分かっているのかい?」
その言葉に、別れ際のお父さんの顔を思い出す。
とても複雑で、でも僕のことを精一杯心配してくれていたお父さん。
そして、お母さんだ。
ようやく笑ってくれたお母さん。
そのお母さんに、僕は今ものすごく心配をかけている。
「リラを助けたい、それは結構。だが、まずは大人に相談すべきだし、女の子2人を真夜中の森に連れ出して、獣人以前に遭難したらどうするつもりだったんだ?
まして、なんだかよく分からない謎の存在の言葉に従って、死んだふりをするために崖から飛び降りるなど、無茶苦茶だ。
論理性のカケラもないヤケッパチな行動としかいいようがないね」
うううぅ。
「でも、ほかにどうにも……」
「ラクルス村の村長なら私も何度か会ったことがある。確かに厳しい側面もあるが、基本的には善良な老人だ。最初からあんたらが彼に相談しておけば、村には置けないまでもどこかの洞窟なりに匿うくらいはしただろうさ」
あの時は、村を危なくしてまでリラを助けてはくれないだろうと思ったけど、村長や大人たちに相談すれば、村もリラも助かるもっと確実な方法だって見つかったかもしれない。
「そして、崖に追い詰められたときも、それだけの力があるならばそんなワケの分からんヤツの言葉に従うよりも、とにかく逃げることだ。それこそ、川を泳ぐなりすれば匂いも追いにくくなるだろう。
もしも、魔法が上手く発動しなかったら? 気絶したとき私が見つけなかったら? 代わりに獣や盗賊に見つかっていたら? 今頃自分たちがどうなっていたか考えてみなさい」
うう。
「要するに、あんた達は誰を信頼し、誰を疑うべきかを間違っていたのさ。
まず信頼すべきはパドの両親であり、ラクルス村の村長であり、そして自分自身なんだよ。自分より幼い子どもや、まして闇の世界の何某なんてのに頼る時点で間違っている」
もはや、一言も返せず、俯いて縮こまるしかない僕ら。
ブシカさんの言うとおりだった。
村で僕はリラに対して、偉そうに『僕やジラが一生良心の呵責に苦しんでもいいのか』なんて言った。
今、僕のお父さんやお母さん、村長、それにスーンやジラやテルは、自分たちのせいで僕やリラが死んでしまったと苦しんでいるかもしれない。
それは全部、僕らの浅はかな行動のせいだ。
自分でリラに言ったことなのに。
「ごめんなさい」
僕は俯いて言った。
気がつくと、涙を流していた。
両親や村長に申し訳ないと思う気持ち。
同時に、一所懸命頑張ったのにこんな風に言われて悔しい気持ち。
だけど、自分の全力は結局空回りしていただけなんだと情けなくなる気持ち。
色々な気持ちがごちゃまぜになって、僕は――僕とリラはぽろぽろと涙を流し続けていた。
そんな僕らに、今度は優しく語りかけるブシカさん。
「だけどね、よく頑張ったよ。大人に追われ、呪われた運命にあらがい、ここまでよくたどり着いた」
ブシカさんは優しく、僕ら2人を抱擁する。
――え?
その変わり身の早さに、僕とリラは目を白黒させる。
リラがブシカさんの顔を見上げて問う。
「怒っていたんじゃないの?」
「怒っているし、心配もしているし、そして同情もしているさ。
さっきの言葉は全部本当。あんたたちはたくさん選択肢を間違えているし、そのために他人を巻き込み、他人に心配をかけ、なによりも自分たちの命を危険に晒した。そのことは大いに反省しなくちゃいけない。
だけどね……」
ブシカさんはそこで言葉を句切る。
「……極限の状態に置かれた人間が、そう簡単に正しい道なんて選べるものじゃない。
少なくとも、あんたら2人はまだ生きている。決定的な選択肢を誤って、かつての主を失った私とは違う。
その小さな体で辛かっただろうに。よく頑張ったね」
そういって、僕らをギュッと抱きしめるブシカさん。
――ああ、そうか。
――この人はとても優しい人なんだ。
だからこそ、僕らの無茶に怒ってくれた。
今回助かったからと、また同じような無謀な行動を繰り返さないように。
怒った上で、こうして抱きしめてくれる。
見ず知らずの僕らが立ち直れるように。
この人は、とても良い人だ。
そして、村長も、僕の両親も、良い人達だ。
そんなこと、僕は分かっていたのに。
それなのに、僕は大人たちを頼らず、無茶苦茶なことをしてしまった。
リラを助けようとしたと言えば聞こえは良いけど、結局助けられていない。
ルシフとブシカさんのおかげで結果として助けられただけだ。
しかも、ブシカさんはともかく、ルシフは頼るべき相手じゃない。
あんな怪しげな存在の力を借りておいて、『リラ、僕を信じてもらえますか?』とかお笑い種だ。
「ごめんなさい。ありがとうございます」
僕らはそう言い続け、ブシカさんの胸の中で泣き続けた。
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