上 下
14 / 201
第一部 ラクルス村編 第一章 ラクルス村のパドくんはチートが過ぎて大変です

11.お母さんの笑顔

しおりを挟む
「お母さん、お話があります」

 崖の上でお父さんとお互いの秘密を明かし合った後。
 僕らは家に帰ってからお母さんに僕の秘密を話すことにした。

 お父さんと違って、お母さんはすでに僕のことを怖がっている。
 そんな状態で、さらに前世や呪いチートのことを話したらもっと状況は悪くなるかもしれない。

 でも、お父さんは言ったんだ。

「俺はサーラにも謝らなくちゃいけない。お前が産まれた日、サーラの言葉を信じてやることができなかった。サーラは1人で得体の知れない恐怖におびえていたのに」

 お父さんの言葉はもっともだと思う。
 そして、謝らなくちゃいけないのは僕もだ。

 僕がきちんと話をしていればお母さんは、少なくとも1人で恐怖におびえる必要なんてなかったのだから。
 その結果、僕が家や村を追い出されたとしてもだ。

「サーラ、これは重要なことだ。頼む、話を聞いてくれ」

 お母さんは小さく頷いた。

 ---------------

 家の小さな机を囲んで。
 僕たちは家族3人で話をすることになった。
 前世でも今世でも、こうやって家族で向かい合って真剣な話し合いをするのは初めてだ。
 緊張する一方で、どこか『嬉しいな』と感じている自分がいるのが不思議だ。

「最初に言わなくちゃいけないのは、僕が産まれた日のことです。
 あの日お母さんが見た、立ち上がった僕の姿は幻なんかじゃありません」

 僕の言葉に、うつむいていたお母さんは顔を上げた。

「どういうこと?」

 お母さんに聞かれ、僕は話し出す。
 前世のこと、転生のこと、チートのこと。
 お母さんは黙ったまま、それでも確かに聞いてくれた。

 そして、お父さんと僕はお母さんに謝罪の言葉を言う。

「……だから、俺はサーラに謝らなくてはならない。
 お前は幻を見たわけじゃない。あの日、俺に必死に訴えていたことは事実だったんだ。
 俺はそれを信じることができなかった。妻の言葉を切り捨てたんだ。心から申し訳なかったと思う。すまない」
「僕も、お母さんが苦しんでいるのを知っていたのに、ずっと秘密にしていました。本当にごめんなさい」

 僕たち2人の話を最後まで聞き終えて、お母さんは両手を膝の上でギュッと握りしめた。

 そして語り出す。
 お母さんの本当の気持ちを。

「私、ずっと自分の頭がおかしくなったんじゃないかと思っていた。
 赤ん坊が立ち上がるなんて、普通ありえない。みんなが私の見間違いだと言うのも当たり前だと思ったから。
 でも、自分の見たことが幻だとはどうしても思えなくて。だから、きっと私は心を病んでいるんだって思っていた」

 淡々と。
 でもしっかりとした口調で。
 お母さんは自分の想いを僕らに話してくれた。

「違います。お母さんが見たのは幻なんかじゃありません」
「ええ、そうだったのね。
 でも、私はずっと自分の心が信じられなかった。それで、パドのことも、バズのことも受け入れられなくなったの。
 だって、心のおかしい女が子育てしたり、もう1人子どもを作ったりなんてするべきじゃないと思ったから」

 その言葉が僕の心にズンと突き刺さる。

 僕はなんてバカだったんだ。
 なんてくだらない思い込みをしていたんだ。
 家族と幸せになりたいなんて思っていながら、どうしてこんなとんでもない大間違いをしていたんだ。

 お母さんは僕を恐れ、嫌っているのだと思っていた。
 それで、僕と話をしたがらないのだと。
 だからこそ、お父さん以上にお母さんには秘密を明かしたくなかった。

 だけど違った。
 お母さんはずっと自分自身を信じられなかったんだ。
 お母さんが恐れていたのは、ということだった。
 自分は頭がおかしいから子育てをしてはいけないんじゃないかってずっと悩んでいた。

 全部僕のチートのせいで。

 いや違う。
 チートのせいなんかじゃない。
 僕がだ。

「ごめんなさい、お母さん、本当にごめんなさい」

 僕は、お父さんと話したときとは違った意味で涙をボロボロ流した。

「パド、私こそごめんなさい。7年間、母親としてするべきことを、ずっとしなかった。本当にごめんなさい。あなたが苦しんでいたのに、母親として気づけなかった」

 お母さんはそう言って僕を抱きしめてくれた。

「僕は……ここにいてもいいんですか?」
「当たり前じゃない!! あなたは私とバズの子どもよ」
「本当に? 僕は前世の記憶を……」
「前のご両親ができなかった分も、私たちがあなたを幸せにしてみせる」
「お母さん……」

 お母さんは僕を力一杯抱きしめてくれた。
 僕も同じようにしたいけど、自分の力を考えるとできないのが悔しい。

「そうだぞ、パド、色々あったけど、俺たち3人は家族だ。これから、1つずつ家族の形を作っていけばいい」

 お父さんも言う。

「はい」
「パドの秘密が分かった以上、俺も、もう二度と浮気なんてしない。誓うよ」
「はい……」

 ……って、え?

「……浮気は僕の秘密と関係なくないですか?」

 僕は涙もそこそこに、思わずツッコむ。

「そうね、それは関係ないわね」

 お母さんも同意する。

「っていうか、浮気は100%お父さんが悪いですよね」
「ええ、間違いなくそうね」

 僕とお母さんは涙を拭きながらジト目でお父さんを見る。

「え、いや、なに? この話し合い、最後はそういう流れなのか!?」

 慌てるお父さん。

「いや、だって……」
「ねぇ?」
「浮気はダメですよね」
「それをパドの秘密のせいにするとか……。さすがに男らしくないとしかいいようがないわ」

 僕とお母さんが口々に言う。

「ちょ、いや、あの、確かにそうだけど、でも、そこには男としての肉体的な欲望とか、そういう……」

 お父さんがひたすら言い訳を続ける。

「肉体的な欲望って……子どもの前で何を言っているのよ」
「いや、だって、パドは前世の記憶を持っているわけで……」

 とがめるお母さんにお父さんがさらにイイワケする。

「前世って言っても11歳で死にましたから、そんな欲望持ったことないです」
「うっ」
「そもそも肉体的な欲望って……もう、妻として聞いているだけで恥ずかしいわね」
「ううっ!?」

 引きつった顔で文字通り、椅子ごと後ずさるお父さん。

「そうそう、お母さん。お父さんってば結婚前日に崖の上から街に向かって……」
「うわぁぁぁぁ、それは秘密って言っただろう!?」
「でも、お母さんには僕の秘密も話したんですから、お父さんの秘密も話していいと思います」
「いや、パド、それ、どういう理屈!?」

 お父さんが慌てるが、もちろん僕は知ったことではない。

「何々? 結婚前日に何があったの?」
「崖の上から都に向かっておしっこして世界を征服した気分に浸ったそうです」
「……はぁ?」
「どうも、昔は冒険者にあこがれていたらしくて、結婚への踏ん切りのためだったとか」

 僕がそこまで言うと、お母さんは声を上げて笑い出した。

「なによそれ、おかしい。バカみたいっ」

 お母さんは心の底から楽しそうに笑った。
 それは、産まれて7年間、一度も見たことがなかったお母さんの笑顔だった。

「バカみたいって、男の夢をお前は……」

 お父さんの言葉にも、お母さんは笑顔のままで。
 つられて僕も笑って。

 だから、僕もお母さんと一緒に笑って。
 7年分――いや、18年分、笑いまくって。

 笑って、笑って、笑い疲れて。
 この笑顔をずっと大切にしたいって思って。

 だから、僕はこのときこう思ったんだ。

『僕たちの家族はきっとこれから幸せになれる』

 その後僕の家族に訪れる残酷な運命なんて想像もせずに。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します

潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。

【完結】神様と呼ばれた医師の異世界転生物語 ~胸を張って彼女と再会するために自分磨きの旅へ!~

川原源明
ファンタジー
 秋津直人、85歳。  50年前に彼女の進藤茜を亡くして以来ずっと独身を貫いてきた。彼の傍らには彼女がなくなった日に出会った白い小さな子犬?の、ちび助がいた。  嘗ては、救命救急センターや外科で医師として活動し、多くの命を救って来た直人、人々に神様と呼ばれるようになっていたが、定年を迎えると同時に山を買いプライベートキャンプ場をつくり余生はほとんどここで過ごしていた。  彼女がなくなって50年目の命日の夜ちび助とキャンプを楽しんでいると意識が遠のき、気づけば辺りが真っ白な空間にいた。  白い空間では、創造神を名乗るネアという女性と、今までずっとそばに居たちび助が人の子の姿で土下座していた。ちび助の不注意で茜君が命を落とし、謝罪の意味を込めて、創造神ネアの創る世界に、茜君がすでに転移していることを教えてくれた。そして自分もその世界に転生させてもらえることになった。  胸を張って彼女と再会できるようにと、彼女が降り立つより30年前に転生するように創造神ネアに願った。  そして転生した直人は、新しい家庭でナットという名前を与えられ、ネア様と、阿修羅様から貰った加護と学生時代からやっていた格闘技や、仕事にしていた医術、そして趣味の物作りやサバイバル技術を活かし冒険者兼医師として旅にでるのであった。  まずは最強の称号を得よう!  地球では神様と呼ばれた医師の異世界転生物語 ※元ヤンナース異世界生活 ヒロイン茜ちゃんの彼氏編 ※医療現場の恋物語 馴れ初め編

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

異世界で俺だけレベルが上がらない! だけど努力したら最強になれるらしいです?

澤檸檬
ファンタジー
旧題 努力=結果  異世界の神の勝手によって異世界に転移することになった倉野。  実際に異世界で確認した常識と自分に与えられた能力が全く違うことに少しずつ気付く。  異世界の住人はレベルアップによってステータスが上がっていくようだったが、倉野にだけレベルが存在せず、行動を繰り返すことによってスキルを習得するシステムが採用されていた。  そのスキル習得システムと異世界の常識の差が倉野を最強の人間へと押し上げていく。  だが、倉野はその能力を活かして英雄になろうだとか、悪用しようだとかそういった上昇志向を見せるわけでもなく、第二の人生と割り切ってファンタジーな世界を旅することにした。  最強を隠して異世界を巡る倉野。各地での出会いと別れ、冒険と楽しみ。元居た世界にはない刺激が倉野の第二の人生を彩っていく。

異世界転生~チート魔法でスローライフ

リョンコ
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。 43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。 その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」 大型連休を利用して、 穴場スポットへやってきた! テントを建て、BBQコンロに テーブル等用意して……。 近くの川まで散歩しに来たら、 何やら動物か?の気配が…… 木の影からこっそり覗くとそこには…… キラキラと光注ぐように発光した 「え!オオカミ!」 3メートルはありそうな巨大なオオカミが!! 急いでテントまで戻ってくると 「え!ここどこだ??」 都会の生活に疲れた主人公が、 異世界へ転生して 冒険者になって 魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。 恋愛は多分ありません。 基本スローライフを目指してます(笑) ※挿絵有りますが、自作です。 無断転載はしてません。 イラストは、あくまで私のイメージです ※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが 少し趣向を変えて、 若干ですが恋愛有りになります。 ※カクヨム、なろうでも公開しています

欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します

ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!! カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

処理中です...