神様、ちょっとチートがすぎませんか?

ななくさ ゆう

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第一部 ラクルス村編 第一章 ラクルス村のパドくんはチートが過ぎて大変です

7.初めての戦い、いくつもの恐怖

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 気がつくと、僕は宙を跳んでいた。

「う、うわぁぁぁあ!」

 正直予想外だ。
 自分の力が尋常じゃないとはわかっていた。だが、いくらなんでも一蹴りでここまで高く、風を切るように進むとは。
 ぶっちゃけ怖い。
 っていうか、これ着地するだけで怪我するんじゃないか!?

 それに、僕が踏みしめた地面には巨大な穴――というよりクレーター――ができている。ジラもそれに巻き込まれたみたいだ。

 彼の無事を確認するいとまもなく、僕はアベックニクスに肉薄する。
 さすがの獣もこれには驚き戸惑ったのか、こちらに身構えることもできないでいる。
 僕はアベックニクスの横……を通り越して、川の向こう岸までひとっ跳び。
 着地点にも大きなクレーターを作ってしまった。

 ……って、おい。

 とりあえず、着地で怪我はしなかったけど通り過ぎてどうする!?
 僕は慌てて自分が作ったクレーターから出る。

 戦場に乱入し、そしてそのまま通り過ぎた僕を、呆然とした表情でテルとキド、それにアベックニクスが見る。
 なんだか、空気が固まったような、唖然とした雰囲気がいたたまれない。

 しかたないだろっ。
 いくらなんでも一蹴りでこんなに跳ぶなんて思わなかったんだからっ!!

 向こう岸では、僕と同じようにジラが穴から出てきた。とりあえず彼が無事だったのは嬉しいけど、このなんとも言えない空気どうしてくれよう。
 妙な感じになったその場の空気を再び動かしたのはジラの声だった。

「すげー、パド、お前すげーじゃんっ」

 心底興奮した表情で僕をたたえるジラ。
 一方、テルとキドは困惑と恐怖が入り交じった表情で僕を見つめていた。。

「パド、お前……」

 そうだよね。
 いきなりこんな力を見せたら、みんな怖がるよね。
 それが分かっているから、僕は産まれながらのチートを必死に隠して7年間生きてきたんだ。

 あの日、産まれたばかりで立ち上がった僕を指さして悲鳴を上げ気絶したお母さん。
 その顔は忘れられない。トラウマといってもいい記憶だ。
 テルやキドが僕に向けるまなしは、あの日のお母さんととても似ている。

 ――取り返しのつかないことをしたかもしれない。
 ――ずっと隠してきたのに。

 僕がずっと恐れていたこと。
 村の皆が僕を恐れ、排除しようとする未来像。
 バケモノと罵られ、村から追い出されるビジョン。
 その想像は、目の前のアベツクニクスなんかよりずっと恐ろしくて。

 ――だけど。

 テルやキドやジラを見捨てるよりはマシだ。
 そう信じよう。

「テル、キド、その場から離れてください。あとは僕がやります」

 僕の言葉に、キドは困惑顔。

「え? でも……」

 そんなキドの手を、テルが引っ張る。

「今はパドに任せよう」
「あ、えっと、うん」

 キドもハッとなり、2人はともにジラの方に走り出す。
 ありがとう、テル。

 僕はあらためてアベックニクスと向き合った。
 ヤツも、僕に向き直り、その太く、長く、鋭いつのを向ける。

 ――怖い。

 さきほど想像した未来とはまた違った、今目の前にある現実から感じる恐怖。
 いくらチートを持っていても、あのつので貫かれたらきっと死ぬだろう。
 勢いで飛び出したけど、これは命がけの戦いだ。
 怖いに決まっている。

 ――だけど。

 キドもテルもその恐怖と対峙した。
 ジラも戦おうとしたんだ。
 僕みたいなチートもないのに。

 ――やってやる。
 ――やってやるさ。
 ――おねーさん女神様のミスだろうがなんだろうが、僕には力があるんだ。

「ぐぉぉぉ~ん」

 その日、1番のアベックニクスの咆哮。
 ヤツが一気に突進してくる。

 僕は膝を曲げ足下の大きめの石を拾おうとし――しかし、石は手の中で粉々になった。
 興奮して、力加減を間違えたらしい。
 いくら何でも、チートが過ぎるだろっ!!

 別の石を拾うひまはない。
 アベックニクスは目の前に迫っている。

「くっ」

 目の前に突きつけられるつの
 僕の小さな体なんて一刺しで終わりそうだ。

 僕は半ばパニックになりつつ、反射的に両手を振り回して防ごうとし――

 ――次の瞬間、アベックニクスの2本のつのが粉々に砕け散った。

 ---------------

 一瞬、何が起こったのか――いや、自分が何をしたのか分からなかった。
 目の前のアベックニクスは苦しげにうめき、そして憎々しげにこちらを睨む。
 そのひたいには、もうつのはない。
 折れ曲がったのではなく、粉塵となって散った。

 僕の拳だけで。

 ――こんな。
 ――ここまでなの?

 僕は自分の力に戦慄する。

 ただ防ごうとしただけなのに。
 わけもわからず振り回した拳が当たっただけなのに。

 僕の手は無事で、恐ろしい獣のつのが粉砕された。

 ――なんだよ。
 ――なんなんだよ、これっ!?

 もしも、村の誰かと喧嘩して防御しようとしたら、それだけで相手を骨折させてしまう。
 さっき、ジラを押したとき少し間違えていたら、彼を殺してしまっていたかもしれない。

 ――怖い。
 アベックニクスよりもずっと、僕自身が。
 僕自身の力が。
 恐ろしくて恐ろしくて。
 泣き叫びたいくらい恐ろしくて。

 だから、僕は一瞬忘れていた。
 目の前の脅威がまだ過ぎ去っていないことを。

 気づく余裕すらなかった。
 アベックニクスが怒りの形相で、牙をむいて襲いかかって来たことに。

 自分の力に恐怖し、我を忘れていた僕の意識を寸前のところで意識を呼び戻したのは、テルが上げた叫び声だった。

「パドっ!! まだだ!!」

 ハッと気がついたとき、ヤツの牙は僕の眼前に迫っていた。

 ――くそっ。
 ――僕は何をやっているんだ。

 恐怖も困惑も後悔も、今すべきことじゃない。
 今すべきことはっ!!

 僕は右手を握りしめ、アベックニクスの顔面に叩きつけた。
 僕の拳はアベックニクスの皮膚を、肉を、頭蓋骨を打ち砕く。
 やつの顔面のほとんどが肉塊となって飛び散り、僕の手と顔にどす黒く生ぬるいヤツの血液がまとわりつく。

 首から上を失ったアベックニクスの身体は、そのまま力なく横倒しになる。

 ---------------

 僕の初めての戦いは、こうして終わった。
 だけど、これは始まりに過ぎなかったんだ。
 いや、後々の展開を考えれば、まだ何も始まっていなかったのかもしれない。

 このとき、まだ僕は何も分かっていなかった。
 自分の力の意味も。
 それがもたらす世界への影響も。
 これから僕らに襲いかかる残酷な現実も。

 その時の僕は、ただただ目の前の脅威が去ったことにホッとしつつ、自分の力を皆にどう説明したものかと悩んでいただけだった。

 僕の平和な村人生活はまだ続くと信じていて。
 だから、後日、僕は大きな後悔に苛まれることになる。
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七草裕也の小説
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