上 下
76 / 101
第4章

第76話 王国帰りの剣士

しおりを挟む
「道場が騒がしいから来てみたけど、これはどういう事かしら」

 副師範代以下の者達が、腕や腹を押さえて道場の隅に蹲っている。道場の中央には女剣士が一人座る。

「お嬢。あの剣士の共を選ぶため試合をしておりましたが、副師範代が破れ残るは師範代のみ。試合をするか吟味しているところです」

 なるほど、剣士一人に師範代まで破れるとなると、この道場の権威に関わると言う事ね。師範はお父様だけど実質の最強の者は師範代となる。道場破りなら看板を持っていかれると言うところまで追い込まれたのね。

「面白いわ。それなら私と勝負しなさい」

「そなたはこの道場の者か」

「私は師範の娘。でも道場に所属していないの。女は副師範代までにしかなれないじゃない。でも私がこの道場最強よ」

 女というだけで下に見られる。それに私は1本角だ。侮られて道場で稽古するよりも師範であるお父様に教えてもらい自力で稽古した方がいい。私は武士になるつもりはないけど、今ではこの道場で私に敵う者はいない。

「ならば試合ってもらえるか。拙者は共を連れて行く気は御座らん。そなたに勝ち、出立いたす所存」

「この田舎侍が。この私に勝つつもりなの。まあ、いいわ。お父様、よろしいでしょうか」

「そうだな、日も暮れてきた。これを最後の試合としよう」

 これで勝っても負けても、この道場には傷がつかない。
副師範代を打ち負かすとは、それなりの実力者のようだけど、一撃で決めてあげるわ。

「始め」

 審判をする師範代から声がかかる。心を落ち着かせて斬り込む。木刀がぶつかる音がする。

「そんな!! なんであんたが受け止められるのよ」

 これは奥義、かすみ。お父様より授けられた剣技。この道場でだれも使う事ができない技だ。
それを初見で受け止められた。

 女剣士が懐に入ろうと間合いを詰めてくる。下がりながら剣を受けるけど、何なのこの動きは! 相手の体が2重3重にブレて見える。私のかすみも体がブレて見えると言われるけど、その比じゃないわ。

 こちらから撃ち込んでも体を捕らえることができず空振りになる。幻術なの?

 何とかこらえて体勢を立て直す。女剣士の動きが止まったと思った瞬間、持っていた剣が消えた。そして下から影のような物だけが見えた。剣筋は見えないけど受け止めなくちゃ。

 いや。だめだ!!

 それは直観。これを受けても斬られる!
私は持っている剣を手放し、後ろに飛び退く。天井まで跳ねあげられた剣が重い音で道場の床に落ちてきた。

「まさか剣圧で人を斬るなんてことが……」

 飛び退いた私の腹から胸にかけて剣圧が掠めた。道着は切り裂かれ、剣が当たった訳ではないが確かに斬られた感覚に私は床に腰から崩れ落ちた。冷汗が止まらない。

「拙者は、これにて失礼仕る」

 女剣士が去った後、道場は静寂に包まれ、今までの喧騒が嘘のようだ。居住まいを正してお父様に尋ねる。

「あの者はいったい誰なのですか?」

「王国より帰国し、これより特使としてアンデシン国へと向かわれる。セイラン殿と申される方だ」

 王国帰りの女剣士。新大陸は未知の場所。そこを旅してきたからあれほど強いと言うの。

「それで、共も連れず一人で他国へ行くと言うのですか」

「それがセイラン殿の希望だからな」


 アンデシン国へ向かう日。

「あなた、セイランって言うそうね。私はイズルナ。アンデシン国まで付いて行く事になったわ」

「拙者には共は要らぬと申したはずだが」

「足手まといにはならないわ」

「拙者は未熟者ゆえ、そなたを守る事はできぬぞ」

「ほんと未熟者ね。父様はあなたの共を選べと老中ゼケレス様に言われたそうじゃない。共を見つけられませんでしたじゃ面目が立たないでしょう」

 つべこべ言うセイランと一緒に国境まで行くという馬車に乗り込む。

「あなたは共も付けずに一人で行くのでしょう。私は勝手にあなたに付いて行くだけ。だから気にしないでいいわよ」

「なぜ拙者に付いて来るなどと……」

「あなたに付いていけば、私は強くなれる気がするの。道場で見たあなたの強さを知るためよ」

「それは買被りであろう」

「それに前回、首都までいった者の記録が私の道場には残っているのよ。少しはセイランの役に立てるわ」

 前回アンデシン国へ赴いた者の中に、我が門下の者がいた。その記録を読んで、まとめた物を持ってきている。幕府からは地図ももらっているそうだし、私達二人なら目的地に辿り着けるわ。

「アンデシン国はほとんどが魔の森に覆われた国。首都までは馬でも10日以上の道程みちのりと聞く。御家族が心配されるであろう」

「父様には、娘は死んだものと思ってくれと言ってあるわ。家は弟が継ぐから心配は無用よ」

 ここから国境までは、5日の馬車の旅となる。

「イズルナ殿は……」

「私の事はイズルナと呼んでもらえる。失礼だけど私もセイランと呼ばせてもらうわ。この先は危険な道を通らないとダメなのよ。お互い遠慮があっちゃ危険でしょう」

「では、イズルナ。これから向かうアンデシン国、そこに住む木の精霊族と称されるドリュアス族の王の事について何かご存じか」

「前回は、王には会えなかったそうよ」

「会えなかった? 失敗したと言う事か」

「いいえ、首都メレシルに到着したそうだけど、街に入ったところの門番に書状を渡す事しかできなかったと。10人送り出しその半数しか帰って来れなかったとも書いてあったわ」

「今回は、ビラマニ国との仲介を頼むもの。主たる方にお会いして色よい返事をいただかねばならぬ」

「そうよね。でもドリュアス族は長寿で森を愛し思慮深き方々らしいわね。そんな人達の考えは私には分からないわ。出たとこ勝負でしょうね」

 これから行くアンデシン国は神秘の国。でも私達と接点が無いわけでもない。敵対しているビラマニ国とも接点がある。中立ではあるが武力的に弱くはない。過去、ビラマニ国が侵攻した事があったそうだけど、凄まじい魔法攻撃を受け大敗したと言う。

 幕府はドリュアス族の王に仲介を頼むらしい。適任ではあるけど話し合いで解決すると言う事は、こちらの言い分が全て通る訳ではない。譲歩するのを承知の上で仲介を頼むことになる。それだけに王には直接お会いし話をして、こちらが不利にならないようにする必要がある。

「でも、まずは首都に到着しない事には話にならないわ」

 確率は2分の1。最悪、私かセイランのどちらかが首都へ行き、書状を渡せればそれでいい。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

外れスキル《コピー》を授かったけど「無能」と言われて家を追放された~ だけど発動条件を満たせば"魔族のスキル"を発動することができるようだ~

そらら
ファンタジー
「鑑定ミスではありません。この子のスキルは《コピー》です。正直、稀に見る外れスキルですね、何せ発動条件が今だ未解明なのですから」 「何てことなの……」 「全く期待はずれだ」 私の名前はラゼル、十五歳になったんだけども、人生最悪のピンチに立たされている。 このファンタジックな世界では、15歳になった際、スキル鑑定を医者に受けさせられるんだが、困ったことに私は外れスキル《コピー》を当ててしまったらしい。 そして数年が経ち……案の定、私は家族から疎ましく感じられてーーついに追放されてしまう。 だけど私のスキルは発動条件を満たすことで、魔族のスキルをコピーできるようだ。 そして、私の能力が《外れスキル》ではなく、恐ろしい能力だということに気づく。 そんでこの能力を使いこなしていると、知らないうちに英雄と呼ばれていたんだけど? 私を追放した家族が戻ってきてほしいって泣きついてきたんだけど、もう戻らん。 私は最高の仲間と最強を目指すから。

いきなり異世界って理不尽だ!

みーか
ファンタジー
 三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。   自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い

平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。 ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。 かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。

刷り込みで竜の母親になった私は、国の運命を預かることになりました。繁栄も滅亡も、私の導き次第で決まるようです。

木山楽斗
ファンタジー
宿屋で働くフェリナは、ある日森で卵を見つけた。 その卵からかえったのは、彼女が見たことがない生物だった。その生物は、生まれて初めて見たフェリナのことを母親だと思ったらしく、彼女にとても懐いていた。 本物の母親も見当たらず、見捨てることも忍びないことから、フェリナは謎の生物を育てることにした。 リルフと名付けられた生物と、フェリナはしばらく平和な日常を過ごしていた。 しかし、ある日彼女達の元に国王から通達があった。 なんでも、リルフは竜という生物であり、国を繁栄にも破滅にも導く特別な存在であるようだ。 竜がどちらの道を辿るかは、その母親にかかっているらしい。知らない内に、フェリナは国の運命を握っていたのだ。 ※この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「アルファポリス」にも掲載しています。 ※2021/09/03 改題しました。(旧題:刷り込みで竜の母親になった私は、国の運命を預かることになりました。)

神様に与えられたのは≪ゴミ≫スキル。家の恥だと勘当されたけど、ゴミなら何でも再生出来て自由に使えて……ゴミ扱いされてた古代兵器に懐かれました

向原 行人
ファンタジー
 僕、カーティスは由緒正しき賢者の家系に生まれたんだけど、十六歳のスキル授与の儀で授かったスキルは、まさかのゴミスキルだった。  実の父から家の恥だと言われて勘当され、行く当ても無く、着いた先はゴミだらけの古代遺跡。  そこで打ち捨てられていたゴミが話し掛けてきて、自分は古代兵器で、助けて欲しいと言ってきた。  なるほど。僕が得たのはゴミと意思疎通が出来るスキルなんだ……って、嬉しくないっ!  そんな事を思いながらも、話し込んでしまったし、連れて行ってあげる事に。  だけど、僕はただゴミに協力しているだけなのに、どこかの国の騎士に襲われたり、変な魔法使いに絡まれたり、僕を家から追い出した父や弟が現れたり。  どうして皆、ゴミが欲しいの!? ……って、あれ? いつの間にかゴミスキルが成長して、ゴミの修理が出来る様になっていた。  一先ず、いつも一緒に居るゴミを修理してあげたら、見知らぬ銀髪美少女が居て……って、どういう事!? え、こっちが本当の姿なの!? ……とりあえず服を着てっ!  僕を命の恩人だって言うのはさておき、ご奉仕するっていうのはどういう事……え!? ちょっと待って! それくらい自分で出来るからっ!  それから、銀髪美少女の元仲間だという古代兵器と呼ばれる美少女たちに狙われ、返り討ちにして、可哀想だから修理してあげたら……僕についてくるって!?  待って! 僕に奉仕する順番でケンカするとか、訳が分かんないよっ! ※第○話:主人公視点  挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点  となります。

処理中です...