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第3章

第66話 帝国貴族1

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「お母様、そんな悲しい顔をしないで」

「ごめんなさい。あなたをこんな形で家から出す事になるなんて」

 お父様は、塞ぎ込んでいて屋敷から出てこようとしない。自分の娘を借金のカタに出すんですもの。私に顔向けできないのでしょう。

「フロレア、体には気をつけるのよ」

「お母様も、お元気で」

 馬車に揺られ民主連邦国へと向かう。小さな領地とはいえ私の故郷。ここを離れていくのは寂しいけど、故郷のため、お父様のためですもの仕方ないわ。

 私の家系は傍系とはいえ、皇帝に連なる家系だと教えられてきた。私の7代前が皇帝の弟だと言っていた。でも今では辺境に追いやられ、主力産業の鉱山から鉱物が取れなくなり、経営がままならなくなっている。

 領地経営にはお金がかかる。こんな時は国交のある民主連邦国の商人に借金する他ない。レグルス国も国交はあるけど、あんな小さな国では他国に貸すような余裕はないでしょう。

 大陸中央部に位置する4小国。王国の後ろ盾を持ち、ダークエルフ族と同盟を結んでいるレグルス国。完全中立なエルフ族の国。独自の外交路線を歩むそれぞれの国。そして何処とも協調できず経済の落ち込む帝国。我が祖国はこのままでいいのだろうか。

 でも、もう私には関係のない事だわ。この身は帝国を離れ、民主連邦国の大商人の屋敷へと行くのだから。


「フロレア様。遠路はるばるお越しいただき、ありがとうございました。長旅お疲れ様でした、どうぞこちらへ」

 大きな屋敷の綺麗な1室。私の部屋より大きく、立派な家具が置いてある。しばらくはここを使うようにと言われて椅子に座っていたら、ニヤケ顔で小太りの羊獣人の男が挨拶に来た。この男がこの商会の会長。私を買った男ね。

「これからわたくしを何処に売るつもりなのですか」

「売るなどとは滅相もない。あなたのお父上には御贔屓にしていただき、感謝しております」

 丁寧な言葉使いで話しているけど、この男は商売人だ。私を商品として売り買いして利益を上げる事しか考えていないだろう。

「で、あれば。今後共お父様を助けて上げてください」

「はい、それはもちろんでございます」

 私一人の身で領地を守れると言うなら、それもいいでしょう。

「フロレア様は、帝国貴族としては珍しく豹族であらせられます」

 確かに帝国はリザードマンが多くリザードマンの国と思われているかも知らないけど、臣民の4分の1は獣人達だ。貴族でも獣人の者はいる。私の母方も古来よりの獣人貴族の出なのだから。

「それに、お若くてお美しい。私の知人にそのようなあなた様を見染められた王国貴族がおりまして、これも何かの縁です。お会いになるつもりはございませんか」

 王国貴族? 私はてっきり民主連邦国の商人の家に売られるのだと思っていた。帝国と王国はまったく国交がない。第3国を経由しての政略結婚ということになるの。

「お相手様は、まだ貴族になられて日の浅い子爵家でございます。帝国皇帝の血を受け継ぐあなた様とお近づきになりたいと申しております」

 王国貴族とは言え、やっと領地をもらえた駆け出し貴族。少しでも格の高い家の者と婚姻を結びたいと言うのは分かるのだけど……。

「私は王国貴族とは縁も所縁ゆかりもない帝国貴族。そのわたくしをどうして欲しがるのですか」

 いくら皇帝の血筋だとは言え、王国では関係ないでしょうに。

「王国には、昔に亡命した帝国貴族の方がおられます。その中には王国でも重要な地位を占めている方もおられるのです」

 帝国が新大陸との戦争に敗れて衰退していった120年程前、帝国を裏切り王国や民主連邦国に亡命していった貴族がいたことは知っている。

「その元亡命者との繋がりを持つために、わたくしが必要だと言うのですか」

 王国は何百年も続く古い国。古来よりの貴族と縁を結ぶのは難しいのだろう。なるほど、元帝国貴族からなら容易たやすいかもしれないわね。

 元より私に拒否権などない。この者の言う通り王国へと旅立つ準備をする。この屋敷で私には侍女が一人付き、王国の貴族の元まではその侍女が同行してくれる事になった。

 王国までは陸路ではなく旅客船で行くと言う。港に来て帝国には無い海を初めて見て、只々驚くばかりだ。長い浜辺に波が打ち寄せ何処までも続く海、こんなに広大な場所があったなんて。
それに私が乗ると言う船。湖に浮かべる船は見たことがあるけど、こんな大きな船は初めてだわ。

 私は帝国の外に出たことがない。今どこにいるのかさえ分からず侍女について行き、民主連邦国から王国へ、そして目的の子爵家へと旅していく。

「お嬢様。このタラップを降りて、あそこの馬車に乗ります。足元にご注意してください」

「お嬢様。今日はこの町で泊まります。お食事は後ほどお持ちします」

「この町は人が多いですね。私の元を離れないようにお願いします」

 帝国では考えられない様な街並み。高い建物に多くの人々。何を急いでいるのか皆早足で歩く。帝都に行ったことはあるけど、比べるまでもなく王国の町の方が整備された立派な町だわ。

「お嬢様。お疲れ様でした。ここがロヴァーユ家のお屋敷になります」

 何日もの馬車の旅が終わり、目的の王国貴族の屋敷に到着した。
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