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第2章
第34話 シンシアの結婚式
しおりを挟む ウェアウルフと共に家の中に入ろうとする亮人の視線の先、そこにいる雪女は顔を険しくさせる。それと同時に手は氷で鉤爪のように鋭くさせ、ウェアウルフを家から追い出すように攻撃を仕掛ける。
『こいつは私のよっ!! 絶対に奪わせないっ!!』
『っ!! お兄ちゃんはウェアウルフのっ!!』
家の前、二人は対峙するように一定の距離をとり、睨み合っていた。
雪女から放たれる冷気は周囲の壁を凍らせる程に冷たく、徐々に範囲を広げていく。
ウェアウルフは鋭い爪を地面へと突き立てながら、雪女へ唸りを上げる。
「二人ともどうしたの!?」
『どうしたもこうしたもないわよっ!! 私達妖魔は子孫を残すために私達が見える人間を探してるわ。ただ、私達が会えば、人間の争奪戦が始まるわよ』
『妖魔が見える人は限られてるから、奪い合うしかないのっ!!』
有無を言わさない二人は次の瞬間には、亮人を巡る戦闘が始まる。
雪女はその場から動かず、凍らせている範囲を広げていくと同時にウェアウルフへと吹雪を吹かす。吹雪く雪の中に混ざる小粒の雹の表面は鋭利に尖り、周囲に生えている草木に細かい切り傷をつけていく。
『そんなの遅いよっ!!』
コンクリートを抉るほどの力で駆け抜けるウェアウルフは雪女の視界から消える。地面を抉るたびに響く破壊音は一瞬にして雪女の目の前へとやってくる。
『死ねっ!!』
振りかざされるウェアウルフの前足、風を切り、簡単に首を切り落とせるであろう、その強靭な前足は空を切った。同時にウェアウルフの顔を掠めるように鋭い鉤爪が向けられる。
『っ!!』
後ろへ下がろうとするウェアウルフだが、その場から動くことができなかった。
『足元がずさんよっ!!』
地面に広がっていた冷気はウェアウルフを捉えると、その場で地面と結合させるように凍らせていた。引き剥がそうとするも、簡単に引き剥がせない氷にたじろいでいるウェアウルフへ、鉤爪は再び振りかざされる。その軌道は確実にウェアウルフの顔を引き裂き、首を落とす勢いで。
一瞬の思考でしゃがみ込んだウェアウルフの頭上を通る鉤爪は体毛を剃るように掠めていく。
地面と接着しているような足はしゃがんだ勢いを利用し、爪で地面を抉り出し、後方へと飛ぶ力で剥離させる。
凍りついている空間から離れれば、足に付着していた地面は簡単に剥がれ落ちる。
『意外とやるじゃない…………』
『そっちこそ…………』
再び睨み合う二人は全身に力を入れれば、全力を出すかのように距離を詰めた。
地面を抉る力は強く、地面に大きなヒビを入れて飛びかかるウェアウルフ。
吹雪を吹雪かせながら、更に大きくした鉤爪で接敵する雪女。
勢い強く、どちらかが死ぬのは明白な程の殺気と力。
『『殺すっ!!』』
せめぎ合う力が交わりかけ、互いの腕が首にかかろうとする瞬間。
「やめろっ!!」
二人の間に入る亮人の両頬を掠める二人の腕。頬から流れる血は地面へと滴る。そして、二人の腕は互いの顔の前で止まる。
「二人とも…………やめて」
笑みを浮かべる亮人は二人の手へと触れる。
「俺の前で殺し合うのはやめて」
冷たい雪女の手とフサフサとするウェアウルフの手。
力んでいる手からは徐々に力は抜け、互いの能力も引いていく。
険しい顔をしていた二人の表情も、穏やかなものに変わっていく。
「一度、家で話をしようか」
『……………………わかったわよ』
『……………………お兄ちゃんが言うなら』
雪女とウェアウルフは静かに亮人の後ろをついて家の中へと入っていった。
♂ × ?
『それでこの状況はどういうことなのかしら……亮人?』
「いろいろとあって、ね。新しく彼女をうちで一緒に住ませることにしたんだよ。何か変なことでもあった?」
亮人と一緒に帰ってきた金髪の彼女は流石に体操着で家に招くのは不味かった為に、一度姿を狼に戻して貰って、近くのモールへと行きプレゼントとして服を着てもらっている。
そして、学校の授業を全て終わらせて金髪の彼女を連れてきた亮人の目の前には、そんな突然の状況に驚き、そして怒っている雪女がいた。
なぜ、雪女がここまで亮人に怒りを向けるのか……それは雪女達のような妖魔にしか分からないが、それを分かっている雪女にウェアウルフの彼女は亮人を挟む形で睨み合っている。
『お兄ちゃんが私のこと忘れてるのに、妖魔のことは知ってて少し不思議におもってたんだけど……これで理解できたよ。この東洋の妖魔風情』
『それは私も一緒よ……西洋の妖魔さん……』
互いの殺気がぶつかりあっている場所は亮人自身で、亮人はそんな状況に身の危険を感じながら二人の肩を掴む。
「今は睨み合ってる場合じゃないよ? 俺から二人にプレゼントがあるから受け取って欲しいんだけどいいかな?」
亮人はそれだけ言えば雪女の背中を押して、ウェアウルフの手を掴んではリビングへと一緒に連れていく。そして、そんな二人が睨み合わない様にソファの真中へと亮人が座って、その両サイドに二人を座らせる。
「聞いたところだと妖魔には名前がないみたいだね……雪ちゃん」
亮人は未だにウェアウルフの彼女に殺気を放っていた雪女へと質問をした。
そして、そんな質問を不思議そうに小首を傾げて聞いた雪女は、
『そりゃ、私たちには名前なんて無いわよ。種族が名前になるんだから』
「だから俺は二人に名前を考えてみました」
『えっ……名前?』
「そう、名前。ウェアウルフには先に名前を教えるって言っておいたけど、名前はまだ教えてないし、これから教えるつもり。だけど、雪ちゃんにもちゃんとした名前があった方が俺的には嬉しいからさ」
微笑むように雪女を見つめる亮人に雪女は意外といった感じに亮人を見つめている。
「これからもどうせ居候するんだろうし、名前があった方が家族らしくなるでしょ?」
『家族……』
「だから、名前を付けたいんだよ……ダメかな?」
『私はお兄ちゃんの家族になる予定だから名前付けてほしいな。それも可愛いのがいい』
そんな亮人の言葉に反応したのはウェアウルフだけ。雪女は未だに亮人の言っていることを理解できていないといった感じに、亮人のことを一直線に見つめている。
「雪ちゃんはどうかな? 雪女だから雪ちゃんだなんて、俺的には悲しいから。だから、名前……つけよう?」
亮人は微笑みへと表情を変えて雪女を見つめる。
少しでも家族らしく……。
その言葉は雪女の頭の中で往復するように響いていた。
亮人が私に家族らしくなんて言ってる……もしかして、亮人も私と家族に……なりたいのかな? そうなると、亮人は私と交わってくれる準備が整ったってことなのかな?
雪女は一人であらぬ勘違いを頭の中でしていた。だから、亮人たちからは不思議そうに見られていたりする。
勝手に頭の中で亮人の言葉は変換され、それを心に受け止めている雪女。
雪女はこの二週間でいつの間にか亮人のことが好きになっていたのだ。
普段から優しくしてくれる亮人に対して、最初は普通に優しい程度にしか見ていなかったが、雪女に対する接し方や配慮が雪女の心を動かした。
「雪ちゃん、大丈夫?」
『えっ、私っ? 大丈夫、大丈夫よ!? 何も変な事なんか考えてないわよ!』
「いや、いきなり怒られても俺も少し困るんだけど……」
『いきなりお兄ちゃんに怒鳴るなんて許せない……殺されたいの?』
人よりも長い犬歯を剥き出しにしたウェアウルフは両手だけを獣化させ、ギラリと光を反射する鉤爪を雪女の首元へと伸ばす。
『……あんたこそ私に殺されたいの? 私に喧嘩なんか売ってると本気で殺すわよ……』
そんな雪女も両手を氷で覆わせていき、氷で出来た鉤爪をウェアウルフの首元へと持って行く。
鉤爪同士が挟んでいるのは額から冷や汗をダラダラと掻いている亮人。目の前で凶器がギラギラと光を反射していたり、ひんやりとした空気が亮人の首筋を撫でている。
話を進めようとすれば、何故かこの二人はすぐにいがみ合う。
『あんた、上位種の妖魔みたいね……まだ幼いくせに空気が他の妖魔とは違うわ』
『そんな東洋の妖魔さんもここまでに遭ってきた妖魔とは少し違うね……やっぱり上位種だったりするの?』
『まぁ、それなりには……ね』
二人は亮人にはさっぱりの話をしていれば、何かを諦めたように鉤爪を元の手に戻した。
死ぬかと思った……。
亮人は心の中で目の前で起きていた出来事に心底ビビっていた。
だが、そんなことも忘れさせようと亮人は負けじと名前について話し始める。
「とりあえず、最初は雪ちゃんからなんだけどいいかな?」
『いいわよ。でも、似合わない名前だったら作り直しだからいいわね?』
「はいはい……なら、呼ぶけどいい?」
『どうぞ、ご自由に』
そこから少しの間が空けば、亮人の口は開かれ、
「これからは氷華。氷の華って書いて氷華。どうかな?」
『……………いいじゃない』
雪女こと雪ちゃん改め、氷華はそっぽを向けば耳を赤く染めていた。その仕草に少しながら亮人自身も恥ずかしいと思う。
『ねぇ、お兄ちゃん。私の名前はどんなのなの?』
自分の名前が気になっているウェアウルフの少女は亮人の左腕を自分の体へと寄せて、腕に頬擦りをする。
「君は外国から来たからシャーリーって名前にしたんだけど……どうかな?」
『シャーリー……お兄ちゃんに呼ばれるなら何でもいいや。それに呼びやすい名前で女の子って感じもするし。これからもシャーリーの事をよろしくね、お兄ちゃん!』
満面の笑みを浮かべて亮人を見つめてきたシャーリー。その笑顔は無邪気でいて、まだ中学生のようなシャーリーにはよく似合うものだ。
亮人からの小さなプレゼントはこの二人には大きなものになるかもしれない。
『亮人……もうそろそろ晩ご飯作らないとダメじゃない? 今回は亮人と一緒に私も手伝ってもいい?』
未だにそっぽを向いている氷華だが、それでも声は普段のような口調では無くなって乙女のようなか弱さが滲み出ていた。
そんな仕草は本当に人間のようであって、一瞬だけだが亮人の心はドキッ、とさせられていた。
普通の人よりも可愛い妖魔。
亮人は新しく増えた妖魔と一緒に、これから毎日を過ごしていく。
何の妨害も無く、ただ平凡な日常を非日常に生きる彼女たちと一緒に。
そして、亮人が雪女たちへと名前をプレゼントしている頃。
「この町の中で人間を探してるのか……ウェアウルフは……っち」
スカイツリーの展望台の外。そこで舌打ちをしたのは昨日、九尾と一緒にいた人間。全身を覆う布は顔までも覆い、彼の顔を窺わせることをさせない。そんな彼の声はまだ幼さを感じさせる声で、彼がまだ子供だという事は分かる。
そして、そんな彼の後ろ。そこには九尾が九本の尾をユラユラと揺らしながら少年の事を見つめ、
『まだ時間はあるわ……ゆっくりと探しましょう? 久しぶりの日本でもあるんだから』
「うるさい……。俺はまだ九尾、お前を許したわけじゃないんだ。少しでもいいから働け」
『……………………………』
声音は幼さが残っているのに、その口調は声とは逆に少しだけ殺気を孕んでいる。
『……………ごめんなさい』
「謝るくらいなら、早くウェアウルフを捕まえて来い」
ただ、それだけ言い残した彼は後ろにいる九尾と一緒に町を一望する。
彼を背負うことが出来る程の大きさの九尾は九本の尾を揺らしながら彼の横へと移動すると、腰を降ろして横から少年の事を見つめる。
尾はユラユラとした動きを止めて、彼のことを優しく包み込むように尾が彼を掴んで九尾の背中へと座らせる。
「とにかく俺は妖魔を俺の近くに置いておきたい……これ以上、俺みたいな奴を増やさない為に……」
『私も……一緒にあなたの手伝いをするわよ……』
「それでいいんだよ、九尾。お前は俺と一緒にいることが絶対だ」
『わかってるわ。これからも一緒に妖魔を探していくわよ……』
堅い決意を持った彼ら。ただ、二人は亮人たちのように仲が良いわけじゃない。
「なら、もう行くぞ……」
そして、彼を乗せた九尾は大きく一歩を踏み出せば、何百メートルと高い場所から一気に飛び出す。走り出した九尾の速度は速く、風圧を諸に受ける彼は九尾の尾で作られた背凭せもたれに寄り掛かり、
「ウェアウルフは絶対に俺が貰う。絶対にだ。誰かに取られるようだったら、そいつには悪いが倒れてもらう」
『私の育て方が悪かったのよね……』
執念深い彼の言葉を聞いた九尾は残念そうに顔を歪ませながら、そして地面へと降りていく。
その時、風で顔を覆っていた布が剥がれ、そして少年の無垢な笑みがこの町にいるウェアウルフに向けられていた。
『こいつは私のよっ!! 絶対に奪わせないっ!!』
『っ!! お兄ちゃんはウェアウルフのっ!!』
家の前、二人は対峙するように一定の距離をとり、睨み合っていた。
雪女から放たれる冷気は周囲の壁を凍らせる程に冷たく、徐々に範囲を広げていく。
ウェアウルフは鋭い爪を地面へと突き立てながら、雪女へ唸りを上げる。
「二人ともどうしたの!?」
『どうしたもこうしたもないわよっ!! 私達妖魔は子孫を残すために私達が見える人間を探してるわ。ただ、私達が会えば、人間の争奪戦が始まるわよ』
『妖魔が見える人は限られてるから、奪い合うしかないのっ!!』
有無を言わさない二人は次の瞬間には、亮人を巡る戦闘が始まる。
雪女はその場から動かず、凍らせている範囲を広げていくと同時にウェアウルフへと吹雪を吹かす。吹雪く雪の中に混ざる小粒の雹の表面は鋭利に尖り、周囲に生えている草木に細かい切り傷をつけていく。
『そんなの遅いよっ!!』
コンクリートを抉るほどの力で駆け抜けるウェアウルフは雪女の視界から消える。地面を抉るたびに響く破壊音は一瞬にして雪女の目の前へとやってくる。
『死ねっ!!』
振りかざされるウェアウルフの前足、風を切り、簡単に首を切り落とせるであろう、その強靭な前足は空を切った。同時にウェアウルフの顔を掠めるように鋭い鉤爪が向けられる。
『っ!!』
後ろへ下がろうとするウェアウルフだが、その場から動くことができなかった。
『足元がずさんよっ!!』
地面に広がっていた冷気はウェアウルフを捉えると、その場で地面と結合させるように凍らせていた。引き剥がそうとするも、簡単に引き剥がせない氷にたじろいでいるウェアウルフへ、鉤爪は再び振りかざされる。その軌道は確実にウェアウルフの顔を引き裂き、首を落とす勢いで。
一瞬の思考でしゃがみ込んだウェアウルフの頭上を通る鉤爪は体毛を剃るように掠めていく。
地面と接着しているような足はしゃがんだ勢いを利用し、爪で地面を抉り出し、後方へと飛ぶ力で剥離させる。
凍りついている空間から離れれば、足に付着していた地面は簡単に剥がれ落ちる。
『意外とやるじゃない…………』
『そっちこそ…………』
再び睨み合う二人は全身に力を入れれば、全力を出すかのように距離を詰めた。
地面を抉る力は強く、地面に大きなヒビを入れて飛びかかるウェアウルフ。
吹雪を吹雪かせながら、更に大きくした鉤爪で接敵する雪女。
勢い強く、どちらかが死ぬのは明白な程の殺気と力。
『『殺すっ!!』』
せめぎ合う力が交わりかけ、互いの腕が首にかかろうとする瞬間。
「やめろっ!!」
二人の間に入る亮人の両頬を掠める二人の腕。頬から流れる血は地面へと滴る。そして、二人の腕は互いの顔の前で止まる。
「二人とも…………やめて」
笑みを浮かべる亮人は二人の手へと触れる。
「俺の前で殺し合うのはやめて」
冷たい雪女の手とフサフサとするウェアウルフの手。
力んでいる手からは徐々に力は抜け、互いの能力も引いていく。
険しい顔をしていた二人の表情も、穏やかなものに変わっていく。
「一度、家で話をしようか」
『……………………わかったわよ』
『……………………お兄ちゃんが言うなら』
雪女とウェアウルフは静かに亮人の後ろをついて家の中へと入っていった。
♂ × ?
『それでこの状況はどういうことなのかしら……亮人?』
「いろいろとあって、ね。新しく彼女をうちで一緒に住ませることにしたんだよ。何か変なことでもあった?」
亮人と一緒に帰ってきた金髪の彼女は流石に体操着で家に招くのは不味かった為に、一度姿を狼に戻して貰って、近くのモールへと行きプレゼントとして服を着てもらっている。
そして、学校の授業を全て終わらせて金髪の彼女を連れてきた亮人の目の前には、そんな突然の状況に驚き、そして怒っている雪女がいた。
なぜ、雪女がここまで亮人に怒りを向けるのか……それは雪女達のような妖魔にしか分からないが、それを分かっている雪女にウェアウルフの彼女は亮人を挟む形で睨み合っている。
『お兄ちゃんが私のこと忘れてるのに、妖魔のことは知ってて少し不思議におもってたんだけど……これで理解できたよ。この東洋の妖魔風情』
『それは私も一緒よ……西洋の妖魔さん……』
互いの殺気がぶつかりあっている場所は亮人自身で、亮人はそんな状況に身の危険を感じながら二人の肩を掴む。
「今は睨み合ってる場合じゃないよ? 俺から二人にプレゼントがあるから受け取って欲しいんだけどいいかな?」
亮人はそれだけ言えば雪女の背中を押して、ウェアウルフの手を掴んではリビングへと一緒に連れていく。そして、そんな二人が睨み合わない様にソファの真中へと亮人が座って、その両サイドに二人を座らせる。
「聞いたところだと妖魔には名前がないみたいだね……雪ちゃん」
亮人は未だにウェアウルフの彼女に殺気を放っていた雪女へと質問をした。
そして、そんな質問を不思議そうに小首を傾げて聞いた雪女は、
『そりゃ、私たちには名前なんて無いわよ。種族が名前になるんだから』
「だから俺は二人に名前を考えてみました」
『えっ……名前?』
「そう、名前。ウェアウルフには先に名前を教えるって言っておいたけど、名前はまだ教えてないし、これから教えるつもり。だけど、雪ちゃんにもちゃんとした名前があった方が俺的には嬉しいからさ」
微笑むように雪女を見つめる亮人に雪女は意外といった感じに亮人を見つめている。
「これからもどうせ居候するんだろうし、名前があった方が家族らしくなるでしょ?」
『家族……』
「だから、名前を付けたいんだよ……ダメかな?」
『私はお兄ちゃんの家族になる予定だから名前付けてほしいな。それも可愛いのがいい』
そんな亮人の言葉に反応したのはウェアウルフだけ。雪女は未だに亮人の言っていることを理解できていないといった感じに、亮人のことを一直線に見つめている。
「雪ちゃんはどうかな? 雪女だから雪ちゃんだなんて、俺的には悲しいから。だから、名前……つけよう?」
亮人は微笑みへと表情を変えて雪女を見つめる。
少しでも家族らしく……。
その言葉は雪女の頭の中で往復するように響いていた。
亮人が私に家族らしくなんて言ってる……もしかして、亮人も私と家族に……なりたいのかな? そうなると、亮人は私と交わってくれる準備が整ったってことなのかな?
雪女は一人であらぬ勘違いを頭の中でしていた。だから、亮人たちからは不思議そうに見られていたりする。
勝手に頭の中で亮人の言葉は変換され、それを心に受け止めている雪女。
雪女はこの二週間でいつの間にか亮人のことが好きになっていたのだ。
普段から優しくしてくれる亮人に対して、最初は普通に優しい程度にしか見ていなかったが、雪女に対する接し方や配慮が雪女の心を動かした。
「雪ちゃん、大丈夫?」
『えっ、私っ? 大丈夫、大丈夫よ!? 何も変な事なんか考えてないわよ!』
「いや、いきなり怒られても俺も少し困るんだけど……」
『いきなりお兄ちゃんに怒鳴るなんて許せない……殺されたいの?』
人よりも長い犬歯を剥き出しにしたウェアウルフは両手だけを獣化させ、ギラリと光を反射する鉤爪を雪女の首元へと伸ばす。
『……あんたこそ私に殺されたいの? 私に喧嘩なんか売ってると本気で殺すわよ……』
そんな雪女も両手を氷で覆わせていき、氷で出来た鉤爪をウェアウルフの首元へと持って行く。
鉤爪同士が挟んでいるのは額から冷や汗をダラダラと掻いている亮人。目の前で凶器がギラギラと光を反射していたり、ひんやりとした空気が亮人の首筋を撫でている。
話を進めようとすれば、何故かこの二人はすぐにいがみ合う。
『あんた、上位種の妖魔みたいね……まだ幼いくせに空気が他の妖魔とは違うわ』
『そんな東洋の妖魔さんもここまでに遭ってきた妖魔とは少し違うね……やっぱり上位種だったりするの?』
『まぁ、それなりには……ね』
二人は亮人にはさっぱりの話をしていれば、何かを諦めたように鉤爪を元の手に戻した。
死ぬかと思った……。
亮人は心の中で目の前で起きていた出来事に心底ビビっていた。
だが、そんなことも忘れさせようと亮人は負けじと名前について話し始める。
「とりあえず、最初は雪ちゃんからなんだけどいいかな?」
『いいわよ。でも、似合わない名前だったら作り直しだからいいわね?』
「はいはい……なら、呼ぶけどいい?」
『どうぞ、ご自由に』
そこから少しの間が空けば、亮人の口は開かれ、
「これからは氷華。氷の華って書いて氷華。どうかな?」
『……………いいじゃない』
雪女こと雪ちゃん改め、氷華はそっぽを向けば耳を赤く染めていた。その仕草に少しながら亮人自身も恥ずかしいと思う。
『ねぇ、お兄ちゃん。私の名前はどんなのなの?』
自分の名前が気になっているウェアウルフの少女は亮人の左腕を自分の体へと寄せて、腕に頬擦りをする。
「君は外国から来たからシャーリーって名前にしたんだけど……どうかな?」
『シャーリー……お兄ちゃんに呼ばれるなら何でもいいや。それに呼びやすい名前で女の子って感じもするし。これからもシャーリーの事をよろしくね、お兄ちゃん!』
満面の笑みを浮かべて亮人を見つめてきたシャーリー。その笑顔は無邪気でいて、まだ中学生のようなシャーリーにはよく似合うものだ。
亮人からの小さなプレゼントはこの二人には大きなものになるかもしれない。
『亮人……もうそろそろ晩ご飯作らないとダメじゃない? 今回は亮人と一緒に私も手伝ってもいい?』
未だにそっぽを向いている氷華だが、それでも声は普段のような口調では無くなって乙女のようなか弱さが滲み出ていた。
そんな仕草は本当に人間のようであって、一瞬だけだが亮人の心はドキッ、とさせられていた。
普通の人よりも可愛い妖魔。
亮人は新しく増えた妖魔と一緒に、これから毎日を過ごしていく。
何の妨害も無く、ただ平凡な日常を非日常に生きる彼女たちと一緒に。
そして、亮人が雪女たちへと名前をプレゼントしている頃。
「この町の中で人間を探してるのか……ウェアウルフは……っち」
スカイツリーの展望台の外。そこで舌打ちをしたのは昨日、九尾と一緒にいた人間。全身を覆う布は顔までも覆い、彼の顔を窺わせることをさせない。そんな彼の声はまだ幼さを感じさせる声で、彼がまだ子供だという事は分かる。
そして、そんな彼の後ろ。そこには九尾が九本の尾をユラユラと揺らしながら少年の事を見つめ、
『まだ時間はあるわ……ゆっくりと探しましょう? 久しぶりの日本でもあるんだから』
「うるさい……。俺はまだ九尾、お前を許したわけじゃないんだ。少しでもいいから働け」
『……………………………』
声音は幼さが残っているのに、その口調は声とは逆に少しだけ殺気を孕んでいる。
『……………ごめんなさい』
「謝るくらいなら、早くウェアウルフを捕まえて来い」
ただ、それだけ言い残した彼は後ろにいる九尾と一緒に町を一望する。
彼を背負うことが出来る程の大きさの九尾は九本の尾を揺らしながら彼の横へと移動すると、腰を降ろして横から少年の事を見つめる。
尾はユラユラとした動きを止めて、彼のことを優しく包み込むように尾が彼を掴んで九尾の背中へと座らせる。
「とにかく俺は妖魔を俺の近くに置いておきたい……これ以上、俺みたいな奴を増やさない為に……」
『私も……一緒にあなたの手伝いをするわよ……』
「それでいいんだよ、九尾。お前は俺と一緒にいることが絶対だ」
『わかってるわ。これからも一緒に妖魔を探していくわよ……』
堅い決意を持った彼ら。ただ、二人は亮人たちのように仲が良いわけじゃない。
「なら、もう行くぞ……」
そして、彼を乗せた九尾は大きく一歩を踏み出せば、何百メートルと高い場所から一気に飛び出す。走り出した九尾の速度は速く、風圧を諸に受ける彼は九尾の尾で作られた背凭せもたれに寄り掛かり、
「ウェアウルフは絶対に俺が貰う。絶対にだ。誰かに取られるようだったら、そいつには悪いが倒れてもらう」
『私の育て方が悪かったのよね……』
執念深い彼の言葉を聞いた九尾は残念そうに顔を歪ませながら、そして地面へと降りていく。
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ファンタジー
【書籍情報】書籍3巻発売中ですのでよろしくお願いします。
女神様の手違いにより現世の輪廻転生から外され異世界に転生させられた田中拓海。
お詫びに貰った生産型スキル『緑の手』と『野菜の種』で異世界スローライフを目指したが、お腹が空いて、なにげなく食べた『種』の力によって女神様も予想しなかった力を知らずに手に入れてしまう。
のんびりスローライフを目指していた拓海だったが、『その地には居るはずがない魔物』に襲われた少女を助けた事でその計画の歯車は狂っていく。
ドワーフ、エルフ、獣人、人間族……そして竜族。
拓海は立ちはだかるその壁を拳一つでぶち壊し、理想のスローライフを目指すのだった。
中二心溢れる剣と魔法の世界で、徒手空拳のみで戦う男の成り上がりファンタジー開幕。
旧題:チートの種~知らない間に異世界最強になってスローライフ~
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