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第1章

第23話 料理人の女の子4 ミルチナ

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 次の日。目的だった宮殿前公園のラフランシェのお店を見つけることができた。

「あの、あたし料理人として、このお店で働きたいんですけど」

「君は、誰かからの紹介状は持っているかね」

 紹介状? そんなものがいるの?

「いいえ、無いです。でも私の町の料理店で修業は積んでいますし」

「王都の料理学校は卒業したかね」

「あ、あの。あたし1週間前に王都に来たばかりで……」

「それならダメだね。今は雑用係の求人もしてないからな」

 熊獣人の人から聞いた求人をしていないというのは、本当のようだった。
どうしよう。もうお金も残り少ない。この近くにある一流レストランにも同じように訪ねて回ったけど、みんな同じような事を言って雇ってくれない。

 仕方なく宿屋に帰って、宿屋の主人に料理店で働く場所が無いか聞いてみたけど、知らないと言っている。明日もう一度行って頼んでみよう。宿に泊まれるのも今日限りだ。明日は何とかしないと。

 次の日もダメだった。宿を出て今日は野宿だ。明日こそ。
でもダメだった。

「あなた、大丈夫?」

お店に断られてトボトボと歩いていると、ヤマネコ族の女の人に声を掛けられた。

「あなたは誰ですか」

 こんな、あたしに声を掛けてくるなんて、またどこかの知らないお店に連れて行くつもりね。

「あたしには構わないでください」

 立ち去ろうとしたら、お腹の音が盛大に鳴った。恥ずかしい。昨日から何も食べていないから……。
もう一人の優しそうなお姉さんが笑顔で、お店に来るようにと言ってくれた。

 最初に声を掛けてきた人が経営する何でも屋と言っていた。この若い女の人が社長さん?

 お店に行くと小さなカウンターの奥のテーブルに案内されて、食事を運んできてくれた。
お肉と野菜たっぷりのスープとサイコロステーキとパンだ。おいしそうだけど、食べたらお金取られたり働かされたりしないかな。

 でも、お腹は空いているし。ひと口だけでも食べてみよう。お肉を口に入れる。美味しい。スープも飲んでみよう。

「これ、美味しいです」

 香辛料やハーブが効いた、ちゃんとした料理だ。温め直したと言っていたけど、柔らかいお肉は外をしっかり焼いて肉汁を閉じ込めている。この野菜もゆっくりと火を通して甘さを引き出しているじゃない。
何なのここは! 料理店? そんなはずはないわ。ここはかまどの横にあるテーブル、家庭の食卓だ。

 お代わりももらって全部食べた。美味しかった。この人族の男の人が料理をしたの? あたしと歳がそれほど変わらないように見えるのに、すごい腕前だわ。

 今日はここの屋根裏部屋に泊めてくれると言っている。狭くて物置になっている部屋だけど屋根があってベッドがある部屋。ゆっくりと眠ることができた。


 翌日。シンシアと言う人と役所に行くことになった。昨日会った笑顔のステキなウサギ族の美人さんだ。
ここの社長さんと言う人は、仕事だと言って外に出て行く。昨夜料理を作ってくれた人族の人と、この人は外国の鬼人族の人かな、二人も一緒について行った。社長さん自らお仕事に行くのね。

「さあ、ミルチナちゃん。役所に行きましょうか」

 西区の役所に行くと言う。ここからは路線馬車に乗るみたいだけど。

「あの、あたし馬車の乗り方が分からなくて」

「1区間走るごとに銅貨3枚が必要なの。今中央区だから西区までは銅貨3枚。それをこの箱に入れるのよ。あっ、お金はあるかしら」

「はい、それぐらいなら」

 私の手元には銀貨4枚と銅貨が8枚ある。自分の事なんだからちゃんと払わないと。
馬車に乗って西の役所前まで到着した。中に案内されて、担当の窓口でシンシアさんと働いていたお店の事を説明する。

「ああ、あのお店ね。たちの悪いお店で何度もこういう事してるのよ。衛兵の人と一緒に行って立ち入り調査をします。未払いの給料も戻ってくると思いますよ」

 担当の職員の人がちゃんと対応すると言ってくれた。良かった。最初からここに来れば良かったのね。

 また馬車に乗ってお店に帰って来た。

「一緒に役所まで行ってくれて、ありがとうございます」

「ミルチナちゃんはこれからどうするの。働く場所はあるの」

「一流のレストランで働かせてもらって修行したいです」

「でも、伝手も無いんでしょう。学校も出てないって」

「それでも、一流店で働いて修行さえすれば、一流の料理人になれます」

「でも働き口がないとねぇ」

 社長さんが帰って来て、私に働くのは生きるためすることで、夢を追いかけている余裕なんてないだろうと言われた。
でも、あたしは王都に一流の料理人になるために来たんだもの、それを全否定するなんて。

 その日の夜はシンシアさんの家に泊めてもらう事になった。食事もシンシアさんの家族と一緒にさせてもらった。この家の料理も美味しかった。

「あのね、ミルチナちゃん。メアリィの言っている事はもっともな事なのよ」

 シンシアさんの寝室で、ベッドを並べて寝ながらお話をした。

「でも、でも……」

「あなたはこれから何年働くの?」

「さっき言っていた生きる為と言うなら、45年ぐらいでしょうか」

「そうね。それだけ働き続けようと思ったら、嫌いな職業でずっと働き続けられるかしら」

 確かにそうだ。5年、10年なら嫌々でも働けるかもしれない。でもその先、一生ずっとと言うのは無理なような気がする。

「働いて生きていく事を真剣に考えたら、おのずと興味が持てることや自分の夢を実現できそうな仕事を選ばないと、生きていけないとメアリィは言いたかったと思うわ」

 私は今まで真剣に自分が生きていく事を、考えたことがあっただろうか。料理が好き、だからそれを職業に選ぼうと思っただけ。この先、自分の一生の事まで真剣に考えてこなかった。

 だからあたしは今、お金もなく泊まる所もない状態に陥っているのかもしれない。

「実はね、ずっと夢を追いかけているのはメアリィの方なのよ。地元で就職もせず、王都でも給料の良かった工場を辞めて、今の何でも屋を選んだのよ」

 あの若い社長さんも夢のために、この王都に来たの?

「自分の力が発揮できて働きやすい所を探したのよ。自分が一生働ける所をね、それが何でも屋。そして考えて、雇われるだけじゃなくて自分のお店を持つことが自分にとって一番いい事だと結論したのよ」

 確かにあの若さでお店を経営する社長さんになるには、ずいぶん前から準備し計画してたんだろうな。王都に来るまでも魔術師学校を卒業して、ちゃんと一人で働ける状態で王都に来ていたらしい。常に先を見て準備をしているという。

それに比べあたしは……。

「今のお店が持てたのは、幸運もあったわ。でもそのための努力、夢を追いかける事をずっと続けていたわ。そういう努力ができるのも、本気で夢を叶えようとしたからだと思うの」

 本気で夢を……。

 それが生きる事。真剣に生きることを考えた結果なのね。あの人はあたしに『生きることを舐めている』と言っていた。一流のお店で働かせてもらえれば一流の料理人になれると思っていたあたしがバカだったわ。

「私のお父さんが言っていたわ。自分で生きて家庭を持って、それを守るためには基盤がいる。そのためには手に職をつける事がいいらしいわ。技術があればどんな時代でも、職場が変わっても対応できるって」

 シンシアさんのお父さんも、小さな工場を渡り歩いてきたと言っていた。

「だから、あなたが目指す料理人というのは間違っていないと思うの。でも先を見て今、何をしなければいけないかを真剣に考えて欲しいのよ」

 シンシアさんも、あの社長……メアリィさんも私のためを思ってアドバイスしてくれている。ありがたい事だわ。

 あたしに今できる事。そうね。あたしが生きて夢を叶えるためにできることを全力でしてみましょう。
なんだか明日からが楽しみになってきたわ。


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【あとがき】
お読みいただき、ありがとうございます。
今回は、第20話、21話のミルチナ視点となっています。

次回もよろしくお願いいたします。
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