上 下
20 / 101
第1章

第20話 料理人の女の子1

しおりを挟む
「シンシア、ここの料理美味しかったわね」

「この王都でも評判のお店だもの、なかなか予約が取れなくて苦労したのよ」

 王都の宮殿前公園に面している、高級料理店にシンシアと来ている。たまにはこういう贅沢もいいものだわ。そう、たまによ。高級料理店と言うだけあってそれなりのお値段だものね。

 夜のとばりも下り、暗くなった裏口の方から誰かが言い争っている声が聞こえた。何か揉めているのかなと思って路地から裏口を眺めると、女の子が頭を下げているのが見えた。

「お願いします。ここで働かせてください」

「あんたもしつこいね。従業員の募集はしてないんだよ」

「給仕でもお皿洗いでも、何でもしますからお願いします」

「人は足りてるんだ。あんたも有名店で働いたという履歴が欲しいだけだろう。うちは腕のいい料理人しか雇わんよ」

「そんな事言わず、お願いです。他に行くところが無いんです」

「そんなのは知らんよ」

 どうも、この店で働きたかったのだろう。断られてトボトボと路地をこっちに向かって歩いてくる。

「あなた、大丈夫?」

「あ、あの。あなたは誰ですか」

 怯えた様子で、あからさまにこちらを警戒している。こんな私を見て悪い勧誘か何かだと思ったのかしら、失礼ね。
私より小さな羊獣人の女の子。ピンクのクルクルパーマの髪が肩まで伸びていて、1周回り切っていない太い角が頭の横から生えている。

「あ、あたしには構わないでください」

 そう言って立ち去ろうとした女の子のお腹が鳴った。

「あなた、お腹空いているのね」

 身なりも綺麗とは言えない、王都に出てきたばかりといった感じだわ。

「私のお店に来なさい。ちょうど余ってるご飯があるから御馳走するわよ」

 私が外食することを知らなかったユイトが、私の分の夕食を作ってしまって、明日の分として残してある。あれならすぐにでも食べられるだろう。

「そんな事言って、また変なお店に連れて行くんでしょう」

「大丈夫よ。このお姉さんが経営している何でも屋さんなのよ。一緒にいらっしゃいな」

 シンシアが優しく声を掛ける。

「何でも屋?」

 興味を持ってくれたのか、シンシアの笑顔に誘われたのか一緒にお店まで行くことになった。

「メアリィ、お帰り。あれ、その子は」

「ユイト。私の分の夕食を温め直してくれるかしら」

 ユイトに事情を説明して、温め直してもらった料理をテーブルに置く。

「さあ、お食べなさい。パンはさっきのお店みたいなフカフカじゃないけど、美味しいわよ」

 お肉と野菜たっぷりの暖かいスープ。魔獣の肉を使ったコロコロステーキと無発酵パン。レストランの料理とは違うだろうけど美味しい家庭料理だ。

 最初はモジモジとこちらを気にしながら食べていたけど、ひと口ふた口食べていくうちに目の色が変わってきた。

「これ、美味しいです。何ですかこれは……」

 そのうちガツガツと食べだした。

「このスープもお肉も美味しいです。このハーブの香りがまたいいですね」

「スープとパンならお代わりがあるよ」

 ユイトがお代わりのスープを注いであげる。余程お腹が空いていたのね、お代わりも平らげてやっと落ち着いたみたいだ。

「こんな美味しい食事をいただき、ありがとうございました」

「ところであなた、泊まるところはあるの? 今夜はここに泊まっていったら」

「あの、そんなに親切にされても……。あたしお金持ってませんよ」

「それなら、なおさら泊まっていきなさい。困っている時はお互い様よ」

 少し事情を聞いたら、小さな町から料理人を目指してこの王都に出てきたそうだ。最初に働いた所がまともなお店じゃ無かったらしく1週間働いて辞めたらしい。その時の給料も少ししか払ってもらえず、あまりお金がないと言っている。

「それは可哀想だね。ボクの部屋のベッドを使ってよ。ボクは床で寝るから」

「ユイト、あんたの部屋に入れるつもりなの!」

「だってセイランは体が大きいから一緒に寝れないし、メアリィの部屋は物が散らかっていて人を入れられないじゃない」

「失礼ね。今はちょっと荷物が多いだけよ」

 この前ユイトには、資料を部屋に持ってきてもらった時、私の部屋の現状を見られている。そんな汚れてはいないわよ、ちょっと調べ物をしてて本なんかを出しっぱなしにしているだけよ。それだけなんだから。

「あの~、あたし。この方の……ユイトさんの部屋でいいです。料理のお話も聞きたいですし」

 モジモジとしながら、女の子が言った。さっきの料理がおいしかったとはいえ、それはダメでしょ。

「あのね、前にセイランが使っていた屋根裏部屋が空いているの。狭いけどちゃんとベッドもあるのよ。今夜はそこで泊まっていって」

 今日のところはゆっくり寝てもらって、今後の事はまた明日考えればいいと言って、この子には屋根裏部屋で寝てもらうことにした。


 翌朝。昨日の子を起こしに屋根裏へと上がる。

「朝よ、起きなさい。下で食事の用意をしているから早く降りてらっしゃい」

 1階の食堂でみんな揃って朝食にする。

「ところで、あんた。名前聞いてなかったわよね」

「あの、あたしは、ミルチナって言います」

 小さな声でモジモジと話す。

「ミルチナ。今日はあなたが最初に働いたという地区の役所に行ってもらうわ。役所は行った事ないんでしょう」

「役所ですか……。はい、行ってないです」

 多分そうだと思ったわ。王都に来て役所に行かずに道端で誰かに勧誘されて働いたのだろう。役所が変な店を紹介するはずはない。その辺りの事情もはっきりとさせた方がいいだろう。

「私達は今日も依頼の仕事があるから、シンシアと一緒に役所に行って」

「シンシアさん?」

「昨日いた、もう一人の美人さんよ」

「ああ、あの笑顔のステキな人ですね」

 私が怖い顔で悪かったわね。

「もうすぐしたら出社してくるから、後はよろしくね」

 この街の事ならシンシアに任せた方がいいわ。私達は自分達のお仕事を頑張りましょう。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

毒を盛られて生死を彷徨い前世の記憶を取り戻しました。小説の悪役令嬢などやってられません。

克全
ファンタジー
公爵令嬢エマは、アバコーン王国の王太子チャーリーの婚約者だった。だがステュワート教団の孤児院で性技を仕込まれたイザベラに籠絡されていた。王太子達に無実の罪をなすりつけられエマは、修道院に送られた。王太子達は執拗で、本来なら侯爵一族とは認められない妾腹の叔父を操り、父親と母嫌を殺させ公爵家を乗っ取ってしまった。母の父親であるブラウン侯爵が最後まで護ろうとしてくれるも、王国とステュワート教団が協力し、イザベラが直接新種の空気感染する毒薬まで使った事で、毒殺されそうになった。だがこれをきっかけに、異世界で暴漢に腹を刺された女性、美咲の魂が憑依同居する事になった。その女性の話しでは、自分の住んでいる世界の話が、異世界では小説になって多くの人が知っているという。エマと美咲は協力して王国と教団に復讐する事にした。

異世界で神様になってたらしい私のズボラライフ

トール
恋愛
会社帰り、駅までの道程を歩いていたはずの北野 雅(36)は、いつの間にか森の中に佇んでいた。困惑して家に帰りたいと願った雅の前に現れたのはなんと実家を模した家で!? 自身が願った事が現実になる能力を手に入れた雅が望んだのは冒険ではなく、“森に引きこもって生きる! ”だった。 果たして雅は独りで生きていけるのか!? 実は神様になっていたズボラ女と、それに巻き込まれる人々(神々)とのドタバタラブ? コメディ。 ※この作品は「小説家になろう」でも掲載しています

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

転生したら死んだことにされました〜女神の使徒なんて聞いてないよ!〜

家具屋ふふみに
ファンタジー
大学生として普通の生活を送っていた望水 静香はある日、信号無視したトラックに轢かれてそうになっていた女性を助けたことで死んでしまった。が、なんか助けた人は神だったらしく、異世界転生することに。 そして、転生したら...「女には荷が重い」という父親の一言で死んだことにされました。なので、自由に生きさせてください...なのに職業が女神の使徒?!そんなの聞いてないよ?! しっかりしているように見えてたまにミスをする女神から面倒なことを度々押し付けられ、それを与えられた力でなんとか解決していくけど、次から次に問題が起きたり、なにか不穏な動きがあったり...? ローブ男たちの目的とは?そして、その黒幕とは一体...? 不定期なので、楽しみにお待ち頂ければ嬉しいです。 拙い文章なので、誤字脱字がありましたらすいません。報告して頂ければその都度訂正させていただきます。 小説家になろう様でも公開しております。

追放された引きこもり聖女は女神様の加護で快適な旅を満喫中

四馬㋟
ファンタジー
幸福をもたらす聖女として民に崇められ、何不自由のない暮らしを送るアネーシャ。19歳になった年、本物の聖女が現れたという理由で神殿を追い出されてしまう。しかし月の女神の姿を見、声を聞くことができるアネーシャは、正真正銘本物の聖女で――孤児院育ちゆえに頼るあてもなく、途方に暮れるアネーシャに、女神は告げる。『大丈夫大丈夫、あたしがついてるから』「……軽っ」かくして、女二人のぶらり旅……もとい巡礼の旅が始まる。

【完結】ガラクタゴミしか召喚出来ないへっぽこ聖女、ゴミを糧にする大精霊達とのんびりスローライフを送る〜追放した王族なんて知らんぷりです!〜

櫛田こころ
ファンタジー
お前なんか、ガラクタ当然だ。 はじめの頃は……依頼者の望み通りのものを召喚出来た、召喚魔法を得意とする聖女・ミラジェーンは……ついに王族から追放を命じられた。 役立たずの聖女の代わりなど、いくらでもいると。 ミラジェーンの召喚魔法では、いつからか依頼の品どころか本当にガラクタもだが『ゴミ』しか召喚出来なくなってしまった。 なので、大人しく城から立ち去る時に……一匹の精霊と出会った。餌を与えようにも、相変わらずゴミしか召喚出来ずに泣いてしまうと……その精霊は、なんとゴミを『食べて』しまった。 美味しい美味しいと絶賛してくれた精霊は……ただの精霊ではなく、精霊王に次ぐ強力な大精霊だとわかり。ミラジェーンを精霊の里に来て欲しいと頼んできたのだ。 追放された聖女の召喚魔法は、実は精霊達には美味しい美味しいご飯だとわかり、のんびり楽しく過ごしていくスローライフストーリーを目指します!!

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

処理中です...