上 下
8 / 101
第1章

第8話 ユイトのドラゴン2

しおりを挟む
 馬車は貴族街という所に向かっている。ボクは王都に来てまだ日が浅く、この近くに来たことはない。王宮の周りにある貴族だけが住んでいる街。鉄の柵に囲まれていてボク達は入ることができない場所だ。

 その門に立っている衛兵の人に御者が合図して、門を開けてもらっている。中は貴族のためだけの商店が建ち並び、それを抜けると、大きな屋敷がある区画に入って行った。

「おい、何でも屋。お前の名前は何という」

 横に座っている熊獣人の人に聞かれた。

「ボクは、ユイトって言います」

「これから行くのは、フラベルム子爵様のお屋敷だ。失礼のないようにしろ」

「じゃあ、奥に座っている人は、そのフラベルム子爵様じゃないんだね」

 横の体の大きな人は剣も持っているし、護衛なんだろう。もうひとりの人が屋敷の主人だと思っていた。

「ワシは旦那様の使いの者だ。旦那様は直接このような事はなされない。魔獣に関することはワシの役目なのでな」

 立派な服を着ているからてっきり貴族の人だと思ったけど、お使いの人だったのか。

 馬車は王宮の方に向かって走っていく。こんな近くで王宮を見るのは初めてだ。下の街からは王宮の屋根の部分と城壁ぐらいしか見えない。王宮には白い石でできた綺麗な塔や建物がいくつもある。屋根は緑色で白い壁には幾つもの彫刻の像が取り付けられていた。

 王宮の周りは立派な城壁があって4隅に大きな塔が建てられている。そんな王宮が見える屋敷のひとつに馬車は停まり、門番が鉄格子の大きな門を開けて中に入る。

「お前は、この部屋でしばらく待っていろ」

 案内された広い部屋には、大きなソファーと背の低いテーブルがある。ソファーはふかふかだ。座って周りを見ると壁には彫刻と共に、魔獣の首のはく製やら毛皮などが飾られていた。

 メイドの人が紅茶を持ってきてくれたけど、キョロキョロとしているボクを見てクスクスと笑っていた。

「お前がドラゴンを飼っているという、何でも屋か」

 部屋に小太りの鹿獣人の男の人が入ってきた。すごく豪華なローブを着ている。キラキラの首飾りや指にいくつもの指輪を付けている。この人がこの屋敷の主人と言う貴族なんだ。その後ろにはさっきの長身のヤギ獣人の人もいる。

「ドラゴンは人族の国にしかいないと聞いていたが、どこから仕入れてきたんだ」

 キラキラの貴族の人がボクに尋ねてきた。

「仕入れて? キイエはボクの村に居て、王都で働くボクに付いて来てくれたんです」

「村に居ただと。まあいい。それでいくらで譲ると言うのだ。それなりの金は用意しておる」

 この貴族の人は何を言っているんだ。キイエを買うつもりなのか。

「キイエはボクの家族です。なにを勘違いされているのか知りませんが、売るなどという事はしません」

 きっぱりと言うと、その貴族は驚いたように後ろに控えている人に聞く。

「どういう事だ、バトエラ。飼い馴らされたドラゴンを売っているのではないのか」

「確かに人に慣れておりました。そのドラゴンは人語を理解ししゃべっており、自分の意思を持っているように見えました」

「ほう、しゃべる魔獣か。それは是非とも手に入れたいな。金に糸目はつけん、いくらなら売るか言ってみろ」

「ですから、キイエは売り物じゃないんです」

「まあ、そのあたりの交渉はバトエラに任せる。ワシはそのドラゴンを見てみたい。人語を理解するなら直接ドラゴンと交渉しても良いな」

 この人は人の話を聞かない人なのか。

「それであれば、この者が持つ笛を吹けば、ドラゴンを呼び寄せられると存じます」

「ボクはキイエをここに呼びませんよ!」

 キラキラ貴族の後ろに控えていた、ヤギ獣人の人がボクの横に来て、革袋をテーブルの上に置いて話す。

「そう言わず、ここに銀貨30枚を用意した。これでドラゴンを呼んでくれんかね」

「ですからボクは呼びませんし、キイエを売るなんて考えていませんから」

「では、少し交渉いたしましょう」

 ボクはその長身のヤギ獣人の人に連れられて、別の部屋へと行く。事務的な部屋で向い合わせに座らされて、キイエを買う条件だとか、お金の支払い方法だとか、よく分からない話を延々と続けられた。
挙句には、キイエを呼ぶための笛を取り上げられてしまった。

「今はこの笛を借りてドラゴンを見るだけだ。お前がここにいればドラゴンも話を聞いてくれるだろう。そのためのお金は十分に支払いますよ。お前は金を積めば何でもする、何でも屋なのだろう」

 そんな事を言って笛を持って部屋を出て行く。衛兵の人が部屋にいてボクは外に出れなくなってしまった。

「旦那様、これを吹けばドラゴンを呼び寄せられます。もしかするとこれで言う事を聞かせられるかもしれません」

「おお、そうか。よしワシが吹いてみよう」

 貴族は従者と護衛などを引き連れて、屋敷の庭に出て笛を吹く。

「何だ、何も音がしないぞ」

 貴族が何度か空に向かって笛を吹く。

「旦那様。音がしなくても良いようで御座います。あっ、あそこにドラゴンが見えました」

 遠く空を飛ぶドラゴンの小さな姿が見えた。遠くにあったその影は急速に大きくなり、貴族達の居る屋敷を通り越して王宮にまで到達する。
ドラゴンは城壁の塔に体当たりするかの勢いで垂直に立つ塔の壁に足をつき、反転して貴族の屋敷の庭に着地する。その勢いは凄まじく、地面が揺れて立っていることができない程である。遠くに王宮の城壁の一部である塔が崩れ落ちるのが見えた。

「おのれか、その笛を吹いたのは!! ユイトを何処にやった。返答次第では命がないものと思え!」

 倒れ込んだ貴族をドラゴンが足で押さえつける。周りの護衛が槍を構えるが、殺気を帯びたドラゴンのひと睨みで足がすくみ動けなくなる。

 貴族は震える手で屋敷の方を指差す。そこには人族の少年がこちらに向かって駆けてきていた。

「ごめん、キイエ。笛を無理やり取られちゃったんだ」

「ユイト。怪我は無いか」

「うん、大丈夫だよ。ボクを閉じ込めてキイエと話をするって言っていただけだから」

「そうか。で、この者達をどうする」

「そうだね。少し怖い目を見させてあげてよ」

 キイエは足で押さえていた貴族を片手で持ち上げ、頭の上まで持ってくる。そして空に向かって口から炎のブレスを噴き出した。

「ヒェッエ~」

 目の前でキイエの凄まじいブレスを見せられ、貴族は情けない悲鳴を上げる。あれは怖いんだよね。ボクも小さな頃にいたずらをして、父さんに怒られてあれをやられた。

 その後、ボクは報酬だと言ってお金をもらい、貴族の馬車に乗せてもらい店まで戻る。もう日も暮れて辺りは暗くなりかけていた。

 ◇

 ◇

「女王はいるか?」

「これはキイエ殿。よく来られました」

「久しいな、エイドリアン女王よ。戴冠式以来か」

「そうですね。それで今回は、どのようなご用向きで参られたのですかな」

「我れの守護する一族の末裔、それに名を連ねる者に手を出してきた貴族がおってな」

「それは、失礼をいたしました」

「ユイトを監禁し我れに脅しをかけようとしよった。守護する一族に危害が加わった場合、王国と言えどタダでは済まぬと心得よ」

「分かっております。人族やドラゴン族に手を出せば国が亡ぶ。過去2回の世界大戦を見ればそのことは明白ですので」

「今回の件、我れから手は出さぬゆえ、そちらで処分するがよい」

「分かりました。キイエ殿、今後ともよしなに」


 ドラゴンが去りし後、王宮では女王とその側近のよる会議が開かれた。公爵家に名を連ねた国の重鎮ばかりである。

「被害はどれ程のものになっているのですか?」

「幸い城壁には人がいなかったそうで、塔の倒壊と負傷者が24名のみだそうです、女王陛下」

「それで、今回の騒動を引き起こしたのは、いったい誰なのですか」

「フラベルム子爵の屋敷に、ドラゴンが降り立ったと報告を受けておる」

「フラベルムと言えば、先日も魔獣を街に放ち、騒動を起こした奴ではないか」

「あ奴か。帝国議会にも顔を出さず、魔獣ばかり追いかけていると聞いたぞ」

 数々の報告を受けて、女王が裁決を下す。

「調査の上、その者の資産を没収し王都から追放しなさい」

「承知いたしました。それにしてもキイエ殿や守護する一族の事を知らぬ貴族がいたとはな」

「新大陸と友好を結べたのも主力兵器である魔弾や鉄道の整備なども、あの村の一族のお陰だというのに。その事を忘れた連中が多くなっているのだろう」

「恩義を感じる事はあれど、敵対するなど国を滅ぼしかねん。各諸侯にも通達を出した方が良かろう」

 御前会議は夜遅くまで続いた。

 ◇

 ◇

「ねえ、ユイト。明日、少し遠くの山に行かないとダメなんだけど、キイエ様に乗せて行ってもらえないかしら」

「うん、大丈夫だと思うよ」

「助かるわ。これで少し交通費が浮くわね」

「まあ、メアリィったら、キイエ様を馬車代わりに使うなんて」

「仕方ないじゃない、今月は赤字なんだから。キイエ様もユイトも討伐ではあまり役に立たないし、立っている者は親でも使えって言うじゃない」

「そうですよね、ボクもキイエもこのお店に貢献したいし。ボクも強くなって、ちゃんと役に立てるように頑張からね」

「ええ、そうね。ユイトには、クビにならない程度には頑張って欲しいわね」

 今日も平和な何でも屋の一日が過ぎていく。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

うっかり女神さまからもらった『レベル9999』は使い切れないので、『譲渡』スキルで仲間を強化して最強パーティーを作ることにしました

akairo
ファンタジー
「ごめんなさい!貴方が死んだのは私のクシャミのせいなんです!」 帰宅途中に工事現場の足台が直撃して死んだ、早良 悠月(さわら ゆずき)が目覚めた目の前には女神さまが土下座待機をして待っていた。 謝る女神さまの手によって『ユズキ』として転生することになったが、その直後またもや女神さまの手違いによって、『レベル9999』と職業『譲渡士』という謎の職業を付与されてしまう。 しかし、女神さまの世界の最大レベルは99。 勇者や魔王よりも強いレベルのまま転生することになったユズキの、使い切ることもできないレベルの使い道は仲間に譲渡することだった──!? 転生先で出会ったエルフと魔族の少女。スローライフを掲げるユズキだったが、二人と共に世界を回ることで国を巻き込む争いへと巻き込まれていく。 ※9月16日  タイトル変更致しました。 前タイトルは『レベル9999は転生した世界で使い切れないので、仲間にあげることにしました』になります。 仲間を強くして無双していく話です。 『小説家になろう』様でも公開しています。

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する

高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。 手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。

一緒に異世界転生した飼い猫のもらったチートがやばすぎた。もしかして、メインは猫の方ですか、女神様!?

たまご
ファンタジー
 アラサーの相田つかさは事故により命を落とす。  最期の瞬間に頭に浮かんだのが「猫達のごはん、これからどうしよう……」だったせいか、飼っていた8匹の猫と共に異世界転生をしてしまう。  だが、つかさが目を覚ます前に女神様からとんでもチートを授かった猫達は新しい世界へと自由に飛び出して行ってしまう。  女神様に泣きつかれ、つかさは猫達を回収するために旅に出た。  猫達が、世界を滅ぼしてしまう前に!! 「私はスローライフ希望なんですけど……」  この作品は「小説家になろう」さん、「エブリスタ」さんで完結済みです。  表紙の写真は、モデルになったうちの猫様です。

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

平凡冒険者のスローライフ

上田なごむ
ファンタジー
26歳独身動物好きの主人公大和希は、神様によって魔物・魔法・獣人等ファンタジーな世界観の異世界に転移させられる。 平凡な能力値、野望など抱いていない彼は、冒険者としてスローライフを目標に日々を過ごしていく。 果たして、彼を待ち受ける出会いや試練は如何なるものか…… ファンタジー世界に向き合う、平凡な冒険者の物語。

異世界へ誤召喚されちゃいました~女神の加護でほのぼのスローライフ送ります~

モーリー
ファンタジー
⭐︎第4回次世代ファンタジーカップ16位⭐︎ 飛行機事故で両親が他界してしまい、社会人の長男、高校生の長女、幼稚園児の次女で生きることになった御剣家。 保険金目当てで寄ってくる奴らに嫌気がさしながらも、3人で支え合いながら生活を送る日々。 そんな矢先に、3人揃って異世界に召喚されてしまった。 召喚特典として女神たちが加護やチート能力を与え、異世界でも生き抜けるようにしてくれた。 強制的に放り込まれた異世界。 知らない土地、知らない人、知らない世界。 不安をはねのけながら、時に怖い目に遭いながら、3人で異世界を生き抜き、平穏なスローライフを送る。 そんなほのぼのとした物語。

異世界で快適な生活するのに自重なんかしてられないだろ?

お子様
ファンタジー
机の引き出しから過去未来ではなく異世界へ。 飛ばされた世界で日本のような快適な生活を過ごすにはどうしたらいい? 自重して目立たないようにする? 無理無理。快適な生活を送るにはお金が必要なんだよ! お金を稼ぎ目立っても、問題無く暮らす方法は? 主人公の考えた手段は、ドン引きされるような内容だった。 (実践出来るかどうかは別だけど)

処理中です...