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第6章 魔族の国

第33話 外交 キノノサト国2

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 翌日、朝食の時にお城からの使いが来たと旅館の女将から聞いた。まだ用意ができていないので明日まで待ってほしいとの事だ。

「今日、一日時間ができちゃったね。ミノエル君を連れてこの町を見て歩いたらどうだい。折角生まれ故郷まで来たんだからさ」
「そうですわね。ここを離れた時は三歳の頃で、街の様子も覚えていないでしょうからいい機会ですね」

 そう言ってエリーシアは、外に出る準備をする。街中にいる鬼人族は眷属の事を知らない。驚かせないようにエリーシアとミノエル君は仮面を付けて街に出る。

「ベルケスとグフタス。エリーシア達をしっかりと護衛してあげてね」
「承知しました。では参りましょうか、姫」

 この鬼人族の二人ならガウリルの街中も慣れているし、心配することはないね。

「ねえ、あたしも一緒に外に出てくるわね」
「珍しい物がいっぱいありそうだし観光して来ればいいよ。あっ、迷子にならないでよ」
「失礼ね、大丈夫よ。まあ、初めての町だし分からなくなったら空からこの宿を探せばすぐに見つかるわ」

 この国は妖精族と友好関係にあるから、エルフィが飛んでいるのを見ても騒ぎになる事もないだろうしね。

 ――さて、ボク達は明日の条約締結の打ち合わせでもしておくか。観光はそれが終わってからでいいかな。


 夜の食事も終わりお風呂に入ると、ミノエル君はもうぐっすりと眠ってしまった。

「今日一日、街中を歩いてましたから疲れたのでしょう」
「エリーシアも疲れただろう。明日のためにも今日は早めに眠った方がいいよ」
「そうですわね。リビティナ様、それではお先に失礼いたします」

 寝ているミノエル君を抱いて、エリーシアは自分の部屋に戻って行った。

「ベルケス。ちょっと来てくれるかい」

 エリーシアの護衛の二人、それとネイトスを部屋に呼ぶ。

「気付いているかい、ベルケス。この旅館の様子がおかしい」
「街中でも、怪しい人物を数人見掛けております」
「リビティナ様。すると、今夜に襲撃があると……」

 旅館の従業員の数が少なく、旅館の外になにやら動く気配がしている。

「狙われているのはボクじゃなくて、エリーシア?」
「ミノエル様かも知れませんな。跡目争いが起きている可能性もあります」

 エリーシアは大将軍の長男の元第二夫人。とはいえ既にキノノサト国を出奔し、縁が切れているはず。正妻に男の子も生まれているからミノエル君が後継者争いに巻き込まれるはずないんだけどね。

「我らも城を離れて七年経ちます。内情がどうなっているのか詳しくは知りません」

 大将軍にまつわる内情が国外に伝る事はない。その間に変化があったかも知れないね。

「エリーシアやミノエル君に知られないように、外で決着を付けようと思う。ベルケス達は中でエリーシアを守ってくれるかい」
「ならば我らも出た方がいいでしょうな。ここには獣人の護衛が多数おります。外の者を早めに始末いたしましょう」
「分かった。正面はボクに任せてくれるかな。二人とネイトスは裏口から外へ」
「承知!」

 二手に分かれて外に出ると、武装した鬼人族が集結して今にも門の中に入ってこようとしていた。こちら側にいるのはざっと十五人。

「この魔王に戦いを挑むとは、いい度胸だ」

 正門に立ち黒い翼を広げ言い放つリビティナの姿を見て、賊は怯みながらも刀で斬りかかって来た。戦闘に慣れた者かプロの傭兵と言った感じだね。
 爪を伸ばし、斬りかかる刀を弾くと同時に手刀で首や胴をねていく。土魔術の散弾を頭めがけて飛ばし後方の賊も一気に倒す。断末魔を上げる暇もないみたいだね。

 空を飛び周辺を探ると、塀を越えて中に入ろうとする者が五人いた。上空から氷の矢で撃ち抜く。
 そのまま裏口へ向かうと、もう賊は片付いていた。

「リビティナ様。こちらは終わりました」
「ネイトス。中で守りを固めてくれ。ベルケス達はエリーシアの護衛に戻ってくれるかい」
「へい、了解しやした」
「承知」

 もう一度、空から周辺を見回ってみると、木の上から中の様子を探っている者がいる。見張りか指揮官か知らないけど、ここから丸見えだよ。狙いをつけ高速の石つぶてを発射して頭を撃ち抜く。
 もう他に怪しい影はないようだね。

「リビティナ様。何かあったのでしょうか」
「いやね。盗人なのか三人ほど周りをうろついていたから追い払ってきたよ。エリーシアは安心して寝ていてくれたらいいからね」
「そうでしたか……ありがとうございました。リビティナ様」
「ベルケス達もしっかりとエリーシアとミノエル君を守ってあげてくれよ」
「はっ!」

 何事もなく部屋の前で控えている護衛二人に声を掛けて、自分の部屋へと向かった。

「ネイトス。旅館の中の様子はどうだった」
「住み込みの料理人ぐらいしか残ってませんね。女将や他の従業員は逃げたようですぜ」
「この旅館もグルでボク達を襲ったようだね」
「すると大将軍の差し金ですかね」
「どうだろうね。将軍が出すにしては戦力が少なすぎだけどね」

 たった三十人程で魔王の居る旅館へ攻撃を仕掛けるのは無謀すぎる。
 その後も屋根の上から外の様子を見ていたけど、明け方近くに軍の兵士のような者達が大勢で来て、賊の遺体を片付けて行ったよ。
 殺気が全くなかったから、好きなようにさせておいた。多分あれがこの国の正規兵なんだろう。

 朝は何事もなく、住み込みの料理人たちが食事を作ってくれる。そこへお城からの使いと言う人物が現れた。

「魔国からの来訪者の方々、遅れて申し訳ありません。準備が整いました、本日午後城へ来ていただきたい」

 そういえば、お城の使者を見るのはこれが初めてだね。この人が本物なんだろう。魔国の使節団がこのガウリルに入っていたことを知らされていなかったのかな。

 何はともあれ、お城に入れるようになった。やっと目的が果たせそうだね。
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