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第3章 安住の地

第29話 東の領主

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 ネイトスもこの洞窟での生活に慣れてきて、森で狩りができるまでになっていた。

「リビティナ様に作ってもらったこの機械弓ってやつ。すごくいいですぜ」

 腕力が無くなったネイトス用に、滑車やリムで動作する強力な弓を作ってみた。ネイトスは、おもちゃを与えられた子供のように喜んでいる。

 弓の両端に金属製の部品を取り付けてワイヤーで連動させ、てこの原理により小さな力でも強力な弓になる。金属部品は試練の村で図面を見せたらすぐに作ってくれた。
 コンパウンドボウという物らしいけど、神様からもらったガイダンス機能の知識のお陰で作ることができた。この能力が初めて役に立ったんじゃないかな。

 ネイトスの腕力は無くなったけど、手の器用さは前に比べて格段に上がっている。この機械弓も上手く使いこなせているようだね。

 狩りの後はいつもお風呂だけど、今日はサウナにしよう。

「リビティナ様、湯船の水が冷たいままになってますぜ」
「それでいいんだよ。今日は洞窟の外にある小屋に入ってくれるかい」

 ここは木材乾燥用に作った丸太小屋。既にかまどに火を入れて中を熱している。パンツ一枚で中に入ったネイトスは熱い熱いと言いながら、中の長椅子に腰かけた。

「うわっ。なんでリビティナ様まで入ってくるんですか!」
「サウナはね、男女一緒に入ってもいいんだよ」

 そう言ってボディスーツのまま室内に入る。

「ほらこの 石に水を掛けると蒸気でもっと熱くなるんだ」
「こりゃ、汗が止まりませんな」
「それが良いんだよ。温まった後は水風呂に入ると気持ちがいいからさ」

 そう言ってサウナの入り方を教えながらネイトスの横に座る。

「り、リビティナ様。そのような格好で側に寄られますと……」
「なんだいボクの体に興味があるのかい」

 肩が触れ合う位置まで近寄る。

「あ、あのう。俺はもう熱くなってきたので、み、水風呂にはいってきやす」

 そんな慌てて出て行かなくてもいいのに。ネイトスは眷属としてリビティナに仕える事が幸せだと日頃から言っている。もっと気楽にここで暮らしてくれてもいいんだけどね。

 そんな生活をしだして二ヶ月程が経ったある日。

「おや、村から狼煙のろしが上がっているね」

 前に試練の村で買い物をした時に、緊急の用件があるときは狼煙で連絡してくれるようにと言っておいた。

「村に何かあったんですかね」
「さあ、どうだろうね。ちょっと行ってくるよ」

 翼を広げて村へと向かい、冒険者ギルドに寄ると、中は慌ただしく冒険者や職員達が走り回っている。

「賢者様。来ていただき、ありがとうございます。どうぞ、こちらへ」

 女性職員に案内されて応接室へと入った。

「どうしたんだい、支部長。何だか慌ただしいみたいだね」
「はい、実は隣りの領主が、この森に軍隊を送ったようなんです。森だけでなく、この村も手中に収めようと動いています」

 軍隊とは穏やかじゃないね。でもこの地方はハウランド子爵の領地だと聞いている。他の領主が攻め込んでくるなど、簡単にできるはずないんだけど。

「この最果ての大森林については、誰の領地かあいまいだったそうです。隣りの領主が自分の領地だと国に申請したようなのです」

 すぐ東隣りの領主はケファエス子爵と言うらしい。同じ子爵だけどその勢力は三倍近くあって、領民は三万人ほどいるそうだ。リビティナはこういった世情には疎く、気にしてこなかったけど、攻めてくるとなれば話は別だ。

「その報を知らせてくれた人物が賢者様に会いたいと、ここに来ています」

 そう言って部屋に入って来たのは、ネイトスと一緒にいたガリアとシャトリエだった。

「リビティナ様。俺達が領主様にあんな報告をしたばかりに、こんな事になってしまった。すまない」
「領主様には、この世に不老不死の薬草は無いって報告したんですのよ。でも不老不死の方法をリビティナ様なら知っているだろうと……」

 二人は、恐縮しながら謝ってきた。

「すると、ここに攻め込んでくる目的はボクと言う事になるね」

 森の領有を宣言して、森に詳しいこの村を支配し、山の探索でもさせるつもりなんだろうね。そしてリビティナを捕らえて不老不死の秘密を暴こうと……何て愚かなんだろう。

「その為にケファエス子爵は、千人規模の兵をこちらに向かわせている」
「千人とは、そりゃまた大規模な兵を動かしたもんだ」

 ケファエス子爵の全兵力は約千三百人。領地を守る兵を残して、動かせる兵全てをこちらに向かわせた計算になる。

「でも、ここの領主がよく領地内の通行を許可したものだね」
「国に申請して許可を取ったそうだ。自分の領地の森を調査するために、通行させてくれと言ったらしい」

 領地の申請をすると同時に、魔獣の居る森の調査も申請したようだ。魔獣の調査や討伐に軍が動くのは普通にある事だからね、それを口実にしたんだろう。まあ、多額のワイロも渡しているんだろうけど。

「オレ達の領主は今、六十五歳を越えている。自らの寿命が短い事で焦っているんだろうな」

 この世界の人の寿命は短い。獣人なら六十歳ぐらいで亡くなるのが普通らしい。長寿の妖精族は二百歳以上生きると言うけど、それは例外中の例外だね。
 それでこんなにも早く軍を動かす決断をしたんだろうね。

 でも、それだけの兵力を動かすとなると行軍も遅くなる。この村に来るのは十日後くらいになるだろうと予測されている。しかし千人規模の兵力を相手にするには、ここに居る者だけでは歯が立たないだろうね。
 この村を守る責任者は領主と、冒険者ギルドの支部長のはずだけど……。

「この地方の領主である、ハウランド子爵に応援は頼んだのかい」
「はい、賢者様。しかしこちらに回せる兵力の数は少なく、冒険者に報酬を出して依頼と言う形でこの村を守ってほしいと連絡がありました」

 領主側からは、五人程の分隊を村に送ったらしいけど、それでは戦力の足しにもならないだろう。
 ここの領主の兵力だと自分の居る町を守るだけで精一杯のようだ。それを聞いて逃げ出す冒険者もいるみたいだね。もしかしたらこの村は見捨てられたのかも知れないね。

 だけどリビティナ自身が狙われていると言うなら、自分も戦わないといけないだろう。人と戦う事は好きじゃないけど、訳の分からない連中にあの森を荒らされるのを見過ごすことはできない。

「分かったよ。ボクの方からも戦力を出そう。戦ってくれる魔獣もいるだろうからね」
「賢者様、ありがとうございます」

 知らせてくれたガリアとシャトリエも、この村のために戦ってくれるそうだ。

「シャトリエは教会の人間だからいいだろうけど、ガリアは領主に仕えていたんじゃないのかい。裏切ることになるけど大丈夫なのかい」
「あの領主は無理難題ばかり言ってくる。前々から気にくわない奴だと思っていたからな。いい機会だよ」

 そういえば前も、不老不死の薬草を取って来いと二人だけでこの森の調査に来たんだったね。それで死ぬ思いまでして割に合わないよね。上司にしたくない一位の我がまま領主のようだ。


 その日は、どうやって戦うのかをギルド支部長と打ち合わせをして、洞窟へと帰ってきた時にはもう夜になっていた。

「そうだったのか。俺があの二人をここに連れてきたのが原因なんだろう。すまなかった」
「そんなことはないさ。眷属となってくれた君を送り届けてくれたんだ。あの二人には感謝しているよ。ボクはこれから森の王の所に行って話をしてくるよ」
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