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第2章 最果ての森

第22話 深層の魔獣2

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 ようやく、深層二層の野営地まで来ることができた。表層とは違い時間がかかってしまったが、初めてこの森に入る二人を抱えては致し方ないか。

「ここでは、かまどは土を掘って、その底で火を燃やす。上に置いた鍋で蓋をするようにし、周りを木の枝で囲んで光を外に出さないようにする」
「魔獣に見つかるからか?」
「そうだ」

 普通、夜警をするときは炎を絶やさないようにするが、ここの魔獣は炎を恐れない。魔獣には見にくいとされる、紫色のランタンでかまど周辺だけを照らして食事をする。

「そのランタンも特別製のようだが」
「臭いが出ないように、油ではなく固形のロウを使っている。光が弱いが我慢してくれ」
「あなたは、この森に魔獣の王がいると言っていましたね。見たことはあるんですか」
「いや、俺は見たことはない。二足歩行する熊の魔獣だとか、他の魔獣と話ができる魔獣だと言われている」

 冒険者ギルドに上がってくる情報を精査し、まとめた結果が魔獣王の存在だ。そのせいで、この森は他の森とは異質な存在となっている。
 これらの情報は公開され、村の冒険者間で共有されている。

「そいつは頭が良くて、連携して魔獣を倒すため、他の魔獣も連携するようになったと言われている」
「熊の魔獣と言う事は、風か土魔法を使って来ると言う事ですわね」
「そいつは風の魔術を何種類も放つらしい」
「そんな馬鹿な……」

 通常、魔獣と言うのは魔法の塊を飛ばしてくるか、精々一種類の魔術だけを操る。

「風のやいばで切り裂き、槍で突き刺すそうだ。土の煙幕や炎まで使ったと言う報告もある」
「複数属性を持つ特異個体か……。なんにせよ、そんな化け物相手では逃げるほかないな」

 戦う相手や状況に応じて魔術を変えてくるなど、厄介この上ない魔獣だ。二人にはこの森の異常さを納得してもらえたようだな。

「それはそうと、ネイトス。お前はなんでこんな危険を冒してまで、マウネル山に登ろうとしているんだ」
「俺のバア様が言うには山の中腹に人が住んでいて、仲間を探しているそうだ」
「それなら噂で聞いた事がありますわ。何でも賢者様が居て、英知を授けてくれるとか」
「オレの地方にある伝承では、山に居るのは夜を司る女神だそうだ」

 あの山には、色々な伝説やら噂話が絶えない。だが俺の聞いている話は本当の事だ。

「あの山に住んでいるのはヴァンパイアだそうだ」
「!!」

 思わず息を呑むふたりに、ネイトスは自分の決意を話す。

「俺はそのヴァンパイアの眷属になるために、あの山に登るんだ」
「お、お前。ヴァンパイアといえば血を吸う人型モンスターだぞ。その眷属になるなどと……」

 まあ、こういう話をしても、あきれ返られるだけだろうとネイトスは二人の顔を横目に見る。しかし、その二人も真剣な顔をしてネイトスに向き合い口を開く。

「実はな……オレ達があの山に行くのは不老不死の薬草を探しに行くためなんだ」
「そうなのよ。だから薬学に詳しい私も調査に同行する事になったの」

 不老不死の薬草? これまた伝説級のおとぎ話じゃないか。俺のヴァンパイアの話に匹敵するぞ。
 その二人の話を聞くと、隣の領主がこの二人に採って来いと命令したらしい

「不老不死の薬草……ほんとに存在するのか」
「それがね、領主様の持っている古い記録によると、花は血のように真っ赤で、葉っぱは光り輝いているって具体的な事が書かれているそうよ」
「その本には絵が描かれていてな、ギザギザで先端が尖った葉をしている絵をオレ達も見せてもらった」
「そういう、まやかし物の本は時々俺達冒険者の間でも流行る事がある。たぶんその内容は嘘だな」
「オレも疑わしいとは思ってはいるが、あの山にヴァンパイアが居ると言うなら、もしかしたら不老不死の薬草も……」
「ネイトスさん。ヴァンパイアが居ると言うのは、確かな情報なのですか」
「ああ。俺のばあ様は若い頃に実際にヴァンパイアに会って命を救われたと言っていた」

 ネイトスは冒険者になりたての頃に、この話をして他の冒険者に笑われて以来、ヴァンパイアの話はしなくなった。だがこの二人は真面目に聞いてくれそうだ。

「そのヴァンパイアは色白の妖精族に似た顔立ちの少女だったそうだ。その話を子供の頃から聞かされて、俺はその心優しきヴァンパイアに憧れた」
「それで眷属になろうと……」
「眷属になりたかったのは、ばあ様の弟の大叔父おおおじ様だ。テイムの町からこの森へと続く道を作ったのが大叔父様だ。それが試練の村の始まりになった」
「その大叔父様と言う人は、眷属になったのか。その人に会うためにお前も眷属になろうと言うのか」
「いいや、大叔父様はこの最果ての森を抜ける事はできなかった。Cランクの冒険者だったからな」

 その後、この森から持ち帰られた貴重な薬草や魔石に目を付けたこの地域の領主が、金になるとあの村を建設した。結局大叔父様は眷属になれず、その夢を俺達子孫に託して十五年前に亡くなった。

「ばあ様も五年前に亡くなったが、その意思は俺が引き継いだ」
「その話から、山には賢者が居るとか、不老不死の薬草があると言う噂話になったのかしら」
「それは分からんが、あのばあ様が嘘をつく訳はない。あんなに感謝し、もう一度会いたいと言っていたからな」

 だから、ヴァンパイアの少女があの山に居ることは確実だ。

「それに俺は深層六層の湖で、山の中腹につながる道を見た。あれは人工的に作られた道だった」
「その道へはどこから入れるんだ」
「多分四層か五層の麓からだろうが、未だに発見できていない」

 こんな話に付き合って、深層まで行く奴はいない。ネイトスはソロで調査を続けていたが、それにも限界はある。

「それならオレ達が協力しよう。オレもそのヴァンパイアの少女とやらに会いたくなってきた」
「ガリア、何言っているの。これは薬草の調査依頼なのよ」
「シャトリエ。もし、不老不死の薬草がこの山にあるなら、そこに住むヴァンパイアに聞くのが一番早いだろう」
「確かに……それもそうね。じゃあ、その山道を探せばいいと言う事になるのかしら」

 そう言う二人と共に、明日からは三人で山の中腹につながる道を探すことになった。希望の光が見えた気がした。
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