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第2章 最果ての森

第17話 バァルーの戦い

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 バァルーと洞窟で過ごして三年余り。人間で言えば十八歳頃の青年という年齢まで育った。そろそろバァルーも独り立ちの時期だけど、この洞窟から離れようとしない。

『母さん。ほらこんな大きな獲物を狩って来たよ。すごいだろう』

『母さん。森の奥から、いい臭いがするんだ。今度一緒に行ってみようよ』

 いつもリビティナの元に来て、日頃の出来事を嬉しそうに話してくる。それ自体は嬉しいんだけど、いつまでも母離れできないと困ると思うんだけど……。

『母さん、ごめん。怪我しちゃったよ~。治して~』
『で、今度はどんな奴と戦ってきたんだよ』
『縄張りに入って来た大きなオス熊だった』
『バカだね、君は。そんなときは怪我する前に逃げるんだよ。勇気と蛮勇は違うんだからね』
『そうなの。相変わらず、母さんの言うことは難しいや』

 体も大きくなって、難しい言葉も話せるようになってきた。この洞窟近くの森を縄張りにして、一人で狩りをする事もできる。
 そのせいか最近は怪我する事も多くなっている。今回の怪我もバァルーには血をあたえず、傷をめて光魔法をかければすぐに治るけど、少し心配になってくる。

『また今度、そのオス熊が来たらやっつけたいんだ。母さん、魔術の練習に付き合ってよ』
『まあ、それもいいけど、君はもっと戦略とか戦術を学んだ方がいいよ』
『センジュツ?』
『前にバァルーと他の熊が戦っているところを見たけど、二本足で立ち上がって、万歳するように両手を上げていただろう』
『うん。相手より自分を大きく見せるためだよ』
『そんなの全くの無防備じゃないか』
『ムボウビ?』
『弱いお腹を見せて、両手を上に向けて上げているんだから、魔法攻撃もまともにできないじゃないか』
『あっ、そうだね!』
『相手が立ち上がったら、お腹めがけて風魔法を使って攻撃したらどうなのさ』

 やはり魔獣とはいえ獣だからね。そういうことに気が付かないんだろう。

『君はこの辺りを縄張りにしているんだから、地形は良く分かっているだろう。自分の有利な場所に相手を誘い込んで戦うという方法もある』
『なるほど。母さんは賢いね』
『まあ、人間の悪知恵みたいなものなんだけどね。君も生きるか死ぬかの戦いをするなら頭を使いなよ。もし死んでしまったら悲しむ人がいるんだからね。負けると分かったらすぐに逃げるようにしなよ』
『うん。分かったよ。母さんを悲しませる事は絶対にしないよ』

 その数日後。バァルーが言っていたオス熊の魔獣が現れたようだ。森に行っていたバァルーが遠吠えのような声で鳴き、洞窟を飛び出したリビティナが上空からバァルーの戦いを見守る。

 バァルーの二倍はあろうかと言う大きな魔獣の熊だった。よくあんなのに戦いを挑もうとしたもんだ。戦いに手出しはしないけど、撤退するならその手伝いぐらいはしてあげるつもりだ。

 バァルーは縄張りに入って来たオス熊を、木の少ない場所におびき寄せたようだ。
 助言通り小さく立ち上がり、相手が立ち上がったところで、風の渦で砂を巻き上げ煙幕を張る。両手をVの字に振り下ろし、煙幕の左右から風のやいばを曲げてお腹に一撃を食らわせた。

 正面の影に注意を向けさせて左右から攻撃するとは、なかなかやるもんだね。

 相手が怯んだ隙に突進して距離を詰めて牙と爪で相手を切り裂く。だけど相手も巨大な腕を振り回して攻撃してくる。
 お腹に相当な傷を負っているはずだけど、接近戦だと体力のある相手の方が有利なようだ。

 身軽なバァルーが身を躱しつつ後ろに下がり、高速の風の槍を頭部めがけて放つ。

 あれは前に練習した、ウィンドランスの魔術。狙いが外れて肩に当たったようだけど、血を噴き出し大きなダメージを与えたようだ。

 相手は苦し紛れに立ち上がり両手から魔法攻撃しようとするけど、その首元に狙いすましたバァルーの風の刃が走る。
 首を半分以上切り裂かれ、巨大なオスの熊は噴き出した真っ赤な血で染まる。そのまま天を仰ぎスローモーションのようにゆっくりと後ろに倒れ、地響きを立てて地面に転がった。

『よくやったね、バァルー』
『ありがとう、母さん』

 地上に降りて戦い終えたバァルーの背中を撫でて労う。それにしても倒した相手は近くで見ると巨大な魔獣の熊だ。リビティナの身長の三倍近くある。

『少し肩を怪我しているようだね。治療するからこっちにおいで』
『うん、ありがとう。やっぱりこいつすごく強かったよ』
『この熊はどうするんだい。洞窟まで運ぶのかい』
『ここに置いておくよ。これを見れば縄張りを荒らそうとする者がいなくなるからね』

 なるほど、そうやって自分の縄張りを守っていくんだね。傷を舐めて光魔法で治療した後、バァルーはリビティナを背中に乗せて洞窟へと帰っていく。

『今日はよく頑張ったね、バァルー。お祝いに大猪の肉をご馳走するよ』

 バァルーの大好きな猪肉。表面を火であぶってから食べるのがいつもの食べ方だ。何枚ものお肉を焼いてバァルーもお腹いっぱいになったみたいだね。

 夕食を摂った後は寝床に行って、毛づくろいのブラッシングをしてあげる。バァルーはクゥ~ン、クゥ~ンと鳴いて甘えてくる。こういうところは子熊の頃と変わらない。
 体をモフモフしているともっと撫でてとお腹を上に向けてくる。全身で抱きついてお腹もブラッシングしてあげると目を細めて気持ちよさそうだ。

 もうリビティナの身長を超えるまで成長したバァルー。お店の店頭に置くディスプレイでも、こんな大きなぬいぐるみは無いだろうね。このモフモフを独り占めできるなんて、ほんと幸せだよ~。

『これで君の縄張りが、もっと広がりそうだね』
『倒した熊が持っていた縄張りの半分は手に入ると思うよ。明日にでも、あいつがやって来た方の森を調べに行ってみるよ』
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