上 下
17 / 212
第2章 最果ての森

第16話 子熊のバァルー

しおりを挟む
 その後も光魔法による治療と食事を与えて三日後には、動き回れるぐらいにまで回復した。

「バァルー。君にはこの部屋は狭いだろう。洞窟に寝床を作ったんだ、そっちに移動してくれるかい」

 部屋の扉を開けて「バァルー」と呼ぶと、テトテトとリビティナの後を追って付いてくる。洞窟内に干し草を敷いて作った寝床にバァルーを案内する。

 雪の中、枯れ草を集めて乾かして用意した寝床。見慣れない寝床にクンクンと鼻を鳴らしていたようだけど、どうやら気に入ってくれたみたいだね。準備したリビティナの臭いが付着していて安心したのかもしれない。横に座りバァルーの背中を撫でる。

「今日からここが君の居場所だ。あの部屋には食器や包丁などもあるからね。走り回って怪我されちゃ困るんだよ。ここならいくら遊んでも大丈夫だよ。ボクも一緒に遊んであげるからね」


 それから一週間。扉の前で倒れていた子熊のバァルーは順調に回復して、今では洞窟内でリビティナとはしゃぎ回っている。

「こら、こら。そんなに舐めないでくれよ、くすぐったいじゃないか。よしそれなら、全身をモフモフしちゃうぞ~」

 お返しとばかり、バァルーの脇やお腹を撫でまわす。このモフモフ感は癖になっちゃうね。小さな子供が熊のぬいぐるみを欲しがるのも分かる気がするよ。

『……マ……マ』

 バァルーとじゃれ合った後、隣に座って顔をスリスリしていると誰かに呼ばれた気がした。

『……ママ・お腹・空いた』

 バァルーがリビティナの顔を見ながら話をしている!! いや、明確な言葉じゃなくて、意思が頭に直接届く感じだ。これは魔力による意思伝達?
 その声に応じて、奥の倉庫から乾し肉を取って来てバァルーに渡すと、嬉しそうに手で挟んで夢中で食べている。

『ママ・ありがとう』

 また、バァルーからの声が聞こえた。文章じゃなくて短い単語を途切れ途切れにつなぐ感じで、自分の意思を伝えてくる。その会話はバァルーのすぐ近くじゃないと聞こえなくて、少しでも離れると聞き取れなくなる。

「凄いね。魔法でこんな事もできるんだ」

 話をするモフモフの子熊なんて、クリスマスのサンタさんでも用意する事はできないだろうね。思いがけないプレゼントをもらった子供のように嬉しくてたまらない。

 リビティナも「バァルー、バァルー」と呼んでみたけど、餌に夢中になっているバァルーは何の反応も見せなかった。魔力に言葉が乗っていないのかもしれない。でも、なんとしてでもバァルーと話をしてみたい。

 書庫の文献を調べてみたけど、魔獣が言葉をしゃべるなどと言う記述は見つからなかった。そうだろうね、生きた魔獣とこんなに接近する事は普通ないからね。

「これは新発見かも知れない。よ~し、この冬の間にバァルーとお話しできるようになるぞ~」

 まだまだ時間はある。どのみち雪の中、外に出る事もできないんだし、ここでお話しできるように練習をしよう。


 ――三ヶ月が過ぎた。
 洞窟入り口の雪が春の日差しで溶けだした頃、リビティナは魔法による会話ができるようになっていた。

『バァルー。外に出てみようか』
『ママ。まだ寒いよ』
『君は、こんなモフモフの毛皮に包まれてるんだから、寒くはないだろう』
『ママ。言ってること、よく分かんない』

 まだ長い文章や難しい言葉は分からないようだけど、ちゃんと会話はできる。魔法による会話にも慣れて、すぐ近くじゃなくても通じ合えるようになってきた。
 バァルーは普通の声での会話もある程度は理解できるようになっている。中々頭のいい子のようだ。

 少し嫌がってクゥ~ンと鳴いているバァルーを外に連れ出して、近場を歩いてみる。まだ道の端に雪が残る坂道を降りて、森へと入る。

 冬の間一緒に過ごしたとはいえ、ペットとして飼うつもりはない。バァルーも大きくなれば、いずれは自然の中に返さないといけない。そのためにも獲物を狩る練習をしておかないとね。

「バァルー、よく見てるんだよ。こうやって風魔法を使うんだ」

 熊の魔獣は風属性の魔法が使える。それを刃の形にして飛ばす魔術を教える。バァルーは草地にちょこんと座って手から風魔法を使うけど刃の形にならないようだ。

「少し難しすぎたかな。これならどうかな」

 風をグルグルと渦巻きにして、周りの雪を舞い上がらせる。最初は上手くいかなかったバァルーも、手をクルッと回すようにと教えてあげるとできるようになった。

『上手いよ。バァルー』
『ママ、見て。両手でもできるよ』
『すごい、すごい』

 バァルーの喜ぶ顔に、リビティナもつられて笑みがこぼれる。
 今日は実際に獲物を狩るところも見せておこう。少し奥の方に小型の猪がいる。斑点と縞模様のある、うり坊のような猪で魔法攻撃はしてこない。体が小さいとはいえ、子熊のバァルーよりも少し大きいぐらいだ。

『いいかい。ゆっくり近づいて左右から魔法攻撃するからね』

 気付かれないように、足音を忍ばせて近づいて行く。その後ろをバァルーがテトテトと付いてくる。うん、うん、カワイイね。

 魔法の射程内に入って立ち止まり、バァルーが後ろから見ているのを確認してから風魔法を放つ。風の刃が二つ、左右からカーブを描きながら猪に向かっていき、見事体を切り裂いた。

『どうだい。こうやって仕留めるんだよ』

 熊の魔獣がよく使う風の魔法攻撃。今回の相手は魔法攻撃をしてこないけど、身体を強化している。左右から上手く攻撃しないとすぐ逃げられてしまう。
 バァルーにはまだ無理だろうけど、こうやって見せる事で狩りを覚えていってもらいたい。

 倒した獲物の胴体をリビティナが担ぎ、バァルーが頭を引きずりながら洞窟へと帰ってきた。猪をさばいて、バァルーには生肉を与えて、後は焼いたり乾し肉に加工する。

 明日は川に行って魚でも獲ってみようかな。こっちの世界の熊も手で魚を岸に叩き出すのかな? できるだけ自然での行動を教えてあげたいけど、リビティナに同じ事ができるんだろうか。
 そう考えながら、今日もバァルーの背中を撫でて寝かしつける。まるで母親になったような気分だけど、こういうのもいいもんだね。

 相変わらず眷属になりたいと言う人は現れないけど、バァルーと過ごす日常がすごく楽しい。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

家庭菜園物語

コンビニ
ファンタジー
お人好しで動物好きな最上 悠(さいじょう ゆう)は肉親であった祖父が亡くなり、最後の家族であり姉のような存在でもある黒猫の杏(あんず)も静かに息を引き取ろうとする中で、助けたいなら異世界に来てくれないかと、少し残念な神様に提案される。 その転移先で秋田犬の大福を助けたことで、能力を失いそのままスローライフをおくることとなってしまう。 異世界で新しい家族や友人を作り、本人としてはほのぼのと家庭菜園を営んでいるが、小さな畑が世界には大きな影響を与えることになっていく。

転生したら神だった。どうすんの?

埼玉ポテチ
ファンタジー
転生した先は何と神様、しかも他の神にお前は神じゃ無いと天界から追放されてしまった。僕はこれからどうすれば良いの? 人間界に落とされた神が天界に戻るのかはたまた、地上でスローライフを送るのか?ちょっと変わった異世界ファンタジーです。

異世界に転生したけど、頭打って記憶が・・・え?これってチート?

よっしぃ
ファンタジー
よう!俺の名はルドメロ・ララインサルって言うんだぜ! こう見えて高名な冒険者・・・・・になりたいんだが、何故か何やっても俺様の思うようにはいかないんだ! これもみんな小さい時に頭打って、記憶を無くしちまったからだぜ、きっと・・・・ どうやら俺は、転生?って言うので、神によって異世界に送られてきたらしいんだが、俺様にはその記憶がねえんだ。 周りの奴に聞くと、俺と一緒にやってきた連中もいるって話だし、スキルやらステータスたら、アイテムやら、色んなものをポイントと交換して、15の時にその、特別なポイントを取得し、冒険者として成功してるらしい。ポイントって何だ? 俺もあるのか?取得の仕方がわかんねえから、何にもないぜ?あ、そう言えば、消えないナイフとか持ってるが、あれがそうなのか?おい、記憶をなくす前の俺、何取得してたんだ? それに、俺様いつの間にかペット(フェンリルとドラゴン)2匹がいるんだぜ! よく分からんが何時の間にやら婚約者ができたんだよな・・・・ え?俺様チート持ちだって?チートって何だ? @@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@ 話を進めるうちに、少し内容を変えさせて頂きました。

「お前のような役立たずは不要だ」と追放された三男の前世は世界最強の賢者でした~今世ではダラダラ生きたいのでスローライフを送ります~

平山和人
ファンタジー
主人公のアベルは転生者だ。一度目の人生は剣聖、二度目は賢者として活躍していた。 三度目の人生はのんびり過ごしたいため、アベルは今までの人生で得たスキルを封印し、貴族として生きることにした。 そして、15歳の誕生日でスキル鑑定によって何のスキルも持ってないためアベルは追放されることになった。 アベルは追放された土地でスローライフを楽しもうとするが、そこは凶悪な魔物が跋扈する魔境であった。 襲い掛かってくる魔物を討伐したことでアベルの実力が明らかになると、領民たちはアベルを救世主と崇め、貴族たちはアベルを取り戻そうと追いかけてくる。 果たしてアベルは夢であるスローライフを送ることが出来るのだろうか。

戦場の英雄、上官の陰謀により死亡扱いにされ、故郷に帰ると許嫁は結婚していた。絶望の中、偶然助けた許嫁の娘に何故か求婚されることに

千石
ファンタジー
「絶対生きて帰ってくる。その時は結婚しよう」 「はい。あなたの帰りをいつまでも待ってます」 許嫁と涙ながらに約束をした20年後、英雄と呼ばれるまでになったルークだったが生還してみると死亡扱いにされていた。 許嫁は既に結婚しており、ルークは絶望の只中に。 上官の陰謀だと知ったルークは激怒し、殴ってしまう。 言い訳をする気もなかったため、全ての功績を抹消され、貰えるはずだった年金もパー。 絶望の中、偶然助けた子が許嫁の娘で、 「ルーク、あなたに惚れたわ。今すぐあたしと結婚しなさい!」 何故か求婚されることに。 困りながらも巻き込まれる騒動を通じて ルークは失っていた日常を段々と取り戻していく。 こちらは他のウェブ小説にも投稿しております。

積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!

ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。 悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。

称号チートで異世界ハッピーライフ!~お願いしたスキルよりも女神様からもらった称号がチートすぎて無双状態です~

しらかめこう
ファンタジー
「これ、スキルよりも称号の方がチートじゃね?」 病により急死した主人公、突然現れた女神によって異世界へと転生することに?! 女神から様々なスキルを授かったが、それよりも想像以上の効果があったチート称号によって超ハイスピードで強くなっていく。 そして気づいた時にはすでに世界最強になっていた!? そんな主人公の新しい人生が平穏であるはずもなく、行く先々で様々な面倒ごとに巻き込まれてしまう...?! しかし、この世界で出会った友や愛するヒロインたちとの幸せで平穏な生活を手に入れるためにどんな無理難題がやってこようと最強の力で無双する!主人公たちが平穏なハッピーエンドに辿り着くまでの壮大な物語。 異世界転生の王道を行く最強無双劇!!! ときにのんびり!そしてシリアス。楽しい異世界ライフのスタートだ!! 小説家になろう、カクヨム等、各種投稿サイトにて連載中。毎週金・土・日の18時ごろに最新話を投稿予定!!

俺だけに効くエリクサー。飲んで戦って気が付けば異世界最強に⁉

まるせい
ファンタジー
異世界に召喚された熱海 湊(あたみ みなと)が得たのは(自分だけにしか効果のない)エリクサーを作り出す能力だった。『外れ異世界人』認定された湊は神殿から追放されてしまう。 貰った手切れ金を元手に装備を整え、湊はこの世界で生きることを決意する。

処理中です...