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第1章 始まりの洞窟

第10話 レミシャ姉弟

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 もらった報酬から、冒険者ギルドの年会費分の銀貨二十枚を支払った。この先あまりこの町に来ることもないだろうし、払えるうちに払っておこう。
 これで冒険者カードが一年間有効になる。これはどこの町でも有効らしいから便利に使わせてもらえそうだ。

 残りの金貨一枚は、銀貨百枚と両替してもらった。登録する際におまけしてもらった銀貨の半額の銅貨五枚も支払っておく。この国で使えるお金にはもっと小さな銅銭と言うのもあるらしいけど、価値がよく分からないな。

 今日のところはこの町の宿屋に泊めてもらおうと、ギルドで紹介してもらった、冒険者がよく泊まる宿屋に行く。一泊で銀貨三枚、簡単な朝食と夕食を付けると銀貨四枚だった。

「ほい、食事はここに置いておくよ」
「ありがとう。これはビールかい?」
「シュワーっていうお酒だよ。あらごめんよ、巡礼者さんはお酒ダメだったかね」

 宿泊に付く食事じゃなくて、別の食事のセットを頼んだからお酒か果汁のジュースが一杯付いてくるそうだ。自分でもお酒が飲めるかどうかは分からないけど、一度飲んでみよう。

「これでいいよ」と返事してジョッキに手を掛ける。仮面をちょっとだけずらして口をつけると、口の中で炭酸がはじけて苦み走ったのど越し。これはまさにビールだ。
 前の世界でどんな味だったのか記憶には無いけど、知識としては確かにビールだね。苦いけど飲めなくはないみたいだ。

 料理はカエルのから揚げに、野菜と細かな肉が入ったスープとパン。パンは固かったけど人の作った料理だ。異世界でもこんなちゃんとした料理があるんだなと感心する。
 このから揚げは、あの時逃がした巨大ガエルのから揚げだね。本に書いてあった通り淡白で美味しいや。これはもう一皿頼まないと、と追加注文していると横から声を掛けられた。

「ねえ、ねえ。初めての仕事で銀色狼を倒した新人って、あんたの事なんでしょう」

 ヒョウ族のお姉さんが、食事をしているリビティナのテーブルにやって来た。黄色っぽい斑点のある髪は長く、背中まで伸びていて精悍な顔つきの人だ。冒険者の人かな。

「いや、あれは依頼の狼の種類を間違えちゃってね」
「あらそうだったの。それにあなた意外と可愛い声してるわね、女の子だったのね。魔術師さんかしら」
「しかし、間違えたからと言って、普通銀色狼は倒せんぞ」

 このお姉さんの連れだろうか、奥のテーブルからヒョウ族の男の人までやって来て空いた椅子に座る。同じような斑点の髪は短く、よく似た顔立ちだけど女の人よりも少し幼いように見える。

「私たち、姉弟で冒険者をしているの。私はレミシャ、こっちは弟のレグノス、よろしくね。私達はこの前Dランクに昇格したばかりなの」
「Cランクの魔獣は倒したことが無いんだ。どうやって倒したのか聞きたくてな」

 ここは冒険者が多いのだろう。剣や防具を付けたまま食事をしている人達が多い。この姉弟達はこの宿に泊まっている訳じゃないらしいけど、食事をしにこの店にはよく来るそうだ。今は二人とも、剣は持たず普通の服装だ。

 レミシャ達はじっくりと話を聞きたいのだろう、自分達のテーブルからジョッキを片手に、から揚げを乗せたお皿を持ってきてテーブルに置く。
 リビティナも町やこの世界の事について聞きたいこともあるし、まあいいかなと相席するのを許した。

「あの銀色狼の死体を見たぜ。首の切り口が綺麗すぎると、ティグラスの旦那も言っていた」
「ティグラス?」
「ほら、狩った獲物の引き取りカウンターにいたトラ族の人よ」

 ギルドで親切にしてくれた、あの人か。

「ティグラスの旦那は魔法だと言っていたが、俺が見るにあれは魔法剣じゃないかと思ったね。そうじゃなきゃあんなにスパッと切れんだろう」
「魔法剣? そんな物があるのかい。ボクが使ったのはただの風魔法だよ」
「私も風属性は使えるわ。どんな魔術なのかしら」
「どんなと言われても……ボクはウィンドカッターって言っているけどね」

 そんな魔術は聞いたことが無いと、ふたりは首をひねっている。まあ、そうだろうね。リビティナが勝手に付けた名前だ、この世界では通用しないだろう。

「あなたの出身はどこかしら。魔術記号は分かる?」
「魔術記号?」

 リビティナが頭の中で『魔術記号』と念じても答えは返ってこなかった。やっぱりこのガイダンス機能は使えないなと落胆する。ここは話を合わせないと。

「ボクは特別なお師匠様に魔術を習ったからね。君の言う事はあまり分からないや」
「魔術学校に行かずに、昔風の師弟関係で習った技なのね。でも一度見てみたいわ」
「できれば明日一緒に魔獣を倒しに行かないか。報酬はそっちが多くてもいいからさ」
「あいにくボクは明日買い物があってね。その後すぐにこの町を出るんだよ」
「あなたは巡礼の途中だものね……それなら、明日の朝一番にその風の魔術だけでも見せてもらえないかしら」

 それぐらいならいいかなと、明日の朝に西門前で会う約束をした。

「ここの北にある一番高い山の事なんだけど、あそこで眷属を待っている人が居ると言うのを聞いた事はないかい」
「北の山? マウネル山の事かい。あそこに人は住んでいないと思うがな」
「その山の近くに行ってみたいんだけど、君達はその道を知ってるかい?」
「北側はあの山以外にも高い山が連なっていて、麓には魔獣が住む森が広がっている。それを越えようとする奴はいないだろうな。みんな迂回しているはずだが」

 ――やっぱり、あの山に行って眷属になろうという人はいないのかな。

「私、昔話で聞いた事があるわ。マウネル山には仙人がいて、登れた人は特別な力がもらえるって」
「仙人? それは迷信だろ」
「い、いや、それだよ。力が欲しい人は、マウネル山に登ればいいって聞いたからね」

 でまかせだけど、噂だけでも広めてもらえれば、誰か来てくれるかもしれない。
 その後も、この世界の事や色んな噂話なんかを聞かせてくれた。やっぱりこういう酒場は情報を得るには一番の場所だね。
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