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第5章 眷属の里

第15話 エキソスの町4

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 その四日後、冒険者ギルドに一報がもたらされた。ライダノス市で行われていた協議が不調となり、軍がこのエキソスの町全体を接収すると言うのだ。

「既に追加の兵、千人がこちらに向かっている」
「一体どうするんだ。このまま城門を閉鎖していてもいいのか」
「命令が出れば、軍が城門を壊し侵入してくるぞ。抵抗すれば皆殺しになっちまう」

 国境に向かった部隊以外に、町の周りには今も千人を超える兵士が駐屯している。冒険者だけで、それを抑えるには無理があるな。
 ギルドに集まった連中が口々にどうするか話し合うが、答えは出ない。

「やあ、ネイトス。この町は一体どうなっているんだい」
「リ、リビティナ様」

 里に帰っていたリビティナ様が戻って来てくれた。仮面の奥から聞こえる子気味のいい澄んだ良く通る声が懐かしく感じる。傍にいるだけで、これほど心強く思えるその存在の大きさに改めて敬愛してしまう。

 既にレインの家に行ってこの町の状況は聞いているようで、間もなく町全体が軍に接収されると説明した。

「それなら今晩にでもレイン達をこの町から脱出させよう。ネイトスも来てくれるかい」

 それを聞いていたギルマスがリビティナ様に驚きを込めて尋ねる。

「あんたはこんな状況の中、王国からこの町に来たのか? そして出ていくと……」
「そうだよ、ボク一人ならいつでも来れるからね」
「国境は今、どうなっているんだ」
「国境近くにあるデラの町の先、広い平原で王国軍と帝国軍がドンパチやっているよ。あんなところで戦われるとうるさくて仕方ないんだけどね」

 帝国軍は国境を越えた辺りから、先には進めていないようだな。

「リビティナ様。この町を救う事は出来ませんか」
「レインにも言われたんだけど、そんな義理はないんだ。脱出を邪魔する兵士は倒していくけどね」

 そうだろうな。この帝国の町を助けたからと言って、リビティナ様にとって何の得にもならないからな。

「おい、ネイトス。この人に頼ればこの近辺の兵士を追い払えるのか」
「この近辺というより、国境の帝国軍を倒すと言う事になるな」
「そうだね。国境検問所を破壊してあの辺りの兵士を倒せば、王国軍が国境を越えてここまでやってくるだろうからね」
「そ、そんな事が可能なのか」

 ギルマスや冒険者達が驚くのも無理はない。国境を越えた兵は六千を超えている。撃退するには伯爵領一つ分の軍事力が必要になる。

 里にある兵器を使えばその程度の事ができる力は持っている。しかしそれを行使するかは別問題、リビティナ様の決断にかかっている。
 それに帝国軍を撤退させて、代わりに王国軍がここに来ると王国に占領される事になる。それでこの町が助かったと言えるのか……。

「ちょっと待っててくれんか。商業ギルドの連中がこの町を捨てて、王国への脱出を考えている。その者達と話をしてくる」

 ギルマスが慌てた様子で外に飛び出していった。商人達はライダノス市で領主と協議を進めると同時に、王国への脱出も考えていたようだな。さすが商人だ、抜け目がない。

 しばらくすると、ギルマスが商業ギルドのマスターを連れて戻ってきた。

「あなた様が、ハウランド領の賢者様ですね。このような場所でお会いできるとは思ってもいませんでした」

 商業ギルドのマスターがリビティナ様に会うなり挨拶してきた。賢者様と聞いて周りにいた冒険者も騒めき立つ。

「もしお力を貸していただけるなら、王国に脱出されるレイン様の今後の事についても、サポートさせていただきます」
「レインには王国で普通の生活をしてもらいたいし、助けてくれるのはありがたいけどね」
「旦那様は商売を始めてまだ日も浅く、ギルドに加入されていないようですな。王国側でギルドの手続きや商売のお手伝いもさせていただきます」

 眷属でないレインの家族を里に迎い入れることはできない。リビティナ様はハウランド伯爵に頼るつもりでいるが、今は戦争中。私事で手間を取らせるのもどうかと言っていた。商業ギルドに任せれば、細かな所まで配慮してもらえるだろう。

「でもここが王国軍に占領されてもいいのかい」
「私共の調査によりますと、住民の大多数が帝国に反感を持っていまして、暴動が起きない方が不思議なくらいです」

 今は少ない備蓄で凌いでいるがこれ以上何かあれば、この前あった兵士とのいざこざ程度では済まない。
 商人達は戦争している国境とは別のルートで王国側へと脱出するつもりのようだ。追加の部隊がこの町に到着するまで一週間、五日後にはこの町を出ていく計画だと言う。

「だけどね。ボク一人では決められないんだよ」

 そうだろうな、里のみんなの意見もある。レインは友人だが、その者のために里を危険に晒すこともできんからな。

「レインが脱出する準備もあるからね。その間にネイトスとも相談させてくれるかい」

 レインの脱出は今夜、それまでに何らかの回答をすると言ってギルドを後にした。

「ネイトスも一緒に里に戻って、みんなと相談しよう」

 そう言って、リビティナはネイトスを抱え飛び上がる。今、里ではこの争いにどう対処しようか考えている最中だと言う。空を飛びながら里の様子をリビティナ様が話してくれる。

「戦争の影響で、里周辺の森が騒がしくなっていてね。森の主も落ち着かない様子なんだ」

 戦争をしている平原に近い森周辺部から、獣や魔獣が森の奥にある里の方へと逃げてきているらしい。

「里のみんなも、早い段階で戦争を終結させた方がいいんじゃないかって言っていてね」
「でも里の場所が知られちまう危険もあるんじゃ」
「まあ、そうなんだけどね。あの兵器を使えば何とかなるんだよ」
「というと、短距離の弾道ミサイルですな」
「高い角度で飛ばせば、里の場所はバレないからね」

 短距離型なら備蓄は沢山あるし、敵を一掃する事も可能だからな。でもリビティナ様は迷っているようだ。

「そらそうだよ。里のみんなを戦争に巻き込みたくはないからね」

 リビティナ様にとっては眷属の里が一番。王国や帝国というのは二の次になる。とは言え、周辺の状況が悪化すれば里にも影響は出てくる。

 里に戻り、集会所に集まった里のみんなと協議する。

「もし帝国が勝利してこの辺りを支配すれば、その方が危険になるんじゃないか」
「だからと言って戦争に参加するのもねえ」
「帝国は私達人間の姿を嫌って、殺しているんでしょう」
「このまま不安を抱えて待つより、早期に解消できるなら介入した方がいいと思うが」
「ネイトスが言っていた、帝国内の町まで王国軍が入って行くなら、この里の安全度は上がると思う。みんなどうだろう」

 リビティナ様は一切発言せず、みんなの意見がまとまるのを待っている。それぞれが意見を出し合い、里として一番良い答えを探し出す。

「リビティナ様。この里の安全を守り早期に解決する手段があるのならば、今回の争いに介入いたしましょう」
「その方策はあるよ。但しこの里が絶対安全だとは言い切れない。それにノルキア帝国の同胞と戦う者もいるけど、それでいいのかい」

 戦う限り絶対というのがない事は皆承知しているようだ。そしてこの里の大半は元帝国の国民。その者がリビティナ様に自らの決断を口にする。

「王国を侵略しようとしてきたのは帝国です。その報いは受けるべきでしょう」
「帝国の兵士が死んでも構わないと……」
「戦争に参加した兵は死ぬ覚悟があるでしょう。できるだけ民間の人達を巻き込まずお願いできますか」
「君達の決断を尊重するよ。この里の安全を第一にやってみようか」
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