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第5章 眷属の里

第7話 森の主

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 ベヒーモスは東に向かっているけど、その先はノルキア帝国との国境。その向こうは獣人の住む村がある。このままだとスタンピードが起こる可能性もある。大惨事になっちゃうね……。

 急ぎベヒーモスが暴れている場所まで飛ぶと、森の木が倒れ砂ぼこりの舞う中、ベヒーモスが何かと戦っている?
 このベヒーモスは若く小柄で、背丈は五メートルほど。でもあの頭上にある角で攻撃されたら普通の魔獣は一溜まりもないから、攻撃を仕掛けないはずなんだけど。
 
「あれは、メガスネイクかな」

 砂に煙る足元をよく見てみると、巨大なヘビが絡みついて噛みついている。

『お~い、君達。暴れるのはやめてくれないか』

 魔力波に乗せて呼びかけたけど、戦いに集中していて聞いてくれない。仕方ないね、雷でも落として静かにしてもらおうか。
 二体の魔獣が戦っている周りに六本の雷を落とす。直接ベヒーモスには当てず六角形の光の柱に囲まれて、余波による電流が体に流れる。

「ヴァヒーン!!」

 落雷の轟音と共にベヒーモスが雄叫びを上げて倒れ込み、メガスネイクも体が痺れて地面に投げ出される。
 倒れ込んだベヒーモスは、眷属の里の北に生息している群れの子供のようだ。この耳の傷には見覚えがある。

『君はサムネル君かい?』
『うん、そうだよ。誰? お母さんじゃないよね』

 自分に何が起こったかも分からず、ジタバタしていた魔獣がやっと静かになった。
 やっぱり北に住んでいる群れの子供だ。群れからはぐれて誤ってメガスネイクの縄張りに入ってしまったようだね。

 メガスネイクはリビティナの攻撃を受け麻痺していて、二十メートルはあろうかという巨体を地面に投げ出している。その頭の近くで魔力波による会話を試みる。

『これ以上、君に危害を加えるつもりはないよ。このベヒーモスはボクの知り合いでね。今から連れて帰るよ』

 メガスネイクは口が半分開いて、舌をだらりと地面に垂れ動けないでいるけど、言葉に反応して大きな目玉だけをこちらに向けて来る。

『メガスネイク君、君の縄張りを荒らしたことは謝るよ。この子はまだ子供なんでね、許してやってくれないかな』

 メガスネイクは、痺れた身体を動かそうともがいていたけど、今は力なく地面に頭を付けたままだ。
 黒い翼を持つ小さき者とはいえ、自分をこのように倒した強者に殺生与奪の権利がある自然の掟を理解している。今後の事はこちらに委ねると言う態度をとる。

 まずは、ベヒーモスのサムネル君に光魔法をかけて起き上がらせて、この場所から離れてもらう。

『次は君だね。これで痺れは無くなるはずだよ』

 巨大な大蛇だ。体全部を光魔法で覆う事はできないけど、頭に近い部分だけでも回復すれば移動する事はできるかな。頭の先から順番にケガしている部分も含めて、幾度か光魔法をかけていく。

 治療が終わると、メガスネイクは静かにその鎌首を持ち上げこちらを見つめてくる。爬虫類だからか魔力による言葉は発しなかったけど、その瞳に敵意はなく一度だけ頭を下げる。リビティナにはそれが挨拶したように見えた。
 まだ痺れている体をゆっくりと反転させ、後ろの森へと姿を消した。

 巨大な二体の魔獣が戦ったこの場所は広範囲に木が倒され、さっきの雷攻撃で黒焦げた六角形の空き地になってしまっている。余所様の土地を荒らしてしまったけど、火事にもなっていないし半年もすれば草も生えてくる。

『さて、サムネル君。どうして君はこんな所までやって来たのかな』
『ちょっと冒険がしてみたかったの。でも森を進んでいるうちに何処だか分からなくなって……』

 やっぱり迷子になってしまったんだね。

『ボクはリビティナって言うんだ。ここはボクの里のずっと東側。ボクの里の事は知っているかい』
『うん、小さいけど強き者が沢山いる場所だってお母さんが言ってた。……その里を一度見てみたかったんだ』

 里を見たくて南に進んでいるつもりが、見当違いの方向に行ったみたいだね。

『いいかい、サムネル君。前足を木の幹に突いて立ち上がってごらん。向こうの山が見えるだろう』

 まだ五メートルほどの背丈で、森の木が邪魔で周りの見えないサムネルに立ち上がってもらい、自分が住んでいた近くの山の形を確認してもらう。

『今はお昼過ぎ。お日様の位置があそこだから、君が住んでいた場所はずっと向こうになる』
『本当だ。やっと自分がいる場所が分かったよ。ありがとう、リビティナさん』

 そう言うサムネルと一緒に西へと向かう。里を見たいと言うんだから、ついでに眷属の里を見てもらおう。
 サムネルには、時々自分の位置を確認する練習をしてもらいながら里へと向かう。

『あっ、リビティナさん。この先に四角く開けた場所があるよ』
『それがボクの里さ。もう少しだから頑張って歩いてくれるかい』

 そろそろ陽も傾いてきた。今日のところは里の近くで休んでもらう事にしよう。食べられる草が沢山生えている草原にサムネルを案内して、そこで休むように言ってから里に戻る。

「リビティナ様、あれが暴れていたベヒーモスですね」
「ああ、今日は里の近くで休んでもらい、明日には北の生息地まで連れていくよ」

 出迎えてくれたネイトスに事情を説明していると、その後ろからエルフィがもの凄い形相で駆け寄って来た。

「リビティナ! なんであんな巨大魔獣を連れて来たのよ。こんな里、襲われたらあっという間に木っ端微塵にされちゃうわよ!」
「大丈夫だよ。あの子はまだ子供で迷子になっていただけだからさ」
「子供ならなおさら親が襲撃してくるわよ。その前に何とかしないと」

 青い顔で狼狽しながらリビティナに言い募る。

「親も知り合いさ。あのサムネル君はこの里が見たくてちょっと棲家を離れただけだから」
「なんでそんな事まで分かるのよ。あんたあんな魔獣と話ができるとでも言うの」
「ああ、できるよ」
「へぇっ?!」

 ひどく調子の外れた素っ頓狂な声をあげて、全く理解出来ないとこちらを見つめてくる。

「君達、妖精族はできないのかい。闇魔法のはずなんだけど」
「な、何言ってんのよ……。あなたは魔獣のテイマーだって言う気なの。そんなのはおとぎ話でしょう」
「エルフィの嬢ちゃん。リビティナ様が魔獣と話せるのは本当の事だ。まあ、そんな事ができるのは世界中でリビティナ様だけだろうが」

 まだ信じられないと言う顔をしてるけど事実だからね。サムネルが寂しがらないように、もう少ししたら会いに行くからその時にエルフィにも付いて来てもらって仲良くしてもらおうかな。

 無理やりベヒーモスの側まで連れていかれたエルフィの叫び声が、夕方の空にこだましたのはそのすぐ後であった。

 ◇
 ◇

「先日、アルメイヤ王国の国境付近でS級の魔術が観測されたようだな」
「はい、光の帯が空高くまで立ち上がったと。特一級の魔術師様によりますと、おそらく雷鳴魔術を束ねて撃ったものだとの見解です」
「この時期に、わざわざ辺境の国境付近で戦術級魔術の試射をするとは……。こちらの動きに感づいたのか……」
「しかし軍が動いた形跡はなく、単なる実験かも知れません」
「何にせよ、鬼人族のキノノサト国には報告を入れておいた方がいいだろう」
「承知いたしました」

 今回の攻略作戦はまだ準備段階。それが外部に漏れる事は無いはずだが……。帝国内の秘密警察に少し探らせておくか。
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