上 下
49 / 50
第四章

第49話 …

しおりを挟む
 最近、ナルの様子がおかしい。少し食欲が無くて鳴き声にも元気がない。餌はシニア用に変えてもう随分と経つから、餌が気に入らないと言う訳じゃないようなんだが……。

「病気かもしれんな。明日にでも病院に連れて行ってみるか」

 今まで大きな病気や怪我で病院に連れて行ったことは無いが、具合が悪いのなら検査だけでもしておいたほうがいいだろうな。
 会社が終わった後、残業もせずに家に帰ってナルを病院に連れていく。今回ナルは、キャリーバッグに抵抗することなく入ってくれて助かった。

「ナルの元気が無くてな。少し診てやってくれんか」
「なるほど、確かに元気がないね。血液検査をしてみよう。少し待合室で待っていてくれるかい」

 いつものように女医さんに相談しつつ、ナルを診てもらう。血液検査をすれば大概の病気や具合の悪い箇所が分かるらしい。治療するかは、その検査結果によって決める事になる。
 ナルと一緒に待合室で待っているが、以前と違ってお客さんが多いな。平日の夜だと言うのに、駐車場に車が1台と、壁際に自転車が何台も停めてあった。ここも中々繁盛しているようだ。

「篠崎さん。どうぞお入りください」

 呼ばれて診察室に入ると、検査結果を見ながら女医さんがナルの状態を話してくれる。

「そうだね。腎臓の状態が少し悪いようだね」
「前にナルを外に逃がしてしまって、ひと月ほど野良状態になったことがある。その時も腎臓が悪くなったと言われたが、薬が必要か?」

 前は錠剤の薬を二週間飲ませて回復させた。

「まあ、薬を飲ませる程でもないが注射は打っておこう。いつも暖かくしてやって水分を多く摂るように心がけてやってくれるかな」

 そうなのか。それほど酷くはないのならとほっと息をつく。

「年老いた猫だからね、できるだけその猫の傍に付いてやって様子をみてやってくれ」
「少し元気がないとはいえ、餌もある程度は食べてくれているしな。変わりが無いか注意して見るようにするよ」

 少し安心して病院を後にした。今までも食欲を失くすことはあったしな。早く元に戻ってもらいたいものだ。
 最近朝晩は冷えてきている。今晩はバスタオルにナルを包んで布団の中で寝てもらおう。

 翌朝、いつものようにナルが俺を起こしてくれる。そうだな今朝は鶏肉を茹でて与えてみるか。冷蔵庫の中にあった胸肉を鍋で茹でた後、冷まして小さく切ってから器に入れる。

「やはりこれなら、食べてくれるようだな」

 昨日とは違って食欲も戻ったようだ。まだ少し元気が無いが、俺はいつものように会社に行って、夜は早目に家に帰るようにした。三、四日は同じような状態が続いたが、餌を食べてくれるように工夫し、様子を注意深く見守る。

 今日はナルのお出迎えは無かったが、お気に入りのサイドテーブルの足元で丸まって寝ているようだ。やはり体の調子が悪いのだろう。夜用に置いていった餌は少ししか食べていないみたいだが、水はちゃんと飲んでいるようだ。もう少し様子を見て、悪くなるようなら、また病院に連れて行こう。

「おっ、ナル。起きてきたのか」

 俺が寝ようと布団を敷いていると、キッチンにいたナルが俺の部屋までやって来た。

「今日も一緒に寝ようか」

 俺のすぐ横、ナルが寝る場所にバスタオルを敷いて暖かくして、布団の中に入れてやる。「ミャ~」と俺に頬を寄せてくるナルの頭を指先で撫でてやると、目を細めて気持ち良さそうにしている。少し元気が出てきたようだな。
 最初に飼い始めた頃は、どこを撫でたらいいかも分からなかったな。お前と暮らして猫の事が俺にも分かってきた。会社でも猫の話で班員とコミュニケーションが取れている。これもお前のお陰だ。俺も横になってナルの横顔を見ながら眠りにつく。


 朝起きると、もう窓から陽が差していた。今日は寝過ごしてしまったか、まあ土曜日の休みだから別にいいんだが……時計を見ると八時を回っていた。

「ナル。今日は起こしてくれなかったんだな……ナル! ナル!! 一体どうしたんだ!!」

 布団の横で眠っていたはずのナルの手足が伸びきっていて、目を閉じ口を少し開け苦しそうな表情のまま全く動かない。

「ナル!」

 何がどうなっている! ナルをそっと手に取ると、既に固まった状態でその温もりは無くなっている。毛が逆立ち昨日のような艶やかな毛並みじゃなくなっている。
 ナルが死んだのか……。
 ついこの前まで元気よく飛び跳ねていたじゃないか。ナルと一緒に廊下を探検したこともある。遠くに光る夜景や祭りの灯を一緒に見ただろう……。
 
「一体どうして……なぜ……昨日一緒に寝ていたじゃないか……」

 俺は混乱していたんだろう、動物病院に電話をかけていた。

「ナ、ナルが……今朝、死んだ……」
「そうなのか。実を言うと君がその猫を連れて来た時には、もう手遅れの状態だったんだよ。ここ数日、長くても一週間で亡くなる事は分かっていたんだ。腎不全という事になるね……。すまなかった。それを君に伝える事ができなかったんだよ……」
「そんな馬鹿な……昨日までは元気が無かったが、ちゃんと……ちゃんと生きていたんだ……」
「猫というのは最期の最期まで、自分の不調を表にあらわさないものなんだよ。君の猫も飼い主である君の前では、気丈に振る舞っていたんだろうね」

 そうだったのか……それ程悪い状態で……ナルは……。

 電話を切りナルの元へと行き、両膝を布団の上に突いてもう動かなくなったナルを両手で胸に抱く。なぜだという想いがまだ胸に残り、ナルが死んだという実感が湧かない。

 うなだれていた俺の頬に、誰かの暖かい手が触れたような気がした。見上げると、そこには白く薄いローブを纏った女性が宙に浮かび、俺に手を差し伸べていた。

「ミャ~」

 胸に抱かれていたナルが腕をすり抜け、差し出された彼女の手を伝い肩へと駆け登っていく。ナルは愛おしむように彼女の頬に何度も頬ずりをする。

「お兄ちゃん、今までナルを預かってくれて、ありがとう」
柚葉ゆづは……」
「ナルは私が連れていくわね」
「柚葉……また俺を置いて一人で逝ってしまうのか……」
「ごめんね……お兄ちゃん。ナルも幸せだったって言っているわ。今まで本当にありがとうね」
「……ミャ~」

 ナルを追うように伸ばした右手の先、柚葉の肩に乗ったナルが名残惜しそうに一声鳴き、俺を見つめたまま、ゆっくりと天へ昇っていく。
 部屋にひとり残った、俺の頬に一筋の涙が光る。


 ---------------------
【あとがき】
 次回、最終回。
 明日、朝の9時に更新します。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―

入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。 遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。 本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。 優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

黒龍の神嫁は溺愛から逃げられない

めがねあざらし
BL
「神嫁は……お前です」 村の神嫁選びで神託が告げたのは、美しい娘ではなく青年・長(なが)だった。 戸惑いながらも黒龍の神・橡(つるばみ)に嫁ぐことになった長は、神域で不思議な日々を過ごしていく。 穏やかな橡との生活に次第に心を許し始める長だったが、ある日を境に彼の姿が消えてしまう――。 夢の中で響く声と、失われた記憶が導く、神と人の恋の物語。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

百合系サキュバスにモテてしまっていると言う話

釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。 文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。 そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。 工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。 むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。 “特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。 工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。 兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。 工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。 スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。 二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。 零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。 かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。 ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。

ハピネスカット-葵-

えんびあゆ
キャラ文芸
美容室「ハピネスカット」を舞台に、人々を幸せにするためのカットを得意とする美容師・藤井葵が、訪れるお客様の髪を切りながら心に寄り添い、悩みを解消し新しい一歩を踏み出す手助けをしていく物語。 お客様の個性を大切にしたカットは単なる外見の変化にとどまらず、心の内側にも変化をもたらします。 人生の分岐点に立つ若者、再出発を誓う大人、悩める親子...多様な人々の物語が、葵の手を通じてつながっていく群像劇。 時に笑い、たまに泣いて、稀に怒ったり。 髪を切るその瞬間に、人が持つ新しい自分への期待や勇気を紡ぐ心温まるストーリー。 ―――新しい髪型、新しい物語。葵が紡ぐ、幸せのカットはまだまだ続く。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

処理中です...