上 下
35 / 50
第三章

第35話 ナル、最大のピンチ3

しおりを挟む
 そしてまたナルの居ない一週間が過ぎ去った。仕事の帰りや休みの日にナルを探したがやはりいない。

「ナル、お前は何処に行ってしまったんだ……」

 非常階段にもたれかかって、ナルと一緒に見ていた夜景を眺める。涙が出てきた。
 いや、まだ諦めるな。きっとナルは何処かで生きている。


 その次の日、出勤しようと非常階段の方から一階に降りたら、駐輪場の隅、サバトラ猫の後ろ姿が見えた。背中の方に丸まった短かいシッポ。

「ナル!!」

 叫んでその猫がいた駐輪場の隅へ行く。既に猫の姿は無いが、あれはナルじゃないのか。ここは隣のマンションとの隙間、人が入れないように木の板を打ち付けているが、下には猫が通れるだけの隙間がある。
 俺は急いで部屋に戻り、餌を入れた小鉢をその隙間から中に押し込む。

 今はこれだけしかできない。会社の者にこれ以上の迷惑をかける訳にはいかないからな。あの猫がナルでありますようにと願って会社へと向かう。

 会社の終業チャイムが鳴り急いで家に帰り、朝に餌を置いた隙間を見ると餌は無くなっていた。食べてくれたかと安堵したが、その猫がナルであるとは限らない。もう一度その場所に餌を置いておいたが、次の日の朝、夜の餌は食べた形跡が無くそのまま残っている。新しい餌に変えて、また置いておく。

 あの場所は最初に何度も探した場所だ。「ナル」と何度も名前を呼んで探したが、中まで入ることはできなかった。暗くて人もいない、他の猫がいなければ安全な場所だ。ナルはそこに隠れ住んでいてくれたんだろうか。

 残業もせずに家に帰り、駐輪場へと向かう。すると猫が隙間に置いた餌を食べているのが見えた。木の板の向こう側から少しだけ顔を出して餌を食べている。

「ナル」

 優しく呼びかけたが、その猫は首を引っ込めてこちらに出てくる気配はない。あれはナルだと思うのだが、俺の事が分からないのか……それとも別の……。
 隙間に置いた餌を少しだけ手前に持ってきて、陰に隠れてしばらく様子を見る。すると奥にいた猫が餌につられて隙間からこちら側に出て来てくれた。
 あれは確かにナルだ! 夢中になって餌を食べている今なら捕まえる事ができるか? そっと横から回り込んで背中からナルを抱き上げる。

「ナル、ナル!」

 確かにナルだ。よく生きていてくれた。背広に毛が付くこともいとわずナルを抱きしめる。そのまま急いで階段を登り部屋に入る。

 良かった、良かったな、ナル。

 少し痩せて軽くなったナルが俺を見て「ミャー」と鳴く。俺だと分かってくれたのか。ナルをキッチンに降ろして、まずは餌と水を用意する。

 水を飲みエサを食べるナルは、元気がなく痩せて体も汚れている。そうだすぐにでも病院に連れて行かないと。何か病気や怪我をしているかもしれない。

 大急ぎで着替えてナルが食べ終わるのを待ってから、キャリーバックに入れて病院へと急ぐ。

 病院では、血液検査や手足に怪我が無いかなどを診てくれた。体も濡れたタオルで拭いて綺麗にしてくれる。
 診断の結果、少し脱水症状があって腎臓の機能が落ちてはいるが、他には異常が無いとの事だった。腎臓の薬と目薬、それにノミ予防の薬をもらって家に帰る。

 よく頑張ったな、ナル。布団に上でナルを撫でってやると安心したのかすぐに眠ってしまった。
 俺もここのところの疲れが溜まっていたのか、そのまま寝てしまった。

 朝。俺は目覚ましで起きたが、ナルは俺の横で寝息を立てている。良かった。ナルが見つかったのが夢じゃなくて……。

「ナルは、ここでゆっくり寝ていてくれ」

 朝食を摂り、仕事に行く準備をしているとナルが起きて来て、俺の足元で「ミャー」とじゃれついてきた。

「朝の餌は用意しているからな。寂しいかもしれんが、夜まで留守番をしていてくれ」

 そう言って、俺は会社に出かけた。
 会社で心配をかけた班員に、ナルが見つかったことを報告する。

「良かったですね、篠崎班長」
「ナルちゃん、元気なんですね。良かった。また班長の家に行っていいですか」
「篠崎さん。もう、逃がしちゃだめよ。でも安心したわ」
「俺も、心配したんすよ。今日の昼は奢ってくださいっす」

 西岡に世話になった覚えは無いが、昼飯でもなんでも奢ってやるぞ。

 家に帰ると、ナルが以前と同じように「ミャー」と鳴いてお出迎えしてくれた。少し元気になったナルを撫でると気持ちよさそうに目を細める。
 本当に良かった。もう離しはしないからな。


 ナルが帰って来て初めての週末。今日はずっとナルに付いていてやろう。
 以前と同じようにナルの名前を呼ぶと、反応してこちらに近づいてくる。ちゃんと俺の事を覚えてくれていたが外で見かけた時、名前を呼んでも反応しなかったな。多分この暗いベランダ側のマンションとの間に居たんだろうが、まったく違う環境で生き抜くのに必死だったんだろう。

 そういや、昨日家に帰った時、ゴミ袋が破けてゴミが床に散らばっていた。たぶんナルがゴミを漁っていたんだろう。変な癖がついてしまったようだが、この部屋を離れて一ヶ月以上、外で野良猫生活をしていたんだ。仕方ない事かもしれんな。

 和室の部屋でブラッシングをして体を綺麗にしてやる。シャンプーもしてやりたいが、ノミの薬を付けたばかりだし、もう少し体力が戻ってからの方がいいだろう。ナルはシャンプーを嫌がって暴れるだろうし、全身を毛づくろいするのにも体力を使うからな。今はのんびりとこの部屋で過ごしてくれればいいさ。

 気持ちよさそうに目を細めて、俺にもたれかかってくるナルを見ていると少し涙が出てきた。死んでしまって、もう会えないのかと思った事もあった。別の猫を飼おうと思った時もあった。こうして今、俺の傍にはナルがいる。それだけで十分だ。これからも俺と一緒にいてくれ、ナル。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―

入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。 遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。 本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。 優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

黒龍の神嫁は溺愛から逃げられない

めがねあざらし
BL
「神嫁は……お前です」 村の神嫁選びで神託が告げたのは、美しい娘ではなく青年・長(なが)だった。 戸惑いながらも黒龍の神・橡(つるばみ)に嫁ぐことになった長は、神域で不思議な日々を過ごしていく。 穏やかな橡との生活に次第に心を許し始める長だったが、ある日を境に彼の姿が消えてしまう――。 夢の中で響く声と、失われた記憶が導く、神と人の恋の物語。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

百合系サキュバスにモテてしまっていると言う話

釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。 文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。 そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。 工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。 むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。 “特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。 工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。 兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。 工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。 スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。 二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。 零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。 かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。 ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。

ハピネスカット-葵-

えんびあゆ
キャラ文芸
美容室「ハピネスカット」を舞台に、人々を幸せにするためのカットを得意とする美容師・藤井葵が、訪れるお客様の髪を切りながら心に寄り添い、悩みを解消し新しい一歩を踏み出す手助けをしていく物語。 お客様の個性を大切にしたカットは単なる外見の変化にとどまらず、心の内側にも変化をもたらします。 人生の分岐点に立つ若者、再出発を誓う大人、悩める親子...多様な人々の物語が、葵の手を通じてつながっていく群像劇。 時に笑い、たまに泣いて、稀に怒ったり。 髪を切るその瞬間に、人が持つ新しい自分への期待や勇気を紡ぐ心温まるストーリー。 ―――新しい髪型、新しい物語。葵が紡ぐ、幸せのカットはまだまだ続く。

先輩に退部を命じられた僕を励ましてくれたアイドル級美少女の後輩マネージャーを成り行きで家に上げたら、なぜかその後も入り浸るようになった件

桜 偉村
恋愛
 別にいいんじゃないんですか? 上手くならなくても——。  後輩マネージャーのその一言が、彼の人生を変えた。  全国常連の高校サッカー部の三軍に所属していた如月 巧(きさらぎ たくみ)は、自分の能力に限界を感じていた。  練習試合でも敗因となってしまった巧は、三軍キャプテンの武岡(たけおか)に退部を命じられて絶望する。  武岡にとって、巧はチームのお荷物であると同時に、アイドル級美少女マネージャーの白雪 香奈(しらゆき かな)と親しくしている目障りな存在だった。  だから、自信をなくしている巧を追い込んで退部させ、香奈と距離を置かせようとしたのだ。  そうすれば、香奈は自分のモノになると思っていたから。  武岡の思惑通り、巧はサッカー部を辞めようとしていた。  しかし、そこに香奈が現れる。  成り行きで香奈を家に上げた巧だが、なぜか彼女はその後も彼の家を訪れるようになって——。 「これは警告だよ」 「勘違いしないんでしょ?」 「僕がサッカーを続けられたのは、君のおかげだから」 「仲が良いだけの先輩に、あんなことまですると思ってたんですか?」  甘酸っぱくて、爽やかで、焦れったくて、クスッと笑えて……  オレンジジュース(のような青春)が好きな人必見の現代ラブコメ、ここに開幕! ※これより下では今後のストーリーの大まかな流れについて記載しています。 「話のなんとなくの流れや雰囲気を抑えておきたい」「ざまぁ展開がいつになるのか知りたい!」という方のみご一読ください。 【今後の大まかな流れ】 第1話、第2話でざまぁの伏線が作られます。 第1話はざまぁへの伏線というよりはラブコメ要素が強いので、「早くざまぁ展開見たい!」という方はサラッと読んでいただいて構いません! 本格的なざまぁが行われるのは第15話前後を予定しています。どうかお楽しみに! また、特に第4話からは基本的にラブコメ展開が続きます。シリアス展開はないので、ほっこりしつつ甘さも補充できます! ※最初のざまぁが行われた後も基本はラブコメしつつ、ちょくちょくざまぁ要素も入れていこうかなと思っています。 少しでも「面白いな」「続きが気になる」と思った方は、ざっと内容を把握しつつ第20話、いえ第2話くらいまでお読みいただけると嬉しいです! ※基本は一途ですが、メインヒロイン以外との絡みも多少あります。 ※本作品は小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しています。

処理中です...